もしかして、ラノベ作家なの?
晴香と話しながら、奈美は少しずつ感覚をつかんで行く。
実のところ、歴史小説なんて書いたことは無い。しかし、あの、いまいましいノストラダムスの事なら、とても良く覚えている。あの本につぎ込んだおこずかいと、青春。今では要らなくなったこの知識が、再利用出来るかと思うとワクワクする。
そう、小説サイト(ここ)はイベント会場。読者は、何か面白いものを探している。フリマと同じ。
私は要らなものを売るのだ。
殆どのお客のポケットには10点が入っていて使いたいとウズウズしてる。
シートを広げて、商品を並べよう。要らなくなったノストラダムスの思い出をリメイクして、何処にも売ってない、ここにしか無い商品を作り出したのだから。
さあ、売るわよ!まずは、剛と晴香を驚かそう。
奈美は、深呼吸をして最初の部分を語りだす。
「20世紀末。アメリカのビルゲイツは高らかに画期的な商品を世界に解き放ったわ。
Windowsよ。こいつが、どんなに凄いことか、当時の一般市民は殆ど分からなかったはずよ。
同じ様に15世紀、ドイツのグーテンベルクの発明した活版印刷の威力を理解できる一般市民は
ほんのわずか。
それから、時が過ぎて、Windowsは21世紀に突入し改良を重ね私や剛が小説を書いて売るなんて、身の程知らずな挑戦が可能になったのよ。
同じ様に16世紀、活版印刷の技術の普及で今までありがたい聖書の類しか作られることの無かった、
ヨーロッパの出版界にも革命が起こるわ。
広告や、私小説の類を本にすることが一般市民にも可能になったのよ。
現代と、ノストラダムスの時代は、不思議と似ているの。」
奈美は喫茶店のテーブルで晴香の様子を見た。
余りリアクションが無い。
晴香は心配そうに奈美を見た。
「うーん。言いたいことは、なんだかわかる気はするけれど、だから、どうという感じでもあるわ。」
「そうね、この辺り少し説明、面倒なのよ。
ヨーロッパの活字文化って日本と違うのよね。(と、ため息をつく。)
私も学生時代、日本人は文盲率がヨーロッパよりも少ないとか聞いて、
日本、凄い。
なんて思ったけれど後でヨーロッパの歴史を調べて驚いたわよ。
なんか、ヨーロッパは、書物はラテン語で書かないといけなかったらしいのよ。
日本も昔は大事な文章は漢文で書いたりしたけどさ、
漢字は、なんか、意味で理解できるじゃない?
でも、ラテン語なんてね〜。文盲率が高くなるはずよ。(−_−;)
ひらがなで、青森弁とか薩摩弁を読む様なものでしょう?無理だわ。
で、活版印刷が登場するまでは、羊皮紙とか、家畜の皮を使った本が主で、
一冊に何百頭もの動物の革が必要だったみたいなの。
手間も金もかかるから、本は聖書とかなんかありがたいモノしか作れなかった様なの。
今でいうと、MSーDOSの時代のコンピュータみたいなものね。
プログラム(活版印刷がでくる前は、筆記体とか、面倒だったらしいわよ。)も面倒で、
一般人には高嶺の花よ。
それがより安く市民が使える様にしたのがWindowsであり、
グーテンベルクの活版印刷なのよ。
ま、これは、話の下地の部分よ。
時代小説は、この舞台説明が面倒ね。
メインは、ノストラダムス。
このオッサン、フランスの市民の文芸に革命をおこしたのよ。」
奈美は、嬉しそうに微笑んで、水分補給のためコーヒーを口にする。
「4行詩で世の中を描いたのよ。
でも、一番画期的なのは、表記を母国語のフランス語にしたことね。
これで、より多くの読者を掴めたんだと思うのよ。
訳のわからない4行詩。
これを100編ずつ束にしたのは、中々発想が新しいと思うわ。
ネット小説に近い気がするの。
ネットの小説も、行間がおかしいとか、描写が少ないとか、文句を言われるけれど、
私、純文学に挑戦して思ったんだけれど、文字で右脳に絵を描く感覚?それもありじゃないかってね。
そう考えると、私たち、今までとは違う文字の文化を作ってるんじゃないかと思えてきたわ。
そして、それを500年も昔にやってのけたのが、
ミシェル ド ノストラダムスじゃ、ないかってね。
ノストラダムスって、人類で初めてのラノベ作家かもしれないわ。
そう思うと、なんか楽しくなったのよ。
だって、プラトンやドストエフスキーなんて、堅苦しい話が幅をきかせる文学界でよ、
500年近く忘れられず、時代の先で、新しい発想の近くにいて、
ベストセラー作家にインスピレーションを今でも与えてるのよ。」
奈美は、嬉しそうに笑った。しかし、晴香は浮かない顔で、
「ラノベ作家、ね。」
と、つぶやく。
親の仇の様にドストエフスキーの悪口を言いたくなる、何が奈美におこったのだろう?
