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『違う、こうじゃない……』


 ティアナンとのデートは、ヘザーが望むものからはおよそかけ離れたものだった。


『普通はロマンチックな映画の後でディナーとか、遊園地とか、夕暮れの浜辺を散歩とか』


 部屋の片隅に立ち、ぼんやりと目の前で繰り広げられている光景を眺める。それは、修羅場だった。

 ベッドの支柱に四肢を括り付けられ暴れる少年VSティアナンの、真剣勝負だ。


「が……ッ! ぐああああああッ!」

「去れ、悪魔よ! 神の名の元に……ッ!」

『それがなんで、悪魔払い&ゴースト屋敷巡りなの!?』


 ヘザーの叫びは、悶える悪魔のひび割れた声にかき消される。

 ――ティアナンがよく行く場所に連れて行って欲しい。

 うっかりそう言ってしまった自分を激しく後悔したが、今更だった。

 ヘザーとしては、もっと違う場所を想定していた。例えば、カフェや大きな公園だ。

 しかし、よくよく考えて見れば、あの古風な生活を好むティアナンが今流行りのコジャレた店になど進んで行くはずもない。

 自分で自分が馬鹿だったと、心底呪いたいと思う。


『あ~、これ、いつまでかかるんだろ……』


 ヘザーには見える。時折、苦しみもがく少年の体に重なって、人ざる者の半透明の姿が浮かび上がり、離れそうになる。

 しかしそれは痙攣し、身をひきつらせながらも必死に抵抗を試み、再び人の体の奥に逃げ込もうとする。

 ティアナンが唱える聖書の言葉に、悪魔は凄まじい絶叫を上げる。

 醜い顔をぐしゃりと歪ませて、ティアナンを睨み付ける。


「さあ、告げろ、お前の名は!?」

『……ゲイリー!』

「ゲイリー」


 ティアナンの表情が、一瞬、安堵に和らいだ。しかしすぐにそれを引き締め、再び十字架を強く握り直し、突き付ける。

 以前観た映画にあったシーンそのままだ、とヘザーは思った。


『ってことは、これ数時間かかるかもしれないってことだよね……』


 そう考えてひとりごち、げんなりして唸る。

 もう三時間もこの緊迫した空気の中にいる。空腹で、今にも胃が切ない音を上げそうだった。

 だからと言って『ちょっと失礼。あたしは先に帰ってるので、後はよろしく』なんて声を掛けられる雰囲気でもない。

 結果、ただこうして部屋の隅に立ちつくすのみだ。

 ゴーストらしいと言えばらしいかもしれない、て言うか、ゴーストってよくずっと同じ場所にただひたすら立っていられるな、あたしなんて三時間でもう限界なのに、それにしてもお腹が空いて死にそう、あ、もう死んでるんだった――などと思考が止めどなく流れてゆく。

 ふいに、胃が切ない音を立てた。空腹のあまり、粘り続ける悪魔に腹が立ってきた。デートどころか、このままでは食事すらもできない。

 意を決し、ツカツカと悪魔に歩み寄る。


『まったくもう! いい加減に観念しなさいったら!』

「ヘザー!?」


 横たわる少年の腹に思い切って手を突っ込み、悪魔の体を掴んで引きずり出す。

 それは人の姿には近いが、角が生え、全身毛むくじゃらだった。

 暴れる悪魔を何とか抑え、床に自分の膝で押し付けるようにして捕まえる。


『ちょ、髪引っ張らないで! かっ、顔も引っ掻かないでったら!』


 子供のように小さな体なのに、その力は凄まじい。

 キーキー喚く悪魔の不快な声に耳を塞ぎたくなるが、手の力を少しでも緩めれば、瞬く間に逃げられてしまいそうだった。

 あ然とした表情でその様子を見つめるティアナンに、ヘザーは叫んだ。


『は、早く、今のうちに! 済ませちゃって!』

「えっ? あ……、は、はい! ――去れ、悪魔ゲイリー! 神の名において!」


 聖水を悪魔に浴びせかけ、十字架を悪魔の額にティアナンが押しつけて叫ぶと、悪魔は断末魔の声を上げた。

 その体がびくびくと痙攣し、ぴたりと動きを止める。

 そしてそのまま黒い霧のようにぼやけた姿になり、かき消えた。

 ほっとしたのもつかの間、ティアナンは呆然とその場に座り込んだヘザーを見やる。


「大丈夫ですか!?」

『うん、ちょっと顔がヒリヒリするけど』


 爪で引っ掻かかれた頬が熱い。


「あんな無茶をするなんて。少し、しみますよ」


 眉を寄せたティアナンは、首に掛けた布――ストラに聖水を染み込ませる。そしてそれをヘザーの傷にあてた。


『……ッ! い、』


 その痛みに、ヘザーは思わずひゅっと息を飲む。焼けるように熱い。


『あ、あたし、ゴーストなのに怪我するんだね……』


 はは、と笑うが、ティアナンは神妙な表情で眉を寄せる。


「悪魔が相手だったからでしょう。ゴーストが怪我を負うなど、通常ではありえません。悪魔は本当に危険な存在なんです。下手したらあなたも消されていたでしょう。だからもう、あんなことはしないで下さいね。今回は無事で本当に良かった」


 ティアナンは言い、弱々しく首を振って溜め息をつく。

 本心から案じてくれているのがその表情でわかり、ヘザーは勝手な行動をしたことを今更ながらに申し訳なく思い、素直に頷いた。

 理由が「空腹で腹が立ったから」というのがまた何とも恥ずかしい。


『でも待って、消えるってことは、もしかしたらあたしにとってはいいことなんじゃ?』


 これにティアナンは真顔できっぱりと言い切る。


「その場合、あなたの行き先は天国ではなく地獄です、問答無用で」

『なるほど』


 ヘザーも同じく、真顔で頷く。


『わかりました、もうしません』


 ティアナンは悪魔から解放されて床に倒れていた少年を抱え上げ、優しい手付きでベッドに戻した。


『その子、大丈夫なの? なんかまだ顔色悪いけど』

「今は気を失っているだけですよ、大丈夫。顔色も、悪魔に憑かれていた影響で、消耗しているせいでしょう。栄養のある食事を取って、少し休めばすぐに回復するはずです」

『良かった』


 ヘザーがほっとして頬を緩めると、ティアナンもにっこり笑う。


「下の部屋で待っている家族の方を呼びましょうか。きっと、相当心配している」


 悪魔との戦いのために乱れた少年の身なりを素早く整えるティアナンの手首に赤い線が一本走っているのを、ヘザーは見つけた。


『ティアナン! ティアナンも、怪我してる!』


 何かで引っ掻いたような、まっすぐ伸びた赤い傷だ。

 言われて、ティアナンも今気付いたようにそれに視線を落とした。


「え? あ、ああ、これは……」


 慌てるヘザーに反し、ティアナンは平然とした様子で傷をそっとなぞる。そして心配そうなヘザーの目から隠すように、手首を袖できっちりと覆った。


『ちょ、いいの? そのままで! 悪魔に付けられた傷は危ないって今言ったばかりで……!』

「わたしにとっては日常茶飯事で慣れてますから、大丈夫です。すぐに治りますから」

『そう……なの? ならいいけど。エクソシストのお仕事も、大変なんだね』


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