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第四章 夢の続き

今回で完結します。

和やかな陽光が満遍(まんべん)なく辺りを照らしていた。(なめ)らかな風が吹いて、木々の葉が柔らかな音を立てる。小鳥がぴよぴよとさえずいている。

異世界マリエリアだ。

「・・・・・・・・・・」

僕は眩しそうに空を見る。

あの後、僕は一人ここに戻ってきた。師匠達とは神殿の外に出た後に別れて、もう数日が経っている。

僕はあの時、何もできなかった。リベラルを守ることも、助けることも。

カイルの目にリベラルの笑顔が映る。

「カイルさん、有難う」

 初めて出会った時、微笑んでくれたリベラル。いつも僕の話を楽しそうに聞いてくれた。一緒に笑い合った日々。一緒に歩いた並木林。そして――。

「私にとって、カイルさんは一番気になる人だから! 一番、好きな人だから!」

 あの時、リベラルと心と心が通じ合えたと思っていた。もう何があっても、一緒に、そばにいれると思っていた。

 だけど。

 アンコールは冷酷な笑みで笑っていた。許せなかった。でも、一番許せなかったのは、何もできなかった自分自身だった。

 辛かった。

やるせなかった。

どうしたらいいのかわからなかった。

何をすればいいのかわからなかった。

何ができるのかわからなかった。

いや、何もできない。

暗黒神を倒すことも、この世界を、この星を救うことも。

ふと、僕の耳に歌声が聞こえてきた。

「迷っている 探している 真実(とき)への入り口を・・・

 星の数を数えてゆく 十戒(じっかい)

 四色の光 導かれて 塔に昇りゆく

夢の白 今 戻りいて・・・」

時の音色。

 神託の儀式の時、ルビィさんが歌った歌だ。僕の好きな歌だ。

でも、今、歌っているのは別の人だ。確か歌っているのは、異世界マリエリアで今注目の歌い手のネム=エレネーという少女だ。ここの草原で野外コンサートを開くらしく、辺りを見回してみると、既に多くの客が集まり出していた。どうやら突発的なものらしい。とはいっても、人の集まりは一般の時と同じくらい人で溢れ返っていた。

既に僕はそこから動けそうもない。

「こんにちは!!! ネムです!!!」

 割れるような拍手と歓声が巻き起こった。

「今日は私の野外コンサートに来てくれて本当に有難う!!! 今回のコンサートは突然のことだったのに、こんなにも多くのみんなが集まってくれて凄く凄く嬉しいよ!!!」

 拍手が止まらない。

 僕は目を丸くする。

「みんな、本当にいつも応援してくれて有難う!!! みんなからいっぱい励まされて、私はいつも頑張ってこれたんだと思います。 本当に本当に感謝しています。 有難うね、みんな❤」

 そうなんだ。

 そうなんだ。

 僕はリベラルが励ましてくれてたから、今まで頑張ってこれたんだ。

 僕はまた、涙を詰まらせそうになった。その時、僕の肩を誰かが抱いてくれた。

「カイル様。 ネムを、ネムを見てて下さい!」

ポーラ先生だった。僕はその言葉でキリッと立ち直すことができた。ポーラ先生の手は、まるで幼い頃に亡くなった母のようにあたたかった。

「今日は、私からファンのみんなへ感謝の気持ちを込めて、そして・・・・・」

 ネムはマイクをぎゅっと握りしめる。

「そして、今、辛くて苦しんでいる人達に、少しでも立ち向かえる勇気を、くじけない力をあげたい、私の歌で勇気づけてあげたいんです!!!!!」

 わあっ――!!!と、どよめきが起こる。

「聞いて下さい! 新曲“ENDLESS TRAVEL”―――――!!!!!」


「Ah〜 明日に向かう空の下で

Ah〜 偶然 すれ違う

Ah〜 声にならない

また あなたに会えるなんて


見つめても届かない

遠くなってゆく 夢幻(ゆめまぼろし)

悠々から覚めた後でも

輝く笑顔は忘れたくても

離れない〜


Don,t mind 言葉でも

Fight mind 見つけたい

What mind 哀しいくらい

希望(ねがい)がつかめない」


 願い――。

 リベラルは何を望んでいたのか。危険な目にあってまで何を守りたかったのか。この世界。この星。リパル。

 僕はリベラルの言葉を思い出す。

「お、お願い!!! カイルさんには手を出さないで!!!」 リベラルは僕を助けるために――。

「レインさんはリベラルを本当に守りたかったんだよ!!! きっと、救いたかったんだよ!!!」

 僕はリベラルを守りたかった。救いたかった。

「だからリベラルには生きててほしかったんだよ! 絶対!!!」

 僕は・・・・・。

 視界がぼやけてゆく。

 モンスターに襲われた幼い自分を命をかけて守ってくれた父と母。

 スピカを、僕達を守るために、命がけで助けてくれた創造神ロード様と光の女神のサテライト様。

 でも、僕は・・・・・。

 リベラルの姿が現れた。

『大丈夫、カイルさんなら』

だから、負けないで。

逃げないで。

 でも、僕の力じゃ・・・・・。

 古文書で見た騎士。

 騎士になりたかった。

 強くなりたかった。

 アレク師匠の姿があった。

 前へ前へと足を踏み出してゆく。

 足を踏み出してゆく勇気。

 みんなを信じてまっすぐ進んでゆく勇気。

 自分自身を信じる心。

 大丈夫。 大丈夫だよ。

 みんなが、みんながいるから!

 僕は決意に満ちた表情で次元の入り口へと駆け出していった。

「カイル様、頑張ってくださいね」

ポーラ先生は僕を笑顔で見送ってくれた。






「・・・・・ここに師匠達がいるのかな?」 僕はあの後、神聖界ルインロードに向かった。

何でもリングの話だと、まだ暗黒神は今まで封印されてい影響で次元の牢獄から抜け出していないらしい。だが、あと三日程度で完全に復活を果たしてしまうというのだ。そうなると、以前古の王と戦った時とは違って、この星の人達に被害が及ぶ、いやこの星自体が滅びてしまうかもしれないのだ。古の王の時は、次元の狭間の中での戦いだったため、この世界に、この星に影響はなかった。だけど、今回の場合、下手をすれば戦う前にこの星が滅びてしまうかも、滅亡してしまうかもしれないのだ。そうならないための方法が、この神聖界ルインロードにあるらしいけれど。

「カイル!」

 聞き慣れた声がした。

「アレク師匠!」

僕は笑顔で喜ぶ。

「・・・・・元気・・・そうだな」

「う、うん。 まあね」

 僕は頭を掻きながら照れ笑いをする。

「ところでリングから聞いたんだけど、この神聖界ルインロードにこの星を守る方法があるって本当なの?」

「ま、まあ、一応、あるらしいんだけど・・・・・」

 そこまで言うと、アレク師匠は困ったように口篭る。

「何か、問題でもあるの?」

「実はこの星を守るためには、この世界、神聖界ルインロードとレインアレスの力と七人の神々の力が必要らしいんだ」

「えっ――――!」

 僕は驚きの声を上げる。

 レインアレスはスピカが持っていたペンダントがあるけれど、でも七人の神々は・・・・・。

「とりあえず詳しい話はメディアルさん達に会ってからだ」

「う、う―ん」

僕が戸惑いながらも頷くと、アレク師匠は神殿の奥へと入っていく。僕もその後を慌ててついていくのだった。



「カイル、今まで何していたのよ!」

 と、広間に入った僕に、そう怒鳴り声を上げたのはスピカだった。不機嫌そうに僕を鋭く睨む。

 ううっ・・・・・、何だかスピカが怖い・・・・・。

「あの折・・・以来だな」

 厳かな声で、メディアルさんは言う。

 僕はメディアルさんの顔を見ると、どういう顔をしたらいいのか分からず、つい顔を背けてしまった。

 騙されていたとはいえ、かって死闘を繰り広げた相手だ。いまいち信用ができないでいた。

「あのことは聞いたか?」

「この星を守る方法のこと?」

「ああ」

 メディアルさんはしっかりと頷くと、手元にある装置を見る。

 どういったものなのかは分からないけれど、何か複雑な装置のようだ。

「この装置を使って、この星全体に結界を張るんだ」

「そ・・・それって・・・・・!?」

 異世界マリエリアに張られている結界のようなものなんじゃ・・・・・!?

