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第三章 時のしずく

「久しぶりだよね。 ここに来るの」

 僕は嬉しそうに笑顔でそう言った。

 あれから僕達は、船が黒焦げになってはいたが、何とかぎりぎり、ルードロ王国の港に辿り着くことができた。でも、さすがにそこまでが船の限界だったらしく、着いた途端、ピキピキと船は崩れ落ちていった。

一応、何とか、皆、無事だったんだけど。

 ううっ・・・・・、ジャロンさん、ごめんなさい・・・・・。

「カイルは、でしょう!」

 呆れ顔でスピカが言った。

「スピカはよくここに来るの?」

「・・・・・ま、まあね」

 スピカは吐き捨てるようにつぶやく。

「そうだったか?」

「そ、そうだったの!!」 スピカはアレク師匠に向かって、勢いよく大声で叫ぶのだった。


「・・・・・ここからキャベラ王国までは、飛行艇か、もしくは気球で行かないといけないんだけど――」

 アレク師匠は困り果てたように頭を抱える。

「歩いてはいけないの?」

「ああ。 ここからキャベラ王国までにはいくつかの高い山脈があって、とても歩いて登るのは無理だからな」

 アレク師匠はそう応えると、再び、頭を悩ませる。

「だったら、別の大陸から直通の船で行けばいいじゃない!」

 スピカは自信たっぷりに言った。

「スピカ、さすが!」

 僕とリベラルは、スピカに対して拍手する。

そんな僕達に、スピカはVサインをして応える。

「・・・・・その直通の船っていうのがないんだけど」

 アレク師匠だけが呆れたようにぼそりとつぶやく。

「えっ、えええっ―――――!!!!!」

 僕達は驚愕する。

「ちょっと! どうしてよ!!」

 スピカが納得いかないといった表情で手を挙げる。

「・・・・・元々、キャベラ王国は二十年程前から廃墟になってしまっているんだし、それに、あの辺りには小さな村しかないからな」

「あっ・・・・・!」

 確かに廃墟に行く人はいない・・・よね。

「じゃあ、その小さな村の人達はどうしているのよ!」

「自家製の気球があるらしいんだ」 スピカはその一瞬、まるで石のように固まっていた。


「・・・・・とりあえず、父さんに相談してみようか」

 アレク師匠はしばらく間をおいた後、そうつぶやいた。

「えっ!」

 リベラルが急に顔を青ざめる。

「どうしたの? リベラル」

「お、お城に行くのですか?」

 真剣な眼差しで、リベラルは僕にそう問い掛けてきた。

「ち、違うよ!」

 僕は慌てて、それを不定する。

 アレク師匠が幼き頃からヴァレリシア神殿と呼ばれるところで暮らしていたこと、そして、その神殿の神官長(アレク師匠の養父)によって育てられたこと・・・などを、簡潔に僕はリベラルに話した。

 何でも、アレク師匠の本当の両親は、アレク師匠が生まれてからすぐ後に、亡くなっているらしい。

「そうだったんですか」

「う、うん」

僕は恥ずかしそうに片手で頭をかく。

「カイル、何しているのよ!」

 スピカがイラつかせながら、僕に毒づく。

いつのまにか、スピカ達は遠く彼方先の方にいた。

「ちょっと、待ってよ!」

 僕はそう叫ぶと、慌ててスピカ達の方へと駆け出す。

 僕は少し強引にリベラルの手を引っ張った。リベラルは顔を赤らめながら、僕のことを見つめていた。






「アレク、お帰りなさい」


 ヴァレリシア神殿に入ると、すぐに一人の女の子が出迎えてくれた。

 水色の長いさらさらの髪が印象的な少女だ。

「ああ。 ただいま、ウイズナ」

 ウイズナさんは今日、神殿で『神託の儀式』と呼ばれるものがあるためか、既に巫女としての礼服を着ていた。

「それにお久しぶりです! カイルさん、スピカさん」

 ウイズナさんは僕達に対して軽くお辞儀する。僕も慌てて頭を下げる。

「それに、えっと――」

「あっ! リベラルだよ! 一緒に旅をしている仲間なんだ」

 リベラルの代わりに、僕が答える。

 ウイズナさんはそれを聞くと、笑顔でそっとリベラルに手を差し伸べた。

「初めまして、ウイズナといいます」「は、初めまして・・・・・」

 リベラルは恥ずかしそうに小声で言うと、彼女の手をそっと握り締めた。



「キャベラ王国?」

「何とか・・・ならないかな」

 アレク師匠は力強く懇願する。

 僕達は、ウイズナさんと一緒に神官長(アレク師匠のお養父さんでウイズナさんのお父さん)に会いにいった。

「うむ、さすがに神殿には、気球とかはおいてはいないな」

「城にある飛行艇は使えないかな?」

 アレク師匠がふと、思い出したようにつぶやいた。

「あれは、確か、ルードロ国王様がオーダリ王国の観光のために使っているから、今はないな!」

「・・・・・そうなんだ」 そう言うと、アレク師匠は大きな溜息をつく。

「何とか、何とかなりませんか!」

 リベラルが泣きそうな表情で、神官長に懇願する。

「・・・・・とは言ってもな。 う、う――む」

 神官長はちらっと外を見る。そして、少し考えこんだ後、何かを思い出したかのように手をポンと叩いた。

「――なら、アレアの町に行ってみたら、どうだ! 確か、その町に一軒だけ気球を持っていたところがあったはずだ!」

「アレアの町・・・か」

 アレク師匠は辛そうにつぶやいた。

 アレアの町・・・ね。

 あそこには、苦手な人がいるんだよな。

いや、人じゃなかったっけ。

「はあ〜〜〜」

「どうしたのよ! 二人とも!」 スピカは一人、明るく杖を振り回していた。

「はあ〜〜〜」

 僕とアレク師匠は、同時に深い溜息をつくのだった。






「アレアの町って近いんですね。 この森を通ったらすぐなんて――」

 リベラルが嬉しそうに手をポンと叩く。

「ここを通るから遠いんだよな・・・・・」

 僕は悲しげにつぶやく。

 アレアの町は、『迷いの森』と呼ばれる場所を通ったところにある。だが、そこはまるで樹海のようにひどく迷いやすい。瞬間移動の魔法である『テレポート』を使えば、すぐに着くのだが、何故か、ここ最近、地上では、テレポートの魔法を使うことができなかった。本当はテレポートで一気にルードロ王国まで行こうと思ったのだが、何故か、テレポートの魔法を使っても何も起こらなかったのだ。

 誰かがテレポートの魔法を制限している・・・・・?

