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人柱姫  作者: 紫 はなな
12/13

ちっちゃいもの倶楽部の巻。

 その宵は御所中で笛太鼓が鳴り響き、普段顔を見せない女官や公達までもが縁に酒肴を広げ腰を据えていた。独り池でぷかぷか浮かんでいるのも忍びなく沐浴から上がると、いつも人気のない邸の中まで騒がしい。ハルの部屋がやたら賑やかだなぁとチラリ覗けば、討伐メンバー達が月見だんごを囲っていた。その中には二願戦目の人柱、ナズナさんも混じっている。やっぱりついてきおったか、なんて邪険にはできない。

 ナズナさんが嫁いでいた隣街の地主は、御所への年貢だと村から必要以上に取立て貧困化させ、不足分を人売りで賄わせていた。村民が私達へ厳しい眼を向けていたのはこの為だ。

 地主は余分に徴収した米や農作物を売り私腹を肥やし、人売りだと託つけて気に入った村娘を邸に軟禁していたらしい。神社の神主とナズナさんからこの話をきいたハルは、帰りついでに地主を引っ捕らえてきた。悪徳地主と鬼が消え村には平和が訪れ、ナズナさんは変態地主から解放されたというわけだ。きっと今まで酷い仕打ちを受けていたに違いない。ナズナさんには好きな人と添い遂げて欲しいから、彼女の自由にさせてあげたいと思う。

 一の宮も同意見なのだろう、ナズナさんがシュンの腕にしがみつきっぱなしでも、微笑ましく眺めている。誠にできた嫁だ、うん。(ハーレムの)邪魔をしない様、私はソッと自分の局へと戻ろうとした。


「ん?」


 前方の回廊へ屋根からパラパラと砂石が落ちてくる。さては、ライちゃんがトラキチと鬼ごっこしてるな?

 鬼ごっこ……?


 ──本家本元ではないか!


 記念にまぜてもらおうと、よっこらよじ登ってみたがライちゃんは見当たらない。代わりに邸主であるハルが、無防備にも夜着一枚で仰向けに寝そべっていた。いつも人のことを下品だとか、だらしがないとか散々言うくせに、己はいいのか。

 晩夏だろうと屋根の上は吹きさらしで秋風が冷たい。桜模様の掛け衣をハルの腹部へ被せようとしたその時、両手に掴んでいた衣ごと手をとられ、引き寄せられた。


「サクラ……っ」

「は、ハル?」


 急に名字で呼ぶなんて、何事か。厳しいお説教か、私また何か粗相したのかしら。

 ドキドキしながらうつぶせ胸に顔を預けていると、ハルは耳元で優しく呟いた。


「そうか……、今宵は観月の宴。月読みの精が貴女を一時詣らせたのだな」

「つくよみ?」

「髪が濡れている。風邪をひいてしまうよ」


 そりゃこっちの台詞だと顔を上げると、ハルの頬には涙が一筋流れている。


「ハル、泣いてるの?」


 いつものハルなら絶対、言い訳しながら隠すだろうに。もう手遅れで熱でもあるのかもしれないと、額に手をあてた。やっぱり少し熱いかも。


「……あっ」


 涙の粒が耳に滴りそうで、思わず指ですくう。


「ハル……? ──っ」

「────」


 へ……? 


『ドガン、ガラガラガッシャン』


 へ?

 はぁ? え? えー……ぇえ!?

 気付けば、衝撃で瓦がひび割れるほどハルのお腹をボコっていた私。やばい、ハル吐血しとる。

 でも知らん! 逃げるが勝ち!

 今度は瓦が吹き飛ぶ勢いで猛ダッシュし自分の局へダイブ。

 

「……何あれ」


 何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ。


 キスだ。


 キスはキスだけど人工呼吸なんかじゃない。凄くいやらしいキス。男と女のあれですよ、みたいなキス。あんなキス、シュンとだってしたことない。シュンとだってしたことない!


