Act.1 最古の遺伝子
そう、あれは今日のように綺麗で大きな満月の日だった。
しんと静まり返った夜に交わした約束。
『必ず迎えに行く!』
そう叫ぶ少年は酷い怪我をしているらしく、血に塗れて顔が見えない。ただその声からは強い意志と覚悟が伝わってきた。次第に私の視界は高くなり、満月がどんどん近づいてくる。
すっかり小さくなった彼はそれでもこちらを向きながら何かを叫んでいた。
『×××!』
それに呼応する様に私も何かを叫んでいた。
私は何と言ったのだろう。
小さな手を命一杯のばして求めたものは何だったのだろう。
満月の夜に交わした約束。
私の最初の記憶。
これより以前の記憶が私にはない。
両親の顔も知らない。どのような経緯で今の義父母に拾われたのかも詳しくは聞かされてはいない。
何かの事故に巻き込まれ、亡くなったことを知ったのはほんの数年前だ。
事実を知ったのは小学校最後の年。義父母がかしこまって私を座らせ、『いつまでも知らないわけにはいかないから』と話してくれた。
既に外見が義父母とはかけ離れていたから、その話を聞かされても衝撃はあまりなかった。ああ、やっぱりと事実が体に溶け込んでいった。
小学生にしては早熟の体、静脈がハッキリ見えるほど白い肌にそれとは対照的な漆黒の髪。放って置くとパーマもかけていないのに規則的にウェーブがかかる。口も目も、どこを見ても何一つ似ていなかった。
両親共に黄色人種の黄みがかった肌、髪の色はこの国の人間らしい黒髪だったが、私と違い直毛だ。私とは退職的に妹は両親に良く似ていた。部活の練習で日に焼けた健康的な肌、後ろで一つに結わえた髪も風に揺られてサラサラ舞う。顔の造りも両親の特徴を色濃く受け継ぎ、一目見て血の繋がりを感じさせる。
対する私は何一つとして似ていない為、私と家族の違いを挙げればキリがない。それどころか私の体には他人から見ても異端と思われる特徴がある。
昔から珍しがられた私の瞳は金色だった。明るい茶色、とかそういうものではなく、誰がいつどう見ても『金』と答えるような色。
家族の中に同じ色の瞳はない。それどころか、いまだ誰一人として同じ瞳に出会ったことがなかった。唯一親近感を覚えたのは近所の黒猫、彼の瞳もまた美しい満月色をしていた。
「綺麗な月」
今日、私は16回目の誕生日を向かえた。と言っても私の記憶に残っているのは10回前からだけれど。
誕生日の夜は何故か落ち着かない。目は自然と夜空の月を探してしまう。
奇妙なことに月の光を浴びるとぼんやりと瞳が光を放つように見えるため、その度人には不思議がられた。瞳の光は歳を重ねるごとに顕著になっていき、今年は今までと比べ物にならないほどの燐光を湛えていた。
「ミカゲ?」
ぼんやり月を見上げていると、横から声がした。どうやら私は自分の思考に入り込んでいたようで、声を掛けてきた子は今までずっと呼び続けていたようだった。
「あ、ごめん。月が綺麗だったからつい」
そう言って照れ笑いを浮かべる。見ると他の子も私の方を向いていた。
「で、なんだっけ?」
私がそう尋ねると『も~』とさっきの子が膨れつつ説明してくれた。
「だから、もう時間も遅いし、最後にプリ撮って帰らない?って言ったの」
その子の説明に周りの子達も頷いた。
この子達は私の数少ない友人で、私を慕ってくれていた。私の目の色を綺麗と褒めてくれる希少な人材だ。今日もわざわざ私のために誕生パーティーを企画してくれて、ついさっきまでカラオケで騒いでたのだ。
私のバッグには皆から貰ったプレゼントが詰まっていて、来た時の2倍程の大きさに膨れ上がっていた。
そうだ。カラオケから出て、これからどうする?って話をしていたんだった。そこで私は月に目を奪われて……。
なぜだろう、今日は普段よりやけに月が気になって仕方がない。月光が自分へ向かって降り注いでくるようだ。それに……誰かの視線が私に向いているような、何かが近づいているような、そんな不思議な感覚がしている。
とにかく月が私を見ている気がするのだ。月が見るなんておかしい表現だけど、本当にそう感じる。
「ミカゲ?」
またもや黙りこくった私に声がかかった。
いけない、答えなくては。
「そうだね、そうしよっか」
(月が自分を見てる。なんてちょっと自意識過剰すぎるかな。)
ミカゲはそう思い直し、頭を振る。少しずつ強くなっている気配を振り切るように、足早に歩き始めた。
世界観は現代日本をベースにしていますが日本ではありません。
パラレルワールドのようなものだと思って頂ければと思います。
世界情勢や法律、社会通念など色々なところが違います。