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霊感シリーズ

小粒なヒーロー

作者: 坂本啓

「……なんかヤバい気配感じんだけど」

 最初に口に出したのは祐紀(ゆうき)だった。

「……うん、ヤバい声らしきもの聞こえる」

 続いて亜依(あい)

「……見なきゃダメ?」

 姉妹にうなずかれ、俺はおそるおそる闇に目を向けた。次の瞬間、俺は人生で一番のロケットダッシュを決めた。列の最後尾から一気に先頭をとらえ、驚いて制止しようとした先生二人もぶっちぎって走った。

 すぐ後に姉妹もぴったりついてくる。俺たちは、一目散にウォーキングコースの出口に向かって走り続けた。遠く後ろから、パニックに陥ったクラスメイトたちの叫び声が聞こえた――




 小学校時代の俺のあだ名はアンパン。

 かの有名な国民的ヒーローが由来だが、理由は全然カッコよくない。

 顔が丸くてほっぺたが赤くて、友達が幼なじみの二人だけだったからだ。そう、「あい」と「ゆうき」。出来すぎだよな。

 ちなみに、その名をつけたのは父親だそうだ。狙っただろ、絶対。


 一歳違いの二人は、これまたちょっと変わった奴らだった。

 姉の亜依(あい)は、突然「今の声、聞こえた?」とか言い出す。急に振り返って、何もない空間をじっと見つめたりしてる。まあ、いわゆる「不思議ちゃん」だ。

 でも、子供ってそういうの憧れたりするから、けっこう人気があった。


 妹の祐紀(ゆうき)の方は、これも突然「あれ、もう一人いなかった?」とか「今入ってきて、そこにしゃがんだ人誰?」とか言う。気配を感じるらしいんだけど、もちろん誰もいないんだ。

 これは、正直怖いし気持ち悪い。亜依は笑い話で済んでも、祐紀のは済まない。祐紀もそれが分かったみたいで、五年生あたりから何も言わなくなった。口に出す前に、目で見て確かめるんだって、そう言ってた。


 ちょうどその頃、俺と祐紀が五年生の六月に合宿があった。「少年の家」って名前がついてるところで、キャンプとかするやつだ。

 俺たちが通っていた小学校は、全校児童が百人そこそこ。人数が少ないから、合宿は五年生と六年生が合同。つまり二年連続であるってことだ。

 海と山に交互に行くことになってて、その年は山だった。スケジュール表が配られて、俺はげんなりした。

 太りぎみで運動が好きではなかった俺にとって、ウォークラリーやキャンプファイアーでのダンスは苦痛だった。しかし、それにも増して嬉しくないことがあった。


 夜の行事が多いのだ。


 キャンプファイアーはまだいい。火を焚くし、けっこう明るいし、賑やかだ。

 だが、ナイトウォークや星を見る会など、暗闇の中であまり騒げない行事は困るというか……嫌なんだ。


「あんた、見えるタイプなんだっけ?」

 亜依が聞いてきた。あまりにもげんなりしている俺を見かねて、姉妹が遊びに誘ってくれたのだ。とは言っても、少ない小遣いで駄菓子を買って、遊び場になってる寺の本堂の裏手で食べるだけなんだけど。

「あたしは聞こえて、祐紀は感じるんだからさ。三人揃ったら完璧じゃん!」

 カット酢イカを噛みながら亜依が言った。

「何が完璧なんだよ……(はら)えるわけじゃないんだぞ! 怖いだけじゃん!」

「あれ? あー、それもそうか。あたしら、そういうのできたらすごいトリオなのにね!」

 亜依は天真爛漫というのか、どこか抜けてる感じがする。ため息をつきつつチョコ棒をかじっていると、はじっこで土をほじくっていた祐紀が突然、こんなことを言ったんだ。


「小豆って魔除けになるらしいよ」


 亜依と俺は、同時に祐紀の方を見た。祐紀は相変わらず、土をほじくっている。どうやらアリジゴクを見つけたようだ。


「なんで小豆?」

 亜依が聞く。俺も同じことを思ってたけど、先を越された。

「あんこって、小豆で作るでしょ」

 満足したらしくほじくるのをやめ、こちらに笑顔を向けて祐紀は言った。

「だから、アンパンは大丈夫!」


 亜依がこらえきれず吹き出した。俺はたぶん数秒間は開きっぱなしになっていた口を閉じ、ニコニコしている祐紀に言った。

「あのさあ……俺、中身にあんこ入ってないんだけど」

 亜依がさらに吹く。やめてお腹痛い、苦しい、ほっぺ痛い、とか言いながら笑い転げている。笑い事じゃねえよ。

「持ってけばいいじゃん。アンパンとか、ようかんとか大福とか」

「持ち歩くのかよ!」

 すかさず亜依の突っ込みが入る。

「くーい、しーん、ぼー!」

「うるさいよ!」

「うーん……」

 祐紀はチューブのゼリーを吸いつつ考えていたが、間もなくさっき以上の得意顔で言い放った。

「分かった! あんこじゃなくて、小豆のまま持ってけばいいんだ!」

「すごい、祐紀! それ名案!」

 姉妹が盛り上がるのを、呆れた俺は黙って見つめていた。でも、実はちょっぴり「それならアリかな」と思ったりもしていた。

 