 でも、一体、誰が!?

「カイルさん・・・・・?」

 気が付くと、リベラルが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

「な、何でもないよ!」

 僕は、てへへと無理やり笑顔を作ってみせた。

「さあ、行きましょう!」

 勢いよく、スピカは杖を掲げあげた。


「じゃじゃじゃあ―――ん!!! 若々しくて可愛い、そしてビューティフルな妖精、ワカト妖精だよ――ん!!!!!」

「で、出た!?」 僕とアレク師匠の声がはもる。

 ワカト妖精――。

 それは、かってこの森を通った時に出てきた妖精だ。何でもこの妖精は、『わがままで、とろくて、軽い』と言われており、しかも嘘つきで彼女の言葉を信じた人達は、皆、不幸な目にあってきたらしい。

「私にお任せしていれば、この森で迷うことはありませんわ!」

「本当ですか!」

 リベラルはにっこりと微笑むと、ワカト妖精の手を握り締めた。

「この森を出るためには、北の方向に歩いていけばいいのよ!!!」

「ご親切に有難うございます。 ワカトさん」

 リベラルは嬉しそうにぺこりとお辞儀する。

「リベラル! そ、それは――」

 僕はリベラルに、ワカト妖精のことを説明しようとした。

「・・・・・北っていったら、さっき通った道じゃないの!」

 スピカはイライラさせながら、ワカト妖精を睨んだ。

「そ、そんなこと・・・あ、ありませんわ」

 ワカト妖精はサッ―と冷汗をかく。

「・・・・・嘘だったら、この森、燃やすからね!!!」

「うっ・・・・・!」

 ワカト妖精は瞳に涙を潤ませた。しかも、スピカはすでに魔法の詠唱に入っている。

「・・・・・も、森を燃やしたらだめですの!!!!!」

 そう絶叫すると、ワカト妖精はひたすら大声で泣き叫んだ。

 そのあまりの勢いに、僕達は、いや、呪文を唱えていたスピカさえ、その場に呆然と立ち尽くしていた。



「うっ、ううっ・・・・・」

 リベラルが優しく、ワカト妖精の目元をハンカチで拭く。

 だが、それでもワカト妖精は一向に泣き止む気配はない。

「わ、わかったわよ! 森を燃やさないから・・・・・」

 スピカがふてくされたように、ぷいっと横を向いた。

「本当・・・・・?」

「その代わり、今度こそ本当の道を教えてよね!」

 そう言ってにこっとウインクすると、スピカは親指を立てる。

 僕はすかさず、数十歩、後ろに下がった。

 あの、スピカがおとなしく引き下がるなんて何かあるかもしれない・・・・・!?

「うん・・・・・」 ワカト妖精はコクリと頷く。

 はっ!

 ・・・・・ワ、ワカト妖精が素直にスピカの言う事を聞くなんてあるはずがない!?

 きっと、また、嘘をついて、僕達を困らせるつもりなんじゃ・・・・・!!

「カイルさん・・・・・?」

 汗でだらだらに溶けかかっているような僕を見て、リベラルは不安そうにつぶやいた。

「な、何でもないよ。 はは・・・ははは・・・・・ははははは・・・・・」

 僕は引きつった笑みを浮かべる。

「この森を出るには――」


 ドシャア


 突然、大地にひびが入る。

「くくく・・・・・」

 どこからか、ともなく薄笑いが聞こえた。

「残念ながら、あなた方をこの森から出すわけにはいきません」

「だ、誰よ!!!」

 スピカが勢いよく怒鳴る。

「私はアンコール=ワット。 あなた方に死を与える者です」

「なっ、何ですって!」

 そう叫ぶと、スピカは魔法を唱えようとした。

「も、森を燃やしたらだめですの!!!」

 ワカト妖精は泣き叫びながら、スピカにひがみつく。

「非常事態だから、別にいいでしょう!」

「この森は、ワカトにとって特別な場所なの! 思い出の場所なの!!」

 そう言うと、ワカト妖精は再び、泣き叫んだ。

「おや? どこかで見たことがある妖精かと思えば、あの時の妖精ではないですか」

 アンコール=ワットは不気味に笑みを浮かべる。

「あなた方、妖精は、我が王には少々、邪魔な存在でしてね。 私の手でほとんど消したはずなのですが、まだ・・・・・、生き残りがいたとはね」

「ううっ・・・・・!」

 それは悲しみと憎しみがいじ混じったような悲痛な叫びだった。

 僕は今でも、非情な笑みを浮かべているアンコールに対して、やり場のない怒りでいっぱいだった。

「あんたは絶対に許せないからね!!!」

 スピカが力一杯、アンコールに対して杖を振り落とした。

「では、どうするというのです」

「うっ!」

 スピカはうめく。

 魔法を使えば、この森が燃えてしまうのだ。

「てぇい!」

 僕は力一杯、アンコールに向かって剣を振り落とす。魔法が使えないのなら、直接、剣で奴を攻撃するしかない。だが。


カキン!


突然、アンコールの前に巨大な土の壁が出現する。

「くくくっ・・・・・、通じませんね」

アンコールが手を伸ばすと同時に、地面から土の竜の形をしたものが僕に襲い掛かった。

「カイル!」

 消えゆく意識の中、アレク師匠の声が聞こえた。

「お話になりませんね」

 僕の耳に、アンコールがつまらなそうにそうつぶやくのが聞こえた。

「カイルさん!」

リベラルは僕に駆け寄ると、手を傷口にそっと触れる。すると、一瞬で傷口が消えた。

「あ、有難う。 リベラル」

僕は微かに笑みをこぼす。

「たあ―――!!」

僕が振り向くと、アレク師匠とアンコールが戦いを繰り広げていた。

 だが、アンコールの土の壁に、さすがのアレク師匠も苦戦を強いられていた。

「てい―――!!!」

 僕は再び、アンコールに向かって剣を振り落とした。だが、先程と同じように土の壁によって防がれてしまう。

 そして、アンコールの土の竜の攻撃をもろに僕達は喰らってしまう。

「くっ・・・・・」

「うっ・・・・・」

 僕とアレク師匠は、呻き声をあげる。

 どうしたら・・・・・、どうすればいいんだろう!

