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街路樹に寄り添う男

作者:
掲載日:2017/10/28

あなたは、街路樹について考えた事がありますか?

いつもの帰り道。

授業が終わり、自転車に乗って家路に向っていた。


家の前の長い一本道。

道の両側には、街路樹として立派なイチョウの木が植えられている。

秋には、見事な紅葉が楽しめるが、今は季節外れの為に葉は落ちて寂しい装いになっている。


ふと、イチョウの木に目をやれば、木の側には作業着を着た男が立っていた。


その男は、ただ木の幹に手を当ててじっと立っていた。


何をしているのかと疑問に思いながらも、家路に急ぐ。


次の日も、そのまた次の日も。

雨が降ろうが、男は、木の側に立っている。

木の幹に手を当てたり、幹を撫でていたり、話しかけていることもあった。


何故、男は毎日イチョウの木の側に居るのだろうか。

考えたら気になってしまい、自転車を漕ぐスピードも遅くなっていた。


もし、明日も男がいたら、何故 毎日同じ場所に居るのか聞いてみよう。


そう決心しながら、ペダルを力強く漕ぐ。


次の日。

男の事が気になり、なかなか授業に集中出来なかった。


「杏、どうしたの? さっきの授業、ボッーとしてたでしょ?」


「えっ…うん。 ちょっと、気になる事があって」


「なになに〜、もしかして、好きな人でも出来たの? とっとっと、白状しなさいよ〜」


「ちっ、違うよ! ただ、帰り道に不思議な男の人がいるから、気になって」


「不思議な人!? そ、それって、不審者とかじゃないよね? 杏、帰り道気を付けるのよ!」


「心配してくれて、ありがとう。 でも、大丈夫! あの人は、確かに不思議だけど危ない感じじゃないから」


「そんな事、分からないでしょ! とにかく、気を付けるのよ!」


(だって、あの男の人は本当に優しい目でイチョウの木を見つめているから。)

ボソッと、ゆきちゃんに聞こえないように呟く。


「私は、委員会あるから先に帰ってね!気を付けるのよー!」

そう言って、ゆきちゃんは教室を出て行った。


スクールバッグを持ち、駐輪場に向かう。


あの男は、今日も居るのだろうか。

もしかしたら、居ないのではないか。


グルグル頭の中で考えながら、駐輪場へ向かった。


自転車に跨り、いつもより早目に漕ぐ。


この曲がり角を行けば、あとはあの長い一本道。


曲がり角を曲がり、イチョウの木に目をやれば、木の傍らにあの男の姿。


「よしっ」と心の中でガッツポーズをして、男に少しずつ近付く。


近付きながら、ハッと思った。

どうやって、あの男の人に話しかけよう…

いきなり、近付いてきた女子高生が「何で毎日、イチョウの木の側にいるんですか?」なんて聞いてきたら、びっくりするのではないか?

もしかしたら、そんな事を聞く私の事を変人だと思うかもしれない。

いやいや、そんな事を聞く私よりも、毎日この木の傍にいる男の方が変人だろう。


頭の中で、1人何役もしながら格闘していると、


「僕に、何か用かい?」

と、目の前の男から話し掛けてきた。


「えっ?」


「僕の気の所為ならいいんだけど。 なんか、毎日僕の方を見ているような気がして…自惚れだったらごめんね」


そう言いながら、男は赤くなった頬を指で掻く。


まさか、男の方から話し掛けてくるとは思わずにびっくりしてすぐに返事が出来なかった。


そんな様子を見た男は、私に向って「変な事を言ってごめんね…」っと言って立ち去ろうとした。


「ま、待ってください!」


男が行ってしまうと思った私は、引き留めようと声を出したが、自分の思っていたよりも大きかったらしく、男は、びっくりしていた。


そんな男の様子を見て、続け様に言った。


「あなたに聞きたい事があるんです。 何故、毎日の様に木の側にいるんですか? しかも、いつも同じイチョウの木の側に…」


男は、溜息をつきながら言った。


「やっぱり、見られていたかぁー。でも、そうだよね…毎日、同じイチョウの木の側にいたら怪しいよね。独り言言ったり、撫でていたら。 もしかして、僕…変質者に思われてる?」


自分の行動を思い出し、段々顔色が悪くなる男。


「落ち着いて下さい! 周りの人は、どうか思っているかは分かりませんが…少なくとも私は、変質者だとは思ってはいません。 少し、不思議だなとは思いましたけど…」


その言葉を聞いた男は、少し落ち着いたみたいで表情が柔らかくなった。


「例え、ウソでもそう言って貰えて嬉しいよ。 でも、僕が毎日 木の側にいる理由を君に話してもいいけど…話は長いし、楽しくはないよ。 それでも、聞くかい?」


「はい。 ずっと、あなたの事が気になっていたので…是非、お聞きしたいです!」


私がそう言うと、男は、恥ずかしそうに頬を掻いた。

照れると頬を掻くのが、癖らしい。


「そう、改まって言われると恥ずかしいな。 先に言っておくけど、本当に面白くないからね! 実は、僕…最近こっちに引っ越して来たんだ。 そうは、言っても小さい頃はこっちに住んでいたんだけどね。あれは、僕が小学生の頃だった」


そう言って、男はイチョウの幹にそっと手を当てた。


「この長い一本道の先に、僕の家があってね。この道は、通学路だったんだ。だから、毎日歩いてた。だから、あの時の僕は…ちょっと大人になった気分だった」


「あの時の僕? ちょっと、大人になった気分?」


「あぁ、ごめん! 意味が分からないよね。 あの日も、いつもと同じように、この道を通って家に帰った。 ご飯を食べた後、宿題をやろうと思ったら宿題を学校に忘れた事に気付いたんだ」


そう言った男は、イチョウの木に手を当てながら話始めた。


**********************************************


宿題を忘れた事に気付いた僕は、学校に宿題を取りに行こうとした。


時刻は、午後7時。

秋の夜は、暗くなるのは早い。


でも、僕はワクワクしていたんだ。

だって、暗い道を歩く。 何か、冒険みたいじゃないか!