「ああ。 おまえの世界に張られている結界と同じものだ」

「ええっ―――――!!!」

 僕は驚きのあまり驚愕する。そして目をパチクリさせながら、装置をしばらく覗き込んでいた。

 そんな僕に、メディアルさんは静かな声で語り始める。

「・・・・・かって時の神と大地の女神は、夢幻都市アドヴェンティアが滅びた後に異世界マリエリアを創ったとされている。 そして、彼らは夢幻都市アドヴェンティアの二の舞にならないようにと他の神々の力を借りて厳重に結界を張ったらしい」

「も、もしかしてその夢幻都市アドヴェンティアを滅ぼしたのって・・・・・」

僕が恐る恐る訊ねると、メディアルさんの口から予想通りの言葉が返ってきた。

「古の王だ」

 メディアルさんは悠然とした表情で続けた。

「だが、今回はかっての時とは違い、いまだに神の力を持つ者は、私とルビィ、二人しかいない」

「ワーズさんとオクトーバさんは?」

「どちらもこの装置には、何の反応も示さなかった」

 僕はう―んと頭を悩ませてみる。

 火がメディアルさんで、風がルビィさん。

 何か重要なことを忘れているような。

「あっ!」

 僕はぱあっと顔を輝かせる。

「スピカはどう――」

「反応はなかった」

 僕の言葉をさえぎって、メディアルは厳しい表情のまま告げた。

 僕はそれを聞いて、思わずガクッとその場に倒れそうになった。

 創造神ロード様と光の女神サテライト様の娘なのに・・・・・!?

 スピカがすかさず、先程よりもはるかに鋭い勢いで僕を睨み付ける。 ――だ、だから、スピカ、さっきから機嫌が悪いのか・・・・・。

「う、う――ん」

 僕は再び悩んでみる。

とはいえ、僕が悩んだとしても、間違いなく何の解決策も出てこないのだけど――。

「確か、神の力に近き力の者でも、結界が働くのではなかったかしら?」

 ワーズは思い出したように、メディアルの方を振り向いた。メディアルはなるほどといったような顔で頷く。

「う、う――ん」

 神の力に近き者。やっぱり、神と何らかの関係がある人のことなんだろうな。うう―ん。

「ウイズナはどうかな?」

「えっ? ウイズナさん?」

 唐突なアレク師匠の言葉に、僕はびっくりして目を丸くする。

「元々、ヴァレリシア神殿は水の神を祭った神殿なんだ。 それに、今、ヴァレリシア神殿ではウイズナが巫女として一番の魔法の使い手だしな」

「なるほど」

 メディアルさんはゆっくりと納得した表情で頷く。

「俺も行こう!」

 オクトーバさんは待っていましたというばかりに気合の入った声で続ける。

「移動手段が必要だろうしな」

「すみません」

 アレク師匠がそう言うと、アレク師匠とオクトーバさんはテレポートの魔法に包まれて姿を消した。

「う、うう―んと・・・・・」

 再び静かになった広間で、僕は再び考え込む。

 火がメディアルさん・・・・・。 水がウイズナさん・・・・・。 風がルビィさんなら・・・・・!? 

「あっ!」

 僕は嬉しそうに手をポンと叩く。

「リングとポーラ先生!」

「ポーラ先生って誰よ!」

 スピカが怪訝そうに訊ねる。

 そういえば、アレク師匠やスピカはリングとは出会ったことは会ったけれど、ポーラ先生とはまだ会ったことなかったっけ。

「僕の古文学とか魔法とかを教えてくれている先生だよ!」

 たまに、本を読むのに没頭して何も教えてくれない時もあるけれど・・・・・。

「ふぅ―ん」

「それにリングとポーラ先生は、それぞれ時の神と大地の女神と血の繋がりがあるしね!」

 と、ポーラ先生は言っていたんだけど。

「では、私も一緒に行きましょうか?」

 ワーズさんが僕の前に出る。

「あっ、大丈夫です! 僕、テレポートの魔法使えるし、それにもう、テレポートの魔法の制限もなくなったみたいだし・・・・・」

 僕は薄笑いを浮かべながら、片手で頭を抱える。

 そうなのだ。あのテレポートの魔法の制限は、あの神殿の崩壊以降、何の影響もなく使えるようになったのだ。やはり、これもアンコールやクロディアの仕業だったのだろうか。

う―ん。 いまいち、よくは分からないけれど・・・・・。

「じゃあ、行ってきます!」

 そう言うと、僕はテレポートの魔法を唱えるのだった。






「リング!」

「カイル様?」 僕はマリエリアに戻るとすぐに、次元の入り口で佇んでいたリングに向かって大声で呼びかけた。

「あのね、神聖界ルインロードまで一緒に来てくれないかな?」

「えっ?」

 僕はそう叫ぶと、リングの元まで走ってゆく。きょとんとした顔のまま、リングは不思議そうに訊いた。

「どうかされたのですか?」

「その実は――」

 僕は今までのことを簡単に説明する。

「・・・・・結界ですか」

「うん」

 僕の話を聞き終わると、リングはしばらく次元の入り口を、この異世界マリエリアに張られている結界を真剣な眼差しで見つめていた。

 そして僕に対して、コクンと力強く頷いてみせる。

「分かりました。 私も微力ながらお手伝いさせて頂きますね」

「有難う、リング!」

 僕は満面の笑顔で拳を突き上げながら、その場を飛び跳ねる。

「カイル様・・・・・」

 そんな僕を見たリングは、くすっと嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「ポーラ先生!」

 僕はリングとともに、すかさず城の中にある図書室に足を踏み入れる。

ポーラ先生は大抵、城にいる時はいつもここで本を読んでいる。きっと、今日もここで本を読んでいると思うんだ。

 まあ、確信はないんだけど。

「あっ、ポーラ先生!」

 僕の瞳に、椅子に座って本を読んでいるポーラ先生の姿が目に入った。

「ポーラ先生!」

僕が呼びかけても、黙々とポーラ先生は本を読み続けている。

「ポーラ先生!」

「・・・・・」

「ポーラ先生ってば!」

「・・・・・」

何度も何度も呼びかけても無反応のままのポーラ先生に、僕はうんざりとした顔で肩を落とす。

 ううっ、困ったな。

 ポーラ先生は一度本を読み始めると、周りが見えなくなるからな。

「ポーラ。 リジュが来ていますけれど」

「えっ、ええっ!?」

 リングがボソリとつぶやくと、ポーラ先生は慌てた様子でキョロキョロと周りを見回し始めた。

リングの言葉に翻弄されるポーラ先生。一体、どうしたんだろう。

「ポーラ先生!」

「えっ?」

 僕が再度呼びかけると、ポーラ先生はやっと僕達の存在に気付く。

「あら、カイル様! それにリングも」

「ううっ、さっきからいるのに・・・・・」

 僕は悲しげにはあっと溜息をついた。

「あっ・・・・・、も、申し訳ありません」

「ところで、さっきリングが言っていた『リジュ』って誰のことなの?」

 僕は興味ありげに、ポーラ先生に問い掛ける。

「リジュワレー=エレネー。 ・・・・・わ、私の従妹です」

「エレネーって、もしかして――!」

 僕はハッと顔色を変える。

「ええ。 ネムの姉よ」

ポーラ先生はそう言うと、何故か僕から目を逸らし、そのまま黙り込んだ。

草原で歌っていた人のお姉さん? 

う―ん、一体どんな人なんだろう。

ポーラ先生がこんなにも会うのを嫌がっている人なんて・・・・・?

「そう言えば、カイル様、先程、地上に向かわれたのでは?」

「その・・・実はね」

 先程のリングの時と同じように、今までのことを簡単に説明する。

「結界?」

「うん! この星を守るために必要なんだ」

 ポーラ先生は僕の話を聞いて唖然とする。僕を見据えたまま、ポーラ先生はしばらく考え込んでいた。そして少し間があいた後、小さく頷いてみせる。

「・・・・・分かりました」

「じゃあ!」

「はい。 私もご一緒させて下さい」 僕は笑顔で、再びその場を飛び跳ねた。

 やったね!