 どうすれば、奴に、アンコール=ワットを倒せるんだろうか・・・・・。

だが、答えは見つからなかった。

「そろそろ、あなた方には死んで頂きましょうか!!!」

 残酷な笑みを浮かべたまま、アンコールは手を伸ばした。

 地面から先程の二倍以上の大きさの竜が姿を現す。


 ドシャア


 僕達にはすでに為す術がなかった。

 こ、ここまで・・・・・なのかな。

「ぎ・・・・・ぎゃああああ―――――!!!!!」

 突然、アンコールの悲鳴が聞こえた。

「いやあ・・・・・、これはすばらしい!」

 聞き覚えのある声がした。

「ヴァンネス様、どうですか!」

 これまた、聞き覚えのある声がした。

「いやあ、最高だよ! この何でも溶かす薬は!!!」

「さすが、ヴァンネス様、特製の秘薬ですね!」

「ああ! ヴァンネス様、特製の秘薬だからな!!!」

 そう語り合うと、彼らは高笑いをし始める。

 僕達はそっと、前方を見つめてみる。

 そこには、思っていたとおりの人物が立っていた。紫色の髪のどこかイカれた科学者(本当は医薬研究家らしいけれど)の青年に、長い黒髪の魔族の少女。

 一目見ただけで、普通の人達ではないことが分かる。

「お、お久しぶりです・・・・・」

 アレク師匠は軽く会釈する。

「おや? アレクくんではないか!」

 そう言うと、ヴァンネスさんは不敵な笑みを浮かべた。

「それに、確か、カイルくんだったかな?」

「は・・・ははは・・・・・」

 僕は顔色を青ざめながら、薄笑いを浮かべる。

「くくく・・・・・、この私をこれほど侮辱するとは・・・ね!!!」

 いつのまにか、アンコールが再び、土の竜を造り上げていた。でも、あの“何でも溶かす薬“のせいなのか、服がやたら、いびつに破れている。しかも、先程、造り出した土の竜より少し、小さめになっているような・・・・・?


ドシャア


 再び、僕達に向かって土の竜が襲いかかろうとした。

「てぇい!」

彼女、ドラッキィーが試験管に入っていた紫色の液体を土の竜にめがけて振りかざした。

すると、土の竜はドロドロに溶けて跡形もなく消えてしまった。

「くっ・・・・・」

 そうつぶやくと、アンコールは僕達の目の前から姿を消した。

「ヴァンネス様、すごい威力ですね〜〜」

「ヴァンネス様、特製の秘薬だからな!!!」

 そう言うと、彼らは再び、高笑いを始める。

「な、何なのよ・・・・・? こいつら」

 スピカは呆然としたまま、そうつぶやくのだった。



「ここがアレアの町ですわ!」

 ワカト妖精が片手を町の方向に向ける。

 僕達はあれからワカト妖精の道案内によって、無事、アレアの町まで辿り着くことができた。

 何でも、ワカト妖精の話だと、彼ら、アンコール達にとって妖精は非常に厄介な存在だったらしい。かって、今から百年程前、古の王を封じたという、古代魔法の一つにして唯一の封印魔法である『リパル』という魔法を彼らは恐れているというのだ。その魔法は、百パーセントの確率で成功し、そしてその対象のモノを永遠に封印することができるというのだ。ただ、その魔法は、それぞれ四つ存在し、しかもそれはその魔法に選ばれた者にしか、使うことができないのだ。しかも、その魔法以外にも、『中和剣』と呼ばれる剣と召喚士の力が必要になるらしい。だけども、中和剣を使える者は、今現在、誰もいないらしく、オーダリ王国に保管されているって、アレク師匠は言っていた。

 また、リパルの魔法は、ある妖精に教えてもらう必要があるらしいのだが、今では、その妖精達も生きているかどうかは定かではない。

「・・・・・ところで、どうしてあんた達まで着いてきているのよ!!!」

 スピカは不満そうに唇を尖がらせながら、後ろを振り返る。

「そんなの決まっているではないか!!!」

 そう言うと、ヴァンネスさんはさぞ当たり前のようにフッと笑みを浮かべた。

「ここに、私達は住んでいるのだからな!!!」

 ヴァンネスさん達は、スピカの言葉を軽く(怖く)笑い飛ばした。

 僕達はなんと言っていいのか分からず、ただ呆れながら、その場に立ち尽くしているしかなかった。

「・・・・・そういえば、今日は何の用で来たのかい?」

「あの、実はこの町に気球があると聞いたのですが――」

「おっ! あの、気球か!!!」

 ヴァンネスさんは思い出したように手を叩く。

「も、持っているんですか!」

 アレク師匠は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ふふふ・・・・・もちろんさ」

 それを聞いて、スピカやリベラルも嬉しそうに顔を見合わせる。

 やったね!!!

「いやあ! 君達は運がいいな! この『空を飛ぶ薬』(気球版)の初の実験台になれるのだからな・・・・・!!!」

 へっ・・・・・?

「あの、ヴァンネス様、究極の空を飛ぶ薬ですね❤」

「ああ! あの、ヴァンネス様、一世一代の究極の薬さ!!!」


ピキッ


 スピカの拳が力強く震えた。

 やばい・・・・・!

「わ、私はそろそろ、森に戻りますわ・・・・・」

 そう言い捨てると、ワカト妖精はそそくさと森の方に去っていった。

「ははは・・・・・!!! ちょっと、激痛がくるかもしれないが、慣れればたいしたことはないさ!!!!!」

 ヴァンネスさん達は軽く(怖く)笑い飛ばしながら宣言する。

 だが、かって僕はヴァンネスさんの薬を(無理やり)飲まされた時の激痛は、ちょっとどころではなかった。まるで、高い崖から叩き落されたような鋭い痛みが、あちらこちらに降りかかった。とても慣れるなんて代物ではない。


ピキッ


 振り返ってみると、スピカの周りには禍々(まがまが)しいオーラらしきものが覆われていた。

 まずい! 絶対にまずい!!

「ト・・・トライス・ガール!!!!!」

 スピカの魔法によって、凄まじい勢いでヴァンネスさんとドラッキィーさんは遠く彼方まで吹き飛ばされていった。もちろん、それだけではなく、僕らもいや、彼らヴァンネスさんの家までも、やがて燃え尽きてゆくのだった。

 ああ・・・・・。



「・・・・・と、ところで、これ・・・どうしようか?」

 僕はぼそりとそうつぶやいた。

 ヴァンネスさんの家は、既に見る影もない。

「ど、どうしようか、と言われてもな」

 困ったようにアレク師匠が頭をかく。

 リベラルも不安そうに、もののみごとに原型をとどめていない焼け跡をじっ―と見つめていた。


「アレク」

 ふと、その時、どこかで聞いたことがあるような男の人の声がした。

 えっと、どこできいたんだっけ???