 その夜、親に相談してみると意外にも「いいアイディアだな!」と肯定されて驚いた。母ちゃんが小さな袋を三人分縫ってくれた。ご丁寧にイニシャル入りで、俺はそれに、これでもかってくらい小豆を詰めた。

 亜依が笑いながら「ねえ、霊って魔除け効くの?」とか言ってたけど、昔からあるらしいから効くんだと思う。思うことにした。



――ズボンのポケットに忍ばせていた小豆袋を握りしめて、俺たちはへたりこんだ。ようやく合宿所の正面玄関にたどり着き、足の動きを止めた途端に激しい動悸に襲われたのだ。酸素が足りない。呼吸が追いつかず咳き込むと、乾いた喉に血の味を感じた。

「何が、見え、たの……」

 最初に声を絞り出したのは祐紀だった。

「声、の感、じからして、男?」

 亜依も必死に深呼吸を試みつつ聞く。まだ俺はしゃべれない。普段の運動能力をぶっちぎってしまったため、心臓が追いついてこない。うなずくのがやっとだ。

「あんたが、こんなに、速く走れるなんて、思わなかったし」

 亜依の言葉に、祐紀がうなずいている。俺の呼吸がようやく落ち着いてきた頃には、なぜだか拍手をしながらクラスメイトたちが戻ってきた。


 当然ながらナイトウォークは散々な結末となり、俺たち三人は会議室に呼び出された。

 あの拍手は、拍手(はくしゅ)ではなく柏手(かしわで)だったことが分かった。俺たちの様子を見て察した六年生の担任が「柏手には悪いものを寄せつけない力があります!」と言って打ったそうだ。それで何とか平静を取り戻し、みんなが打ちながら帰ってきたのだという。


 それに対し、五年生の、つまり俺の担任は「霊などいない!」というタイプで、しきりに「バカらしい」と繰り返していた。普段からそうなので、当然俺たち(特に俺)はただの「問題児」。表情にはありありと「案の定やらかしやがった」と書いてあった。


 六年担任がいくらなだめても、そいつの怒りは収まらなかった。和を乱した、勝手な行動をした、訳の分からない言い訳をする、とボロクソに言い募られたあげく、親を呼んで面談すると言われ、謝罪に心がこもっていないと何度もやり直しさせられ、明日の朝食前にみんなの前で謝れ、思い出を台無しにしてごめんなさいと土下座しろ、に至って年上の六年担任がとうとうぶちキレてその場は終わった。


 もちろん、翌朝みんなには謝罪した。土下座こそしなかったが、子供ながらに誠心誠意謝ったつもりだ。

 俺たちのことをよく分かっているクラスメイトたちは、諦めもあったかもしれないが許してくれた。何人かには少々なじられたが、それは仕方ない。怖がらせてしまったのは事実だから。


 そしてこの事件は、二年に渡って卒業文集の十大ニュースコーナーに載ることになったのだった。





 大学の夏休みで帰省した俺は、祐紀がアルバイトをしているコンビニに立ち寄った。

「いらっしゃいま……(じょう)! 久しぶりー!」

 よう、と軽く右手を上げる。

「アンパン買ってー!」

「共食いだから嫌でーす!」

 定番化した会話をしつつ、俺はコーラとハンバーグ弁当、それとミニようかんを買った。

「あたしも二十歳になったよ!飲みに行こ!」

 奥から出てきた先輩らしき女性に「こいつが例の幼なじみなんです!」とか言ってるけど、内容は突っ込まないことにした。


 亜依も一緒に三人で飲む約束をして、俺はコンビニを出る。きっとまた、あの日の話で盛り上がるんだろうな。

 俺もそろそろ就活。一足先に社会人になった亜依や、バイトしながら勉強してる祐紀に負けてられない。頑張ろう!


 ちなみに、あの時の小豆袋「J」は、中身を交換しながら今もバッグに忍ばせている。


 

 








 

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど...これが学校のあのゲームに繋がるわけですな...やっぱり、面白かったです!!!!何度も言います面白かったです!!
[一言] 見える、聞こえる、感じる。3人で1セット。なんだかいいですね。 とくにヒーローでもなんでもないのですが、ほのぼのとした雰囲気が楽しかったです。 小学校時代のエピソードをもっと読んでみたいです…
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