認識2
す、座ろう。
奈美は思い直して自分の椅子にすわる。
心臓が激しく動き、悪感と、恐怖がおそってくるなか、奈美はとりあえずコーヒーのカップをもった。
取っ手を持つ手が震える。
仕方ない、奈美はホラー小説最悪の…それでいて、定番の終わりを思い浮かべていた。
死にオチ
そう、この怪奇現象は全て奈美の夢で、実は脳梗塞かなんかで倒れて、本体は市民病院のベッドの上、なんて終わり方は、手っ取り早くて、ホラーっぽい。
死んだばーちゃんの声まで聞いてるし、剛は人形みたいだし、あながち無いとは言えない。
確かめるしかない。
奈美はコーヒーを口に含んだ。
夢なら、カラーや、感触までは経験があるが、香りを感じたことはない。
特に、コーヒーの苦い味覚を再現するのは、夢なら出来ないと、奈美は考えたのだ。
目を閉じて冷めたコーヒーを口に含むと、微かに苦く、甘い香りが鼻孔をついた。
よっ、よっしゃ!
奈美は、黒ひげ危機一髪の最後の攻防を勝ち抜いた時を思い出した。
家族揃って正月のあの行事を楽しむためには、この世界を何とかしなければいけない。
気合いのため息をついて、さっきから、失礼なほどこちらをガン見する剛を観察した。
死んでないなら、取り憑かれたか。
奈美は、落ち着きを取り戻して周りを観察した。
のの様を怒らせたのかしら?
奈美は、祖母の台詞を思い出す。
死んでないなら、さっきの祖母の台詞は警告だわ。
のの様とは、多分、のんのん様。
神道から外れた妖怪と神様の狭間のモノ、のことだと思う。
祖母は、そういう類いの扱いが上手かった。
代々大工の奈美の家は、地元の神棚や方位などにも詳しい。
家の新築や解体にあたり、ふつうの職業よりも、そういったオカルト経験値が上がるのはしかたない。
が、子供の頃から痛い目にあってきたヤンチャな奈美は、それらに関わらないように気を付けていた。
昔、川から人面石をひろってばーちゃんに叱られ、よなよなお化けに叩き起こされたりして来たのだから、奴等の怖さも優しさもよく知っていた。
が、今回は、自称マルチン・ルターだ。
キリスト教徒じゃあるまいし、マルチン・ルターに悪さをした覚えはない。
奈美は、疑いの目を剛に向けてみたが、心霊スポットの幽霊すら、なんとなく寄り付かない、そんな嫌われオーラのある剛が、何かを連れてくるとも思えなかった。
心霊体質とまではいかないけれど、結構な確率で怪しい出来事にぶつかる奈美は、剛と行動すると安心できた。
それほど、剛はお化けに嫌われる。
だとしたら、やはり、私が原因か。
奈美は、眉をよせて面倒に巻き込まれたことを後悔しつつ、今後の行動を慎重に考え始めた。