「グーナイ!」

 その声に振り返ったアレク師匠が、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そこには、長身の青年が立っていた。

「あっ!」

 僕はポンと手を打つ。

 確か、まだ、ルードロ王国の騎士団に、アレク師匠がいた時の知り合いだった人!

「久しぶりだな」

「ああ」 アレク師匠が嬉しそうにそう言うと、グーナイさんも微かに口元が緩ませたような気がした。

「そういえば、グーナイの故郷は確か、このアレアの町だったな」

「ああ」

「・・・・・アレアの町って、変な人達ばかり住んでいるのね」

 スピカが呆れ顔のまま、つぶやく。

「・・・・・ところで、グーナイ。 この町に気球があるって聞いたんだけど、何か知らないか?」

「・・・・・気球なら、俺の家にある」

「えっ――――――!!!!!」

 これには、アレク師匠だけでははなく僕達も正直、驚かされた。

「ほ、本当に・・・・・!?」

 一歩遅れて、アレク師匠が訊ねる。

「・・・・・使えるかどうかは分からんがな」

 そう言うと、グーナイさんは町の入り口の方へと歩き始めた。

 グーナイさんは、一軒の家の奥の方にある倉庫から古びた気球を取り出すと、アレク師匠に投げつけた。

「えっ?」

「持っていけ」

「で、でも――」

「俺には必要のないものだ」

 アレク師匠の言葉をさえぎって、グーナイさんは応えた。

「有難う、グーナイ」

「・・・・・ルードロ王国に行けば、その気球も直るはずだ」

 そう告げると、グーナイさんはその場から去っていった。

「優しそうな人でしたね」

 リベラルはほがらかな笑みを浮かべる。

「ど、どこがよ!」

スピカは力強く、リベラルの意見に反論したのだった。






「おおっ――――! 気球が見つかったのだな!」

「大げさだな、父さんは・・・・・」

 張り裂けんほどの大声で叫ぶ神官長さんを見て、アレク師匠は少し照れくさそうに言う。

「よかったですね、リベラルさん」

「はい」

 ウイズナさんとリベラルは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「・・・・・まあ、気球もほとんど傷んでいないみたいだから、明日の昼までには何とか直りそうだな」

「ほ、本当ですか!」

 僕はその言葉に嬉しそうに反応する。

「ああ」

「やったね! リベラル!」

「は、はい!」 僕とリベラルは手を取り合って、満面の笑顔で喜びあった。



 その日の夜、僕達は神殿である『神託の儀式』を見ることになった。気球は、やはり明日の昼までかかりそうだし、その『神託の儀式』というのに、僕自身、興味があったからだったりする。

まあ、本当のことを言うと、気球が直る、それまで暇だったから、ともいえないこともないが――。

 一体、『神託の儀式』ってどんなのだろう。

 僕が期待に胸をふくらませていると、どこからか優しい音色が響いてきた。

時の音色・・・・・!?

僕は思わず、客席から身を乗り出す。

異世界マリエリアでよく聞かされていた歌だ。

「時の音色・・・・・」 リベラルがそうつぶやくのが聞こえた。

 確か、『時の音色』ってかなり古い時代から歌われてきた、ってポーラ先生やダイジンがよく言っていたっけ。

「あっ! これって時の音色でしょう!」

 スピカが懐かしそうに口ずさむ。

 神聖界ルインロードでも歌われていたのかな?

「ああ」

 スピカの問いかけに、アレク師匠が頷く。

 中央の広場では、右側に女性の神官が左側に男性の神官が、それぞれ横に一列に並び始めていた。その中には、礼服に身をまとったウイズナさんの姿もあった。

 そして、その中央に一人の女性が立っていた。

「ルビィさん!」

「ルビィ様!?」

 僕達は不思議そうに目を細く竦めた。

「今年の神託の儀式は、ルビィさんに手伝ってもらっているんだ」

 目を丸くしている僕達に、アレク師匠がそう説明する。

 一呼吸おいて、ルビィさんが静かに歌を口ずさむ。

「迷っている 探している 真実(とき)への入り口を・・・

 星の数を数えてゆく 十戒(じっかい)

 四色の光 導かれて 塔に昇りゆく

 夢の白 今 戻りいて・・・」

 僕は昔からこの歌が大好きだった。切ないメロディなのに、聞いていると凄く幸せな気分になれるし、とても安心できるからだったりする。

 やっぱり、死んだお父さんとお母さんが、昔、僕に歌ってくれた歌だったからかな・・・・・。 いつのまにか、ルビィさんが水晶球に手を触れていた。

 アレク師匠の話によると、この『神託の儀式』っていうのはこの星の未来を占い、それを人々に伝える儀式なんだそうだ。

「・・・・・光、消える時、闇、広がる」

 ?!

 リベラルを占ってもらった時と同じ言葉!?

「この星を創りし者に近き者にしか、この闇、止められぬ」

 神託が終わると、辺りはざわざわとざわめき始める。

 結局は、そのまま、パニック状態のまま、今回の神託の儀式は終わりを迎えた。



「ルビィ様!」

 スピカが広場から出てきたルビィさんを出迎える。

「スピカ」 ルビィさんはどこか声に力がなかった。顔をうつむかせたまま、辛らつな表情で応える。

「もう、ルビィ様! 気にしない方がいいですよ!」

 スピカが人差し指を立てながら、怒った顔をする。

「ええ・・・・・」

 どうやら、ルビィさんは自分の占いのせいで、会場が騒ぎになってしまったことを気にしているらしい。  

「それにしても、あれはどういう意味だったのかな?」

 僕は不思議そうに首を傾げる。

「『この星を創りし者』って、もしかしたら創造神ロード様のことかもしれないな」

 アレク師匠がそう何気なくつぶやいた。

「じ、じゃあ、近き者っても、もしかして――!」

 僕らはいっせいに、視線をスピカに向ける。

「な、何よ!」

まあ、スピカはスピカで、僕達をすかさず睨み返してはいたが――。

『この星を創りし者に近き者』って、やっぱり創造神ロード様の娘であるスピカのことを指し示しているかな?

う、う―ん。

「・・・・・闇は恐らく、エンサイ=クロディアのことを示しているのだと思います。 光は――」

 リベラルはそこで言葉を濁らす。

 きっと、光は、リベラルのお母さんである生命の女神、レニィ様のことを表しているのだろう。

 そう思うと、僕は自然ともらい泣きをしてしまった。「そ、それにしても、どうしてあのオクトーバ達は、リベラルを殺してでもその暗黒神を甦らせようとするのかな?」

 僕は涙をさっと拭くと、一つの疑問をつぶやいてみせた。

 理想とか何とか言っていたみたいだけど・・・・・?