 だが、そんな僕の喜びに水を刺すようなどす黒い声が聞こえた。

「おや、カイル様ではないですか!」

 その声に、僕はピシッとその身を固まらせた。振り返る必要なんてない。というか、振り返りたくない。

 僕には、すぐにそれが誰なのかが分かった。

 うっ、やばい・・・・・。

「あら、ダイジン様」

 ポーラ先生が笑顔で挨拶する。

 僕は既に逃げ腰になっていた。

「お早いお帰りで!」

「ははは・・・・・」

 僕は苦々しく薄笑いをしてみせる。

「やはり、カイル様には騎士になることなどご無理な話だったのですよ!」

 ・・・・・ううっ、ほっといてよ!

「これからはもっと、マリエリア王国の王位継承者としての自覚と威厳を持って、気品溢れる行動してもらわないと!」

 な、何とかして逃げ出さないと・・・・・。

「聞いておられますかな? カイル様!」

「は・・・ははは・・・・・い」

 ど、どうしよう・・・・・。 これじゃ逃げられないよ!

「それならよろしいのですが・・・・・」

 そう呟くと、ダイジンは一瞬、僕達から視線を逸らした。

 チャンス!

 僕はその隙にリングとポーラ先生の手を素早く掴むと、

「てぇい!」

 と、大きな掛け声を上げて、片足を勢いよく後ろに蹴り上げる。

 そして、素早くダイジンの横を切り抜けると、僕達は大慌てで次元の入り口がある方向へと駆け出し始めた。

「ふふふ・・・・・、よい覚悟ですね」

 ダイジンはにやりと笑うと、凄まじい足音とともに僕達を追いかけ始めた。

 ま、まずい! 絶対にまずい!!!

「うわあああぁぁ―――――!!!!!」

 悲鳴にも近い叫び声を上げながら、僕はダイジンの魔の手から逃げ出す。だが、それでもダイジンは呼吸一つ乱れず、余裕の笑みを浮かべながら僕達を追いかけてくる。

「今日こそは逃がしませんぞ! カイル様!!!」

 僕をまるであざ笑うかのように、ダイジンのスピードはさらに加速した。

 ダイジンの方が暗黒神よりも恐ろしいのかもしれない!?!?

 僕は半ば半泣き状態の中、そう感じるのだった。






「大丈夫ですか? カイルさん」

「う、う――ん・・・・・」

 苦しげな表情の僕を、ウイズナさんは心配そうな表情で見つめていた。

 あの後、僕は何とかダイジンの魔の手から逃れ、神聖界ルインロードまで辿り着くことができたのだった。既にアレク師匠達は僕達よりも先にルインロードに辿り着いていた。

スピカだけが一人、退屈そうに柱に寄りかかっている。

スピカはやはり、何もしていないんだろうな。 はあっ・・・・・。

「えっ?」

 ウイズナさんが装置に触れると、薄青い光がポッと光り輝いた。

「水の力だ」

 メデイアルさんが静かに口を開く。

 ちなみに、僕も触ってみたりはしたんだけど、何の反応も示さなかったのだ。

 まあ、当然かもしれないけれど。

 その後、リングは銀色に、ポーラ先生は赤みが混じった茶色に装置はそれぞれ輝いた。

「あと、二人ね」

 ワーズさんがつぶやく。

 火がメディアルさん。水がウイズナさん。風がルビィさん。土がポーラ先生。時がリング。だから、あと、えっと、夢、光、生命、闇、創造・・・・・の中のどれか二つの力が必要になるんだよね。 ・・・・・で、でも、それって――。

「無理だ」 突然、オクトーバさんは言った。

「な、何でよ!」

 スピカがすかさず、オクトーバさんに喰ってかかる。

「可能性がなさすぎる」

 重々しくメディアルさんが言った。

 創造神ロード様と光の女神サテライト様は二年前、古の王の戦いの時に僕達を守るため亡くなっている。それに、闇は暗黒神エンサイ=クロディアのことを示しているのだろう。そして、生命は・・・・・。

 リベラル。

 僕は唇を噛み締め、涙を堪える。抑えきれない思いが胸に突き刺さる。

それにきっと、それらの近き力の持ち主は恐らく今、この世界には、いやこの星にはいないだろう。

「そんなの分からないじゃない!」

 スピカは泣きそうな表情で叫んだ。いつものスピカとは違うどこか切ない表情だった。

「ス、スピカ・・・・・」

「私、絶対に諦めないからね!」

 スピカはそう言い捨てると、そそくさと神殿の外へと駆け出していった。

 確かにそうだよね。

 可能性がないわけじゃないんだよね。

「カイル、行こう!」

「うん!」

 アレク師匠の言葉に、僕は力強く頷いた。

 僕達は神殿の外で待っていたスピカと合流し、世界中のあっちこっちを探し始めた。だが、一向に手がかりも見つからないまま二日が過ぎ去っていった。当たり前だ。神の力に近き者なんて、そう易々と見つかるわけがない。それにこの広い世界の中で、限られた時間の中、それらを探し出すことなんて無謀にも近かった。

「ど、どうするのよ!」

「そう言われてもな」

 スピカがそう言うと、アレク師匠は困ったように溜息をついた。

 僕達は今、インリュース大陸のオーダリ王国にいた。インリュース大陸は、ランリールの街があったアレキア大陸のちょうど北に位置する場所にある大陸だ。かって、このオーダリ王国の初代国王様が『中和剣』と呼ばれる剣を使って古の王を封印したらしい。

「今日までに絶対二人とも探さないといけないのに!」

 スピカがイライラさせながら、独り言のようにぼやいた。

 明日の明朝、ついに暗黒神が復活してしまうとメディアルさんから連絡が入った。それなのに、いまだに僕達は神の力に近き者達を探し出せてはいなかった。

 何の手がかりもない。僕達ははっきり言って、かなり焦りを感じていた。

「だいたい、神とか女神とかがこんなところにいるわけないじゃない!」

 スピカがそう不機嫌そうに毒づくと、

「そんなことはないぞ」

と、突然、男の人の声がした。

「えっ?」

 僕達は振り返る。

「この辺りにはミルラ神殿と呼ばれる神殿があってな。 そこには、夢の女神ミルラ様が住んでいるという噂があるんだ」

 男の人は以前会ったジャロンさんのように、身なりの良い騎士のような服を着ていた。

「ルード隊長・・・・・」

 突然、アレク師匠はつぶやいた。

「おや、どこかでお会いしましたかな?」

「ルード隊長じゃないんですか?」

 アレク師匠のせっぱつまった声に、男はアレク師匠をまじまじと見た。

「あっ!」

 記憶の扉が開かれる。

 懐かしい顔。ともに戦った日々。

男は手をポンと叩いた。

「もしかして、おまえ、アレクか」

「はい! お久しぶりです。 ルード隊長」

 アレク師匠の知り合いなのかな?

「大きくなったな! あの頃はまだあんなに幼かったのに」

「もう、七年も前のことですから・・・・・」

 アレク師匠は照れくさそうに視線を逸らした。

「師匠の知っている人なの?」

「ああ」

 僕の問い掛けに、アレク師匠は真剣な表情で頷いた。

「プッ・・・・・」

 突然、ルードさんが吹き出す。

 ど、どうしたのかな?

「アレク、昔はあれだけ人に教えたりするのは嫌だって言っていたのにな」

「そ、それは・・・・・」

 バツが悪そうにアレク師匠は顔を背けた。

 ・・・・・そうなの?

「どうかね。 久しぶりに家にこないか? 積もる話もあるだろう――」

「ちょっと、あと一日しかないんだからね!」

 ルードさんの言葉をさえぎって、スピカが我慢ならないというように吐き捨てる。

 はっきり言って、かなり怒っているように見える。

 やばい・・・・・。

「・・・・・どういうことかね?」

「それは・・・・・」

「早くしてよね!」

 再び、スピカの怒鳴り声が聞こえた。

「すみません。 急いでいるもので・・・・・」

 アレク師匠はぺこりとルードさんに一礼すると、スピカの元へ向かう。いつのまにか、スピカは遠く離れた場所にいた。

素早い・・・・・!?

