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悪魔の召喚

「いや、あり得るわよ。少なくとも、本当のノストラダムスは、アンタみたいな性格だったと思うわ。どう、試してみる?」

奈美は、大きめのトートバックから複数の本を出してテーブルに置いた。

そして、中から古びた子供用の本を選んで剛の前に置いた。

「汚いね。」

剛は本を見つめて眉を潜めた。


それは、児童書で表紙には可愛らしい昭和風味のプリンセスが微笑み、周りに天使と悪魔がいる。

元は可愛らしい本だったと想像出来るのだが持ち主の激しい扱いで、

表紙が汚れ、背表紙が少し剥がれ、積み重ねた年月が不気味な雰囲気を醸し出している。


「うるさいわね!子供の頃に無くした本が、戸袋の奥から出てきたんだから仕方ないでしょ?

でも、この本私、好きだったのよ。この本を読むとね、自分の前世がわかるのよ。」


奈美は本を開く。


本特有の古臭さの中に微かに不安を呼び起こす何かが潜んでいることを剛の無意識は警告する。

が、細かいことを気にしない性格の剛は、それを無視してコーヒーを飲みスマホを見ていた。

「前世って、どうやって調べるの?」

遠巻きに晴香が聞いてみる。まき揉まれるのは嫌だが、なんだか興味もわいてくる。


奈美はいたずらっぽく笑い、これから剛をからかいます。と、顔に大きく描いたようにウインクを晴香に投げた。


「簡単よ。生年月日を一桁の数字として足していくのよ。で、その答えが前世を教えてくれるのよ。例えば、ノストラダムスなら、1503年12月14日だから、

まず、西暦1503年を分解して、1+5+0+3=9

次に12月14日を分解、1+2+1+4=8

出た答えを足して9+8=17 一桁になるように、ここでまた分解、1+7=8。

8が、前世を見る数字になるの。で、この数字のページを見ると前世がわかるんだけど、今回は、もっと、本格的な魔術をするわ。今日は冬至の日。古来から、冬至の日は魔力が高まって、前世の人間を呼び出せるのよ。」

奈美は古びた本に挟まったA3の紙を広げて見せた。


そこには、小学生らしい丁寧でいい加減さの混ざる味わいのある魔法陣が書いてある。

それを見ながら奈美は、子供の頃に憧れたアニメの主人公を思い出し、

晴香は当時流行っただろうオカルト映画を思い出していた。

「本当にやるの?」

剛は嫌な予感に包まれながら、用心深く奈美を見る。お化けより奈美の笑顔の方が怖い。

「大丈夫、簡単よ。」

奈美の微笑みに剛は自分の卑屈な声を聞いた。


騙されるな、簡単とは、簡単にお前をいじめられるということだ。用心するんだ。


「瀬謙さんが一人でやればいいでしょ?」

剛は口を尖らせる。そんな剛を見ながら奈美は残念そうにため息をつく。


全く、こいつは根性ないわ。


「アンタ、まさか、この私に一人で歴史を語らせようなんて考えてないわよね?

この、商人の子供でもないのに最終学歴が商業高校の私に、

世界史削ってソロバン弾いてた、そんな私に、

普通高校卒業の、最終学歴がなんだか知らない名前の短大卒業のお偉いアンタが、手伝わないつもり?」

キッと睨まれて剛の心は白旗を準備し出した。

奈美は飲み会などで運転手をしてくれるし、色々と心配をしてくれる(大半はありがた迷惑ではあるが)

今回も、自分を名古屋に連れて行こうと頑張ってるのだ。

何より希少な剛の女友達だ。

多少の女の悪戯につきあえなくて良い漢と言えるだろうか?


「専門学校だよ。建築とかの。わかったよ、付き合うよ。」

剛は覚悟を決め奈美は終わったら剛にケーキを奢ろうと心に決めた。


魔法陣をテーブルに開きながら段取りを思い返す。

水晶のペンダントを魔法陣の上で回しながら適当な呪文を唱えて、

ノストラダムスを自分に憑依させたような、そんな演技をするのだ。


ノストラダムスが怪しい予言を初めて精霊に聞いた時の、抱腹絶倒の場面を剛に再現して貰うのだ。


その様子で読者数も変わるに違いない。


それだからこそ自分のような普通の人間の想像出来るものではダメなのだ。

剛のような特別のブッチギリでないと。


そのためにも、怖がって貰わなきゃ。


奈美は大きく息を吐き昨日ネットで仕入れてきた、

そんな風に聞こえるラテン語風味のありがたい呪文を、目を閉じて透き通る美しい声で唱え始めた。


それは、外国映画の一部分を動画にしたものだと思う。

70年代に流行ったような悪魔払いの神父のセリフだったが、とても綺麗で不思議と覚えやすい歌のようなフレーズ。

口に出すと清々しくて、とても気持ちよく感じる。

しばらく夢中で唄い、それに気がついて薄眼を開けて剛の様子を伺った。


そろそろノストラダムスを憑依ささせよう。


が、奈美にノストラダムスは憑依しなかった。それをする前に、剛がテーブルに左ほほをはり付けて寝てしまったからだ。

「っと!何寝てるのよ。」

奈美は、腹立ち紛れに軽く剛の頭を叩いた。確かに予想外だが、これでは話にならない。

本格的に剛の体を揺すりながら、ノストラダムスはやめようか、と考えたいた時、ボヤけまなこを擦りながら剛が上半身を起こして奈美を見た。

「名をあかせ、この汚い悪魔め‼︎」

寝起きの言葉にしては、いささか挑戦的なこの言葉に奈美は興奮した。


やれば出来るじゃん。


奈美は頬を上気させながら、この知的なゲームを楽しむことにした。


まさか、剛がノストラダムスとなって問答するなんて!


「ノストラダムス、あなた、ノストラダムスなのね。」

さ、そうだと答えて頂戴。スマホはあんたに貸してあげるわ(剛のものではあるが。)


奈美は、テーブルの書き込みノートを手に取った。

これからどんな結末が待つのか。いや、分かってはいるのだ剛にそんな崇高な遊びなんて出来るはずはない。

ただ、寝ぼけただけ。そんなことは知ってはいるのだ。


しかし、今日の剛は違う。


見たこともない不敵な微笑みを浮かべ、サンタクロースより血色の良い頬を持ち上げて、奈美を上から目線で蔑むと、ふっと息を吐いてこう言った。

「悪魔よ、お前には私が聖母(ノストラダムス)にみえるのか。神に使えるこの心の神々しさにそう見えるのかもしれないが、ちがうぞ。私はルターだ。マルティン・ルターだ。」

「ま、まる…ルター‼︎」

奈美は、知り合って初めて剛の強気に押し切られていた。


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