「オクトーバ・・・・・! もしかして、オクトーバ=ジェネラリーのこと?」

 突然、ルビィさんが顔色を変える。

「し、知っているんですか?」

「ええ!」

 真剣な表情で、ルビィさんは頷いた。

 かって、ルビィさんが幼かった頃、新聖界ルインロードで一つの問題が起こった。

 古の王の復活である。

 その被害は地上だけではなく、この神聖界ルインロードにも降りかかろうとしていた。だが、皮肉にも神聖界ルインロードには古の王に対抗できる者は、数えるほどにしか、いなかったんだって。

 そんな時、一人の青年が奇妙な提案を持ちかけた。

「暗黒の神の封印を解いて、彼に古の王を止めてもらえばいい」

 その提案を出したのは、火の神と呼ばれているメデイアルさんだった。

「だめだ! それは!」

 別の青年が止めに入る。

ルビィさんのお兄さんのメイアレスさんだ。

「前に創造神ロード様がおっしゃられていたではないか! 暗黒神の復活は、この星の破滅をもたらす、と」

「くくくっ・・・・・」

 不気味な笑い声が聞こえてきた。土の神、アンコール=ワットだ。

「別にそんなこと、よいではないですか」

「なっ!?」

 メイアレスさんの前に、一人の女性が立ちはだかる。そんな彼女の服に、幼い男の子がぎゅっとひがみついていた。

「私もメデイアル様の意見に賛成です!」

 風の女神、ワーズ=ジェネラリーとその弟のオクトーバだ。

「ワーズ、君まで・・・・・」

 そんなメイアレスさんを、幼いルビィさんはただ不安そうに見つめているしかなかった。

「創造神ロード・・・か」

「メデイアル・・・・・」

 メイアレスさんは続く言葉がみつからなかった。言いたいことは、たくさんあるはずなのに。

「私は創造神ロードを超えたい、いや必ず超えてみせる!」

 そう告げると、彼らはその場から姿を消した。

 皮肉にもそれが、メイアレスさんとメデイアルさんの最後の別れとなった。その数年後、メイアレスさんは、古の王の魔の手にかかって死んでしまったのだから。

悲しい別れだった。いや、悲しいのは、別れではなかったのかもしれない。メイアレスさんとメデイアルさんは、元々、親友同士だった。それが、こんなかたちで別れてしまったのだ。ただ、言葉にできない思いだけがその場に取り残されていたに違いない。

「じゃあ、あいつらって神なんですか!」

 スピカの声で、僕はハッと我に返る。

まるで信じられないようなものを見るように、スピカはバツが悪そうにした。

「ええ」

 ルビィさんは悲しげにコクンと頷いてみせた。

「彼らが言っていた理想って、もしかしたら、創造神ロード様より強くなることかもしれないな」

「そうだね・・・・・!」

 アレク師匠の言葉に、僕は相打ちする。

 それも暗黒の神の力を使って!?

 何とかして止めないと!!

「レインアレスの力を使って、彼を、クロディアを止めないと――」

 僕達は驚いて、リベラルを見つめる。

 リベラルの顔から、生気がみるみるうちに失われつつあった。

「レインアレスの力がないと、私一人の力だけでは・・・もう――」

 突然、リベラスが地面に倒れる。

「リ、リベラル!!!」

 僕は必死の形相でリベラルに駆け寄ると、急いで回復魔法を唱え始める。

「リカバー!」

 リベラルの顔は、まるで生気が抜けたように真っ青だった。ルビィさんも遅れて、回復魔法を唱え始める。

「・・・・・彼女、凄く弱っているみたい」

 ルビィさんの声は、どこか震えていた。

「リ、リベラル―――――!!!!!」

 僕は何度も何度もリベラルを呼んだ。何度も何度も彼女の身体を揺すった。

だが、リベラルの反応は全くなかった。僕は胸が張り叫びそうだった。



「・・・・・」

 僕はベットで眠っているリベラルを見つめていた。リベラルの顔には、少しずつだが生気が戻りつつあった。 僕達はあの後、神殿に戻り、リベラルの看護に励んだのだ。その甲斐があってか、リベラルの体調は回復し始めていた。

「リベラル、よかった・・・・・」

 僕はリベラルの手をそっと握り締める。

「・・・・・カイル・・・さん」

 その時、リベラルの瞳がゆっくりと開く。うつろな表情で僕を見つめていた。

「リベラル!」

「カイルさん、ごめんなさい。 私、一人の力じゃ、もう抑えられないみたい・・・・・」

 苦しそうにリベラルはそうつぶやくと、そっと目を閉じた。

 そして、再び、深い眠りへと落ちていった。


 僕達はそれから十日後、気球に乗ってキャベラ王国に向かっていた。

 本当はリベラルをもう少し休ませてあげたかったのだが、リベラルがどうしても今日中に行きたいと言ってきたのである。

 僕自身としては、まだ心配だったりするのだが。

「リベラル、大丈夫なの?」

「はい」

 リベラルは以前と変わらない笑顔を浮かべる。

僕もついつられて、笑みを浮かべていた。

「あっ! そういえば!」

 突拍子のない僕の言葉に、リベラルはきょとんと目を瞬きさせる。

「今、思ったんだけど、オクトーバが使っていたゴーレムにはアレク師匠の剣が通じたのに、どうしてアンコールの土の壁には攻撃が通じなかったのかな?」

「それは恐らく、アンコールさんが使っていた土の壁が完全なモノで、オクトーバさんが造ったゴーレムが不完全なモノだったためだと思います」

「えっと?」

 僕は思わず、首を傾げる。

 アレク師匠達もよく分からないといった表情で、僕達を見つめていた。

 リベラルの話によると、オクトーバの造ったゴーレムは、元々、古の王が操っていたゴーレムを元にして造られていたらしい。だが、気質は、古の王が造りだしたものとは全く逆のものになってしまった。そのため、魔法は効きにくく、直接攻撃には弱かったのである。一方、アンコールの土の壁は、それとは違って、直接攻撃にはとても強かったである。

