(2)
『ガス爆発、ですって』
ヴィクトリアが、スマートフォンから目を上げて言った。
ティアナンが住処としているこの家には、パソコンはもちろんテレビすらもない。
『この前の事件。結局、そういうことになったみたいよ。一部の超常現象研究家とやらは、目ざとく『これは事故じゃない』って騒いでるみたいだけど、悪魔の仕業とまでは掴めてないみたい。プロを名乗ってるわりには、まだまだねぇ』
ふふん、とヴィクトリアが唇の両端を上げて軽く笑う。
あの時の激しい音は、悪魔がラウンジに火を放ったものだった。
咄嗟に駆け戻ったティアナンは炎に飛び入り、逃げ場を失っていた人々の盾になり、避難させた。
あまりにも向こう見ずな行動にヴィクトリアに後に叱られたが、「死んでも翌日には戻りますから」とティアナンは一笑に付しただけだった。
「しかし、死人が出なかったのは幸いでした。怪我を負った人には、申し訳ないとしか言いようがありませんが」
『ティアナンのせいじゃないよ。悪いのは、全部悪魔だから』
ヘザーが慰めるように言うと、ふと、ティアナンの眉間の皺が消える。
「……そうですね。でも、やはりこれ以上はあの悪魔の好きなようにはさせておけません」
『あのバーで、何かわかったの?』
「それが」
『メレディスが言うにはね、ヘザーがアイツを祓う鍵だって言うのよねぇ』
『え、あたし!? でも、あたしは何も』
「ヘザーの知っている名の中に、悪魔の名があるとでもいうことでしょうか」
『あたしの知ってる名前? どこにでもありふれてる名前しか知らないと思うんだけど……』
ヘザーは視線を宙にさまよわせ、考え込んだ。
『ごめんなさい、やっぱり思い付かない』
「いいんですよ。ヘザー、悪魔のことは、本当にあなたは気にしないで下さい。それよりも、自身のことを考えて」
『……うん』
ティアナンにはもちろんのこと、ヴィクトリアにも言ってはいなかったが、ここのところあの気が遠くなるような感覚が頻繁に起こるようになっていた。
その症状に見舞われる度に、墓場で見たゴースト達や、ティアナンが祓った悪霊達の姿が瞼に浮かび恐怖が全身を蝕んだ。
けれど、二人には心配はかけたくない。
だからヘザーは、意識して笑顔を作り頷いた。
『わかってる』




