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人柱姫  作者: 紫 はなな
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修行は気合いでなんとかやり過ごす二ノ巻。

「あ、あり得ない、聖剣を一瞬で……更に転移だと……しかも知らぬ土地へ……」

「あんたが弱いのか、一の宮が強いのか知らないけどさ、この先はしっかりしてよ」


 言っておくがチートでも天才でも何でもない、気合いだ。呪など一回耳に入れれば覚える。後は気合いだ。デート前日なら気合いでシュッとニキロ減量できるし、ニキビもつるんと治せるのだ。女子高生ナメんな。


「カブは、ありがとう。ハルの肩で休んでなよ」

「どうせならシーナたんの懐が──がふっ」


 しまった。虫けら相手に鉄拳を振り上げてしまった。うん、死んでない。流石カブトムシ。

 カブは転移魔法の要となる魔法陣の役割を担っているらしい。態々面倒な魔法陣を描かなくても「鬼退治できるところー」と言えば樹液を対価に連れてきてくれた。よかった、私には残念ながら魔法陣を描ける画力がない。こればっかりは努力でどうにもならないから。


「……っ、う」


 視界が霞み、頭がぐらつく。

 一の宮の貧血は仮病じゃなかったようだ。躯を動かせば治ると思っていたが、シュンと打ち合った後、船酔いみたいに目眩が酷い。


「シーナたん、だいじょうぶ?」

「うん……」


 弱音は吐いていられない、鬼の気配はどんどん此方に近付いてくる。しかも一躰だけじゃない、二躰、三躰。

 この剣、鬼を斬りたいみたいだ。シュンと打ち合っている時は何も感じなかったのに、この洞穴へ入った途端に鬼センサーらしきものが脳に走り続けている。

 いや、木製の私に脳ミソはないか。

 先程までいぢけていたハルもようやく臨戦態勢へと入った。


「何故かのような真似を……!」

「私は確かに剣道は強いけど、今日初めて真剣を握ったの。生き物を斬ったこともない。更にこの剣は両手じゃ駄目、片手剣だ。なにもかも初めてのこの状態で、本戦迎えても負けて食われるだけでしょうよ。あと二日、片手で鬼と戦って、できるだけ多くの経験を積む」

「女の身がそんな無茶な話があるか」


 道理にかなってると思うけど。

 あいにく私は万能じゃない。

 初めて持たされた剣で、鬼を斬れと言われてバサリと斬れる順応勇者じゃないのよ。


「ふん、妬けるほど同じことをいいおる」

「同じこと?」

「いいか、斬るのは自我のない鬼だけだ。意思のありそうな高位の鬼は避け、出会しても迷わず逃げるぞ」

「なんでよ」

「鬼にお前の存在を知られたくない」


 人柱姫の存在が鬼に知れ渡れば、その御霊を求め鬼が狂騒するという。なんて厄介な魂なんだ私ってば。


「わかった。いくわよ、クソ陰陽師」

「はいよ、鬼エサ」


            *


 この日斬った鬼の数は四十。

 雑魚は百いたと思うが、全部ハルが掃討した。クソではなかったらしい、勇者パーティーでいえば魔導士のポジション。いや、賢者か。治癒や防御結界などのサポート役にうまく立ち回ってくれたお陰で、鬼の能力値や剣の扱いを冷静に読み取ることができた。

 鬼はざっくり仕分けて三種類。

 まず稀にいたのがハルの言っていた学習能力のある鬼。容貌も極めて人間に近く、角を隠していれば見分けがつかない。二、三度センサーにかかったが行き合う前に潔く逃げた。私だって頭のまわる生き物は殺したくない。

 次は人間より一回りでかい鬼。角が何本か生え、獣を食らう為の鋭牙が上顎からはみ出ている。こいつらはゾンビみたいによだれ垂らして襲いかかってきたから、文句なしで斬りまくった。

 いわゆる雑魚が餓鬼に近い小型の鬼。すばしっこくて、噛みつかれると幹ごとむしっていくから質が悪い。これ等はハルが唱えた呪で一発掃討できた。

 鬼の急所は揃って両目のどちらか。首と胴体を斬り落としたところで目が無傷なら生きているという。最初は闇雲に斬っていたが、後半は頭部ばかりを狙い右腕がつりそうになった。

 皮膚の色は様々だが、皆統一して血は紅い。肉や骨を斬る感触はきっと──人を斬るのと変わりないだろうなと思う。



 剣は見た目よりずっと軽く、直ぐに手に馴染んだ。振りきればスパリと断絶できる文句なしの切れ味。

 片手で振るのは不安だったが、前世の記憶が剣から流れ込んでくるように、恐ろしいほど躯が勝手についていった。もしかしたら剣道習っていたのは本当に運命だったのかもしれない。