「う、う―ん」

 リベラルの説明を聞いた後でも、僕はいまだに頭を悩ませていた。

「あっ! 見て見て!!!」

 スピカが嬉しそうに大地を指し示す。山脈を向けたのだ。山脈の北東の方に何らかの建物らしきものが見える。

「あれが・・・信仰の国、キャベラ王国!」

僕の胸は次第に高まってゆく。

「あれが、お母さんがいた国!?」

 リベラルは戸惑いながらつぶやく。

「・・・・・とにかく、どこか気球が降ろせるところを探さないとな」

 冷静にそう判断すると、アレク師匠は辺りを見回し始めた。

 僕達は広い広場のところで、気球から降り立った。どうやら、かっては飛行艇が置かれていた場所だと思う。辺りには、いくつもの飛行艇らしき残骸が取り残されていた。

 僕達は中央にある神殿の跡地へと足を運んでいた。そこに、レインアレスが存在するらしい。

「ここに、お母さんは住んでいたのですね・・・・・」

 リベラルはどこか寂しそうに言った。

 崩れた家屋、お店、神殿、ヒビが入っている通路に広場、原型すら留めていないお城。どれもが痛々しく思えた。まるでそれらは亡霊のように佇んでいる。

「リベラル・・・・・」

 僕はそんな彼女を見て、胸がひたすら苦しくなる。

「ここか・・・・・!」

 アレク師匠がゆっくりと神殿の扉を開けた。

 そこには、一人の青年が僕達を待ち構えるようにして立っていた。「貴様には恨みはないが、我が理想のため死んでもらう!」

 彼の――メデイアルさんの言葉には、強い決意のようなものが込められていた。






「トライス・アルスベル!!」

 スピカの魔法が、メデイアルに対して炸裂する。

「ふん!」

 メデイアルが軽く片手を振りかざすと、スピカの魔法は一瞬でかき消された。

「甘いな! フレイム・ブレイ!!!」

「きゃあ!」

 スピカはもろに反撃を喰らってしまう。

「スピカ!」

「スピカさん!」

 僕とリベラルの声がはもった。リベラルは急いでスピカの元へ駆け寄る。

「ス、スピカさん・・・・・?」 リベラルは不思議そうにスピカを見つめた。真正面からメデイアルの魔法をもろに喰らったはずなのに、スピカには何のダメージもなかったのだ。

「えっ、ええっ!?」

 スピカ自身も信じられないことらしく、驚きの声をあげる。

 どうして何だろう?

 だが、よく見てみると、スピカの胸元から淡い緑色の光が放たれていた。

「スピカ、それって――!」

「えっ?」

 スピカは慌てて、胸元からペンダントを取り出す。

それは、以前、神聖界ルインロードが滅びる前に、メイアレスさんがスピカに手渡したペンダントだ。確か、レインアレスの石がついたペンダントだったはずだ。でも、スピカのペンダントについている石の力だけでは、とても、暗黒神を封じる力にはならないってリベラルは言っていたんだっけ。

まあ、スピカは不満そうだったけれど、ね。

「レインアレスが光っている!」

「うん」

 スピカの言葉に、僕は頷く。

 どうやら、先程のメデイアルの魔法を防いでくれていたのは、レインアレスの力だったらしい。

「レ、レインアレス!?」

 メデイアルがその光を見て、一瞬怯んだ。

「たあっ―――――!!!」

 すかさずアレク師匠が間合いを詰めて、メデイアルめがけて剣を振り落とした。

「くっ!」

 メデイアルが剣圧によって吹き飛ぶ。そして、地面へと叩きつけられた。

 それでも、メデイアルは勝機を見出そうと呪文を唱えようとするが――。

「くっ!」

 目と鼻の先に、アレク師匠の剣があった。

メデイアルは辛そうに表情を歪めると、膝を地面へと落とした。

「私達の勝ちだからね!」

 スピカが余裕の表情でそう叫んだ。

「そ・・・、それはどうかな?」

 それに対して、メデイアルは後ろを見ながら薄笑いをしている。

「何よ! 負け惜しみでも言う気!」

 スピカは腰に手をあてて、不満そうにメデイアルの背後を見つめた。その瞬間、スピカはさっと顔色を変える。

「ふふふ・・・・・」

 そこにはいつのまにか、オクトーバ達が立っていた。

「メデイアル様!」

 ワーズは傷だらけのメデイアルを見ると、慌てて彼の元へと駆け出す。

「こ、こうなったら――」

僕はすかさず、呪文を唱えようとした。だが。

「カイルさん!!!」

 リベラルの悲鳴とともに、土の竜が僕に襲い掛かった。

「うっ・・・・・!」

「くくく・・・・・。 私のこともお忘れなく」

 アンコールは冷ややかな瞳で、僕達を見つめていた。

「大丈夫ですか? カイルさん」

 リベラルは僕の元に駆け寄ると、そっと傷口に触れた。すると、手のひらで生まれた淡い光が傷口を一瞬で癒す。

「有難う、リベラル!」

 僕はどことなく照れ笑いをしてみせる。

 振り返ってみると、いつのまにか、メデイアルは先程の傷などまるでなかったように、僕達に対して薄笑いを浮かべていた。

「カイル! リベラルさんを連れて先に行くんだ!」

「えっ?」

 アレク師匠の突然の一言に、僕とリベラルは顔を見合わせる。

「そうよ! こんな奴ら、私一人でも大丈夫だもの!」

「あのな・・・・・」

 アレク師匠はそれを聞くと、呆れたようにスピカを見つめる。

「で、でも・・・・・」

 やっぱりここはみんなで倒してから行った方が・・・・・。

「・・・・・そういえば、ここにはレインアレスがあるんでしたね」

 思い出したように、アンコールは含み笑いをする。

「くくく・・・・・、そのような厄介なものは、この私の手で排除させて頂きましょうか」

 アンコールはそう告げるとその場から姿を消していた。

「もう! ほら! カイルがもたもたしているから先を越されたじゃない!!!」

 スピカがイライラさせながら、僕を鋭く睨んだ。

「うっ・・・・・、わ、わかったよ!」

 僕は頷くと、リベラルの手を握り締めて神殿の奥へと駆け出した。

「貴様らだけで私達に勝てるかな?」

 メディアルは冷酷な笑みを浮かべる。

「もちろんよ!」

 スピカがビシッとメディアルに向けて人差し指を突き出した。






 僕達は神殿の通路を必死で走っていた。辺りは床にヒビが入っていたり、ガラスの窓が割れている。かなり危険な道だ。

「カイルさん・・・・・」

 突然、リベラルが立ち止まる。

「リベラル?」

 僕も慌てて立ち止まる。

「有難う」

「えっ?」

 リベラルの唐突なセリフに、僕はきょとんとする。

「本当に有難う。 カイルさんがいなかったら――私一人だけだったら、きっと何もできなかったと思う」

「リベラル・・・・・」

 切ない表情でリベラルは僕を見つめていた。

「・・・・・でも、私のそばにいると、いつも大切な人が傷ついてしまうから――」 リベラルはそう言うと、一人で神殿の奥へと進もうとした。だが、僕は寸前のところで喰い止める。

