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第二章 マダミヌユメ

キャラクター紹介のところを一部訂正しました。

「ふうっ」

 僕は深呼吸をしてみせる。

「やっぱり、地上っていいな」

 僕はそう言うと、再び深呼吸をした。

 この賑やかな街並み。いろいろな人達とのふれあい。綺麗な空気に、さわやかな風。広場には前と変わらない綺麗な水の噴水がある。 そして、初めて、アレク師匠やスピカと出会った場所。

「・・・・・」

 リベラルは不思議そうに辺りを見回していた。

「ここは、ランリールの街っていうんだよ!」

 僕は人差し指を立てる。

「知っている?」

 僕がそう聞くと、リベラルは悲しげに首を横に振った。

「う、う―ん」

 この辺りには来たことがないのかな???

「アレク師匠がいればな」

 そうしたら、少しは何か分かるかもしれないのに。

 僕はひたすら、首を傾げていた。


「何やっているのよ! カイル!!」

聞き覚えのある声がした。

しかも、で、できれば会いたくないタイプの!

「リ、リベラル」

「は、はい」

 青ざめた顔のままの僕を、リベラルは心配そうに見つめていた。

「に、逃げよう!」

「えっ?」

「は、早く!」

 僕は状況が呑み込めていないリベラルの手を取り、全力速で駆け出した。電光石火のスピードかもしれない(?)。

「ち、ちょっと、待ちなさいよ!」

 金色の髪を二つに分けている少女は、持っている杖を力強く、ブンブンと振り回し始める。

しかも、その杖の先から、きらっと光が出たのを僕は見逃さなかった。

「タンマ! タンマ! スピカ!!」

 僕は必死にスピカを止めようとした。だが――。

「問答無用! トライス・ガール!!!」

 一足早く、スピカの魔法が炸裂する。

 強烈なスピカの一撃が僕だけではなく、リベラルにも襲い掛かったことは言うまでもなかった。

 ぐふっ。


「はあっ・・・・・」

 僕はわざとらしく、大きく溜息をついてみせる。

「何よ!」

 スピカがイライラさせながら、挑発的に言う。

 スピカの魔法で黒焦げになった後、僕達はスピカに今回のことを話す羽目になってしまったのだ。

原因は、恐らく、僕が逃げたこととリベラルが使った回復魔法のせいだと思う。

 はあっ・・・・・。

「・・・・・カイルが古の王の幻を見たとか!」

 スピカは自信満々で言った。まるで、名推理とばかり、人差し指を立てる。

「・・・・・リベラルも見たんだけど」

 僕は悲しげにつぶやいた。

ううっ・・・・・。

どこをどう聞いたら、そうなるんだよ!

「あっ、そう言えば!」

 スピカは軽く手をポーンと叩く。

「はあっ・・・・・」

 結局、僕達についてくるつもりなんだろうな。

 きっと――!

 僕は再び、大きく溜息をつくのだった。

「まあ、そういうことなら私に任せてよ!」

 気合を入れて、勢いよくスピカは叫んだ。

 つらい・・・・・。


「ねえ、スピカ」

「何よ!」

「アレク師匠、知らないかな?」

 僕は少し、遠慮がちにつぶやいた。

「アレクなら、ペルシアの森の方に行ったと思うけど」

 少し考えながら、スピカは答えた。

「そうなんだ!」

 アレク師匠に会えば、リベラルのことが何か分かるかも!

「なら、アレクの所に行く前に、ルビィ様の占いをしていかない?」

「な、何で!?」

 僕がものすごく嫌そうに言うと、スピカは鋭い眼差しを僕に向けた。

「文句・・・・・あ・る・の!」

「な、ないです!!」

 僕は力強く、首を横に振りまくった。

「なら、よろしい!」

・・・・・むむむむむ!!!

「くすくす・・・・・」

 リベラルは僕達を見て、ひたすら楽しそうに笑っていた。

 ううっ・・・・・、リベラル――――!



「あら、いらっしゃい」

 広場の中央にあるテントの中に、ルビィさんはいた。何でも水晶を使った占いで、かなりの確率で当たると評判らしい。

「お久しぶりですね、カイルさん」

「こんにちは!」

 優しく笑顔で迎えてくれるルビィさん。スピカとは大違いだ。

「あのね、カイル達が占ってほしいんだって!」

 あれ? あれれ? スピカが勧めたくせに・・・・・!!