インターネットで、嫌なことでも言われたのだろうか?心配する晴香の横で、剛は楽しそうに奈美の話を聞いていた。内容は殆ど分からないが、見えない何かに戦いを挑む、そんな時の奈美のカタリは好きだ。
「そう、世界で一番売れた大衆文芸は、ラノベのなのよ。」
奈美は、夢見る様に天井を仰ぎ見る。ああ、言ってみるとほんと、馬鹿馬鹿しいくらい清々しい。
「良いのよ、それで、どうせ、真実なんて闇の中よ。昔、沢山買った、ノストラダムスの本に出ていた秘密結社と同じ。
それに、ノストラダムスは、実在したチートキャラ。
宇宙からビームで地球を破壊する未来を見たり、一瞬で、処女と、非処女を見分けられたり。
これ、自慢することなのかしらね…(−_−;)
こんな能力公言したら、今ならアイドルの握手会とか、出禁になりそう。」
自分で言いながら、奈美はクスクス笑い出す。その様子を心配そうに晴香が見つめる。
「何かあったの?」
「はぁ?」
奈美は、晴香の表情に驚いて、やりすぎたかと反省する。
「そんなおかしな人物を、子供達に教えたいとか。ふざけてるの?」
晴香の正論に奈美は慌てて弁解を考える。晴香は、良いところのお嬢様だから、たまに、奈美の軽口に強く反応することがある。大工の娘で、男兄弟に囲まれて育った奈美は、そんな時、己の品のなさを感じて恥ずかしくなる。
「ゴメン。ふざけ過ぎた。
でも、ノストラダムスは、本当に興味深いのよ。
活版印刷の普及は、今まで教会が殆ど管理していた情報を、市民に開放したのよ。
その中で、ノストラダムスの詩集はフランス語で表記され、
興味深いフレーズを多発して、
文学から縁の遠い人にも文学を楽しんでもらおうとしてたんだと思ったのよ。
預言者として有名になったけれど、
その時代、詩はそれだけで予言の意味があったらしいの(うろ覚えです。)
だから、本当の趣旨が違う可能性も考えられるかな…なんて。
本が量産されることで、情報が広範囲に正しく届く様になって、世界が変わっていく様を、ノストラダムスと見届けようと、まあ、あの時代は、なんでも良いから、興味を持って欲しいわけよ。
と、こんなところで、勘弁してくれる?(^_^;)」
奈美は学生時代を思い出し、シドロモドロと言い訳を終わらせながら、一般向けの話を作るのは、難しなと思った。
「良いわ。でも、あんまり下品な話は、作らないでね。」
晴香が微笑むのを見つめながら、奈美は苦笑する。
「はは。出来るかな。自信ないけど努力するわ。
本当はSFネタを探して本の虫干しした時に、たまたま、ノストラダムスの本gが出てきてね。
読み返すうちに思ったのよ。ノストラダムスって、本当にこんな厳格な人物だったのだろうか?ってね。
だって、誕生日は1503年12月14日木曜日。射手座なのよ。剛と同じ射手座なのよ。
この真実を知った時、私は疑問に思ったわ。
もし、本当にノストラダムスが凄い占星術師なら、
自分の性格が占いと違うことに疑問を持たなかったのか?って。
剛と同じなんだよ。チャランポランの自由人の剛と一緒なんて、
ノストラダムスが本に書いてあるようなストイックな人物だったら、
占いなんて信じなくなると思ったのよ。」
奈美は、考えるようにコーヒーカップを口に持っていく。
「そんなこと…どうせ、占いなんて、気分の問題でしょう?」
晴香が大袈裟だというように穏やかに微笑んだ。奈美は、そんな晴香を見ながら、これだから素人はいけないよ。と、なんの玄人かも分からないまま心でぼやく。
「20世紀の彼の関連の本には、天才的な占星術師と絶賛されてるわ。ノストラダムスはグランド クロスとか。計算してたらしいわ。」
と、言いながら、当たらなかったんだよね。と、心の中でツッコミを入れる。そして、また一つ、奈美は確信を深くするのだ。ノストラダムスは、結構、おっちょこちょいではないかと。
おっちょこちょいで、射手座。やはり、間違いない。
奈美は、剛を見つめて真顔で聞いた。
「剛、アンタ、前世はノストラダムスよ。」
「またぁ。」
嫌な予感にかられながら剛は、猫に見つけられたネズミのように奈美を見た。