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人柱姫  作者: 紫 はなな
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ハーレム勇者の野望の巻。

 御所の正殿に近い白百合殿は帝の正妻、白百合殿の中宮が住まう後宮だ。帝と中宮の間に生まれた一の宮もまた白百合殿に御寝所を構えている。

 鏡都へ詣り二週間。すっかりこの白百合殿に居ついてしまった。

 ──板場に魔法陣を描くこの作業も。 


「また……、春宮御所へ下られるの」

「マナちゃん、おはよう。起きてたの」


 触れるだけで萎れてしまいそうな一輪の花──一の宮。

 蒼白い顔でよたよたと御帳台を下りるその佇まいは儚げだ。やる気スイッチが入るまでは。


「せーいっ!」


 小さな手のひらに傀儡の呪をのせ僕に浴びせてくる。傀儡とは人の肉体を操り人形にする妖術だ。

僕はこの呪で三日間も苦しめられた。肉体は傀儡と化しても、心は自由。一の宮の力は日の神が根源なので、陽が沈みきれば解放されるのだが、しぃの前であんなことやそんなこと、もう二度としたくない。


「マナちゃん、僕にはもうその妖術は効かない。わかってるでしょ?」


 結界識を呪で結び、跳ね返せば貧弱な霊力は瞬時に消滅する。一の宮の身体が吹き飛ばない程度に力を抑え、余波を拳で粉砕した。


「貧弱だなんて、侮辱だわっ──! シュン様の霊力が強すぎるだけよっ」

「知らないよ、僕もう行くから」


 尚も袖をぎゅ、と掴み僕を引き留める。


「わたくしを置いていかないで」

「修行の為だよ。毎日少しでも刀を振らないと」

「シュン様ばかり、ずるい」

「帝にも、マナちゃんは安静にしていなさいって言われたでしょ?」


 一の宮は肺結核に侵されている。具合の良い日は出歩くこともできるが、庭の散歩程度。


「私だって、私だって────兄上に逢いたいぃ!」


 両手をグーにして歯を食いしばっている。

 一の宮は極度のブラコンだ。

 いや、お兄ちゃんラブだ。

 お兄ちゃんとは言うまでもない、陰陽師ハルのことだ。


「ふぇえーんっ」

「よしよし、また明日には会えるからさ。今日はゆっくり休んでて」

「……うん」


 コクン、と頷く一の宮は幼くあどけない。発育はいいけどまだ十四歳の女の子だ。

 まだ若いがその美しさを見初められ、翌月には三十歳年上の内大臣に嫁がされる予定だったらしい。それだけは勘弁、と召喚されて当日の夜、すぐ僕に泣きついてきた。帝の前でもあって渋々頷けば、その宵から僕は一の宮の操り人形。屈辱的だった。


 僕のご主人様は、しぃだけなのに。 


 異国の剣士と生け贄の娘は結ばれるべき物語のまつり。帝はこの偽装結婚を認めざるを得なかったが、一の宮の鬼退治への加勢には未だ厳しい目を向けてくる。当然だ、既に人柱から解放された身。ワクチンのないこの世界では不治の病とされる肺結核だというのに、態々戦場へ出向くなど許される筈がない。二願戦までには帝から外出禁止の詔が下されると踏んでいたのだが、一の宮が巫女の力を駆使し、日の神にものを言わせたらしい。よくわからないが一の宮の出立は許された。二願戦場までは短い旅路となる。


「それじゃ、いってくるね」

「ぷんっ」


 一の宮が大好きなのは、お兄ちゃん。

 まぁ幼さ故の可愛らしい片想いだなと、僕は温かく見守ることにした。命を粗末にして欲しくないから、ワクチンの開発にも手を貸している。

 よしよし、と拗ねた姫君の頭を撫でると、結びなれた呪を唇に乗せ、魔法陣から消えた。



 転移先は御所より北東に位置する春宮(とうぐう)御所。

 邸そのものが鬼門の護符となる様、瓦屋根まで白く塗られた鏡都の聖殿。次期帝となられる春宮──陰陽師ハルの邸だ。

 鬼ヶ島である鏡都を統治するは陰陽師家。つまりハルはこの国の第一皇子。

 そして人柱姫、シーナの夫。

 しぃ本人は全く知るよしもないが、既に二人は婚姻を結んでいる。

 しぃの御寝所である局は聖殿とは違い、支柱や天井に桜模様の木彫りが施され、几帳や屏風総てに桜が描かれた可愛らしい局だ。佐久良紫菜の名に相応しいが、その正体は春宮正妻の局、桜の壺。しぃが身にまとう巫女装束にあしらわれた桜の刺繍紋は春宮妃の証しに他ならない。