「・・・・・今日は、スピカが連れてきたわけではないのね」

「も、もちろんです!」

 スピカは戸惑いながらも、そう言った。嘘っぽいというか、嘘だったりするんだけど・・・・・。

「・・・・・なら、いいんだけど」

 不安そうに、ルビィさんはつぶやいた。

前にも同じことがあったんだろうな・・・・・。スピカなら、有りえないことではない。

「・・・・・まずは、カイルさんからどうぞ」

 言われるままに、僕はゆっくりと椅子に腰掛ける。

「カイルさんは・・・・・」

 ルビィさんはそう言うと、水晶球にそっと手を触れた。

「・・・・・運命的な出会いをしますね。もしかしたら、既にしているかもしれませんが・・・・・」

「うんうん」

 僕は思いっきり頷いた。

「――ですが」

「えっ?」

 突然、ルビィさんが青ざめた表情で僕を見つめた。

「・・・・・別れ、近い未来、別れがあります」

 僕は一瞬、言葉をなくした。

「別れ・・・・・!?」

・・・・・そんな。

ガア――ン!

「ねえ、私は! 私は!」

 スピカがウキウキ気分で言った。

スピカもするのか。

はあっ・・・・・。

 僕は先程の占いの言葉が気になって、頭が混乱していた。

「カイルさん、あまり気にしないで下さいね」

 ルビィさんが心配そうに、僕の顔を覗き込んでいた。

 ううっ、無理。

「カイルさん・・・・・」

 気が付くと、リベラルも心配そうに僕を見つめていた。

「あっ、大丈夫だよ! リベラル。 ははははは・・・・・」

 僕は無理やり笑ってみせたが、どことなく、空元気としかいいようがない気がした。

 ははは・・・・・。

「スピカは・・・・・」

 ルビィさんは再び、そっと水晶球に触れた。

「・・・・・スピカも運命的な出会いをするみたいね」

「ほ、本当ですか! ルビィ様!」

 それを聞いたスピカは、めちゃくちゃ嬉しそうに叫んだ。

「・・・・・でも、それはカイルさんとは違う意味での、運命的な出会いみたいね」

「ふ、ふぅ――ん・・・・・」

 本当に納得しているのか分からない口調で、スピカはつぶやいた。

「・・・・・最後は、えっと」

「リベラルです」

 リベラルは少し恥ずかしそうにしながら頭を下げた。

「リベラルさんね」

 ルビィさんはそう言うと、再び水晶球に手を触れた。

「・・・・・これは、何かしら? あなたに何らかの危険が迫っているみたい」

 僕は思わず、水晶球を覗き込んだ。スピカも同じように水晶球をじっと覗き込む。

「――でも、それ以上に何かしら、これ・・・・・。 “光が消えるとき・・・闇が広がる”。 何かの暗示みたいだけど」

・・・・・やっぱり、あの古の王と何か関係があるのかな。

 うう――ん。

「・・・・・とりあえず、アレク師匠のところに行こうか!」

 まあ、ずっと考えていても仕方ないし・・・・・。

「ルビィ様、私もカイル達と一緒に行ってきますね!」

 スピカはそう言うと、Vサインをしてみせる。

「気をつけてね。 スピカ」

 ルビィさんは微かに微笑んでみせた。

「はい!」

 力強く笑顔で、スピカはそう叫んだ。






 ペルシアの森の入り口に、見覚えのある少女が立っていた。どことなく、退屈そうに杖をくるくると回しているエルフの少女。

「お久しぶり! えっと、クロシェルさん・・・・・だったよね!」

 僕が笑顔で言うと、彼女はじっと僕を見つめた。

「・・・・・」

「クロシェルさん?」

「・・・・・」

 彼女は再び,くいるように僕を見つめた。

「クロシェルさんってば!」

「・・・・・・」

 クロシェルさんはひとつ、うんと頷くと、意を決したように僕に告げた。

「えっと、だ、誰だったけ???」

 えへっ、とクロシェルさんは笑顔で笑ってみせた。

・・・・・ううっ、忘れないでよ!


 むかぁ―――――!!

 

スピカが遠くの方でわなわなと怒りで拳を震わせていた。

 うっ、やばい!

