二願戦目の巻。
水堀の水は川からひいているようだ。合流地点で鳥居は川と水堀に片足ずつ浸け建てられている。その流れをせき止める巨神は銀色の般若の仮面を被り、後光のように朱色の四肢を跳ね上げていた。ナイス無回転シュート!
キッラ──ン!
「…………」
一同絶句。
よっこらしょって、供儀台上って三秒でシュン君、お空の星屑になってもたよ!
あっ、落下地点に鋭利な杉木が!
あー……、串刺しだ。
見事な串刺し。
『人柱姫よ、汝の望みを──』
「あの焼き鳥みたいな人、元に戻してくださーい」
木偶でもいいから、せめて吸血鬼体質を改善したかったのにっ!
キラキラと無傷で供儀台に戻ってきたシュンと入れ違いで、鬼の爪が私の躯を拐おうと弓なりに襲ってきた。
鬼の肩にとまるツッキーと入れ替わり、間髪いれず仮面の隙間に剣先を差し込むがびくともしない。
見上げれば鬼の目許に開いた僅かな穴から、黄色い眼光がビームのように此方を射した。
「まさか……っ」
「うわぁああっ!」
寸でのところで二度転移したが、身代わりとなったツッキーの片翼が燃え溶け、川の流れ間へと墜落していく。
「ツッキー!」
強敵だ。剛腕だけでなく、急所の眼球に発火能力付き。更に仮面が盾となり邪魔をする。剣で割れないのであれば僅かな隙間から差し込むしかないが、刀を差し込める穴は茶碗の縁程度しか開いていない。鉛筆削りに鉛筆突っ込むほど余裕がない。
でも、やるしかない。
カブを従え、躯が転移しきらないうちから剣を打突するが、刀の峰が微かに穴ぶちを擦れ火花が散った。鬼のがなりごえが耳をつんざくが手応えがない、眼球に届かなかったか。再度安全圏まで転移し仕切り直しだと、呪を結ぶ最中だった。
「がはっ──」
躯の端から端までが鬼の拳に叩き撃たれ、社木の幹をミシミシとうねらせる。
剛腕、剛力、加え剛速だなんて聞いてない。剣を抜ききるまで紅い肌の色さえも可視できなかった。そうだ、剣──。手のひらを滑り落ちていく剣を眺めることしかできないまま、私もまた川中へと飲み込まれていった。
「────っ!」
「──、──、──」
誰かが何かを叫んでいるが、水流が激しく地上の音がかき消え聴こえない。重い社木はどんどん下流へと流され、岸辺へ寄っていくのがやっとだ。
痛い、どうしてご飯は食べれないのに、痛覚は人様並みにあるわけ。人間だったら内臓まで押し潰されている痛みだ。水中だというのに、腹部からはパラパラと木屑が流れ出していた。
「はっ、ぁ……っ」
ようやく川縁の岩に乗り上がり、息を整えるが目眩が酷く躯を起こすことができない。
責任転嫁するつもりはないが、やっぱりハルに霊力を注ぎすぎたのかも。
おもむろに頭を上げ、見据えた供儀台ではシュンが鬼の鋭牙と剣を交えていた。
「だめっ、──しゅ、ん」
三秒で殺された相手に、何を捨て身で応戦してんのよ。
もう望みは叶えられない。死んでも生き返らせてあげられないのに……!
「しぃ姉、かなしそう」
「……え?」
「つらそう……、えぐっ。ライちゃんも、かなしい」
痛そう、じゃなくて?
首を下ろすと同じ岩に、ポロポロと涙を溢すライちゃんがへばりついていた。背には気を失ったツッキーがしっかりと抱えられている。ライちゃんがしゃくりあげ、此方にずりずり歩み寄る度に、岩肌がピリピリと脈動するようだ。
これは、電流……?