僕もアレク師匠を追って、スピカの元へ走ろうとした。

「ちょっと、待ってくれ! 一体、何が――」

「この星を守りに行くんだよ!」

僕はVサインをすると、急いでスピカの元へと駆け出した。

「? ・・・・・何のことやら?」

 残されたルードは独り、そうつぶやいた。

 アレク達が何らかの目的で旅をしているらしいというのは分かったが、それが何なのかは分からなかった。そしてやはり変わった仲間だな、と思わずにはいられなかった。






「ここがミルラ神殿!」

 意を決したような声で、僕はつぶやく。

 その神殿はオーダリ王国のほぼ南に存在していた。

 僕達は古びた神殿の扉を開けると、さらに奥へと進んでみる。

「あれ?」

 だが、一番奥の祭壇の広場に辿り着いても、一向に誰一人として見当たらない。

「誰もいないのかな?」

 僕は辺りを見回してみる。女神どころか人の気配すらない。

「いや、誰かいるみたいだ」 アレク師匠がつぶやいた。

「さすがね」

 声は柱の方からした。

「どこ? どこ?」

 僕達は辺りを見回すが、それらしき人物は見つからない。

「こ、ここにいますよ!」

 そう呼ばれて、僕は柱の下をしげしげと見つめてみる。

 小さくて、本当に小さくて分からなかったけれど、確かにそこにはワカト妖精と同じ妖精のような女の人(?)がいた。

「私は夢の女神ミルラと申します」

「えっ? ミレ――」

「ミレラじゃありません! ミルラですよ!!」

 僕の声をさえぎって、ミルラさんは言った。

 前に間違えられたことでもあったのかな?

「あの、実は――」

「知っていますよ!」

 ふてくされた顔でミルラさんは言う。

「クロディアが復活したのでしょう!」

「!?」

「夢で見ましたから」

 ・・・・・?

 夢で見た?

「予知夢みたいなものですよ」

「なら、私達がここに来た理由も知っているんでしょう!」

「ええ」

 スピカの言葉に、ミルラさんは頷く。

「だったら一緒に来てよ!」

「嫌です!」

「えっ――――――!!!!!」

 僕は――僕達は目を丸くする。

「・・・・・と言いたいところですが、クロディアのことなら話は別です」

 な、なんだ・・・・・。 

ほっ。

 スピカがミルラさんに向かって魔法を唱えようとしたが、僕とアレク師匠は必死になってそれを阻止する。 そんなことをしたりしたら、絶対話がややこしくなっちゃうよ・・・・・。

「一緒に行きましょう」

「あ、有難う。 ミレラさん!」

 だが、最後の最後で僕は墓穴を掘った。

「ミレラじゃありません! ミルラですよ!!」

「ご、ごめんなさい・・・・・」

 ミルラさんの剣幕に押され、僕は何度も何度も頭を下げるのだった。






「あと、一人ね!」

 スピカが勢いよく拳を上げる。

 ミレラさん・・・・・、あっ! えっと、ミルラさんを神聖界ルインロードに送った後、僕達は今度はリンフィ王国に訪れた。この国は妖精界に続いているといわれている入り口があるということで有名な場所だったりする。でも、実際にその入り口を見た人はいないらしいんだけど。

「ここで最後だな」

 アレク師匠が重々しくつぶやく。

 もう時間的にこのリンフィ王国内を調べるだけで日が暮れてしまうだろう。

「最後のチャンスだね」

 僕は毅然とした表情で言った。

 ここで絶対に見つけないと!

「ここからは効率よく別れて探そう!」

 アレク師匠がそう提案する。

「うん! そうだね!」

「任せてよ!」

 僕達は片手を合わせる。

「また、後でね!」

 スピカがそう叫ぶと、僕達はそれぞれ別の場所へと駆け出してゆくのだった。



「全然、見つからない」 スピカは大きく溜息をついた。

 今、スピカはリンフィ王国の南東に存在する『ネーブルの森』の木の切り株に座っていた。既にもう日が暮れようとしている。それなのにいまだ手がかりの一つも見つかってはいないのだ。

 明日までに見つけないといけないのに・・・・・。

スピカは再び大きく溜息をついた。

「リベラル=ラポラトリ―=キャベラに関わるなと言ったはずだ」

 声が聞こえた。どこか聞き覚えのある声だ。

「だ、誰よ!」

 スピカは声のする方向へと振り向く。

「あっ! あの時の!!」

 スピカは嫌そうにその人物を指差す。

そこには、かってペルシアの森で謎めいた言葉を残して去っていったあの青年がいた。「あの時、言ったはずだ。 関われば待つのは死だ・・・と」

「前から思っていたけれど、それって一体どういう意味よ!」

 青年は冷めた表情でスピカを見つめていた。

「おまえらではクロディアを倒せない」

「そんなのやってみなくちゃ分からないでしょう!」

「本当にそう思うのか?」

 あくまで険しい表情で言う青年に、スピカはビクッと肩を震わせる。

「あ、当たり前でしょう!」

 一歩遅れて、スピカは叫んだ。青年をキッと不満げに睨んでみせる。

「・・・・・」

 言葉はなかった。ただ、青年は黙って、スピカを見つめていた。

 重みさえ感じ取れる静寂。

「そもそも、一体、あんたって何者なのよ! それにどうしてリベラルのことを知っているわけ!!」

 ずっと、黙り続けていることは苦手なスピカだった。

「俺はエイナス=ストリィ。 夢幻都市アドヴェンティアから時を越えてやってきた者達の一人だ」

「えっ! じゃあ、あんたもリベラルと同じように夢幻都市アドヴェンティアから時を越えてやってきたわけ!!」

「ああ」

エイナスは無表情のまま、頷いた。

「それに『やってきた者達』って、あんたやリベラルの他にも夢幻都市アドヴェンティアから時を超えてやってきた人達がいるっていうの?」

「アンコール=ワット、せぴあ=オール、テヌート=オール、そしてロードとサテラの五人だ」

「アンコール=ワット!?」

 スピカは戸惑いを隠せない。

「アンコール=ワット、せぴあ=オール、テヌート=オールは、クロディアが古の王とともに造り出した存在だ」

「ええっ―――――!!!!!」

 スピカは驚きの声を上げた。思わず口をパクパクさせる。

 そんなスピカを尻目に、さらにエイナスは続ける。

「この星リパルを滅ぼすためにな」

「そんなの絶対許さないんだからね!」

 きっぱりとそう言うと、スピカは杖を力強くエイナスに向けた。

「そして俺達にとって理想郷となる新たな星を創ることが、俺とクロディアの誓いの約束だからな」

「あんた、一体、何者なのよ!」

 スピカはすかさず、魔法を唱えようとした。

「俺は創造神ロード・・・・・、ロード=ストリィの弟にあたる存在らしい」

「えっ?」

 一瞬何を言われたのか分からず、スピカは顔をしかめた。

 お父さんの弟?

 ど、どういうこと?

 お父さんに弟がいたなんて聞いたことがない。

 あいつが嘘を言っているの!?

 それとも――。

 ・・・・・それなら、何でこの星を滅ぼそうとするわけ?

何でリベラルの関わるなって言うのよ!

「だが、俺はあいつが・・・・・ロードが嫌いだ」 エイナスは、昔のことを噛み締めるかのようにつぶやいた。



 俺は生まれた時から独りだった。夢幻都市アドヴェンティアの近くにある森の中で一人寂しく暮らしていた。この星を創ったというだけで、兄は人々からもっとも信頼され、そして愛されていた。自分は、自分の持っている力が強大だという理由だけで、この森の中で暮らさなければならない。

 人々から愛されている兄が羨ましかった。妬ましかった。

 そんな時だった。森にある湖のそばでサテラと出会ったのは。

 それからは毎日が楽しかった。そこに行けば彼女と会える。

 独りじゃなかった。

 独りじゃないんだから。

 だけど――。

「私、ロードと結婚するの」 楽しかった日々が崩れてゆく。

 俺はサテラの手を振り払い、森の奥へと駆け出した。

 どうしてあいつは、ロードは俺から幸せを奪ってゆくんだ。

 どうして、サテラを・・・・・。

 俺はまた独りになった。揺るぎない気持ちのまま、拳を握り締める。

「よお!」

 声が聞こえた。

いつも誰もいないはずの森の中で誰かの声がした。

それがクロディアだった。クロディアは俺よりも五つ年上の二十四歳くらいだった。だけど、俺達はすぐに仲良くなった。そして、クロディアも俺と同じように力が強大で危険だからという理由でこの森の中に入れられたということを知った。

