やさしい悪魔
作者は疲れたように剛さんを見た。
剛さんは無邪気に空のジョッキでメフィストからビールを注いでもらっていました。
「しかし…こんなに難しいと思わなかった…
一見、何となく適当な中世風味の舞台の話なのに、役がつくと、一気に欲にまみれるのね(-_-;)
なんか…破綻しなくて連載続けてる人たちを…先生と呼びたくなってきたわ。」
作者は深くため息をつく。
確かに、あの設定の異世界に剛さんを転生したら…何となく、良くない気がしてきます。
「まあ…なろうファンタジーの設定を使わなければいいのですよ。」
やはり、我々は本格ファンタジーを目指すべきなのでしょう。
前から考えている火星をモデルにした異世界なら、ずっと、剛さんの魅力が際立つに違いありません。
作者は少し困ったように苦笑した。
「でも…それを作るために5年を費やしたんだもの。下手でも作りたいわ。
なろう系ファンタジー。」
作者の笑顔に…願いを叶えたくなる自分を感じて切なくなります。
そう…それが目的だったのです。
なろうにログインしたのですから。
そのために…数十万の文字を積んできたのです。
叶えてあげたいと素直に思うのです。
「あーあ。まだ、無駄な事を考えてるんですか?」
メフィストが中世の衣装でやって来ました。
ハイソックスに、つば広帽。マントまでかけた正装ですが、とことなく、今風なのは、彼がラノベの世界に信者を持つからなのでしょうか。
「悪かったわね。考えるわよ。」
作者が不機嫌そうにメフィストを睨むと、メフィストは、くくっと笑う。
「本当に、日本人は面白い。転生したいと小説を書いたり、そんな本を買ってみたり…仏様も気を悪くしてませんかね。」
メフィストの言葉に、作者が眉を寄せる。
「ふん。仕方ないでしょ?大東亜戦争に負けたんだもん。
新しい文化と宗教が流れてきて…
世紀末には色んな事件があったの。
最近、また、そんな問題がおこって…
私、この『なろう系ファンタジー』って、そう言う宗教問題から離れるように作られた気がしてきたの。
一見、ガバガバの設定に見えて、世紀末のオカルトファンタジーより、宗教問題に発展しないって利点があるんだもの。」
作者の言葉に、メフィストは楽しそうに目を細める。
「そうですね、世紀末…なかなか面白かったですね。ふふっ。
でも、我々は『神』何ですから、死んだ人間の我が儘なんて気にすることはありませんよ。
どちらにしても、仏教徒で転生する人物はロクデナシなんだし、
神も悪魔も…コールセンターの人のように優しい存在じゃありませんから。」
ちゃっ…と、一瞬、メフィストは猫目になり、それから、優雅に手を宙で一回転させて、西洋のお辞儀をする。
「と、言うわけで、私は、一足先に出掛けます。」
メフィストはそこで、作者を笑顔で見下ろした。
「では、レディ。これで失礼します。」
メフィストはそう言って、作者を抱き締める!
何とかしようと動き出した私より早くメフィストは「ちゅっ」と、音をたてて作者の頭にキスをして、嬉しそうに私の作者の耳元でこう言った。
「必ず見つけてくださいね。待ってますよ。」
ドロン…と、昭和風味に煙をあげてメフィストが消え、私の作者は…
金髪碧眼の美少女にされていた。
全く、イタズラが過ぎます。
私が作者に駆け寄り、すぐに術を解こうとしたとき、作者に止められた。
「駄目よ。これは、奴なりの優しさなんだから。」
作者は傷をさわるように頭を撫でる。
嫌な予感がして私が作者の頭を探ると…メフィストがつけたアザが!
「直ぐに消して差し上げます。」
「だから、これは、奴の優しさなんだから…これで私は魔女。見て、」
と、作者が指差す平原にT字の大きなオブジェが見えます。
ここに来て、世界が変わった事に気がつきました。
「生命の樹…ですか。」
「うん。奴は、ここを『アルトラル界』に変えたのよ。これで、我々は首の皮1枚でホラージャンルに席を置けるし、異世界転生のグレーゾーンで話が作れるんだわ。」
アニメ声の美少女を…
私は、受け入れられずに見つめていました。




