表の世界
「失礼。ウェイト氏には面識がありませんし、日本では月のカードには独自の解釈が加わっていますから。」
そう、日本では西洋と違い、月に邪悪な印象はない。その為、オカルティストの中には月のカードの正位置を良い印象で解釈する方もいらっしゃるのです。
「なるほど。ローカルルールか。まあ、いい。ウェイトの適当な解釈を知らない方が寧ろここからの行動には有利だ。
では説明しよう。が、立ち話はなんだし、腹も減ってきたな。」
メイザースの言葉にミネルバが反応した。
「それでしたらすぐに部屋を用意させますわ。そしてお風呂も。お着替えくださいませ。旦那様に相応しい装束をご用意いたしますわ。」
ミネルバの甘い言葉を聞きながら、なぜ、メイザースが裁判の席でも伯爵だとか寝言を言ってしまったのか、理解した気がした。
こんな風に美女に異世界でチヤホヤされていたら頭がおかしくなるのだろう。それは、ゲームと現実を漂う現代人にも言える様なことのように思えた。
ミネルバはとても有能に部下に指示をした。そして、我々は湯浴みをし、なんだかゲームの中世に出てきそうな、SFのボディースーツにチェニックを合わせたような服装に着替えさせられた。
着心地は悪くなかった。何か未来科学の繊維で編まれていて耐久性に優れている様だった。
我々は2階の広い部屋に通された。部屋は大理石のようなクリーム色の上品な石造りで、絹のような光沢のある上品な布でさまざまに飾られていた。
広い一枚ガラスの窓辺のテーブルに食事が運ばれ、私たちはミネルバの給仕で食事を楽しんだ。
「さて、何から話そうか?まずは時影くん。君の意見を聞かせてはもらえないかな?」
メイザースはパンを食べ終わるとハーブティーのような物を飲みながら私に聞いてきた。
「私の目的は、卯月さんの救出です。その為には貴方と手を組む必要を感じています。アストラル界を知らないわけではありませんが、今回は勝手が違う気がしますから。貴方の意見を伺ってから行動を決めたいと思います。」
私はメイザースに素直に答えた。メイザースは私の答えを気に入ったように頷いた。
「ふふ。これは意外な言葉だね。私から言わせれば、君の方がこの世界を知っていると思うんだがね。何しろ、これはレディの深層心理で作られた世界なんだからね。ここ数年、レディと創作活動をした君の方がこの世界を理解できるのではないかな?」
メイザースは深々とソファーに座って私を見た。
「いいえ。そう簡単でもありません。何しろ、ミネルバさんのような突然のお客様について私は知り得ませんでしたから。」
私はお茶を口にする。お茶は若干甘くて美味しく感じられた。それが、逆にここが仮想世界などではなく、19世紀、英国の魔術師が作り出した世界だと認識させる。
「そうか、まあ、そうかも知れないね。では、私が先に仮説を話そう。
ここはレディが作りあげたゲームの世界だ。そして、ゲームのように幾層もの世界があって、行き来できるが一定の条件を満たさないと辿り着けない場所がある。そして、レディがいる場所は我々がいるこのエリアと概念では繋がっているが、一定の条件をクリヤーしないと到達できない。
裏と表の世界なのだ。
我々は正解を引き当てたが、メフィストに邪魔されたと考えられる。
多分、レディはメフィストに遭遇していないか、契約する前の状態にいるのだと思う。だから、この世界は脆弱で、不安定で、裏技満載の世界観なのだと思う。」
メイザースはそう言って対上がると右手を伸ばした。気を溜める。それを掌から解放する。まるで万年筆の黄金のペンポイントから流れ出る様な優雅な強弱をつけながら彼の掌の少し前の方に濃紺に光り輝く魔法円が描かれてゆく。それは深夜アニメでよく見る光景の様であり、本格的な魔術の儀式を見るような神秘的な気持ちにもされる様な光景だった。
メイザースはゆっくりと時間をかけて魔法円を書き込んでゆく。そして、全てが描かれたその時、全身に魔力のオーラを活動させながら低い声で呪文を唱える。
「場面展開!!!!!」