「あの、ほら、二年程前にランリールの街で――」

 クロシェルさんはう―んと首を傾げる。

「えっと、ランリールの村で?」

「ランリールの街!」

 僕は力強く不定する。

 とは、言っても、何でも昔は、ランリールの街はまだ、村だったらしいが。

「うーん・・・と、だから」

 ・・・・・。

「えっと、あの、その」

・・・・・。

「だから、つまり――」

 ・・・・・何でこんなに一言、言うのに時間がかかるのかな? クロシェルさんって。とにかく、早く言ってほしいものだ。スピカがイライラして凄く怖かったりする。

「えっとね」

 ・・・・・。

「う―んとね」

・・・・・!

「何だっけ?」


ピキッ


 ピキッ・・・・・?

 僕は恐る恐るスピカ達の方に振り返ってみる。そこには明らかに、おぞましい怒りのオーラを身に纏ったスピカの姿があった。

・・・・・ま、待てよ!?

確か、前にもこれと同じようなことがあったような・・・・・。

「トライス・ガール!!!」

 やっぱり!

 僕達はもろにスピカの魔法を喰らった。

 確か、二年程前のあの時も、クロシェルさんに初めて出会った時に同じようなパターンでスピカの魔法の餌食になったんだっけ。

まあ、あの時は、ランリールの街だったけどね。

はあっ・・・・・。

「・・・・・ス、スピカさんって凄いんですね」

 多分、リベラルは、スピカの魔法に対して純粋に感激しているのだろう。その間にも、スピカの魔法はひたすら、僕達に降り注がれていた。

 一人、安全圏にいるリベラルは、笑顔でこうつぶやいた。

「カイルさん達、楽しそうですね」

 ・・・・・ど、どこが!?



「あっ! あの時の!!」

 やっと、クロシェルさんは思い出したらしく、手をポーンと叩く。

「確か、名前はえっと?」

「カイル!」

 僕が力強く断言すると、クロシェルさんはうんうん、と頷いてみせた。

「そうそう。 それで、確か、あっちがルピカで、そっちがメイル・・・・・だったけ?」

 メイルという名称は、このペルシアの森のある一部、クロシェルさん達が暮らしている森の方の名称だし、ルピカじゃなくてスピカだって・・・・・。それに、リベラルとは初めて出会ったはずなのに――。

 ちらっとスピカの方を見ると、スピカは再び、イライラと怒りの炎を燃やしていた。

「・・・・・違うよ! スピカにリベラルだよ!」

「えへへ・・・・・、そ、そうだっけ???」

 クロシェルさんは恥ずかしそうに頭を掻きながら、照れ笑いをしていた。

「・・・・・ところで、アレク師匠、知らないかな?」

「ア、アレク様!」

 そう言うとクロシェルさんは、キョロキョロと何かを探すかのようにあちらこちらを見回し始めた。

「どこ? どこにいるの? アレク様は!」

「・・・・・だ、だから、それは僕らが聞いているんだけど」

 困り果てたように、僕は溜息をつく。

「えっ―――――! ・・・・・そうなんだ。 なんだ・・・・・」

 ふてくされたように、クロシェルさんはぷいっと横を向く。

 そんなこんなしているためか、既にスピカはイライラが激しくなってきている。

「だから、あのね」



ドォ―――ン

ドォ―――ン

ドォ―――ン

ドォ―――ン



 突然、辺り一帯に、鋭くて何かとても大きなものの足音のような音が響き渡った。






「ふふふ・・・・・」

「楽しそうね、オクトーバ」

 オクトーバは隣にいる女性に対して、笑みを浮かべている。

「前回は、あのバリアのせいで手が出せなかったが、バリアの外に出てしまえばこっちのものさ!」

「・・・・・とは言っても、油断は禁物だからね!」

「まあ、任せてよ! ワーズ姉さん」

 オクトーバはにやりと勝利の笑みをこぼす。

「うふふ・・・・・、期待しているわ」

「ああ」

 ワーズはくすりと笑うと、オクトーバの前から姿を消した。

「ふふふ・・・・・。 あの、四体のゴーレムからは決して逃れられないさ」



「こ、これって――あの古代大戦の時に、古の王によって操られていたゴーレム!」

 僕は思わず、言葉を失う。

 ――古代大戦――。

 かって、大昔、人と意空間生物と呼ばれる生物との戦いがあった。その意空間生物の王だったのが、他ならず、『古の王』と呼ばれる存在だった。

そして、人々の中心になったのが、この星、リパルを創った創造神ロードだった。

その古の王の戦いの手足として動いたのが、この“ゴーレム”と呼ばれる存在だった。彼らはありとあらゆる物理攻撃が効かず、魔法でしか倒せないはずだ。

 僕はすかさず、呪文を唱えようとした。だが――。

 ドカア――――!

