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人柱姫  作者: 紫 はなな
6/13

初陣の巻。

 ──コンコン。


 はーい、シーナでーす。起きてますよー、起きてますけど、今起きたら右腕つりそうなんでもう少し寝かせてください。


 ──コンコン。


 しつこいなぁ、またクソ陰陽師の嫌がらせか?

 後五分寝かせなさいよ。


 ──コンコン。


「ちょっと、うるさ──」

「みっけた! 朝から御馳走や~んっ」

「いだだだだだだ、腹は急所だよう、つつかないでよう」

「なんや、カブか。しらけるわぁ」


「…………」


 うん、君はキツツキだね。そして君がクチバシで啄んでいるのはカブだね。人の右腕で生態系創造しないでくださいますか。「つりそう」は「つつかれてた」の間違いか。私、つる腕ないですから!


「虫はわいてないみたいやな」

「チェストォ──!」

「ぁああ────ああぁ」


 人を腐った木みたいに言いやがって。性格は腐ってるけど腐女子ではない。

 カブごと吹っ飛ばしたキツツキは見事クソ陰陽師に拾われた。


「私の識神になんてことを!」

「同じくだりとか、面倒くさいんですけど」


 カブトムシの次がキツツキて、完全に面白がってるだろ、ぇえ? こきつかった腹いせか、コラ。

 右腕腐って虫わいたら末代まで祟ってやる。


「右頬の腫れ、まだひいてないね」

「お前のせいでな」

「悪かったってば」


 一昨日の沐浴の後、釣殿近くの回廊に水が残っていて、それに足を滑らせたらしい。派手に転んだみたいだ、誰かに殴られたみたいに腫れている。本当にごめん。


「出立まであと一刻。泉で躯を存分に浄められよ」

「はーい」


 本日は来る人柱姫の初陣でござる。

 万全のコンディションで迎える為に素直に朝風呂へ。池はハルが浄めているので、鬼に傷つけられた社木は沐浴をすると一瞬で治癒される。聖なる泉ならぬ池。木になって唯一のメリットがこれ、木偶は人より戦闘向きだ。

 三日間の狩りは結局当初目標の三百躰に留まってしまった。洞穴に棲む鬼を全滅させてしまったからだ。高位の鬼は昨夜のうちにお引っ越しされたらしい、洞穴はスッカラカン。沐浴から上がれば洞穴近くに住む村民から謝礼品がわんさか届いていた。

 喜びたいところだが人助けの反面、山に棲むタヌキを都市開発で追いやったような苦い思いも感じる。実際、追いやるどころか滅多刺しにしてるし。また一段と人間ばなれしたなぁと、木偶の躯に戦闘服という名の巫女装束をまとう。

 ちゃんと回廊は雑巾がけしたからね!




 意気揚々と乗り込んだ牛車はシャンシャンご祈祷バックミュージック付きの時速十キロ。

 なんで牛選んだ?

 歩いた方が速いって何。

 ごゆるりと走馬灯をご堪能ください的な?


「外の空気吸ってき──」

「いけません。外気に触れれば溜めた霊力が僅かでも穢れます」


 牛車の中はハルが十日かけ浄めたらしい。なるほど、淫靡な薫りがプンプン漂っておりますわ。一の宮、あんたの香がな!

 向い合わせで座るシュンと一の宮はどっちがどっちの衣裳かわからんくらいいり乱れております。

 足を伸ばせばぶつかる距離で、アハンなこと始めないでくださいませんか。走馬灯がAVにすりかわりそうなんですけど。


「ハル、後どれくらい?」

「そう急かすなシーナ、供儀台は逃げん。一眠りすれば着くであろうよ」


「ハル──、ですってぇ?」


 あれ、またデス声が聴こえたけれど気のせいかしら。きっと走馬灯だな、うん。

 ぐいっと引き寄せられたハルの肩は温かくて寝心地がいい。ぽんぽん、と背中を叩かれながら子供のように眠ってしまった。

 ごそごそと忙しなく衣裳が擦れる音にはっ、と起きると皆さん戦闘準備中。本当に一眠りすれば着いていた。すっきり快調。

 真向かいのお二人は両手を取り合い、暫しの別れを偲んでいる。

 

「シュン様、きっとご無事で」

「うん、マナちゃんの為に僕、頑張るよ」


 マナちゃんて、誰。

 一の宮の真名なんだ、へぇ。マナだけに。ややこしいね。


「真名は、真名は……、愛を誓い合った二人だけが呼びあうものなのですよっ」


 マナちゃんが綺麗なお顔に涙をシトシトとそぼふらせている。そんなに心配ならシュン置いてくけど。え? それでは法則が成り立たない?

