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人柱姫  作者: 紫 はなな
7/13

初陣、その夜の巻。

 

 私は子供の頃、隼が好きだった。

 隼はいじめられっこだった。

 私が剣道を始めたきっかけは、隼を護る為だ。ほどなくして隼を虐めたヤツは学園生活から抹殺できたが、隼は残念ながら虐められ続けた。

 私というご主人様に。

 隼は物心ついた頃から私の下僕。私が隼を護るかわりに、隼は私のランドセルを背負う。社会人になっても、結婚してもこの関係は一生続くものだと思っていた。隼は強くて逞しい私を必要としてくれている、そう思っていたのだ。

 それは大きな間違いよ? と気付かされたのは忘れもしない小五のバレンタインデー。放課後同級生の女子三十名に呼び出され、こう告げられた。「私達の彼氏をいじめないで」──は? 彼氏? 私がハテナマークを浮かべ教室へ戻ると、隼は手提げ袋二つ分のチョコを抱え、嬉しそうに笑った。

 小五にして一クラス分の女子を恋人にした伝説、その名も《二,一四ハーレム事件》。

 そう、人身御供の法則とか、異国の剣士だからとか関係ない、隼のハーレム体質は今に始まったことではない。隼が男子に虐めてられていたのは単なる妬みそねみ。勉強もできてスポーツマンの美少年に「いじめられっこ」のレッテルは女子に巣くう母性本能をくすぐるだけだった。思えば「いじめっこ」の私に友達らしい友達はいない。当時隼がすべてだった私は、それすらも知らなかった。隼はまた優しいから、泣きついてきた女子は全員彼女にしていった。増えていくのはライバルだけ。


 何てこった、女に必要なのは強さじゃない、かわいさだった!


 不登校にさせてしまった男子には軽く南無を拝みつつ、女に磨きをかけ始めたが時既に遅し。

 小六の春同じクラスのK君に告白され、どうすべきか隼に訊ねてみたら「よかったね、おめでとう」の一言と華やかな笑顔が返ってきた。

 隼は私から解き放たれるこの時を待っていたのだ。

 恋愛心理学において近すぎる幼馴染みは兄弟と錯覚し恋愛対象外、更にそこに上下関係がある場合、可能性はゼロであるらしい。

 つまり隼は私を暴虐的なご主人様としか見ていない。

 この日、私の初恋は終わった。


「はぁ……、はぁ……」


 諦めるためにK君と付き合ったが、凡人では駄目だと直ぐに気付き別れた(ごめん、K君。イニシャルしか覚えてない)。隼を諦めるには隼を超える男と付き合わなくては。

 照準はひとつ。隼より綺麗で強くてハーレム体質はこの世で一人しかいない。それが(生前の)恋人、柏木ハイド。

 学園に隼がついてきたのが全くの想定外。二人で夜なべして内職や試験勉強をしていた時に気づけなかったことが悔やまれる。


「はぁ……、はぁ、はぁ」


 隼とハーレムの存在は精神的にも美容にも良くないので、学園に入学してからは徹底的に下僕へと仕立て上げた。隼の恋人(当時三十八名)は携帯電話から抹殺、ダサい隼を前にしても言い寄ってくる少数派の女子には「こいつ、私の性処理させてるけどいい?」と秒殺。とことん堕としこんだ。下僕というか奴隷。隼にナイフを持たせたら、中一の二学期には首切り落とされていたと思う。