「カイルさん・・・・・?」

「リベラル、僕は本当にリベラルを守りたいんだ!」

「カイルさん」

 僕は真剣な眼差しで告げる。そしてリベラルの両手を力強く握りしめた。

「でも、私はいつも――」

「その人はリベラルのことをどう思っていたの? 邪魔だと思っていたの?」

 僕はリベラルの言葉をさえぎって訊いた。

「レインは・・・・・」

 リベラルの瞳から大粒の涙が溢れ出る。

「いつも優しくて、いつも私のことを気遣ってくれて、いつも私のそばにいてくれた・・・・・」 僕はそんな彼女を見て何も言えなくなる。胸がぎゅうと引き締まるような感じがした。

「でも、レインは私を助けるために・・・・・」

 リベラルの瞳から涙が止めどなく流れた。

「レインさんはリベラルを本当に守りたかったんだよ!!! きっと、救いたかったんだよ!!!」

 そう暗黒神の封印の束縛から、神々の束縛から、すべての束縛から、レインさんはリベラルを解放させてあげたかったんだと僕は思うんだ。きっとそういう人なんだと思う。だって何だって、僕達の世界――異世界マリエリアを創った人なんだから。

「だからリベラルには生きててほしかったんだよ! 絶対!!!」

「カイルさん・・・・・」

 ・・・・・それにきっと、レインさんはリベラルのことが好きだったんじゃないのかな。

 だがそう思うと、僕の心はざわめき始めた。何故か、胸が凄く苦しくなる。

「それに僕達だってここで死ぬつもりなんて毛頭ないし、それに僕なんてダイジンが『カイル様が死んだら、私も死んでカイル様に人生の授業を受けてもらわねば!』とか言っているから絶対に死にたくないよ!」

 本当にしそうだし、ね。 ダイジンは。 

はあ・・・・・。

「くすっ・・・・・」

 リベラルは面白そうに笑みを浮かべた。

 僕も久しぶりにリベラルの満面の笑顔が見れて、すごく嬉しくなった。

「カイルさんって本当に凄い人ですね」

「えっ?」

 僕の目は点になる。

 てっきり変な人って言われるかと思っていたけれど。

「だってカイルさんと一緒にいると、何もしていないのにそれだけで嬉しくなれるから」

「僕もリベラルと一緒にいると嬉しくなるよ!」

僕とリベラルはニコッと顔を見合わせる。

「カイルさんは本当に私が今まで出会ってきた人達とは違うんですね」

「うっ、やっぱり変かな」

 僕が困ったように頭を悩ませていると、リベラルは首を横に振った。

・・・・・う―ん?

「そうじゃないんです。 ただ、私にとって――」

「えっ?」

 リベラルはそこで言葉を詰まらせ、恥ずかしそうに顔を赤らめる。そして僕をまるで(こいねが)うような眼差しで見つめていた。

 そんなリベラルを見て、僕もひたすら顔を赤らめる。

「ううん、何でもないんです」

 どことなく、照れくさそうにそう言うと、リベラルは神殿の奥の方を見つめた。

 そういえば、早くレインアレスのところに行かないといけなかったんだっけ。

やばい・・・・・。 急がないと!

「そ、そろそろ行こうか!」

 僕は戸惑いながらもリベラルの手を差し伸べる。

「あの・・・・・」

 リベラルはそうつぶやくと、僕の手を握り締めた。そして、そっと僕の頬に口付けする。

「私にとって、カイルさんは一番気になる人だから! 一番、好きな人だから!」

「へっ・・・・・?????」

 僕の頭は一瞬でショット寸前になる。

 えっと、リベラルが、えっと、僕を・・・・・あっと・・・・・。


「はあう―――――!!!!!」

 そこでやっと僕は事の重大性(?)に気付かされる。

 リベラルがぼ、僕を!?

「ぼ、僕はその、あの・・・・・」

「ご、ごめんなさい。 変なこと、言ってしまって・・・・・」

 混乱しまくっている僕に、リベラルが泣きそうな顔で謝る。

 多分、今、一番変なのは僕自身だと思う・・・・・。

「ぼ、僕もリ、リベラルのことがだ、大好きです・・・・・❤❤❤」

「カイルさん・・・・・❤」

 ちなみに、この後、僕がどのようにして神殿の奥まで行ったのかは定かではない。



「くくく・・・・・、遅かったですね」

 ・・・・・?

「ああ、九九、八十一」

「カ、カイルさん!?」

「あ、あれ?」

 その一言でやっと僕は我に返る。いつのまにか神殿の礼拝堂で目の前にアンコールが立っていた。

 いつのまに着いたんだっけ?

「くくく・・・・・、そうやっていつもあなた方は、散々、人をコケにしてくれますね」

 な、何か怒っているような。

 き、気のせい・・・だといいな。

「まあ、いいでしょう。 これであなた方には為す術がないのですから!」 そう言うと、アンコールは手に持っていたレインアレスの石を見せる。

「レ、レインアレス!?」

 僕達は驚きの声を出す。

 その石は、スピカが持っていた石よりも、はるかに大きな石だった。

「くくく・・・・・」

 アンコールが手をかざすと、突如レインアレスは音も立てずに消滅した。

「そ、そんな、ど、どうして!」

 スピカが落としても割れたりしなかったのに、突然消えてしまうなんて!?

「これで、私はメディアルを超えた! いや、創造神ロードをも超越した存在となったのだ!!!」

「そんな・・・・・」

 リベラルは絶句する。

 恐らく、彼――アルコールはレインアレスに込められた魔力を吸い取ってしまったのだろう。そのためレインアレスは、核となった魔力を失って消滅してしまったのだと思う。確か、ルビィさんから、レインアレスには創造神ロード様の魔力の半分が封じられていると聞いたことがある。理由はいまいちよく分からないんだけど、暗黒神の戦いの最中、クロディアによって魔力を宝石に封じられた、とリベラルは言っていたっけ。そしてそれは、はるか昔この星の各地にいくつかに割れて散らばったというのだ。そのうちのひとかけらが、スピカが持っていたレインアレスの石がついたペンダントなのだろう。


 ゴゴゴ―――――!!!!!