それですか…と、少しがっかりしたような気持ちになる。近代魔術の創始者のメイザースが、スキルオープンって、しかも、ーを長くつけてラノベのキャラのようなあからさまな抑揚をつけて詠唱するなんて。
がっかりだ。
と、思うまもなく部屋が近代的に変わってゆく。
黒を基調にモダンな家具に包まれ、ゲーマーが座るような、レーシングカーの運転席のようなゴテゴテした椅子と複数の画面のあるパソコンがクルミ材の重厚な机に鎮座している。
メイザースとミネルバは服装まで現代的に変身する。否、ミネルバの衣装は、何かのゲームのコスプレのような派手で露出多めのものです。
「なんでヒロインのへそを出そうとするのかしら?」と、文句を言っていた作者のボヤキは聞こえて来そうなどころどころに穴が空きまくりのマーメイドラインのドレス。
が、それより驚くのはメイザースの格好です。ああ、21世紀になって…ジャージ姿のちょいワル親父なメイザースを見る事になるなんて。
しかも、あのゲームの人が座る椅子に足を組んで座っています。
「なんですか、これは。」
私は思わず叫んだ。
「レディの考えるゲーム制作者のイメージかな。」
メイザースは肩をすくめた。
「ミネルバさんのその衣装も、ですか?」
疑いながら私は聞いた。私の作者はヘソの部分に穴の空いたドレスを女性に着せるような人物ではありません。
「そうかな?いや、正確には彼女の負のイメージって感じだろうか。所詮、ゲーマーなんてヒロインはえっちにしたいんでしょ?といった投げやりな感じなんだろうな。
まあ、投げやりな中にも隠すところは隠して、肌色成分が多めの枠とか横腹、太ももを開けながらも、上品なセクシーさを考える、そう言うところは好感が持てるがね。」
メイザースが腿を叩くとミネルバがそこに座る。
「ええ。旦那様。この衣装はとても着心地が良くて、そして、美しく裾が広がりますの。」
ミネルバのドレスのスリットがゆっくりと広がり、太ももから足のラインが色っぽく剥き出しになる。
「ああ、それは君の足があってこその芸術だよ。」
メイザースはそう言ってミネルバの足に軽く触れる。
「ああ。旦那様。嬉しいですわ。」
ミネルバはメイザースの首に長い腕を絡ませる。
これ、必要なんでしょうか?
少し引き気味に私はメイザースのイチャイチャを見ていた。
まあ、メイザースのお色気シーンというのはあまり見られるものではありませんから、作者にあった時の土産話にもなるそうですが。
「とりあえず、このゲームを攻略して、レディのエリアに行かねばならないからね。彼女がゲームと意識してるなら、こちらもそれなりに対応ができる。私はこれから、このゲームの最速のクリヤーを目指してMODを作るから、少しミネルバの相手をしてくれないか。」
メイザースはそういってミネルバを立たせるとキーボードに向かった。
MODとは、ゲームに追加するプログラムのことです。公式で追加されるものもありますが、こうやって、無関係な人間がゲームのプログラムに非公式のプログラムを追加してゲームを有利にプレイする悪い人間も存在します。
普通では出来ないような、体力を無限大にするとか、攻撃力を公式の設定を超えてあり得ない数値を弾き出せるとか。そう言った不正行為の事をズルを意味するスラングでチート行為といい、ゲーマーからは嫌われる、とても悪い行為なのです。
私はメイザースを止めました。そんなズルをする人物の物語を作者が許すわけがないのです。
「チート行為なんてやめてください。そういうものは私の作者の作品の品位を下げますから。」
私は強くメイザースの左肩を掴んだ。メイザースは画面を見つめていたが、しばらくして私を面倒くさそうに見て言った。
「時影君。君は根本を間違っているよ。これはゲームではない。ゲームをモデルに作り出したWEB小説の異世界転移ものなんだよ。そして、そういったラノベで人気のテンプレは『異世界でチートして無双』
そう、異世界で無双する大魔法使。
私の為にあるようなテンプレじゃないか。」




