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魔法円から放たれるブルーライトの柱の中で剛さんのアバターが浮いています。
中世風味の古い墓地で、作者は涙を流しながら目を閉じる剛さんのアバターを見つめていました。
「すごいわ…ね。」
作者は声を震わせた。
「剛は写真が嫌いだったの…だから、写した枚数も少ないし、尻とか、後ろ姿とか…嫌がって逃げるものばかりで…それすら、私、喧嘩をするたびに消去していて写真…ないんだ。」
作者は静かに涙を流しながら彼を見た。
私は、かける言葉が見つからなかった。
色々あって、2年、会うことなく逝ってしまった剛さんの写真が1枚も無い事に、作者は愕然としていました。
そして、剛さんの顔を思い出せない事を悲しんでいたのです。
それが…こんなにリアルに…精密に想い描けるとは!
人間の記憶の不思議を垣間見た気がします。
私は、彼女が静かに思い出に浸れるよう、メフィストを一時、イチイの木に変えました。
「凄いわね…ここに来て、魔術の効能を想い知ったわ。
写真の無い時代、薄れる記憶から、懐かしい故人を思い浮かべる…
記憶の活性化…
これは、とても焦がれる技だわ。
なんか、交霊術の本来のあり方を実感できた気がするわ。」
作者は涙を拭いて、力強く剛さんのアバターをみた。
それから、私の方に向き直る。
「さあ…始めましょう。わたし、ここに来て、やっとなろうファンタジーをつかんだ気がするわ。」
作者はそう言って笑った。
「何をしましょうか?」
私は、その笑顔に嬉しくなる。
作者ははにかむように軽くうつ向いてから話始めた。
「なろうテンプレ…人気のWEBファンタジーの大まかな展開の事なんだけれど、これが、ネットを外れると不評になるわ。
大した功績もない、平凡な男や駄目人間が、たまたま誰かを助けて死んだとして、異世界の一国をぶっ壊す力を授けてもらい、好き放題は釣り合わない。
私もその意見に賛成だったわ。」
作者は言いながら、世界を一時、闇に落とす。
魔法円の光の柱だけが怪しい輝きを放っています。
「そうですね。普通、ファンタジーに登場する主人公は、罰として異世界に追いやられますから。」
私は作者の少女時代を思い出し楽しくなる。
「でも…この世界には、この世界の流儀があるのよ。
異世界に行く、主人公の駄目人間に様々なギフトを渡す女神…それが、突然、主人公が亡くなって、混乱する家族や友人の象徴なら…やっぱり、色々つけてあげたいもの。」
作者は悲しい気分を振り払うように、美しい南欧の平原を作り出す。
「あなたも…チートをあげるのですか?」
WEBファンタジーの主人公は、飛んでもなく強力な力…主に、魔法のようなものを神に授かるのですが、
話の設定を降りきるようなそれらの能力は、『チート』と、呼ばれています。
もとは、ゲーム由来の言語のようですが、若干、ニュアンスは違うようです。
「チート……(;゜∇゜)
まあ、そうね、良くわからないけど…
でも、それは他人の評価のことだと思うから、考えないわ。
そんな事より、まずは、彼をイケメンにしようと思うの。」
作者は涙目になりながら、剛さんのアバターをみる。
「いっ…イケメン…。」
ビックリしますが、WEB小説ではお約束です。
「うん。アイツ、見た目で損していたところがあるし…。
剛、幼女が好きだったの。」
「幼女…ですか。」
作者には泣ける思い出でも、こちらはドン引きです。
「うん…イベントに遊びに来る家族連れを見るのが好きだったの。
昔、正月か何かに、少し大きなショッピングモールに皆で行ったんだ。
で、買い物が無い剛をフードコートに置いて、私達は買い物してたの。
だって、車で1時間はするところだから、なかなか、遊びにこれないし…
で、夢中になっていたら、友達が私を呼びに来たの。
『剛がフードコートで幼女をガン見していて、ガードの人が不審がってる』って。」
「……。」
「でね、私もビックリして合流したのよ。
剛に悪気が無いのは分かるんだけど、色々と嫌な事件があった時で、見られる家族も不快だろうとおもってね。」
作者は既にウルウルしていますが、中年のおっさんのアバターを見つめながらそういわれても…シュールです。
「そうで、しょうね。」
「私、ジュースを買って剛に渡して……って、アイツ、1時間も水で粘るって酷いわよね?」
「それなら、1時間も剛さんを置いて、買い物している貴女もそうではありませんか?」
私がそう言うと、ふくれっ面で私を見て、何かを言いたそうにしていましたが、すぐに諦めて遠くを見つめました。
「あなたにはわからないわよ…移動で1時間使わないと、ショッピングモールに行けない悲しさなんて…
何日も前から、どこに行くか、何を買うか、考えて行くのよ…。
大体、最初から、自由時間は決めてたもの。
剛は、賑やかなところが好きなのよ。
人がイッパイいるところを眺めていたいって言ってたわ。
都会の人にはわからないのよっ、平日に殆ど人が居ない風景なんて。
だから、剛の気持ちもわかるわよ。
だけど、いくらなんでも、水は無いじゃない?
ジュースを1杯くらい頼めば良かったのよ。」
作者は渋い顔をして、私を見て、ため息をつく。
「そうね…私、怒っていたわ。そして、不機嫌に剛に言ったのよ、あんまり幼女を見るなって、そうしたら、アイツ、私に無邪気に笑いかけながらこう言ったの。
『かわいいね。いくら見ていても飽きないよ。俺もまともだったら、こんな子供と、あんな風にご飯を食べていたのかな…』って。」
作者は言いながら、泣いていました。
自由人の剛さんは、良く、作者と喧嘩をしていましたが、毒の無い、無邪気な剛さんだから、ながく友人でいられたのでしょう。
「大丈夫ですか?」
私が、慰めようと近づくと、作者は泣きながら剛さんを見つめました。
「誤解されやすい奴だったんだ。
正直、私も心配してた。
でも…いい人のまま死んじゃったよ…。
ごめん、剛…
だから、異世界では、良い男に転生させたいんだよ…。
領主の家の子にしてさ、親の方から、子供を差し出して、『抱いてあげてください』って言われるような。」
作者は本格的に泣き出した。
私はしばらく、どう答えようか迷い、そして、こう聞いた。
「では、異世界転生ものにするのでしょうか?
我々の場合、経緯を別枠で書くことで、ファンタジーカテゴリーも可能だと思いますよ。」