なろう作家
「平常心を無くしても、お茶をこぼさなかった…
その一点だけは誉めて差し上げます。」
メフィストは穏やかにそう言って、作者が地面に置いたお盆のカップを手にする。
少女の作者は悔しそうにメフィストを睨んでから、泣き出しそうな顔をして私の方へと走ってきました。
「時影ぇ……(>_<。)」
仕方ありませんね。
私は呆れながらも作者を迎えるべく腰を落とした。
「はい。」
私は、少女の作者に優しく返事をする。
彼女の小さな頃を思い出します。
声は…こんなアニメ声ではありませんでしたが、どんな姿になろうと、私には素敵な女性なのです。
「『もえもえきゅん』が出ないから、異世界にいけないよ〜。」
作者は甘えたような訴えをする。
「別に、そんなもの、必要ありませんよ。」
私は思わず笑ってしまう。
確かに、Webでは『なろう系』と呼ばれる異世界ファンタジーが人気です。
しかし、人気がある分、投稿者も多数いますから、これで目立つのは至難の技です。
なにしろ、書籍化したプロと同じ土俵で戦うのですから、作者のような投稿の遅い素人は、目につく前に埋もれてしまいます。
逆に言えば、なろう系以外は投稿が少ない分、読者に気に入られれば、浮上の目も無いとはいえません。
少し難しいですが、本格ファンタジーを書くことが出来れば、日刊の300位くらいなら、ランクイン出来るかもしれません。
が、作者は渋いかおで私の意見を否定する。
「関係あるわ(T-T)
メフィストの説明、良くわかったもん。」
作者は膨れ顔で私を見る。
「では…異世界ファンタジーを諦めるのですね?」
メフィストが誉められたのは、気に入りませんが、本格ファンタジーの路線を目指す方が良い気はします。
「まさか…剛は死んでしまったのよ…もう、戻らないわ。どんな魔法の呪文でも…。」
作者は寂しそうに魔法円の中で浮かぶ剛さんのアバターを見つめた。
「でも…作品内で現実の事情を話さえしなければ、ただのファンタジーで成立します。
剛さんの転生は、我々、超越世界の事情であり、読者は預かり知らないことですから。」
私は、そう言いながら、南フランスを遥か古代の姿に戻した。
深い森。
まだ、人間の文明が栄えていない…遥か昔。
地球は寒冷期で、山や陸を覆う氷河の為に、陸地が広がっていました。
そんな時代の風景に、ギリシア風味の風の精霊を召喚します。
現在、海が広がる場所に広い平原が続きます。
この世界なら、ローでも、ハイでも…
後の設定で投稿可能でしょう。
「綺麗…ね。」
作者は少し肌寒いプロバンスの不思議な光景に目を細める。
温暖化で消えた寒冷地に住む角の立派な鹿がこちらを見ています。
「気に入りましたか?」
私は、作者が小さかった頃、2人で読んだ物語を思い出しました。
美しいオルフェイスの竪琴。
恋に赤く咲くアネモネ。
恐ろしく、そして、切ないアラクネの物語。
「そうね…。でも、今はこれじゃないと思うのよ。
それに、私は『なろう作家』なんだもん。
純文学が書けなくても、なろうテンプレが書けないっておかしいわよ。」
作者は少し自慢げにポーズをとります。
言いたいことはありますが、小さな頃の姿で、そう言われると…その夢を叶えてあげたくなります。
「では…やはり、『ナーロッパ』を目指すのですね?」
ナーロッパ…なろう系ファンタジーの舞台になる、なんか、中性風味のヨーロッパの事です。
ちなみに、あまりよい意味では使われません。
ナーロッパには、細かな設定はないのです。
木にしても、杉か松か…寒冷地なのか、温暖なのか…そんな設定はありません。
木は木なのです。
しかし、それで話が通じる世界なのです。
これは、ゲームの世界を知らない人間には、楽しみ方が分からずに混乱したりします。
外国人になって直訳の俳句を読んでるような…奇妙で、不安な気持ちになります。
そして、外国人がいきなり俳句を書けないように、慣れない我々には、あの行間に隠されている景色を描けずにいるのです。
「ナーロッパ…(;゜゜)それは書かないよ。分からんもん。
まずは、なろうテンプレと雰囲気だけを使うよ。
まあ、どちらにしても、ここの読者が見ている『異界』が分からなきゃ、書けないんだけど…
さっき、やっと理解できたわ(T-T)」
作者はそう言って深いため息をつき、それから、もとの姿に戻ると、私に笑いかける。
「コーヒーをお願い。やはり、私は、あなたのコーヒーを飲む役が良いわ。」作者の言葉を私は笑顔で受けた。