ある時、クロディアは言った。

「ロードに復讐してやろう。 そして、俺達の理想郷となる新たな星を創ろう」

 俺達は誓いを立てた。


 そしてその後、クロディアは古の王を使って夢幻都市アドヴェンティアを滅ぼさせた。だけど、クロディアはロードと生命の女神であるレニィによって封印を(ほどこ)されてしまった。さすがに二人の神が張った封印の力は強力で、俺の力でも封印(それ)を解くことはできなかった。

 俺はクロディアと約束していたとおり、せぴあとテヌートとアンコールを魔力のカプセルから開放させた。

 そして時に導かれながら、この時代までやってきたのだ。



「どうしてよ!」

 スピカは叫んだ。

「何でよ!」

 再び、スピカは叫んだ。

「あいつが特別だからだ」「ど、どういうことよ?」

 エイナスはスピカに目を向ける。

「おまえに話しても分かるはずがない」

「何ですって!」

 スピカは怒りを暴露する。

「それに、私は“おまえ”じゃなくてスピカよ!!!」

「ふん」

 エイナスはまるで既にスピカの名前を知っていたかのように、ぶっきらぼうに目を逸らした。

 時に導かれて、一年前、この時代に来た時、エイナスはロードとサテラの娘であるスピカを街で見かけた。初めて見たとき、サテラと似ているなと思った。だけど、よく見てみると、似ているのは外見だけで、中身はサテラとも、そしてロードとも似ていない性格だった。

「おまえこそ、俺のことを“あんた”呼ばわりではないか」「うっ!?」

 痛いところを突かれて、たじたじになるスピカ。

「べ、別にいいでしょう!」

「ふん」

 むかああぁぁ―――――!!

 スピカは怒りのオーラを身に(まと)わせた。

「ついでに忠告しておいてやろう。 この星に結界を張るらしいが、いわゆるその場しのぎというやつにしかならないな。 そのような結界、クロディアなら一時間程度で簡単に破れる」


むかああぁぁ―――――!!!!!

「トライス・アルスベル!!!!!」

 スピカは勢いよく魔法をエイナスに向かって放つ。

 だが、エイナスはそれを軽々と避けると、一本の杖をスピカの前に置いた。

(セイーグリット)の杖だ。 これを使えば、結界が完成するはずだ」

「何でよ? 結界が完成しない方があんたにはいいんじゃないの!」

「ふん・・・・・」

 エイナスはぽつりと漏らした。

 似ているのは外見だけなのに・・・・・。

 何でこんな話をしてしまったのだろうか。

 まあ、いいさ。

 どうせ、何もできはしない。

「結界ごときで、どうこうなる問題ではないからな」

 そう言うと、エイナスはその場から姿を消した。

「な、何なのよ! 一体・・・・・」

 一人、訳が分からないといった表情のまま、スピカは呆然と立ち尽くしていた。






 あの後、僕達は、スピカの持って返ってきた(セイーグリット)の杖を使って結界を張ることに成功した。後は、明日この神聖界ルインロードで、エンサイ=クロディアと戦うだけだ。

「やったね!」

「ああ!」

 僕とアレク師匠は片手を取り合って喜びあった。

「・・・・・」

 だが、スピカはそれを見てもどこか沈んだ顔をしていた。

「スピカ、どうかしたの?」

 僕はきょとんとする。

スピカがいつもと違って、何か思い詰めたような表情で立っていたからだ。

「べ、別に何でもないわよ!」

 スピカは吐き捨てるように言うと、そのまま神殿の外へと駆け出していった。

 全員が唖然とする。

「ど、どうしたのかな? スピカ」

「俺、ちょっと、見てくる!」

 アレク師匠はそう言うと、急いでスピカの後を追いかけてゆく。

「はう?」

 僕はただ呆然として、その場に立っているしかなかった。



 スピカは神殿の入り口の柱に寄りかかっていた。星空がまるで目の前で光り輝いているように感じられる。

 アレクはスピカの元へと歩いてゆく。

「スピカ」

 おずおずとアレクはスピカに呼びかけた。

「・・・・・」

 スピカはアレクと目を合わせようとしない。

「神聖界ルインロードのこと・・・か」

 スピカはうつむいたまま、首を横に振る。

 確かに、暗黒神と戦えば、きっと神聖界ルインロードは滅んでしまうかもしれない。だけど、この星が滅ぶのはもっと嫌だし、何よりもこの星を守りたいから。でも。

「今日ね。 お父さんの弟っていう人に会ったの」

 スピカはどこか泣きそうな表情になる。

「創造神ロード様に、・・・・・弟がいたのか!?」

「うん・・・・・」

 消え入りそうな声で答え、スピカは顔を上げた。

 そして、アレクに今日あったことをゆっくりと語り出した。


「だから、ちょっと訳が分からなくなっただけだから・・・・・」

 ほとばしるようにしゃべって、スピカはふいに弱々しい調子になった。

 今までお父さんのことを嫌いっていう人はいなかったから。

 ルビィ様もメイアレス様も、お父さんとお母さんは優しくて素敵な人だって言っていた。

だけど――。

『俺はあいつが・・・・・ロードが嫌いだ』

 スピカの頬から涙がこぼれる。

「でもね、お父さんは・・・・・」

「ああ」

 アレクは優しくスピカの頭をなでた。

 不安だった気持ちが遠のいでゆく。

「お父さんは優しい人だもの!」

 二年前、古の王の攻撃からかばってくれたお父さんとお母さん。

 私達を守るために、命がけで助けてくれたお父さんとお母さん。

 大好きなお父さんとお母さん。

「ああ、すごく優しい人だよ」

 アレクは空を見上げながら言った。

「そうだよね・・・・・」

 スピカも空を見上げた。

「有難う、アレク」

 涙を拭って、スピカはアレクに笑いかけた。

「でも、絶対、泣いていたこと、カイルには言わないでよ!」

 どこかバツが悪そうな顔をしながら、スピカは顔を赤らめた。






「明日なんだよね」

 どこか、実感ないような口調で僕はつぶやいた。

 僕はアレク師匠達と別れた後、あてもなく一人、その辺を歩き回っていた。明日、太陽が昇る時、暗黒神が復活するらしい。僕は緊張しまくって、なかなか寝付けないでいた。

「勝てるかな?」

 僕は独り言のようにつぶやく。

 本当は僕自身、勝てる自信はなかった。

古の王でさえ、苦戦した僕達に勝ち目はあるのだろうか。創造神ロード様でさえ勝てなかった相手に、僕達は勝てるのだろうか。

神と呼ばれる存在に勝てるのだろうか。

 でも、もう逃げないって誓ったんだ。

あきらめないって誓ったんだ。

『大丈夫、カイルさんなら』

 うん、大丈夫だよ!

 アレク師匠がいるから。

 スピカがいるから。

 みんながいるから。

 それにリベラルの希望(ねがい)をかなえてあげたいから・・・・・。

 明日、僕達は絶対、勝つよ。

 必ず!






「あと、もう少しで夜明けなんだね」

 僕は空を見上げながらつぶやいた。

 あの後、メディアルさんから僕達は休むようにと言われていたのだが、とても眠れる心境ではなかった。先程まで部屋でベットに横たわっていたのだが、なかなか眠れずにいたのだ。

ふと、神殿の奥の方で、誰かの人影が過ぎった。

「誰だろう?」

 僕は恐る恐る部屋の窓から外に出てみる。

「何しているのよ? カイル!」

 突然、背後から声が聞こえた。

「わあああぁぁ―――――!!」

 僕は悲鳴に近い叫び声を上げながら、地面に倒れ伏せた。

「何よ!」

「あれ?」

 僕は間の抜けた声を出す。

 そこには、僕を呆れた顔で見つめているスピカの姿があった。

「なんだ。 スピカ・・・だったんだ・・・・・」

 僕はホッと安堵する。

「何よ! それ!!」

 ふてくされたように、スピカは横を向く。

「スピカも眠れないの?」

「・・・・・ま、まあね」

 スピカは壁にもたれかかりながらつぶやいた。

「そういえば、アレク師匠はどうしているのかな?」

「アレクなら、さっき神殿の奥で剣の特訓みたいなことしていたけれど」

 スピカは思い出すようにそうつぶやいた。

 さっきの人影って、アレク師匠だったんだ。

「そうなんだ」

 僕は嬉しそうにそう言うと、神殿の奥の方へと駆け出そうとした。


ドシャア


突然、大地に鋭いヒビが入る。

「くくく・・・・・」

 不気味な薄笑いが聞こえた。

 ・・・・・忘れるわけない!

