攻防戦
紀友則
「では、私の出番だ。
秋近う野にはなりけり白露の置ける草葉も色変はりゆく
(秋が野に近づいてきた。白露の置いた草の葉も色が変わって行く)
あきちかうで『きちかう』桔梗の物名だ。歌の中の草の葉は桔梗の葉。言葉の入れ込みだけではなく、歌の風景に桔梗の花を入れ込んだ、花の名と景色の融合攻撃だ!」
コージー
「秋の野原の映像の中、チームレッドのライフゲージがさらにアーップ!」
みかどっちのライフは動揺ゲージが上がったために、ゲージが落ちて行ってしまう。開始早々みかどっちはピンチに陥ってしまった。そこにみかどっちが率いるチームブルーの応援団が友則に挑んだ。
応援団
「ならばっ! 『りうたむの花(リンドウの花)』で詠んで見ろ!」
友則
「フッ、私に題を出すとは愚かな。『鳥打たむ野はなければや』で、と『りうたむのはな』だ。ちゃんと花まで詠み込んだぞ。これ以上打たれてゲージを減らす前にリタイアするがいい」
チームレッドゲージ、ますますアップ。
みかどっち
「くっそー! 時平、なんとかしろ!」
時平
「うーむ。ここは古歌で乗り切りましょう」
かくばかり逢ふ日のまれになる人をいかがつらしと思はざるべき
(こんなに逢える日が少なくなった人を、どうして辛く思わずにいられようか)
逢う日の『あふひ』は『あおい』のこと。『いかがつらし』はいか、がつら、し。『かつら』が詠みこまれている。映像は桂の木に葵が絡みつくものに変わった
コージー
「物名を植物系の縁語でそろえつつ、感情のありようが自然に表現されたさりげなさにようやくチームブルーのゲージも回復う! 古歌と言う意外な攻め手にチームレッドの動揺ゲージも上がり、ライフゲージが下がってしま~う!」
じょーこー
「む、小癪な。ならばこちらも古歌でかえすまで」
あな憂目に常なるべくも見えぬかな恋しかるべき香はにほひつつ
(ああ、悲しい。散る梅は目にいつまでも見える事は無いであろう。
恋しく思う残り香だけは、匂いつつ……)
応援団
「ほう。『あな憂目』であな、うめ。いつまでも目にはできないと詠んで梅の散る様子を表している。あからさまに散るという言葉を使わないところが、奥ゆかしくてなかなか……」
コージー
「人々が感心する中、映像背景に紅白の梅の花が次々と開いて行ったあ! あれよと言う間に回復するチームレッドのライフ。強い! 強すぎる~」
応援団
「よっしゃあ!倒置法攻撃で『香はにほひつつ』と詠んでいるのも何とも香を引き立てているぞ!」
殿中にいっぱいに広がる、甘酸っぱい梅の香りに人々が酔う。またもやみかどっちは突き放された。
みかどっち
「ふん、そっちが梅なら。貫之!」
紀貫之
「はっ、では、
今いくか春しなければ鶯もものはながめて思ふべらなり
(あといく日しか無い春なのだから、鶯も物思いにふけっているのだろう)
『鶯もものは』で、うぐい、すもも、のは。すももを詠み込んでございます」
応援団
「いいぞー! 貫之! 梅に対抗して同じく甘酸っぱいすももとは。貫之も考えたな」
今度は画像に白く可憐なすももの花がいっぱいに咲き乱れる。梅の歌の後なのでみずみずしく甘酸っぱいその味の記憶までもが人々の脳裏に再現された。
コージー
「チームブルーのライフがぐんと上がり、チームレッドはガクンと下がってゆく!」
みかどっち
「そして物憂げになりがちな春の終わりの心を、鶯で表す擬人法攻撃! 華やかな春の花と物憂げな鳥の心の対比が情緒深いであろう!」
興奮のあまり応援団を差し置いて胸を張りながらみかどっちが解説を始める、
コージー
「さらに上がるチームブルーライ~フ! これは逆転なるか?」
時平
「あの、これを詠んだのは貫之で、みかどっちでは……」
みかどっち
「うるさいっ! 私のチームの歌人が詠んだのだから、私の解説が必要なのだっ」
時平
「……わがままなんだから」
みかどっちの自信にチームレッドの動揺は高まり、ライフが削られていく。だが、
じょーこー
「しかし、『ものはながめて』とは少々無理のある表現だな。普通は『ながめて』だけで十分に物思いの意味は通じる」
じょーこーの言葉にチームレッドの応援団が息を吹き返す。「そーだ!そーだ!」の大合唱。
コージー
「おやあ? チームレッドのゲージの動きがぴたりと止まったあ!」
みかどっち
「そっそこはっ。つ、貫之!」
貫之
「物思いを一層深く表現するために、誇張したのでございます」
みかどっち
「だ、そうだ。わっはっはっ!」
じょーこー
「二重表現だな。しつこい」
コージー
「おおっと! 貫之、みかどっち、撃沈! 内心問題点を気にしていたのか動揺ゲージの上昇は避けられたが、ライフの回復も抑えられてしまったか? みかどっち、これは効いている! 動揺を抑えながらも足もとがフラフラだあ~」
時平
「みかどっちが余計な事、言うから……」
みかどっち
「た、確かに今の指摘は効いたぜ。だが、俺のライフはまだゼロじゃねえっ(涙目)!」
じょーこー
「では駄目押しにこちらは場所の名を詠み込む歌を披露しよう。伊勢、出番だ」
伊勢
「承知しました」
コージー
「おっとお! ここで紅一点、伊勢の登場だ! 華やかなレイヤードスタイルのドレスでさっそうとバトルステージに上ったあ! 美しい、美しすぎるぞ~。伊勢~ええええ!」
アナウンサーと男たちの無駄な興奮の中、伊勢の歌が詠まれた。
波の花沖から咲きて散り来めり水の春とは風やなるらむ
(波の花が沖で咲いてここまで散ってきたようです
水が咲かせる春の花は、風が作り出すのでしょうか)
『沖から咲きて』おき、からさき、て。琵琶湖の岸にある、祓えを行う所として有名な場所、『からさき』を詠み込みました」
応援団
「これはまたいかにも女性らしい春のそよ風の様な。海のように大きな琵琶湖の波の花に、湖岸の地名を詠み込むとは……。うまいっ!」
マッピングの背景に広がる湖。風に揺れる水面に白波が立ち、白い花となって散り惑う。湖面を光らせる春の日差しのぬくもりの中に、湖からの冷たい風がひんやりと肌に触れ、心を引きしめる。
照明係がライトに繊細な操作を駆使して扱う一方、送風係も花びらの散らせ具合に気を使いながら温風、冷風を懸命に切り替える。裏方の蔵人はいつも大変だ。