「いやあっ!」

 ゴーレム達は勢いよく、両手を地面へと叩き落とす。それもリベラルを狙って!?

「リベラル!」

 間一髪で、僕はその場からリベラルを救い出す。

 その間にも、他のゴーレム達が一斉に僕らに襲い掛かってきた。

 これじゃ、魔法が唱えられないよ・・・・・。

「トライス・ガール!」

 スピカの魔法が炸裂する。

 いつのまにか、スピカは呪文を唱えていたらしい。だけども――。

「――ど、どうして効かないのよ!!!」

 何故か、スピカの魔法はゴーレムに当たる直前にかき消された。

 それでも納得がいかないらしく、スピカはひたすら魔法を連発しまくっていたが、それらはことごとくかき消されてしまう。

「構わん! そいつらもやれ!!」

 どこからか、声がした。

僕が声がした方向に振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。

「ち、ちょっと、来ないでよ!」

「!」

いつのまにか、スピカが二体のゴーレムに追われていた。 

 ス、スピカ・・・・・。

「俺の名は、オクトーバ=ジェネラリー。 我が王の命により、貴様を殺しにきた」

「ぼ、僕?」

 だが、僕のことなどお構いなしに、彼はゴーレム達にリベラルを襲わせる。僕のことなど、眼中にないらしい。

 真剣に言ったのに・・・・・。

「どうして、どうしてリベラルを狙うんだよ!」

 僕は必死でゴーレム達からリベラルをかばう。

「貴様こそ、何故、その娘をかばう?」

「そ、それは・・・・・」

 えっと、それはその、リベラルが僕にとって・・・・・。

 僕はどうしてかわからないが、思いっきり顔を赤らめる。

「・・・・・まあ、いい。 その娘をこちらに渡せ! そうすれば、貴様らの命は助けてやる!!」

 そんなこと・・・・・!

「お願い! カイルさん達には手を出さないで!」

「リベラル!」

 僕は驚いて、リベラルを見つめる。

「なら、おとなしく死ね!」

 オクトーバはそう叫ぶと、ゴーレム達にリベラルを襲わせる。

 こ、こうなったら・・・・・!

「ベータ!」

 僕はゴーレム達に向かって呪文を唱えた。

 その瞬間、ゴーレム達は固まったように動かなくなった。

「なに・・・・・?」

 よし、成功!

 リングに教えてもらった時空魔法!

 僕はガッツポーズをしてみせた。

 時空魔法とは、古代魔法の一つで、瞬間移動や時を操ることができる魔法である。

高度なレベルになると、時を越えたり、さかのぼったりもできるといわれているが、さすがに僕は――いや、リングでもできないと思う。

 また、古代魔法とは、(いにしえ)の時代に神々が使い、そしてその魔法自体を封印した魔法だった――といわれている。

 主にその魔法は“禁呪”と呼ばれているものが多かったりするんだけど。


「ゴ、ゴーレムが動かない・・・・・!?」

 オクトーバは何が起きたのか呑み込めていないらしく、呆然と立ち尽くしていた。

 ちなみに、僕が唱えた『ベータ』という魔法には、しばらく、対象のものの時を止める効果があったりする。

 よ―し、やったね!

