親子喧嘩
時平
「わーっ。さすがは伊勢ちゃんだ。いっせちゃーん。今度また僕とお茶しなーい?」
伊勢
「時間があったらね♪ ちゃんと、素敵な恋歌も用意しておいてね」
時平
「もっちろんだよ~ん!」
みかどっち
「お前どっちの味方だ? 向こうを褒めてどーする」
時平
「プライベートですんで。それにこの歌は確かにうまいです」
みかどっち
「デートの約束は後にしろ。お前、伊勢と付き合ってるなら、伊勢に歌を贈ってるんだろう? もっといい歌を詠んでくれ」
時平
「えー? 歌じゃ伊勢ちゃんには敵わないです。伊勢ちゃんに歌の手ほどき受けてるんですから」
みかどっち
「頼りにならんなあ。貫之、詠んでくれ」
貫之
「かしこまりました。
うばたまのわが黒髪や変わるらむ鏡の影にふれる白雪
(私の黒髪が変わってしまったのか。鏡に映った髪に白雪が降ったようだ)
『黒髪や変わる』で、くろ、かみやかわ、る。『紙屋川』内裏の紙をすいている紙屋院の近くを流れる川の名です」
背景にまずは女の豊かで艶やかな、美しい黒髪が長く流れたが、それは白い白髪に代わってしまう。だが、それは優雅な川の流れに変じ、その川に美しい白雪がゆっくりと舞落ちて行った。雅楽の厳かな音色が一層の華を添える。
コージー
「これもこった歌だあ! おかげでプロジェクションマッピングの映像も次々と変化する~!」
応援団
「おお、これもまた、詠み込んだ物名による流れる物の縁語攻撃! そして『髪』と『紙』の掛け詞発動!! しかも白と黒とのコントラストが印象的だ」
コージー
「チームレッド、ライフを大きく削られた! 逆にチームブルーはライフアップ! 一気に追いついたあ!」
じょーこー
「ううむ。成程これは見事だ」
みかどっち
「へへん。どうだ親父。まいったか!」
貫之
「でも、さっきの伊勢様の歌に帝もこっそり感心していたではありませんか」
みかどっち
「あ、こらっ! 貫之、余計な事言うな!」
じょーこー
「ほほう。お前も少しは歌心が育っているようだな」
みかどっち
「大きなお世話だ! 親父だって、ようやく少しは素直に人を褒められるようになったじゃねーか」
じょーこー
「なんだ、親に対してその口の効き方は!」
みかどっち
「うっせーな。こっちはあんたみたいな過保護な親持って苦労してんだ。ほっといてくれよ」
じょーこー
「なにをっ! 大体お前は昔から……」
コージー
「むむ? なぜか両チームのリーダーが試合放棄して揉めだしたぞ? これは、場外乱闘だー! これには審査員も観客も採点できずにドン引き! 採点表示の花形美少年たちも、戸惑って表示が出来ない!」
時平
「なんか、収拾付かなくなりましたね」
貫之
「そうですねえ」
時平
「親子喧嘩は放っておいて、勝負を続けますか?」
貫之
「その方がよさそうです。ではこちらから。滋春殿!」
滋春
「よし。では墨流しで一首。
春霞中し通ひ路なかりせば秋来る雁は帰らざらまし
(春霞の中に通う路がなかったら秋に来る雁も春に帰らずに済むのに)
はる、か、すみ、なかし、で『すみなかし』。題と歌意にさほど関連はないが、物名の入れ込みと春のもの悲しさは我ながら表れていると思う」
マッピングシステムが即座に判断し、春霞に覆われた都の水辺に浮かぶ雁の姿を映し出した。BGMも春を思わせる曲が流れる。
応援団
「いや、この歌はちゃんと詠題にふさわしいぞ。霞の中を飛びゆく雁の群れは、淡くかすんでまるで水に薄墨を流してできた道のように見える。映像をそのように変更してくれ!」
注文を受けて映像が変化していく。水辺の雁が飛び立ち、遠くかすんだ山に向かって群れるうちに、春霞の中で雁の群れが薄墨を流した道のように浮かび上がった。観客が「おおっ」と声を上げる。
コージー
「応援団の意見を受けて、チームブルーのライフケージがぐんぐん上昇! 観客の盛り上がりに滋春の注目度ゲージも天井知らずだ~!」
時平
「おお、これは見事。滋春の歌も良いが、念人の判断も素晴らしい。敵ながら天晴だ」
貫之
「さあ、いかがなさいます?」
時平
「何の。紀利貞!」
利貞
「では。
山高みつねに嵐の吹く里はにほひもあへず花ぞ散りける
(山が高くていつも嵐が吹いている里では、匂うように咲く間もなく花が散ってしまう)
あら、しのふくさ、と、で『しのふくさ』。『忍草』を詠みこみました」
映像が高い山に隠れるようにある里の姿を映し出す。そして現れる花畑。だが、そこに風が吹き付けては大量の花びらが舞い上がる。花はすぐに散らされてしまうが、舞い上がる花びらが、まるで里を覆うようにいろどり、美しい光景を生み出してゆく。
応援団
「忍草を直接背景に詠んではいないが、風に耐え忍ぶ可憐な花々にふさわしい一首だぞ!」
コージー
「こちらも念人の力強い言葉に押されて、ライフゲージが上がっていくー! 両チームとも、いい勝負となっていま~す!」
じょーこー
「おい、ちょっと待て」
みかどっち
「こっち、無視すんなよ!」
時平
「だって、二人とも親子喧嘩に夢中じゃないですか」
じょーこー
「そこはお前たちが気を使って止めろ! このイベントは私が主催者なのだぞ!」
時平
「こんな時ばっかり、人使いが荒いなあ。じゃあ、じょーこー様がシメてくださいよ」
じょーこー
「ううむ。なかなかの熱戦であるし……。よし! ではこの難題をクリアしたものを優勝としよう。『春を分けて初めに「は」を詠み、最後に「る」、その間に「眺め」を入れて、時節にあった歌』を詠んで見よ」
コージー
「えー? 急にルール変更ですか? 困るなあ」
じょーこー
「私が主催者だ。そしてルールは私が決めるのだ!」
自分から試合放棄しておいてひどい無茶ぶりだが、主催者特権はどうしようもない。