「具合はどうだ」

「すこぶる元気さ」


 剣は斬った鬼の血を吸収し、鞘(お腹)に納めれば魂血となり御霊を癒す。下位の鬼なら十躰程度で目眩が治った。

 沐浴が社木の潤滑油なら、鬼の血は御霊の栄養剤。


 まるで、吸血鬼だ。


 後、なんか喋る。

 剣を振り上げる適時、「っしゃーっ」とか「とうーっ」とか剣が自ら掛け声を発している。試しに「ちはっす!」と挨拶してみたけどシカトされた。

 ハルからは防御魔法や結界魔法を戦闘中に棚ぼたで回収。

 

「あと二日で三百殲滅目標ね」

「お前が鬼か!」

「だってみんながかわいそうじゃない」


 私がいる鬼の巣窟は結界壁のある水堀一層目と二層目の間だ。ごくごく一般、平民居住区だというのに鬼が多すぎる。鏡都の中央が皇族住まう御所、つまり富裕層とすれば外側は貧困層というやつだ、お決まりの格差に吐き気を覚えた。山から見下ろした集落は遠目にも汚穢しきった貧民窟。日々鬼の脅威に晒され暮らしているのだろう、外を彷徨く住民はみんなこぞってチワワみたいに震えているではないか。同類の貧乏娘には目をそらす勇気などございません。

 人身御供が求められるのは時計回りで二週間に一度、四十八箇所回るにはおよそ二年かかる。

 それまでには、せめて居住区内の鬼だけでもお掃除してあげたいと思う。みんなが明るく笑って外を出歩けるように。修行にもなるし。


 お腹がすいて自分の局へ戻る頃には陽がとっぷり暮れていた。


「今着ている衣裳はもう使い物にならん。新しいものを用意させよう」


 十着は新調すべきだな、まったく金のかかるやつだとハルが邸の中へ消えていく。金かけなくていいからバリエーション増やしてよ。紅白が定番衣裳て、私はアニメの主人公か。

 紅白? いや、今は紅一色だ。なるほどこれじゃ洗濯しても落ちそうにない。

 早く鬼の返り血を落とそうと釣殿へ向かうと、先客がいた。シュンだ。

 シュンは私の姿を見るなり、まるで仔猫のようにヒッと震え上がった。


「どうしたの……! 怪我してるの!?」

「いや、無傷に近い」

「無傷……? こんな時間まで、こんなになるまで、何してたの!」

「鬼殺してた」

「殺しって、しぃ……?」

「ごめん、早く汚れ落としたいから」


 私が袴を脱ぎ捨てても突っ立ったままだ。ハルみたいに隠れなさいよ、私が痴女みたいじゃない。


「しぃに……しぃに戦わせたの? ──あいつ!」

「うん。シュンはスプラッタ苦手だもんね」


 シュンは強いが、試合には弱い。相手に痛みが伴うからだ。故に公式試合では一度も勝ったことがない。殺したくないからと蚊に血を吸われまくるし、誤ってアリンコ踏み潰した時には泣いて謝るほど、めちゃ優しい。

 血塗れで帰ってきた非情な私を見れば、好きだったとかいう哀れな過去は捨て去ってくれるだろう。もう人とは思ってくれないかも。いや、もう人じゃないけど。


「シュンは見てて、鬼は私が殺るから」


 私はね、シュン。

 あんたを祝福してるのよ。

 

 私のエゴで地獄のような日々を送っていた幼馴染みが今、陽を浴びるようにみんなに愛されてる。

 私がずっとおし殺してきた、本来あるべき姿。

 決めたの。

 これにて主従関係は終わり。

 この世界では、私がシュンの黒子になる。


 いや、黒子は言い過ぎた。


 とにかくシュンが一の宮とハッピーエンドを迎えられるように私、頑張るからね!


「誕生日」

「え?」

「三日前、良かったね。綺麗なお姫様に婿入りして、カッコよくしてもらって、最高の誕生日だったじゃない」

「しぃ、僕の誕生日覚えてくれてたの」

「当たり前でしょ、何年幼馴染みやってんのよ」

「だって、あの日は柏木先輩と」


 そういや、そうだっけ。

 

「遅くなったけどさ、お誕生日おめでとう」

「ありがとう、しぃ」

 

 シュンの「ありがとう」はセンズだな、明日はやっぱり五百目標にしようと、お月さまにガッツポーズをした。


「しぃ、今の……僕以外の誰にも見せてないよね」

「昨日ハルに見られたけど」

「そう」


 え、私無様なほど尻垂れてたかしら。ヒップアップは怠っていなかった筈なんだけど──気になる。今から臀部鍛えても木だから意味ない? でもやらなきゃ女が廃る!

 池をクロール三周(三キロ相当)して戻ってくる頃には、釣殿からシュンの姿は消えていた。


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