例え、毎日通っている道でも。


そう考えた僕は、懐中電灯を手に家を飛び出した。

もちろん、両親には内緒でね。 だって、両親に話をしたら止められるだろ?


だから、両親がお風呂に入っている隙を狙ったんだ。

出来るだけ、音を立てずにこそっとね・・・


家を飛び出した時は、もうワクワクが止まらなかったよ!

あのワクワク感は、今でも思い出せるんだ。


でも、あの頃の僕は、冒険が出来るという事しか頭になかった。

僕が、こんな事をしなければ、あんな事にはならなかったのに・・・。


いつもの様に、長い一本道を下り、小学校に着いた僕は教室まで行き、無事に宿題を取ってくる事が出来たんだ。

宿題を鞄に入れ、家に向かって歩いていた。

そして、家の前の長い一本道まで戻ってきた時だった。


突然、一台の車が猛スピードで歩道に突っ込んできたんだよ。

それは、本当に異常なスピードだった。

後々、聞いた話だと、その車の運転手は飲酒していたらしい・・・

飲酒運転なんて、馬鹿のする事だ。

なんで、飲酒してまで乗る?

何故、自分は大丈夫だと思うのか不思議でならないよ・・・。


あぁ、話が逸れたね。

気付いた時は、目の前に車が飛び込んで来てたんだ。


両親に一緒に宿題を取りに行ってもらっていれば・・・

明日、先生に宿題を忘れましたと正直に言えば・・・

こんな事にはならなかったのに・・・

でも、後悔しても遅かった。


もう、ダメだと思った時に、僕の目の前に立ってくれていたんだ。

大きく、枝という手を広げ、幹という立派な体で車を受け止めてくれた。

ずっと、そこにいて静かに僕達を見守ってくれていた。

それがこのイチョウの木なんだ!


この木のお陰で車が止まり、僕には車の破片しか飛んでこなかった。

といっても、小学生の僕には衝撃が強すぎてね。


気が付いた時には、病院のベットに居て、目の前には涙を流した両親がいたよ。

そこで、僕は本当に悪い事をしたなって思ったんだ。


幸い、僕は軽傷で済み、退院したんだけど、両親の仕事の都合で引っ越したんだ。

最後に、助けてくれたイチョウの木にお礼を言ってね。

(僕を助けてくれてありがとう)

その時に、僕は聞こえたんだ。

(僕らは君たちを守る為にいるんだ。君が無事で本当に良かった)


そう言ってくれたイチョウの木は、僕を守ってくれた代償で、幹が傷だらけになり、枝は折れていた。


でも、その姿は周りの木達よりも、とても恰好良く見えたんだ。


それから、僕は木に興味を持つようになり、街路樹剪定士の資格を取ったんだ。

僕を救ってくれたこのイチョウの木のように、僕も沢山の木を救いたいって思ってね・・・。


それで、1カ月前にここに配属されたんだ。

それが嬉しくて、嬉しくて。

だから、毎日 ここに来て木達の体調を見ているんだよ。

今日の体調はどうだい?ってね。


**********************************************


そう言って、男は笑顔で話を締めくくった。


「そんな事があったんですね・・・」


「そうなんだ。長くて退屈なお話をして悪かったね」


「いえいえ、すごくいいお話でした。でも、まさか・・・この木が私達を守ってくれているなんて考えた事がありませんでした」


「そうだろうね。当たり前にそこに居る。そこに居る事に疑問を感じなくなっているからね」

男は、少し目線を下げながら言った。


「当たり前を当たり前だと思い込んではいけないんですね」


「当たり前なんて存在しない。当たり前の裏には、誰かの努力や頑張りが隠れているんだよ。だから、僕達は当たり前というものに感謝しなくてはいけないね」

そう言って、優しく微笑んだ。


「そうですね」


「さぁ、今日はこれ位にしようか。そろそろ、暗くなって来たからね。気をつけて帰るんだよ」


「はい、ありがとうございました。 えぇと・・・」

お礼を言おうと思ったが、名前を知らない事に気付いた。


「僕の名は、木梨。木梨 いつきって言うんだ」


「樹さん・・・ 私は、林田 杏です。」


「杏ちゃん、気を付けて帰ってね」


「はい、樹さんも。 では、さようなら」


そう言って、私は、樹さんと手を振り別れた。


(明日は、どんな話をしよう。 樹さんは、明日もあのイチョウの木の傍にいるはずだ。)


ワクワクしながら、長い一本道を自転車で駆け上って行った。



当たり前とは、一体何なのでしょうか?当たり前を当たり前と思わずに過ごしたいものですね。

では、最後に飲酒運転ダメ!絶対!!

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