(6)
『はい、どうぞ!』
その晩、ヘザーが腕を振るった料理がテーブルに並んだ。
新鮮な生野菜のサラダにグリルドサーモン、パン、それに、丸々ひとつのパイもだ。
ついでにと、味気のなかったテーブルには今は清潔感溢れるクリーム色のクロスが敷かれ、中央には三輪の黄色いガーベラも飾ってある。
それらを前にした途端、ティアナンの目がまるで奇跡でも目の当たりにしたかのように驚きに見開かれた。
「こんな豪勢な料理、それに贅沢、神の裁きが下りそうです!」
『これくらいでそんなこと言ったら、この国にいる人のほとんどがもう裁かれまくってるよ……?』
大げさとも言える反応に、ヘザーは苦笑を隠せない。
「しかし、ここまで飾り付ける必要も……わたしにはもったいない」
『そんなことないってば。食事ってね、舌だけじゃないの。見た目も匂いも、それに雰囲気も、五感をフルに使って楽しむと美味しさも倍増するんだよ』
「そこまで考えたことはありませんでした。修道院では常に、質素な食事で満足するのが当たり前でしたから」
『修道院にいたの? 学校じゃなくて?』
本格的なんだな、とヘザーは驚く。
単なる神父ではなくエクソシストとなると、そこまでしないとなれないものなのかもしれない。
「ええ。メニューもほとんど決まってましたね。朝食はなく、昼に軽い水代わりのエール、パン、チーズ。夜には豆のスープとパンとリンゴ。時には、贅沢で魚や肉が出されます」
ヘザーは唖然とし、首を振る。
『信じられない……! 今でもそんなストイックな生活している修道院があるんだね。っていうか、だからなんだね、あのスープ』
ここに来た日に出されたティアナンが作ったスープは、おそろしいほどに味がなかった。具もジャガイモだけで、申し訳程度に塩で味付けをしただけ。
監獄の囚人だって、もっとましなものを食べているだろうと思ったほどだ。
いつものように食前の祈りを唱えた後に、サーモンを一切れ口に入れたティアナンが心底驚いた様子で呟いた。
「これは……! おいしい! こんな素晴らしいもの、初めて食べました」
大げさな賛美にヘザーは気恥ずかしさを感じたが、素直に嬉しさも隠せない。
『ありがとう、口に合って良かった。居候してるから、これくらいはしなくちゃね』
「あなたは、とても良い子ですね」
子供扱いしないで。
そう言おうとして、しかし、ティアナンの次の言葉に、口を閉ざす。
「なんだか妹を、思い出します」
『妹さんがいるの?』
「ええ……いえ、いたのです」
『いた?』
「亡くなりました」
『どうして』
「病で」
ヘザーの胸がざわつく。
だから彼は自分のことを気にかけてくれるのだろうか。
「そんな顔をしないで下さい。妹は、幸せな一生を送ったのです。後悔はないと家族に告げて、穏やかにこの世を去ったそうです」
「去ったそう、って、最期に会えなかったの?」
「はい。わたしは、その時は遠くにいましたから」
そう寂し気に言う彼の顔に陰りがさし、それ以上は訊けなくなってしまった。
彼よりも若い妹なら、もしかしたらヘザーと同い年くらいだったのかもしれない。なのに、悔いを残さず自分の死を受け入れられるなんて、どのように彼女は生きたのだろう。
(あたしって、ほんとダメだな……)
明日が、必ず来ると思っていた。
それが当然だと思って、ただ流されるままに生きていたことが、急に悔やまれた。だったら、と思った。
(まだこうやってこの世界にいられる『今』は、やりたいことをやろう。めいっぱい)