「リベラル、今のうちに逃げよう!」

「カ、カイルさん」

 僕はリベラルの手を力強く握り締めた。

「・・・・・でも、わ、私は――」

「仲間だよ!」

「えっ?」

 リベラルの言葉をさえぎって、僕は言う。

そんな僕に対して、リベラルは戸惑いの表情をみせた。

「だから、困った時は助け合おう! ねっ!」

 僕はにっとスマイルしてみせる。

「あ、ありがとう・・・・・」

 リベラルの瞳から溢れんばかりの涙がこぼれ落ちた。



「しっこいわね!」

 スピカは嫌みっぽく、ズバッと言い切った。

 スピカの後ろには、二体のゴーレムがひたすら追いかけてきている。

「もう、こうなったら!」

 そう叫ぶと、スピカは走るの止め、二体のゴーレム達と向かい合った。

「メテオ・ストーム!」

 スピカが呪文を唱えると、一瞬で一体のゴーレムが消滅する。

『トライス・ガール』が敵に電撃を喰らわせる魔法なら、『メテオ・ストーム』は敵に複数の大きな岩石を降り注がせる魔法だろう。

 だが、その攻撃を避けたもう一体のゴーレムが、スピカに向かって大きな手を振り下ろそうとした。

 すかさず、スピカは呪文を唱えようとしたが、一瞬、出遅れてしまう。

 ま、間に合わない!?

 スピカはぎゅっときつく目を閉じた。


 ・・・・・?

 スピカが目を開けてみると、目の前にゴーレムの姿はなかった。

だが、代わりに一人の青年がスピカの前に立っていた。黄緑色の長い髪をひとつにまとめて留めている、見たことがない青年。

て、敵・・・かも!?

スピカは警戒するかのように、青年と距離をとる。

「リベラル・・・・、リベラル=ラポラトリー=キャベラに関わるな!」

「・・・・・リ、リベラルのこと!」

 スピカはすかさず、青年に対して呪文を唱えようとする。

 一瞬で、彼を悪者だと決めつけてしまったらしい。

「・・・・・関われば、待つのは死だ。 ロードのように」

「・・・・・ロードって、もしかして創造神ロードのこと?」

 そうスピカが青年に問い掛けた時には、既にそこには青年の姿はなかった。



「あの、カイルさん」

「ん?」

 僕達は森の奥深くへと走っていた。今のところ、追いかけてくる気配はない。

「・・・・・大丈夫でしょうか?」

「何が?」 後ろの方ばかり見ては心配そうにしているリベラルを見て、僕は首を傾げる。

「置いてきてしまったのですが・・・・・」

「スピカのこと? 大丈夫だよ! スピカなら」

 僕はそう言って笑顔で笑う。

「えっと、そのスピカさんも心配なんですが――」

「アレク師匠ならゴーレムにあっても負けないって!」

 僕は自信満々で断言した。

 物理攻撃が効かないとはいえ、師匠がそう簡単に負けるわけないもんね!

「い、いえ、そうではなくて・・・・・」

「えっ?」

 僕は不思議そうにリベラルを見つめた。

「・・・・・ただ、クロシェルさんが心配で」

「いっ・・・・・!?」

 わ、忘れていた・・・・・!?

 クロシェルさんの存在を・・・・・。

 だ、大丈夫だよね・・・・・! 

クロシェルさんなら・・・・・(多分)。

 僕は漠然とそう思い込むことにした。

「カイルさん?」

「あっ・・・・・、だ、大丈夫だよ(と思う)。 くっ、くくっ、クロシェルさんは・・・・・」

「強いんですか? クロシェルさんって」

「うん(戦っているところ、見たことないけれど・・・・・(汗))」

 僕自身、半信半疑でそうつぶやいた。

 リベラルはそれを聞いて、少し安心したかのように見えた。

だが、逆に僕の方はというと、内心、心臓がバクバクといっている。

 もしかして、占いで言っていた『別れ』ってクロシェルさんとの別れなんじゃ・・・・・!?