「はぁ……、はぁ……」


 私のせいで暗黒の思春期を過ごしてしまった憐れな幼馴染み。

 神様もきっと同じことを考えたに違いない、私へ贖罪の機会を与えたのだ。日本じゃ巻き返しに時間がかかるが、どうやらこの世界において隼の未来は明るい。 

 隼は絶対に死なせたりしない。

 隼は私がこの世の誰よりも幸せにする。

 隼のハッピーエンドを見届け、隼に祝福されながら、私は──。


「はぁ……っ、シーナたん、じゅるるるっ」

「もーう、我慢ならない!」

「ぁああ────ああぁ」


 約束が違うぅ──と小さな雄叫びを上げながらカブはポチャンと、遥か彼方で水飛沫をあげた。

 鬼退治後、約束通り池に神酒をいれてもらった私は微酔い気分でパチャパチャ背泳ぎしている。今日は満月だ、月に映る鏡都の兎は左利きなんだな。

 ツッキーが芋虫啄む釣殿でシュンは、申し訳なさそうに足を水につけていた。


「なぁんで、あんたはアッサリ殺られてんのよ」

「ごめん、ぼぅっとしてて」


 確かにぼぅっと立ってたけど、危機感なさすぎでしょ。

 あれから鬼と同じように垂直落下した私は誰にも助けられず、疲弊しきった躯を必死こいて動かし岸へ上がった。カブとツッキーはハルに抱かれ、シュンは一の宮の乳に埋もれ、みんな無事。 

 初仕事で力んでいたのか、ぶちギレたからか、剣に魂血を注ぎすぎたらしく、帰りの牛車はずっとハルの肩で眠っていたようだ。

 着いてすぐに池に放り込まれ、疲れとれたかも、と頭が冴えた頃にはいつの間にかシュンがいた。

 全裸で背泳ぎしてるのに無反応。そうか、そんなに見劣りするのか。一の宮どんなナイスバディしてんの。


「しぃはさ、僕が殺されてなかったら、何をお願いするつもりだったの」

「決まってんでしょ、答えはひとつよ」


 木偶の躯で姫リンゴむしゃ啖いしてやることよっ。


「やっぱり、僕を置いて帰ろうとしたんだ」

「はっ、リンゴって共食いになるのかしら」


 そういえば、私って何の木でできてるの。

 ひのき? 杉?

 え! わたし花粉症なんですけど、アナフィラキシーショックとかない?

 考えたら、なんか痒くなってきた!


「次は絶対に人間にしてもらおう」

「次も絶対に一番に殺されてやる」

「シュン、なんか言った?」

「ううん、なにも」




 樹木の種類を訊ねるついでに隠し事をしていたハルをぶん殴りにいこうと、沐浴から上がり広い殿内を彷徨く。

 御寝所には居らず、一段落ち窪んだ六畳ほどの局でハルはこちらに背を向け座禅をくんでいた。板も畳も敷かれず、土の上に識陣が描かれている。呪を結び識陣に光柱を灯らせると、ハルは静かに頭を垂れた。


「すまない──、鬼が人の願いを具現化させるとは、私の知らぬことだった」

「先に謝るとは、殴りがいのないヤツめ」


 識陣の上には縁に青銅色の唐模様が施された円い鏡が置かれている。映し出されているのは海に囲まれた島の全景、波紋のように拡がる三本の輪は水堀。その水堀には細長い鳥居が何十と赤く突き刺さっている。その中でひとつ、白光する鳥居がじわじわと点滅した。


「次は卯の方角、供儀は半月後……シーナ、お前はどうする」

「どうするって、どういうこと」


「母国へ、帰るか」


 そんな弱々しい声聴かせないでよ、普段餌だ犬だ蔑ろにするくせに。


「安心して、逃げないから。私、一度宣言したことは必ずやり遂げるタイプなの」


 なだらかに萎れていた肩がピクリと揺れた。


「戦わずとも生前に戻れるのだぞ。お前にはこの国に命を捧げる義理などないだろう」

「ごもっとも。だぁれが、こんなクソ古臭い国なんかに」

「では、何故……!」


 次の供儀で「日本へ帰る」と願えば確かに生き返れる、元の生活へ戻れる。

 でも、シュンは?

 もし、万が一、爪の先程度でも日本へ帰りたかったら? 選択権を与えられぬまま鏡都に取り残されてしまう。

 鬼退治が終わればシュンにも願い事ができる。選択権が与えられる。

 それに──。


「帰るのは帝をフルボッコにしてからだ!」

「何に命捧げてんの!?」


 ハルが思いきり振りかぶって此方へ向いた。

 どうした。

 綺麗な顔がボクサーにサンドバッグにされましたみたいにボコボコだ。

 ちゃんと回廊は磨いたのに。


「お前のせいだ!」

「そうか、なんかごめん」


 殴る気が失せた。


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