 ・・・・・絶対に忘れるわけがない!!

「くくく・・・・・、地上に何らかの結界が張ってあると思えば、あなた方の仕業でしたか」

「アンコール=ワット!!!」

 肩を震わせながら、僕は叫んだ。

「神殿の崩壊とともに、あなた方にも死んで頂くつもりだったのですが、まさか生きていらっしゃったとはね」

「あれくらいで死ぬわけないでしょう!!!」

 スピカが腹ただしげな表情で、アンコールを睨みつける。

「くく・・・・・、確かに」

 アンコールはまるで僕達を見下すように、冷ややかな笑みを浮かべた。

「ですが、あなた方の存在など我が王の前では恐るるに足らない存在なのですよ」

「なっ、何ですって!!!」

 スピカはイライラさせながら、すぐさま魔法を唱えようとする。

「くく・・・・・アクセス(魔法封じ)」

「トライス・アルスベル!!!」

だが、何も起こらなかった。

あれ・・・・・?

確かにスピカは魔法を唱えたはずなのに???

「えっ?」

 訳が分からないといった表情で、スピカはつぶやいた。

「くくく・・・・・、少々厄介なのでね。 魔法を封じさせて頂きました」

「も、もしかして、沈黙の魔法!?」

「何よ! それ?」

 僕が声を荒げると、スピカは口を尖がらせながら怪訝そうな顔をする。

「え―とね。 魔法を使えなくする魔法のことだよ!」

「そんなの聞いてないわよ!」

 スピカは僕に訴えかけるように言った。

 そ、そんなこと言われてもね・・・・・。

 はあ・・・・・。

「何とかしなさいよ!」

「ぼ、僕にそんなこと言われても・・・・・」

 僕は解除とかそういった魔法は使えなかったりするし・・・・・。

 そんな僕達のやりとりを、アンコールは横目で冷淡に見つめていた。

「くくく・・・・・、そうやっていつもあなた方は私を散々コケにしてくれますね」

 あ、あれ? 何か怒っているような?

「ですが、あなた方にはここで死んで頂くことになるのですから」

 アンコールがそう言い終わると、突然この辺一帯が闇に覆われる。

「なっ、何よ! これ!!」

「多分、次元の空間の一部を呼び寄せたんだと思う!」

 僕は真剣な表情でスピカを見た。

 確か、時空魔法の中にこれと同じような魔法があったと思う。意空間の一部を、この場に呼び寄せてしまう魔法。

「ど、どうするのよ!」

「だから、僕に言われても」

 あくまで、他力本願なスピカのセリフに、僕は困ったように溜息をつく。

 この魔法は、クロディアがいた『時の牢獄』と同じように術者にしか解くことはできないはずだ。もしくは、その術者が死なない限り、永遠にそこから出ることはできないってリングは言っていたっけ。

 何とかしないと!

 でも、一体、どうすれば・・・・・。


「レイヤーソード!!!」

 突然、一筋の光が闇を切り裂く。

「えっ?」

 僕達は目を丸くする。

「大丈夫か? カイル、スピカ」

「師匠!」

「アレク!」

僕とスピカの声がはもる。

「私の魔法が何故・・・あのような剣技に!?」

「油断大敵だよ。 アンコール」

 突然、どこからか声がした。

 男の子の声みたいだけど?

「やっぱり、だめみたいね」

 別の声がした。

 今度は女の子の声だ。

「何の用です。 テヌート、せぴあ」

 アンコールはつまらなそうな表情で、声がした方向を振り向く。

「決まっているじゃない! 遊びにきたのよ」

「我が王は既に復活を果たされたのだからな」

 せぴあが言った言葉に、テヌートが付け加える。

「なっ!?」

 僕達は短い呻き声を上げる。

 ・・・・・ま、まさか、もう復活を遂げていたなんて!?!?

「くく・・・・・、まあ、いいでしょう。 これで本当にあなた方には為す術がなくなったのですから」

「くっ・・・・・」

 僕は唇を噛み締める。

 そ、そんな・・・・・。

 こ、このままだと、・・・・・本当に地上が、この星が、リパルが・・・・・!?

「何よ! 絶対に私は諦めないからね!」

 スピカが力強く言った。

「まだ、終わりじゃない!」

 アレク師匠が決意に満ちた表情で言った。

 そうだよね。

「うん!」

 僕は相槌を打つ。

「僕達は絶対に諦めないよ! 絶対に!!」

僕は拳を力強く握り締めた。

「諦めの悪い人達ね」

「ああ」 せぴあの言葉に、テヌートが後押しする。

「くくく・・・・・、精々、無駄な努力をして下さい」

 アンコールはにやりと冷酷な笑みを浮かべた。


「てぇい!!!」

 僕はアンコールに向かって剣を振り落とす。

カチン!

だが、土の壁によって、簡単に剣が弾かれてしまう。

「ロックブレイヤー!!!」

 アレク師匠の剣がテヌートに向かって閃く。

「やれやれ・・・・・」

 テヌートは手のひらに一瞬のうちに銀色の刃を造り出すと、それらをアレク師匠に向かって放った。

「くっ・・・・・」

 全てを避けることができず、アレク師匠は低いうめき声を上げた。

「トライス・アルスベル!!!」 スピカが呪文を唱える。

 だが、何も起こらなかった。

 そ、そういえば、ま、まだ、スピカって魔法封じられたままだったんじゃなかったっけ・・・・・。

「つまらないわね。 もう!」

 せぴあはそう言うと、スピカに対して無数の金色の稲妻を降り注がせた。

「スピカ!!!」

 僕はスピカの側に駆け寄ろうとする。だが、アンコールにさえぎられて先に進めない。

「ちょっと、危ないじゃないのよ!」

 寸前のところでそれらを避けると、スピカは怒りの表情でせぴあに食い下がった。

「あなた、面白くないわね。 はあ――、退屈・・・・・」 せぴあはつまらなそうに溜息をついた。


 ピキッ


 へっ・・・・・?

 スピカの周りにどす黒い怒りのオーラが集まってくる。

 まずい!

 絶対にまずい!!!

 このパターンはやっぱり・・・・・!!!

「ス・・・・・」

 ス・・・・・?

「スピカスペシャル!!!!!」

 スピカは“メテオ・ストーム”を一度に十連発させたコンポ技をせぴあに向かって放つ。

「きゃあああ―――――!!!!!」

 せぴあはそれを避けることができず、地面に倒れ伏せる。

 僕ははっきりと思った。

 今、はっきりと思った。

 や、やっぱり、スピカには逆らわないようにしよう・・・と。

 ・・・・・まだ、沈黙の魔法の効果はあるはずなのに、それなのにだ。いとも簡単にスピカはそれを解いてしまったのだ・・・・・!?

 すごい!

 すごすぎる!?

いろいろな意味で!

「どう!」

 スピカは自信満々な表情で手を腰に当てる。そして、既に気絶しているせぴあを見下ろした。

「ね、姉様!」

 そう言うと、テヌートはせぴあの側に駆け寄った。

「姉様?」

 僕は首を傾げる。

 もしかして、彼らって姉弟なのかな?

「絶対に許さない!!!」

 テヌートはゆっくりと立ち上がると、一瞬で手のひらに銀色の刃を造り出す。

「死ねぇ―――!!!」 テヌートは叫びながら、僕達に向かって銀色の刃を放った。

「うわあああ!!!」

「ちょっと、何よ! これ!!」

 僕とスピカは必死になってそれらを避ける。

 あれ・・・・・?

 師匠は・・・・・?