「くくく・・・・・」

「な、ななな・・・・・!!」

 アンコールが片手を地面にかざすと、突然、地響きが起こる。

 そして、僕とリベラルの境目の床がものすごい勢いで裂ける。

「リベラル!」

「カイルさん!」

 僕はすれすれのところでリベラルの手を掴む。そして、もう片方の手を床の裂け目へと力強く伸ばし、そして掴む。

「くくくくく・・・・・」

 アンコールはまるで予想していたことのように不気味な笑みを浮かべた。

「くくく・・・・・、予想どおりですね」

 そして僕の手を力強く何度も何度も踏み付けた。

「ううっ・・・・・」 痛い・・・・・。

 でも、僕は瞳に涙を溜めながらも、それでも必死に耐え忍んだ。

「しぶといですね」

 アンコールはにやっと冷酷な笑みを浮かべると、今度は僕の手を足で蹴り続ける。

「うっ!」

 い、痛い。 痛すぎる。

 僕はあまりの痛さに顔を歪める。

「カ、カイルさん!」

 リベラルの悲痛な叫びが聞こえた。

「だ、大丈夫だよ!」

 そんなリベラルに、僕は苦しげに笑みを浮かべる。

「これならどうです」

 ド―ン!

 音とともに、天井の床板の一部が外れる。そして勢いよく僕の手の真下に落ちた。

「ううっ――――!!!」

 僕はあまりの激痛にそこから目を背けた。

「お、お願い!!! カイルさんには手を出さないで!!!」

「くくく・・・・・、それではあなたから先に死んで頂きましょうか。 リベラル=ラポラトリ―=キャベラ!!!!!」

 アンコールが手をかざすと、先程までとは比べものにならないほどの鋭さと大きさを持った土の竜がリベラルに向かって襲い掛かった。

「リベラル!!!!!」

 リベラルの手がするりと外れる。そして暗闇の中へとゆっくりと落ちてゆく。

「リベラル―――――!!!!! リベラル―――――!!!!!」

 だが言葉は返ってこない。

「それではそろそろあなた方にも死んで頂きましょうか。 ここを墓標というカタチでね」

 先程より凄まじい地響きが辺りにこだまする。

「くくく・・・・・」

 アンコールはその場から姿を消す。神殿が激しい音を立てて崩れてゆく。

「リベラル―――――!!!!! リベラル―――――!!!!!」

 カイルはその場にうずくまり、声を限りに叫んだ。

 だが、神殿の崩壊する音は、それすらもかき消さんばかりに激しく響き渡っていた。



「こ、これはどういうことだ!?」

 メディアルは目を疑った。

「ど、どうしたんだろうか」

「知らないわよ!」 アレクとスピカは不思議そうに顔を見合わせる。

「メディアル様! このままではこの神殿はまもなく崩れさります! 早く脱出された方が・・・・・」

「わかった」

 メディアルはワーズ達にそう言うと、この神殿から魔法で脱出しようとする。

「な、なんだと!?」

 だが、メディアルが魔法を唱えても何も起こらなかったのだ。メディアルは驚愕する。ワーズ達も同じように脱出の魔法を唱えてみたが、何も起こらなかった。

「どういう・・・ことだ」

「くくく・・・・・」

 突如、アンコールの声が響き渡る。

「あなた方はもう必要ないのですよ」

「何のつもりだ」 メディアルは声のする方向を睨む。

 だが、アンコールはそれには応えずに続けた。

「我が王が復活した暁にはね」

「暗黒神が・・・・・!?」

 メディアルはうめいた。

「あなた方の役目は我が王を復活ざせること。 それがすめば、もうあなた方には利用価値がないのですよ!」

「だ、騙したのか!」

 オクトーバが怒鳴ると、アンコールは静かに首を横に振った。

「くくく・・・・・。 いいえ、確かに我が王の力を借りれば強くなれますよ。 ただし、あなた方の場合、死を持ってのことですが」

「ふざけないで!」

 今まで黙っていたワーズが叫ぶ。

「くくく・・・・・、それでは」 声とともにアンコールの気配を消える。

メディアル達は無表情のまま、その場で立ち尽くしていた。

辺りは既に揺れが激しくなり、神殿は一層、崩れてゆく。

しばらく沈黙が続いた。

だが、すぐに無言の重圧に耐えられなくなったのか、スピカはイライラさせながら叫んだ。

「一体、どういうことよ! カイルとリベラルはどうしたのよ!」

「・・・・・」

「ねえ!」

 メディアルは生気のない顔で、ゆっくりとスピカの方を見つめる。

「死んだの・・・だろう」

「そ、そんなはずないじゃない!」

 スピカは拳を力なく震わせた。

「暗黒神の封印が解けたのなら、彼らが生きているはずがない」

 暗黒神の封印が解けたということは、彼ら、いや少なくともそれを封印していたリベラルは生きている可能性はない。

メディアルの言葉はそう告げていた。

「あの二人が死ぬわけないじゃない!」

 スピカはそう叫ぶと、神殿の奥へと駆け出していった。

「俺も信じています! カイルとリベラルさんのことを!」

 アレクもスピカを追って神殿の奥へと駆け出してゆく。

 信じる、か。

 俺はメイアレスのことを信じていなかった。真実を把握していなかったのだな。

 メディアル達も、まるで駆り出されるように神殿の奥へと駆け出した。


「な、何よ! これ!」

 スピカが床の裂け目を見て、驚きの声を上げる。

「こ、これは一体・・・・・」

 アレクもこれには言葉を失う。

 辺りは、そこが礼拝堂だったとは思えないほど崩壊していた。

「恐らく、奴はレインアレスの魔力を手に入れたのだろう」

「レ、レインアレスの!?」

 メディアルの表情はこわばっているように見えた。

 スピカはそっと自分のペンダントを握りしめる。

「だが、奴もそのペンダントのことは気付かなかったらしいな」

 メディアルはまじまじとペンダントを見つめる。

「そ、そんなことより、カイル達を探さないと!」

 スピカは焦りながら周囲を見回す。

だが、すぐに床の裂け目の近くでうずくまっているカイルの姿が目に入った。

「カ、カイル!!!!!」

 スピカは嬉しそうにそう叫ぶと、カイルの元へと駆け出してゆく。

「カイル!」

「・・・・・」

「カイルってば!」

「・・・・・」

 僕は無表情で床の裂け目を見つめていた。

僕の目にあの時のことが甦る。土の竜によって吹き飛ばされるリベラル。そして掴みそこなった手。気が付くと、涙がぽろぽろとこぼれ落ちていった。唇を噛み締め、こらえようとしたが、どうしても止まらなかった。

あの時、約束したのに。

守ると言ったのに。

泣き崩れるように僕は言葉をこぼした。

「リ、リベラル・・・・・」


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