 一の宮は鬼に白羽の矢を立てられた人柱、匂いを嗅ぎ付けられぬよう結界を張った牛車の中で隠れていなければならない。グスグスと半泣きで呪を囀ずり、魂血剣を腹部から抜いた。

 一の宮から剣を授かり牛車を降りるシュンに続き、従者に手を引かれ地に足をつける。

 水堀は想像よりずっと広く、向こう岸が見えない。水平線はまるで海のようだ。澄み渡る夏空の下、陽光がキラキラと煌めいている。

 ──美味そうだ。

 はっ。

 あれ今、私、沐浴思い浮かべてよだれ垂らさなかった?

 危険だ、以後気を付けよう。


「ねぇハル。帰ったら、さぞかしいい湯をいれてくれるんでしょうね」

「そうだな、神酒をたんといれてやる。木偶が若返るぞ」

「よし、のった」


 来る一願戦目。

 こうして私は意気揚々と、供儀台という名の冷たい積石にバサリ、寝そべったのでありました。


 

 いやー……、綺麗な青空。


 これ、思ってたんと違う。


 私が神輿で運ばれた供儀台は広い水堀のど真ん中に浮く孤島の上に立ち、野晒し風晒し、のどかな森の影から野次がとんできています。

 え? さっさと喰われろ?

 血とか見たくないから、丸飲みにされろ?

 だったら見に来るんじゃないわよ、少しは敬え野次馬マロどもがぁあ!


 波動で吹き飛ばしてやりたいが、眠り姫風に手を組んでしまったので、もう起き上がるとか雰囲気的に無理。シュンはと言えば、供儀台に手をつき此方をガン見している。そうか、不安なんだな。大丈夫、鬼は私が倒してあげるから。だから綺麗なお顔でそんなにみつめないで。ドキドキして集中できない。


「──くる」


 息をのむシュンの視線の先で、黒い、墨汁のような波紋が拡がった。

 供儀台から五メートルほど離れた距離。波紋の真上には注連縄(しめなわ)に紙垂がたらされた白い鳥居が立っている。墨は紙垂から滴り、一滴が二滴、二滴が四滴に。次第に雨のように止めどなく流れ落ち、キラキラと輝く水面を黒く澱ませていく。紙垂と注連縄は溶かされ、鳥居は闇に閉ざされた。


「……うはぁ」


 向こう岸が見えない闇のカーテン。鬼門の扉かな、と開く時を待てば闇そのものが鬼の体躯だったらしい。一部がずぁ、と延び、墨色の腕が孤島の真横に沈み振動と大きな波紋を拡げた。次にのれんを潜るように鳥居から抜け出た頭部は大人三つ分、離れた二つの目玉は蒼い鬼火を灯し、獣の割けた口部からは噴煙が吹き出ている。額には弓なりにしなる鋭利な一本角。串刺しにされたら終わりだ。

 鬼はその厳つい形相からは想像もつかない、優しい声音で言葉を吐き出した。


『なんと今年の供物は人柱姫であったか。はて、不死の源とはどのような味がするのであろうな』


 不死の、源?


『なんだ、知らぬのか。そなたの御霊は鬼の腹を永遠に満たす稀有な魂なのだよ』


 これはこれはご丁寧に。

 常にお腹いっぱいになるから、もう生け贄はいらないと。

 人身御供を絶やす理由が不死の源か。合理的だ、そりゃ鬼も狂騒する。


『不死を頂戴するのだ、対価にそなたの望みをひとつ叶えてしんぜよう』


 ──え。それも初耳なんですけど。


「無理だと思うけど、まさか魂の時間を七日巻き戻してとか、あり?」

『愚弄するか。その程度の望み、容易いものぞ』


 え、そうなの。


「ちなみに、二人は?」

『望みは一人、一つの魂までだ』

「ですよね」


 まあ、シュンは鏡都に居たいだろうから関係ないか。ハルめ、さては私に愚考させないために隠していやがったな。帰ったら亥の一番に殴ってやる。


「…………」


 え、なにこの展開。


 戦わなくても帰れるの。生き返れるの。この三日の鬼修行は何。無駄な英雄譚、いや斬殺記録。

 鬼さん、お馬鹿さんなの。

 七日前に戻したら私の魂消えちゃうよ。不死になれないよ。

 あれ? てことは、鬼さんのお腹満たされないから人身御供は続いてしまうのか。私が居なくなれば必然的に一の宮が食べられちゃうっ、てことは──シュンが悲しむね。泣いちゃうよ、あのコ。

 うん、却下!