「エルナートブレイド!!!」

 いつのまにかアレク師匠が跳び上がり、テヌートの目の前に迫っていた。そして渾身の一撃をテヌートに向かって放つ。

「うっ・・・・・、うわあああ!!!」

 テヌートは息苦しそうに片膝をつく。傷口からは血がぽたぽたとこぼれ落ちる。

「く、くそおぉ―――!!!」

「くくく・・・・・」

 それでもなお、勝機を見出そうとするテヌートに、アンコールは冷酷な笑みを浮かべた。「な、何がおかしい・・・・・!」

「油断大敵ですよ。 テヌート、せぴあ」

「なっ!?」

 アンコールが造り出した土の竜は、何故か僕達ではなくテヌートとせぴあに襲いかかった。

「きっ、貴様・・・・・!」

「くくく・・・・・」

 アンコールは不気味な笑みを浮かべる。

「我が王が復活したあかつきには、あなた方はもう私には必要がないものなのですよ! ・・・・・いや、むしろ私にとって邪魔な存在なのです」

「アンコール=ワット!!!」

 テヌートとせぴあは断末魔を上げながら、その場から姿を消した。

「くくく・・・・・、さて・・・・・」

 アンコールは不敵な笑みを浮かべながら、僕達を見下ろした。

「あとはあなた方が死ねば、私にとって邪魔な存在はこの世からいなくなりますね」

 息苦しかった・・・・・。

 言葉が出なかった・・・・・。

 唇がわなわなと震えた・・・・・。

「くくく・・・・・」

 アンコールは一瞬で土の竜を造り出した。

 許せなかった。

 やるせなかった。

 仲間を平気で裏切るアンコールが許せなかった。

 ・・・・・そして、また、何もできなかった自分が許せなかった。

「てぇい!!!」

 僕は跳び上がり、宙を浮く。そして剣をアンコールに向かって放り投げた。

だが、あっさりと避けられてしまう。

「うっ!」

「お話になりませんね・・・・・」

 僕に向かって土の竜が襲いかかろうとした。

「カイル!!!」

 アレク師匠とスピカが叫ぶのが聞こえた。

「インテグラル!!!」

 僕の渾身の一撃が土の竜を砕く。

「なにっ・・・・・!?」

 アンコールは一瞬、恐縮した。

僕は地面に突き刺さっていた剣を引き抜くと、アンコールに向かって剣を振り落とした。

「ぎっ・・・ぎゃあああああ――――――!!!!!」

 アンコールが後ろに力なく倒れ伏せた。

「や・・・・・やったあ!!!」

 僕は満面の笑みを浮かべる。

「やったな! カイル」

 アレク師匠が笑みを浮かべた。

「もう! あいつはこの私の手で倒そうと思っていたのに・・・・・!!」

 ふてくされたように言うスピカ。だけど、やっぱりどこか嬉しそうだ。

「やったんだね」

 僕は安堵の息をもらした。

「あとは・・・・・、クロディアだな」

「うん!」

 僕はアレク師匠の言葉に力強く頷いてみせた。

 僕はもう、心を決めていた。クロディアと戦う―と。クロディアがどんなに恐ろしい相手でも、例え、決して勝てない相手だと分かっていても、僕は決めたんだ。

 リベラルのために、そしてみんなのために、絶対に勝つ――と。






「意外だな・・・・・」 金色の髪の青年が言った。

「よく、ここにいることが分かったな」

 彼――エンサイ=クロディアは残忍な笑みを浮かべた。

 僕達は神殿の入り口の前で彼と向かい合っていた。

「そんなの決まっているでしょう!」

 自信たっぷりにスピカは人差し指を立てた。

「勘よ! 勘!」

 ・・・・・勘なのに、何も自慢するかのように言わなくても・・・・・。

「面白いな、君は・・・・・」

 スピカを見据え、クロディアは薄笑いを浮かべた。

それを聞いたスピカは、当然のことながらすかさず反論する。

「何よ! それ!! それを言うならカイルに対して言ってよね!!!」

 うっ! スピカ、それって一体・・・・・!?

「面白いな、君達は」

 あああああ!! 僕も数に入っている!!!!!

「・・・・・だけど、残念だ・・・・・。 君達とはここでお別れをしなければならないのだから・・・・・」

 クロディアは僕達を冷たい眼差しで見つめた。

「君達はここで死ぬことになるのだからな」

「それはあんたの方でしょう!!!」

 すかさず、スピカが反論する。

「さて、どうかな?」

クロディアは薄笑いを浮かべながら、そう言った。



「トライス・アルスベル!!!」

 スピカの魔法が炸裂する。

 だが、クロディアはそれを軽々と片手ではじく。

「ロックブレイヤー!!!」 アレク師匠が跳び上がり、そして剣を振るった。だが、アレク師匠の剣は空を斬った。いつのまにか、クロディアは空を高く跳び上がっていた。

「インテグラル!!!」

 僕は魔法を唱える。

 それを見たクロディアは余裕の笑みを浮かべた。

「インテグラル!!!」

 クロディアは僕と同じ魔法を唱える。僕の魔法とクロディアの魔法が相対し、そして相殺する。

「ほう・・・・・。 なかなか面白い」

 クロディアが感嘆の息をもらす。相殺されたことが意外だったみたいだ。

「メテオ・ストーム!!!」

 スピカの魔法が再び炸裂する。

 クロディアは短距離のテレポートの魔法を使い、易々とその場から別の場所へと移動した。

「エルナートブレード!!!」

 アレク師匠が剣をクロディアに対して振りかざす。クロディアは後方に身をひいた。剣が微かにクロディアの片手をかすめた。クロディアは表情を歪める。

クロディアは僕達に向かって両手を振りかざした。突然、大きな黒いかまいたちが生まれる。それは僕達をことごとく何度も何度も切り裂いていった。

「何よ! あれ!」

「・・・・・さ、さあ・・・・・? 見たことも、ない魔法だから・・・・・」

 僕は息を切らしながら、スピカの問いにそう答えた。そして、アレク師匠やスピカに対して回復呪文を唱え始める。

「かなり、強いな・・・・・」

「う、うん・・・・・」

 アレク師匠の言葉に、僕は弱々しく頷いた。

「で、でも、絶対に負けられないもの!!!」

 そう言うと、スピカは杖に光の球を浮かばせ、それをクロディアに向かって放った。



「レイヤーソード!!!」

アレク師匠の剣が宙を斬る。

クロディアは薄笑いを浮かべながら、片手を振りかざした。複数の黒い刃が生まれる。そして、それらはいっせいにアレク師匠に襲い掛かった。アレク師匠は凄まじい勢いで床に叩きつけられる。

「くっ・・・・・!」

 アレク師匠は低いうめき声を上げる。

そして、苦悩の表情のまま、ゆっくりと剣を支えに再び立ち上がった。

「・・・・・」 つ、強い・・・・・。

 僕は無意識にそうつぶやいたのだが、わずかに唇が動いただけだった。既に僕達は、クロディアの魔法によって全身にひどい傷を覆っていた。逆にクロディアには、僕達の攻撃はほとんど当たらなかった。スピカの魔法も、僕の剣や魔法も、アレク師匠の剣技ですらあっさりと見切られてしまった。しかも、確実に反撃を喰らってしまう。

「・・・・・ぅ」

 僕はボロボロの身体を、気力だけで立ち上がろうともがく。

「ううっ・・・・・」

 節々の痛みを懸命にこらえてようやく上半身を起こすと、僕は回復魔法を唱え始める。

「無駄なことだ」

 クロディアは残忍な笑みを浮かべた。

 強い・・・・・!

 古の王とは話にならないほど、つ、強い・・・・・!!

 あの時は、創造神ロード様と光の女神サテライト様が僕達を助けてくれた。

 でも、今は・・・・・。

「はあ、はあ、はあ・・・・・」

 スピカが痛みをこらえながら、上半身を起こした。

「大丈夫? スピカ」

「あ、当たり前でしょう!!!」

 少々苛立ち気味にスピカは叫んだ。

「このままじゃ、・・・・・やばいな」

「う、うん・・・・・」

 僕はアレク師匠の言葉に相打ちをうつ。

 傷だらけの僕達に対し、クロディアはほぼ無傷の状態だ。あきらかにどちらが優勢が一目で分かる。 このまま戦い続けても、きっと勝敗は明白だろう。

 一体、どうすれば・・・・・。

 一体、どうしたらいいんだろう。

 どうしたら、クロディアを倒せるのだろうか?

 無理なのかな・・・・・。

 やっぱり、無理なのかな。

 神に、創造神ロード様でも勝てなかった相手に僕達が勝てるわけがない。

 やっぱり、勝てるわけがない。

 不意に僕の瞳に見覚えのある風景が広がった。

 異世界マリエリア。

 草原が広がっていた。

 その中央で一人の少年が空を見上げていた。

 これって、僕が幼かった頃の記憶・・・・・?