「…………ふぇ」


 体よく月見だんごが置かれていたので、お空めがけ玉入れの如くポンポンぶん投げてやった。


            *


 満月が煌々と光輝く十五夜。ハルがシーナの鉄拳で内臓物を破壊されていた頃、反対側の屋根では「ちっちゃいもの倶楽部」総会が開かれていた。


【ちっちゃいもの倶楽部メンバー】


 団長/ライちゃん

 トラキチ

 ツッキー

 カブ (背の順)


「われらはいま、しんこくな悩みをかかえている!」


 ライちゃんの第一声にウンウン頷く一同。


「おやつがないよね」


 御所の皇族どもは「やれ八つ時だ」「果物(かし)だ」と暇をもて余してはいつも口を動かしているというのに。ここに発育途上の可愛い子ちゃん達がいることをすっかりお忘れなのだ。


「ぼくもつきたてのお餅が食べたいよう」


 グスグス嘆く坊っちゃんはちっちゃいもの倶楽部において一番の育ち盛り。いつもぐぅぐぅお腹を空かせているのに、婚約者(シーナ)以外誰も気に止めない。シーナがハルに説得したところで「血でも吸わせておけ」の一言。シーナがハルの膳からちょくちょく盗んでは与えているが、それだけでは到底足りないのだ。


「私かて、こう虫ばっかりじゃ飽きてもうたわ」

「樹液同じく」


 いや、お前らはそれで充分だろ。心の中で雄叫ぶ私はトラキチ。ぐぅ────っ、と獣一倍腹を鳴らし肩を落とす。今は仮の姿といえど母体は牛車二台分。シーナすら気付いてくれない、猫まんまは前菜にすらならないことを。腹の虫が限界をお知らせだ。


「ここはハルへ一筆、したためてはどうだろう」 


 ツッキーとカブは戦場で欠かせぬ識神。我々とて二願戦目には一役買ったのだ、時の春宮が餌代ごとき渋るとは思えない。あれは賢い男だ、素性を明かせば必ずや理解してくださるだろう。 


「すごいや、トラキチ! 文字が書けるの?」

「凄いな、お前。私書かれへんで」

「へ?」

「カブ同じくー」

「は?」


 まて。ライ様はまだ二歳児故目を瞑るとして、お前ら神の端くれではないか。文字くらい書けんでどうする。

 え? だって鳥だよ、昆虫だよ?

 ならば大人しく虫やら樹液やらを食らっていろ!


「為方ない、私が書くか」


 肉球がふにふに邪魔をし書きづらいが、この際文句を言ってられん。紙にポタポタと墨を滴ながら爪を迷わせていると、空から団子が降ってきた。

 だんご──?


「すごいや、トラキチ! もうお手紙とどけたの?」

「へ?」

「おやつが空から降ってくるで」

「は?」

「もちもちして、うまー」


 カブトムシがだんごを喰らう姿はなかなかあれだな。ゴキブリとホウ酸だんごのようで、不吉だ。キツツキはもっと惨たらしい。カブトムシの幼虫を啄んでいるかのようだ。お前たち、よくつるんでいられるな。


「おいしい、おいしいよう」


 ライ様は両手で一粒のだんごをすくいそのまま頬張ると、モムモムと噛み締めながらよろこびの涙を流した。

 それはそれは美味しそうに。


「どれ」


 裂けた口部を上下にガパリと開け、頭上から落下してくるだんごを拾う。

 白く円いそれは、つるりと滑らかで弾力があり、噛み砕くほど仄かに甘い。


 あぁ、美味い。


「微かにシーナの霊力を帯びていますね」

「うん、ぼくこんなに美味しいおやつ、食べたことないよ」


 明るい月明かりの下、鬼を形容した神の子は頬を赤らめ、うっとりと想いを馳せる。

 その隣に侍るトラキチもまた、お腹いっぱいになるまでだんごに舌鼓をうつ頃。

 文は風にのり、瀕死のハルの懐に滑り込んだ。それはそれは切実な想いを込めた短い五文字。墨が垂れ、滲み、かなり怪奇な。


『おやつくれ(雷獣肉球ハンコ付)』


 人が寝ている間に肋骨四本砕く所業、やはりトラキチの正体は雷獣であったかと畏れ戦いた。

 翌日、シーナの局いっぱいに果物が献上されたのはいうまでもない。


 ※シーナがお粗末にした月見だんごは、ちっちゃいもの倶楽部みんなでおいしくいただきました。


      

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