「えー、じゃあ──」


 帝は己の手で降したい。

 ならば木偶でいいから、せめてご飯食べれる躯になりたいっ!


 ──ザン。


「……え?」


 望みを口にする一歩手前。

 鬼の一本角が真上に昇る太陽の光を遮った。唐突に振り上がった角にぶら下がる物体は逆光で鬼と同じ墨色に揺れている。滴る液体は僅かに──紅く。

 頬に堕ちた雫の感触は、人肌に生温い。


「きゃぁあああああ……っ!」


 遥か彼方から聴こえる一の宮の悲鳴にハッと我に返る。寝ていた躯を起こすと、隣に立っていた筈のシュンがいない。同じ道着をまとった物体ならば、今まさに紅い弧を描き彼方で水飛沫を上げていた。


『愚かな人が──、邪魔をしおって。さぁ娘、望みを申せ』

「…………」


 串刺しにされたら終わりだって、私言ったよね。頭にぶっ刺さってまるで振り子みたいに揺れてたわよ。


『さぁ』

「…………シュンを、返して」


『シュン、とは? たった今、私が息をとめた少年ことか』

「そうよ。返しなさいよ」

『無駄な望みをさせてしまったようだな。許せ、娘よ』


 何言ってんの、許すわけないじゃない。あんたシュンを殺したのよ、わかってんの?

 絶対痛かったわよ。知ってるもん、矢が刺さった時凄く痛かったもん。あんなの、か弱いシュンが堪えられるわけないじゃない。

 何てことしてくれちゃったのよ。


「死んで……詫びなさいよ!」


 鳥居から出ている鬼の体躯は肩半分──供儀台から急所の眼窩までビル三階分の高さ、跳んで届く距離じゃない。カブには後でたっぷり樹液をご馳走しなくちゃ。


「はぁあああ……っ!」


 瞼を閉じ呪を口ずさめば、カブの転移で躯は上空に移ろう。二度結んだ呪は腹部から剣を生む。

 魂血剣を錬成すると朱眼になり、視界が薄紅く色付くが何故だろう──鬼の蒼き左瞳に浮き上がるのは穢れのない白き瞳孔。

 的を獲たように照準を合わせ一気に剣を突き落とした。


『おのれぇ、社に刃向かうか……っ!』

「やしろ……?」

 

 はずした、急所は右瞳だったか。

 重力に逆らえず落下しながら、私を掴もうとする鬼の指を五本、総て斬り落とした。

 時止めの呪を叫び、時間が止まった鬼の指を階段に宙を駆け上がるが、右瞳には到底届かない。再び呪を結ぼうとするが──。


『同じ手は食わん……!』

「シーナたぁあんっ」

「カブ!」


 鳥居から出てきたもう一本の腕が、ノミを弾くようにカブを水面に叩き落とした。腕はそのまま豪速で、水滴ごと私へ振り上げられる。

 作戦は覚えてるんでしょうねぇ、クソ陰陽師、もといハル。



「籠に芋虫、たんまり用意しときや」


 瞬き一度、私は鬼の右瞳に蒼白く照されていた。

 振り上げられた鬼の手を探せば僅か下方で拳を作っている。その手の周りに舞うは小さな鳥の羽根。


「ツッキー、潰されてないでよ……!」


 キツツキのツッキーは身代わり識神、絶妙なタイミングでハルが私とツッキーを転移交換してくれたようだ。右瞳か左瞳か二択を外し、カブの正体が敵にバレた時のリーサルウェポン。外したら次の手はないが、私は外さない。


「だってあんた、シュンを殺した」


 鬼の断末魔があちこちに拡げた水堀の波紋を震わせる。

 盛大に苦しむように、血飛沫をあげるように、柄に足を掛け根本まで刃身を食い込ませてやったのに。高位の鬼は血など一滴も流さないらしい。流線を描く筋肉は美しく石化し、鳥居ごと水堀に沈下していった。



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