バレンタイン/メグミ
スーパーで、偶然、あのコを見かけた。距離がありすぎて、ここからじゃ声をかけられないな、と思った。
「ノダ、行こうぜ」
あのコはピタリ、と止まって売り場をじっと見てる。
……買う、のかな。
ジュースと菓子の入った袋が、ガサッと音を立てた。
あのコは足早に店の奥に歩いていった。
バレンタイン、かぁ……。
××××××××
いつからだろう。学校帰り、駅のホームであのコが俺を待ってくれてるようになったのは。
電車を待って、駅で別れるまで。俺はあのコと一生懸命話をする。俺の話題なんてつまらないだろうに、あのコはニコニコ笑って聞いてくれる。
そんなあのコを、可愛いと思った。
「……よう」
声をかけたら、絶対に毎回びっくりするんだ。
「へ?……あ……ノダ君」
それから、恥ずかしそうに笑うんだ。
「今日さー……」
間を開けないで、すぐとなりに座る。前に……前に知らないオバサンに間に座られてから、そうすることにした。腕がビミョーに触れてしまいそうで、実は毎回緊張する。
学校でとびきりの美人て訳じゃないけど、ちょっとした仕草とか、恥ずかしそうに笑いながら、自分の髪を撫でたりするところとか、可愛いって思う。
きっと、これは俺だけの『可愛い』なんだ。
……もうすぐ、バレンタイン、か。
電車がメグミさんのの降りる駅に着くと、絶対三秒俺を見つめてから、「じゃあね」って言うのは、狡いと思う。
うん。バイバイ。
××××××××
「ヘタレめ」
メグミさんの友達に呼び出された俺は、腕を組んだ少女ふたりに睨み付けられていた。
……怖いんだけど!?
「何年そのままでいるつもりか知らないけどさ」
「結局、マナの事、好きなの?付き合いたいの?そうじゃないの?」
マナ、と聞いただけで心臓がその存在を主張してきた。
いつか、いつか俺はメグミさんの事を『マナ』って呼べる……訳ない。恥ずかしい。
「ちょっと、聞いてる?」
「う……うん」
メグミさん、なんでこんなに怖いコ達と友達なんだよ!?
学校で見かけるメグミさんはふわふわニコニコしてて、今いるこのコ達もニコニコしてて、楽しそうなのに。
鬼だ……鬼がいる…………。
「で、マナの事は好きなの?どうなの?はっきり答えて」
ヒッと出かかった悲鳴を、俺は飲み込む。
「す……好き、です」
「ならさ、ちょっと早く告白したげてよ、マナに」
できるかよそんな事!!
でも、俺に出来た抵抗は首を横に振ることだけだ。
ダメだ、この女子たち怖すぎる。
「ホントに……なんでこんなヘタレがいいんだろ、マナってば……」
チッと舌打ちが聞こえて、ついに俺は小さい声で「ヒッ」と言ってしまった。
××××××××
「とりあえず、あんたに彼女が出来た作戦でいくから」
「え?か、彼女ですか?」
「うん。ちょっとの間、マナに会うの禁止。二週間は頑張ってよね」
「そのあと、マナがどうするかによってアタシたちが指示出すから」
そう言い残して、嵐のようなメグミさんの友人たちは去っていった。
××××××××
「……よう」
一週間は耐えた。我慢できないでメグミさんのいる駅のホームに行ってみたら、過去最高に可愛い笑顔のメグミさんがいた。
「あれ?今日、彼女は?」
『設定』を思い出したのか、ちょっとぎこちなくなってしまったメグミさんの笑顔が翳る。
「……別れた」
二週間……て言われてたから、あの鬼のような人たちにまた、怒られるのかな……。
「あれ?一週間、たってなくない?」
うん。経ってないね。嘘ついて、ごめんなさい。
「そんな事よりさ」
おしゃべり、しようよ。
俺、メグミさんの笑顔が好きなんだ。
「……ねぇ、ちょっと、……その、相談、が、あるんだけどさ」
「なに?」
何気なく二人で見てしまった、向かいのホームに昨日から貼られたチョコレートの広告。
あ……えっと……これは……その……。いろんな事が頭の中をぐるぐると巡る。とりとめもなくて言葉にならないその感情が、今こそチャンスだと訴えてくる。
「あたしね、お菓子作り出来ないの」
「……うん」
「もしも……もしも、チョコの……お菓子をさ、練習に……。
練習だよ?練習、だからね?
もしも、あたしがチョコのお菓子を作ったら……そしたらノダ君、食べて……くれる?」
「お……おう……練習、なんだよな?」
「そう、練習。練習だからね?
今年も誰かにあげる予定なんて無いんだけどっ、でも、ほら、今、売り場……とか、あるじゃん?
だから、一回やってみたくて……」
電車が、行ってしまった。
次の電車は、20分後だったはず。
「うん……他のヤロウに食われたくないし……その……『練習の』チョコ、オレが貰うよ……。
ほっ……他のヤロウには、絶対食わせるなよ?」
××××××××
バレンタイン。
世間一般的には、女の子が、男の子に告白するイベントだ。
メグミ……マナさん。
さっきは言いそびれたけど明日こそは俺、告白、してみようかな……。
ノダ君はヘタレなだけで、悪くない。