(2)
視線を感じる。皆が自分を見ている。
久し振りに自分の足でしっかりと地面を踏みしめ、そのことに違和感と嬉しさを覚えながらも学校へ行くと、ヘザーは自分に向けられる周囲の目が変わったことにすぐに気付いた。
今までであれば、軽く肩がぶつかっただけで罵声を浴びせてきた乱暴なタイプの男子生徒でさえ、「あ、ごめん」と言う。そしてそれがヘザーだとわかるとあんぐりと口を開け、道を譲る。ヘザーはそれににっこりと笑い、ありがとうと言う。
今まで自分が憧れていた、クールな存在に近付いたのだと思う。
けれど、ヘザーの気分は複雑だった。
(あたしの外見が変わった。だから、周りのあたしに対する評価も変わった。でも不思議。思っていたより、嬉しくも誇らしくもない)
それよりも、元のヘザーでも構わず受け入れてくれたティアナン、それにヴィクトリアがますます大切な存在に思える。
放課後、学校の傍のカフェでヘザーが愛読誌を開いていると、近付いて来た人影があった。
顔を上げる。そこにいたのはルーカスだった。
目が合うと、はにかむように控えめな笑顔を見せる。
「ハイ、ヘザー……」
「ルーカス! 体は、大丈夫?」
「え?」
「悪魔に憑かれてたでしょ?」
その言葉に、瞬間、彼の顔色が変わる。
「どうして、それ知って――」
だからヘザーは慌て、「噂で聞いたの」と早口に付け足した。
ルーカスは微かに決まり悪そうに眉を寄せたが、すぐに小さく頷いた。
「もう大丈夫だ。って言うか、俺よりおま……君のほうが」
「あたし? どうして?」
「どうしてって、その」
ああ、そっか、と自分で言ったことのおかしさに苦笑する。
ヘザーは、自殺未遂をしたと思われているのだ。それもおそらく、彼のせいで。
「うん、あたしも大丈夫。ありがとう。お互いに大変だったよね」
「あ、あのさ、あの時は本当に悪かったって思ってる。で、お詫びって言うのも何だけど、あの話、本当のことにしてくれないかな」
「え? 本当の?」
「デートして欲しいんだ」
「デート……」
思ってもいなかった誘いだった。
思わずぽかんとした表情で目の前の相手を見つめると、彼はテーブルに身を乗り出し、真剣な様子で続ける。
「こ、今度は嘘じゃない! それに、まだ少し先だけど、プロムにも一緒に行って欲しいんだ!」
「まさか、あたしと!? で、でも」
これにはさすがに驚きの声を上げてしまった。
耳を疑ってしまう。
それは、叶うことなどないと諦めつつも夢見ていたことが、現実になった瞬間だった。
「お詫びでそうしたいんじゃなくて、その、本当に、したいんだ。だって君、ものすごく変わった……!」
言われてヘザーは、改めて自分で自分を見下ろした。
「そうだね。確かに変わったかもしれない」
「だろ? 俺とデートしてプロムに行けば、君は、学校で一番クールな女の子になれるんだ! 悪くない話だろう?」
違う、とヘザーは思う。
本当のクールな人間は、そんなんじゃない。
「見た目は変わっても、あたしはあたしのままだよ? 今でも、オタク趣味だし」
そう言って、読んでいた雑誌の表紙を掲げて見せる。それは彼女が定期購読しているサイエンス誌だ。
「そんなの全然構わないよ! だから」
身を乗り出して、早口に言うルーカスの目は、真剣そのものだった。
今度こそは、ヘザーが誘いに乗って頷いても笑われることはないだろう。それは間違いない。
それに彼の言うとおりルーカスの隣にいれば、学校で一番、一目置かれる存在にもなるだろう。それも間違いはない。
ヘザーは、ふわりと微笑んだ。
「……ルーカス、ありがとう」