「あいつが、わるいこなんだね?」
「う? う、うん──」
鬼を睨み付けていたライちゃんは私の傷口を見るなり、トランペットでも吹くみたいに、耳の穴へ息を吹き込んできた。
「すぅううっ、ぷぅうううー!」
「──へにゃ!? ら、らいひゃん? ──あ、あれ。……目眩が、ない?」
まるでHPがフルゲージまで回復したように、目眩どころか腹部の痛みも消えている。
「ライちゃん──」
「礼はたおした後でいい。あいつのこと、ちょっとだけならビリビリできるから、そのあいだにとどめをうて」
とどめって、ライちゃん──。
二歳児とは思えない冷厳な言葉の後に、黄金色の猛獣の背に股がり宙を駆けていった。
『ぐぁあああっ──!』
一寸も経たぬ間に、鬼の苦悶の声が川地に轟く。鬼の紅い肌は雷電に包まれ夕焼け色に変色している。全身に強い電流が流されているみたいだ、動きは微々と震える程度だが、剣があの仮面に掠れでもしたら電流が伝い、此方も巻き添え丸焦げかもしれない。
でもやるしかない。
ライちゃんのちょっとだけを、無駄にはできない。
懐で震えるカブと息を合わせ、覚悟を決めて呪を叫んだ。
狙うは今にもビームが発射されそうな右瞳。眼球に刃が突き通るのが先か。私が炭になるのが先か。
「いっけぇええ──!」
穴ぶちに一ミリも掠れることなく、差し込まれた魂血剣。
磨り減った集中力を手放し、落下しながら左瞳だったらどうしよう。なんて一物の不安を抱え首を横へ倒した。
目線の先には同じ格好、高さで落ちていく白い道着。
「……しゅん?」
自身の身体が上げた水飛沫の狭間で、確かにシュンは、笑っていたようにみえた。
*
私が目を冷ましたのはいつもの御帳台の中。しぱしぱと目を瞬かせると、天井の明障子は薄紫の花を咲かせていた。この桜の色が指す刻は陽が昇り始めたばかりの、曙の頃。そうなると行きの旅路は一日かかったのだから、短くても二日は寝ていたことになる。
その結論に躯がげんなりしたのか重く、起き上がることができない。
性懲りもなく二度寝してやるかと、ピンク色に移ろう天井の桜をぼぅと眺めていた時だった。
「ごめんね? 次はちゃんと手加減するから」
「手加減というよりは、無しの方向で」
「それは無理」
「そうですか(ガックリ)」
話し声のする縁の方へ顔を向けると、帳に透け二人の影が揃ってみえる。
「赤と青、二色の太刀が舞う空は誠に壮麗でしたな。どちらが急所なのか結局はわからぬまま、それほど息が揃うておりました」
「そうかなぁ──」
えへへ? と、はにかむ声はシュンだ。気持ち悪いほどごますり声で話しているのはハル。
そうだ、あの時──。
シュンは落下しながらも余裕の笑みを浮かべ、何かを口ずさんでいた。
最後にみたあの映像は夢じゃなかったんだ。急所がどちらかわからないってことは、シュンが左瞳を刺したってこと?
そんな馬鹿な──虫も殺せないシュンが鬼の目玉めがけ、それもあんなに小さな的へ正確に、冷静に打ち込んだっていうの。
それだけじゃない。
鬼の瞳は人並みの跳躍力で届く高さじゃない。方術か何か妖しの力を借りない限り、あの位置には行き着けない筈だ。シュンが難しい陰陽道の呪を一月足らずで覚えたなんて、信じられない。
でも確かに、最後にみたシュンは笑いながら呪を結んでいた。
別人みたいだった──怖いくらいに。
帳を隔て、私の知らないシュンがいるみたいだ。
「そういえばさ、ライちゃんが乗ってたライオンみたいなのって何なの?」
「あれは紛うことなき、神にかしずく伝説上の獣、雷獣でございますよ。何故鬼の子が手懐けているのかは不明ですが……あの雷獣に助けられたことは確かかと」
「ライちゃんに起きたら訊いてみよう。鬼退治に必要な力なのかもしれない。出逢ったのも偶然じゃないかも……調べることはたくさんある」
「はい。私も力を尽くします」
「じゃあ、ハルはトラキチを」
「えぇ!?」
「いやとは言わせない」
「(ガックリ)」
パーティー仲間を取り仕切る、本物の勇者みたいだ。
媚びへつらうハルの影は腰を上げ回廊を去っていく。シュンの影はやはり転移呪文を詠唱したように、パッとその場で消えた。
あの雷攻撃は雷獣とかいうライオンが発したものじゃない。だって私見たもの、ライちゃんが去り際に何か、呪に似た言霊を唱えていたのを。黒いネコ毛は綺麗な浅黄色に逆立ち、全身を白光させていた。
ライちゃんは何者なの。
シュンはどうしちゃったの。
日本にいた頃はこの世のすべてを掌握したような気でいたけれど、この世界は知らないこと、わからないことだらけだ。
「ライちゃん……」
雷呪文で力を使いきったのかもしれない。私に霊力を注ぎすぎたのかも。その小さな体躯は今、私の腕のなかで蚕のように丸まりながら、健やかな寝息をたて眠っていた。