 御所では穢れた血が流れる異国の娘が春宮妃になられたと専らの噂だ。ハルの正妻を狙っていた宮中の女人や、娘を入内させようと企む仕官からは、さっさと鬼に喰われてしまえと妬まれている。

 ハルは人柱姫の御霊を護る為ん方だというが、実際どうだかわかったもんじゃない。

 

「毎日こう通われてもですね、シーナはまだ眠──」

『ガッ』

「しぃを呼び捨てするな」


 今までしぃに言い寄ってきた男は一度殴れば病院送りにできたが、陰陽師ってやつは治癒符で直ぐに癒えるから面白くない。


「貴方の一撃は治癒符で完治出来ないので控えて頂きたいのですが」

「なら、しぃに近付くな。見るな。触るな」

「何故あんな小娘に執着を──」

『ドゴッ』

「しぃの悪口を言うな」


 口では虐げる割りにしぃの裸を見たらしいし、馴れ馴れしく肩を貸したり抱き上げたりする。春宮妃お披露目の席、主役が華を飾る舞台で(しぃは武道場だと勘違いしてたけど)お姫様だっこで現れた時には僕が卒倒しそうになった。

 お姫様だっこは、しぃ憧れのハッピーエンドスタイルだ。大好きな王子様とお姫様の絵本に必ずでてくるから。未来の王子様に絶対やってもらうんだと散々聞かされてきたのに、それを公然で、僕より先にやってのけるなんて。あの時一の宮がハルを吹っ飛ばしていなければ、僕が撲殺していたと思う。

 今でも衝動的に首をかっ切ってやろうと手が動くが、しぃの御霊を現世に留めておけるのはハルだけなので我慢している。修行に三十年かかると言われた陰陽道は三日で修得できたが、何故かこればっかりはどうにもならなかった。


「なんだ、起きてるじゃないか」


 御帳台を覗くと、しぃは敷妙の上にちんまりと座り、小鳥やカブトムシと戯れている。小動物(?)に好かれるなんて、お伽噺にでてくる妖精みたいだ。小柄なしぃの小さな手にのるキツツキは剣呑な鷹にみえるな。


「あれ……? シュン、来てたんだぁ」

「おはようしぃ、一本手合わせしよ」

「ん──……、沐浴してからでも、いい?」

「うん、もちろんだよ」


 その寝起きの色っぽい顔、好きだ。

 鈴みたいに円い眼は目尻の睫毛が長くて、笑うと仔犬みたいに垂れるんだ。小さな猫口はしぃの癖で、いつも上向きに尖らせていて可愛い。背中まで伸びたくせのある髪は紙垂で左サイドにまとめられている。後れ毛もまた色っぽいなぁと見とれるが、その肌は胸が締め付けられるほどに白い。

 一願戦後七日は顔色もよく起きている時間も長かったが、十日もすると顔から血の気が引き、今は日中五時間も起きていられない。その時間もほとんど池の中で過ごしていた。

 当初は僕が近隣の鬼を狩り定期的な接種をさせていたのだが、転移魔法で行ける安全区域の鬼はしぃが総て狩ってしまったので、獲物がいない。

 このままではしぃの御霊がもたない、僕達は御所を離れ旅をしながら鬼の血を集め、人身御供の撲滅を進めることとなった。

 出立は明日。危険区域である三層目の水堀を歩く予定だ。


「ふぁあ……なんでこんなに眠いんだろ」


 御霊は安らかな眠りを望んでるんだよ。

 欠伸をとり込むキメの細かい滑らかな肌は境界線と景色が曖昧にぼやけ、微々と白光している。


「眠気覚ましに平泳ぎで一周してこよー」

「いってらっしゃい」


 巫女装束も好きだけど、全裸はもっと好きだ。いや、一番好きだ。

 また無防備に大股広げて泳ぎ去っていく。あの完璧に磨き上げた躯は総て先輩の為だと思うと腹が煮えるが、今あの男はいない。


 

「しぃは、僕だけのものだ」



 僕はいじめられっこだった。

 僕を護ってくれるしぃはジャンヌダルクみたいで、凄くカッコよかった。

 三歳で惚れた。

 僕を下僕にしてくださいと頼んだら、言葉通りに扱ってくれた。

 好きだ。

 でもしぃは、僕に下僕ができるのは嫌みたいだった。僕を独占したいらしい。一クラス分いた下僕はしぃに抹殺された。大好きだ。

 一つだけ理不尽だなと思ったのは、しぃが僕以外の下僕を増やそうとしたことだ。最初は仰せのままにと軽く承諾したが後になって許せず、今度は僕がそいつを暗殺した(イニシャルも覚えていない)。以後、しぃに言い寄ってくる男は総て僕が影ながらに始末した。