 ・・・・・ごめん。 クロシェルさん。 安らかに眠ってください。

 まるで他人事のように思う僕だった。

「あれ? カイルくん! やっほ―――! 何しているの?」

 思わず、僕は数十歩――いや、それ以上、後ろに下がってしまった。

「ク、クロシェルさん!」

 突然、草むらから出てきたクロシェルさんを見て、リベラルは嬉しそうにした。

「あ、あれ・・・・・?」

 僕はさっと頭が真っ白になった。既に心臓は破裂しそうな勢いだ。

「・・・・・ど、どうかしたのですか? カイルさん」

 リベラルは心配そうに、僕を見つめていた。

「・・・・・ク、クロシェルさん? ど、どうやって・・・・・あ、あそこから・・・・・???」

 僕はひたすら動揺しまくっていた。

「えっ、私? ほら、変な物体が出てきたから、おじいちゃんのところにそのことを知らせに戻っていたの!」

 クロシェルさんは満面の笑顔でそう言うと、Vサインをした。

 つまり、クロシェルさんは、あのゴーレム達が出てきた時には既にいなかったらしい。

 はあっ・・・・・。

 まあ、とりあえず、クロシェルさんが無事で本当によかった。

「でも、本当にクロシェルさんが無事でよかったです」

 リベラルは嬉しそうに、手を前へと組んでみせる。

「そ、そうだね・・・・・」

僕は未だに内心ドキドキさせながら、つぶやいていた。

「甘いな」

 すぐ近くで聞き覚えのある声がした。

「言ったはずだ! 逃がすつもりはない、とな!」

「あれ? そ、そんなこと言ったっけ?」

 僕が不思議そうにそう問いただすと、彼、オクトーバは思わずバツが悪そうに顔色を変えた。

「ふ、ふん・・・・・! そんなことはどうでもいい」

 オクトーバはわざとらしく、髪をさらっとかきあげる。

 ・・・・・へ、変な奴。

「今度こそ、死んでもらうぞ!」

 オクトーバがそう叫ぶと、まるで待ち構えていたかのように、ゴーレム達が僕達の目の前に姿を現した。

「インテグラル!」

 僕はすかさず、先程から唱え続けていた魔法を前方にいたゴーレムへと繰り出した。

 やっぱり、向こうに先手を取られるのは戦いづらいし、ね。まあ、ちょっと、卑怯だったかもしれないけれど。

「やった!」

 クロシェルさんは嬉しそうに辺りをピョンピョンと跳ね回る。

「カイルさん! 前!」

リベラルの悲痛な叫び声が聞こえた。

だが、その時には、既にもう一体のゴーレムが攻撃態勢へと入っていた。

や、やられる!?


―――ドカア―――!


ごめん、リベラル。 君を守れそうにも・・・・・。

・・・・・。

あ、あれ・・・・・?

あれれ・・・・・??

そっと、閉ざしていた瞳を開けてみると、そこには、あのゴーレムが倒れていた。僕は一瞬、警戒したが、どうやら既に壊れているらしく動く気配はなかった。

「カイルさん!」

 リベラルが心配そうに僕の元へと駆け寄ってくる。

「・・・・・リ、リベラル。 こ、これって・・・・・!?」

「そ、その、あの人が・・・・・」

 リベラルはある人物をそっと指差した。

あっ!

「お、俺のゴ、ゴーレムが!?」

 オクトーバは信じられないものを見るかのように、呻き声をあげる。

 そのオクトーバの前には、見覚えのある青い髪の少年の姿があった。

「・・・・・ア、アレク師匠・・・・・!」

 僕はクロシェルさんと同じように、ピョンピョンと辺りを嬉しそうに飛び跳ねまくった。

「カイル、大丈夫か!」

「うん!」

 僕は思いっきり、アレク師匠にVサインをしてみせる。

「ちっ! こうなったら――」

 オクトーバは手を高らかにあげた。

 もしかして、スピカを追っていたゴーレム達を呼び戻すつもりなんじゃ・・・・・!?

「むっ・・・・・!」

「あ、あれれ?」

 だが、ゴーレム達は一向に姿を現さない。

「・・・・・どういうことだ?」

「こういうことよ!」

 突然、森一帯に甲高い声が響き渡った。

「あんたのゴーレムは、私がきれいさっぱり片付けてきたからね!!」

 自信満々の口調で、スピカは叫んだ。

「くっ・・・・・」

 オクトーバはそう言い残すと、僕達の前から姿を消した。

「あっ! 逃げるなんて卑怯よ!」

 大きな木の枝から、スピカはひたすら騒ぎ立てるのだった。


「ところでどうして、アレク師匠はこんなところにいるの?」

 てっきり、ランリールの街にいるとばかり思っていたのに・・・・・。

「こ、こんなところじゃないもの!」

 僕に鋭い眼差しを向けたまま、クロシェルさんは僕の言葉を不定する。

「ああ、実はこのペルシアの森に謎のモンスターが出るから退治してほしいって、ランリールの街の街長に頼まれたんだ」

「謎のモンスター!?」

僕は戸惑いながら、リベラルと顔を見合わせた。

リベラルも僕と同じことを考えているのか、顔色が真っ青だった。

「・・・・・やっぱり、あの古の王と何か、何か、関係があるのかな」

 僕は途切れ途切れにそうつぶやく。

「古の王・・・・・!」

「・・・・・師匠、実はその――」

 僕はアレク師匠に、今までのことを事細(ことこま)かに説明した。

 もしかしたら、アレク師匠なら何か分かるかもしれないしね!