 ふと、幼い僕は横を振り向く。

 そこには、別の少年が立っていた。僕より四つか、五つ年上の少年だ。「何しているんだ?」

「サモン!」

 僕は笑みを浮かべた。

「う―んとね。 空をね、見ていたのかな?」

「かな・・・・・?」

 サモンは顔をしかめる。

 ちなみにサモンは、ネムやリジュのお兄さんで、僕とは幼い頃からの知り合いだったりする。

「空を見ていると、・・・・・どこか別の世界が見えてくるような気がするんだ」

「ふぅ―ん」

 そういえば、あの頃はよく空ばかり見上げていたっけ。

 遠い遠い空をずっと・・・・・。

 空・・・・・。

「あっ!」

 僕は空を見上げてみた。

あれならもしかして・・・・・!!

・・・・・で、でも。

「どうしたのよ! カイル!」 スピカが不機嫌そうに首を傾げた。

「・・・・・いい方法を思いついたんだ」

 僕は静かにそう告げた。

「ほう」

 クロディアが笑みを浮かべる。

 僕は気付かれないように、小声でアレク師匠とスピカにその作戦のことをささやく。

「そ、そんなこと、で、できるわけ?」

 スピカはそれを聞いて、面を喰らった表情になった。アレク師匠も怪訝そうに首を傾げる。

「行くよ!」

 静かにそう宣言すると、僕は呪文の詠唱に入った。

「わ、分かったわよ! 絶対に失敗しないでよね!」

「無理はするなよな!」

 僕を見据えたまま、アレク師匠とスピカは大きく頷いてみせた。そして、再びクロディアと戦い始める。

 だけど、僕には目の前の戦いが遠い場所のように思えた。魔法を唱えている手が力なく震えた。実は、今、唱えている魔法は初めて使う魔法だったりする。しかも、この魔法は僕が幼い頃こんな魔法があったらいいな、という考えから生まれた魔法だった。だから、本当にできるかどうか分からないし、何が起こるかも予想できなかった。

 でも、僕は・・・・・。

 僕は・・・・・

 この魔法にかける!!!!!

「師匠!!! スピカ!!! どいて―――――!!!!!」

 僕の声が鋭く響き渡った。

「今更、何を・・・・・」

 クロディアは静かに僕を見やる。

「ゲルニカ!!!」

 僕はクロディアに対して魔法を放った。

「なにっ!?」

 空間がねじれてゆく。そしてその空間の中に黒い渦が生まれると何もかもが吸い込まれてゆく。

「くっ・・・・・!」

 僕達は必死になって神殿の柱に捕まる。

「な、なんだ!? これは・・・・・」

 空間を見やり、苦悶の表情を浮かばせたまま、クロディアは言葉を続けた。

「ま、まさか・・・・・これは!? こ――」

 クロディアはその言葉を最後に、その空間の中に飲み込まれていった。

「もしかして、ブラックホール!!!」

 僕は驚きの表情を隠せないでいた。幼い頃、宇宙の――この星の外の世界の話を聞いた時、ブラックホールを呼び出す魔法があったらいいなと思っていた。それが今、目の前で実現しているのだ。

「何よ! あれ!」

 スピカが不思議そうな顔でつぶやく。

しばらくすると、空間の歪みは次第に消えていった。

「や・・・・・、やったの・・・・・?」

 僕はしばらくの間、呆然としていた。

 目の前で起こった出来事が信じられなかった。

 目を疑った。

「やったな、カイル!!!」

 アレク師匠のその言葉でやっと僕は我に返った。

「か、勝ったのかな?」

「あ、当たり前でしょう!!」

 スピカは笑った。本当に嬉しそうな笑顔だった。スピカの瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちてゆく。

「そ、そうだよね!」 僕は顔を上げ、満面の笑顔で空を見上げた。

「それにしても、あの魔法って一体なんだったんだ?」

「さっき、話したとおり・・・・・、多分、ううん、きっとブラックホールを呼び出す魔法なんだと思う!」

 僕はアレク師匠の言葉に応えながら、満足そうな笑顔で頭をかく。

「ま、まじで、ブラックホールを呼び出したわけ?」

「うん! すごか――」

 すごかったよね!

 僕はそう答えようとしてスピカの方に振り返った。だが、そこには何故か恐ろしい形相で僕を睨んでいるスピカの姿があった。僕は思わず言葉を止め、萎縮してしまう。

えっ?

ぼ、僕、何か変なこと言ったっけ???

「ほっ・・・・・」

 突然、スピカの周りから怒りのオーラが溢れ出てきたのが手に取るように分かった。

 分かりたくもなかったけれど・・・・・。

「本当にそんなもの、呼ばないでよ!!」

 スピカの強力な魔法の一撃が僕だけではなく、アレク師匠にも襲い掛かるのだった。

 ううっ・・・・・、それにしても・・・・・、どうして、あの激しい戦いの後でスピカはまだ魔法が使えるんだよ・・・・・。

 僕はひたすら涙を流しながら、そう感じるのだった。



光(生命の女神) 消える時 闇(暗黒の神) 広がる

   この星を造りし者(創造の神)に近き者(異界の力を持つ者)にしか

   この闇(暗黒の神) 止められぬ






「もう、早くしてよね! カイル!」

 スピカの叫び声が響き渡った。

 僕達は今、ルードロ王国にいた。

 あの戦いの後、メディアルさん達はルビィさんとともに神聖界ルインロードに残った。少しずつ、ルインロードを立て直していくそうだ。神聖界ルインロードは、思っていたよりも深刻な被害は出なかった。やはり、あの結界のおかげなのだろうか。それとも、クロディアがただ本気で戦っていなかっただけなのだろうか。

もしそうなら、クロディアはどれほどの力を隠し持っていたのだろう。

本当にそうなら、僕達に全く勝ち目はなかったのかもしれない。

僕は悔しげに唇を噛み締める。だが、すぐに首を横に振った。

「ううん・・・・・、いや、例え、もしそうだとしても僕達は勝ったんだという事実には変わりないよ」

 僕はひとつ頷き、静かにつぶやいた。

 僕はあの後、アレク師匠やスピカとともにこのまま旅をしていくことに決めたのだった。もちろん、ダイジンはすごく反対していたけれど、ひたすら無視してここまで来たのだ。

 絶対に行きたかったしね!

「はあっ・・・・・」

 僕は力なく、溜息をついた。

 あれからあの魔法(ゲルニカ)を幾度となく使ってみようと試みたのだが、あれ以来ブラックホールが生まれることはなかった。やはり、あれは奇跡だったのだろうか。

 僕は空を見上げた。

 あの紺碧の空の向こう側に宇宙はあるのだろうか。

『カイルさん』

 どこかでリベラルの声が聞こえたような気がした。

 和やかな風が吹く。

 リベラル、僕は・・・・・。






「カイル様!!!」

 あれ・・・・・?

 今、ダイジンの声がしたような?

「カイル様!!!」

 ははは・・・・・、そ、空耳、空耳・・・・・。

「ふふふ・・・・・、今回は逃げられませんぞ!!!」

 背後から聞こえてくるダイジンの声に、僕はビクッと固まってしまった。

「ダイジン、どうしてここに・・・・・!?」

恐る恐る僕は疑問を口にする。

異世界マリエリアにいるはずのダイジンが何でここにいるんだ・・・・・!?

「ふふふ・・・・・、カイル様が最初に地上に行かれる時に渡した宝玉、あれには対となっている宝玉がもう一つ、ありましてね。 一瞬で異世界マリエリアに戻ることもできれば、こうやって私のようにその宝玉同士で行き来することも可能なのですよ!」

 しっ、しまった・・・・・!!!

 そんな裏があったんだ・・・・・!!!!!

 逃げようとする僕の肩をダイジンは見逃さず、すぐに捕まえる。

「ううっ、うっ・・・うわあああ――――――!!!!!」

 僕はそう絶叫しながら、ダイジンの手から逃れると一目散に逃げまわった。だが、易々とダイジンは僕の後を追いかけてくる。

 リ、リベラル・・・・・。 やっぱり、ダイジンの方が暗黒神より恐ろしい存在だよ!!!

 僕は半泣き状態でそう感じるのだった。






「クロディア」

 エイナスは空を見上げた。

 俺はもう少し、この星を見てみようと思う。ずっと分からなかったことが、もしかしたら分かるのかもしれない。


 答え(きぼう)がいつか見つかるまで・・・・・。

その後のエピソード的な短いお話を載せる予定でしたが、その内容の小説が紛失してしまったので載せられなくなりましたすみません

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