 しぃは学園ではこれ見よがしに僕をゴミのように扱うが、家では凄く優しい。一緒に宿題をする時はお茶やお菓子を出してくれるし、お風呂では背中を流してくれるし、おやすみのキスをしてくれる。

 もう大好きだ。

 一生下僕でいい。

 いつ性処理を命じられても期待に答えられるように、あらゆる技術を身に付けた。今か今かと、三年間胸をときめかせ過ごしたものだ。


 そんな僕のご主人様の上にも立つ人間がいる。

 柏木先輩だ。

 僕は初めて彼と遭遇した日、第六感で「敵わない」と悟った。それはしぃも同じようだった。

 彼の強さに憧れたしぃは、先輩の彼女になる為に血と汗と涙の猛特訓をした。そんな彼女はとても輝かしくて、一下僕の僕には協力する他にない。剣道の修行もつきあったし、デートの練習も、さりげない手のつなぎかたも、ハグやキスの練習もつきあった。

 幸せだった。

 高校一年の春までは。

 高等部へあがり程なくして努力は実り、しぃは柏木先輩の彼女になった。

 二人の間に主従関係はない。あるのは、ほんわかハートが飛び交う桃色オーラ。

 僕はこの時初めて知ったんだ。

 男女を結ぶものは主従関係じゃない、愛とか恋なんだって。

 気付くのが遅すぎた。

 しぃにとって、僕は本当に只の下僕だったんだ。

 終業式の日、先輩とお泊まりデートって聞いた時には、これにて主従関係すらも終わりだと悟った。だからしぃを諦める為に、最後に気持ちを伝えようと校舎裏に呼び出した。もちろん、こっぴどくフラれるつもりで罵声を待ち構えていた。

 それなのに──しぃは俯くと、小さな声で何かを呟いて、嬉しそうに笑っただけだった。

 あまりの可愛さに理性が吹き飛んでその場で襲いかかろうとしたけど、その前にしぃの脳みそが右から左に吹き飛んだ。

 あれは圧巻だった。

 芸術だ。

 

「はぁ……、躯がだるい」

「大丈夫? 今日はやめとく?」

「ううん、やりたい」


 そうか、僕とそんなにやりたいのか。好きだ。

 

「でもあんた、一の宮ほっといていいの? 暇ならデートでもしてくりゃいーのに」

「明日から長旅だよ? マナちゃんはしぃと違って、か弱いんだから静養しといてもらわないと」

「だったら尚更、傍にいてあげなよ」

「鬼退治が終わったら好きなだけ傍にいられるでしょ」

「クールにデレてる!」


 乙ゲーキャラか、とカラカラ笑う。しぃは乙ゲーが好きだ。柄は悪いが実は乙女だ。

 しぃは嫉妬するどころか、率先して僕と一の宮をくっつけようとする。僕が一の宮とイチャイチャすればするほど、心から嬉しそうな顔をする。まるで恋のキューピッドだ。

 何時しか操られた僕が一の宮の御帳台で寝ているといっても、「やりたい盛りの中学生かっ」なんてツッコミしか返ってこなかった。実際は蚊帳の外、縁側でごろ寝だけど。

 鉄拳がこない。この世界へ喚ばれてから一度も殴られてない。何故だ、僕はしぃ以外発情しないことを悟られているのか。

 

「いくよ、しぃ」

「うん。手加減、しないでよね」


 その獲物を狩る肉食獣的眼差し、好きだ。

 しぃは僕を本気で陰陽師家に婿入りさせる気だ。一人で日本へ帰って、柏木先輩とお泊まりデートの続きをするつもりなんだ。

 しぃが僕を置いていくつもりなら、こっちだって考えがある。


「せぇーい、────ぐぅ」

「……しぃ?」


 剣振り回しながら寝ちゃうなんて可愛いすぎる。大好きだ。


 もう絶対に諦めたりなんかしない。

 鬼退治を終えるまでに柏木先輩より強くなって、カッコよくなって、僕がしぃを服従させてやる。僕なしでは生きられなくしてあげる。そしてこの世界で幸せになるんだ。柏木先輩のいない、この世界で。


「好きだよ、しぃ」

   

 絶対に、日本へ帰してあげない。

 



シュンくんに何かしら期待を抱いていた方……申し訳ございませんっ。

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