「キャベラ・・・・・」

「・・・・・聞いたことあるの?」

 アレク師匠は何か思い詰めた表情で、僕の話を聞いていた。

「あの」

「は、はい」

 アレク師匠はリベラルの顔を見ると、言いにくそうに顔をうつむかせた。

「・・・・・もしかして、あなた、いや、あなた様は――」

 アレク師匠はまじまじとリベラルを見つめる。

「・・・・・信仰の国、キャベラ王国の王女、レニィ=ラポラトリ―=キャベラ様では」

 そう言うと、アレク師匠はリベラルに対して丁重に頭を下げ、片膝を地面につける。

「・・・・・レニィ、レニィ=ラポラトリ―=キャベラは私の母の名前です」

 僕は呆然と二人の会話を聞いていた。

 えっと・・・・・、リベラルのお母さんがそのキャベラ王国の王女ってことは・・・・・!?

「えっ―――――!!!」

僕は思わず、張りさけんばかりの声を出す。

「カ、カイルさん。 私は――」

 リベラルは悲しげな瞳で僕を見つめた。

「リベラルがキャベラ王国の!? ・・・・・と、ところで、キャベラ王国って何処にあるんだっけ?」

僕は笑顔でそう問い掛けたが、皆誰もが、何故か呆れたような顔で僕を見つめていた。

・・・・・???


「キャベラ王国は、ルードロ王国の北東に位置する場所にあるんだけど・・・・・」

 アレク師匠は言いにくそうに言葉を濁らす。

「でも、確か、数十年前にキャベラ王国は滅びた・・・って父さんは言っていた」

「えっ?」

 僕はアレク師匠の言葉の意味がよく分からなかった。

「ち、ちょっと、どういうことよ!」

「でも、師匠、リベラルは・・・・・」

僕とリベラルは不思議そうに訴えかける。

「・・・・・ただ、その時、まだ、幼かったレニィ様だけが古の王の魔の手から逃れられた、って聞いたことがある」

 僕は、リベラルがいつもここではない何処か別の場所を見つめている――そんな気がしていた。

もしかしたら、リベラルはお母さんの故郷であるキャベラ王国のことをずっと想っていたのかも知れない! 帰りたいのかもしれない!

「リベラル、キャベラ王国に行こう!」

「カイルさん?」

 僕は恥ずかしそうに、照れ笑いをしながら言った。

「ねっ!」

「カイルさん、私、本当は・・・・・!!」

 リベラルはそこで言葉を詰まらせてしまう。

「な、何でもないです・・・・・」

「・・・・・?」

 リベラルは一体、何を言おうとしたのだろう?

「さあ、キャベラ王国に行きましょう!」

 気合充分で、スピカは杖を高々と掲げあげる。

 なんか・・・・・、スピカの方が気合、入っていない・・・・・?






「くそっ、くそっ!!」

 オクトーバは繰り返し繰り返し、拳を地面へと叩きつけていた。

「残念だったわね。 オクトーバ」

 暗闇からワーズが姿を現わす。

「あんな小娘なんかに!」

「うふふ、あの子、どうやらキャベラ王国に行くみたいね」

 ワーズは微かに笑みを浮かべた。

「! ・・・・・レインアレス・・・か!」

「恐らく、ね」

 オクトーバは苦々しくワーズを見つめる。

「でも、あの子は大陸には渡れないわ! 絶対にね!」

 そう言うと、ワーズはその場から姿を消した。

「レインアレス・・・か」

 オクトーバの脳裏に幼き日々での出来事が甦った。一人の少女の姿が鮮明に映し出される。


 ルビィ・・・・・。


 オクトーバはささやくような声でつぶやいた。





「順調だね!」

 僕は笑顔で言う。

 ペルシアの森でクロシェルさんと別れてから三日後、僕達はサンナイミリア王国と呼ばれる国に辿り着いた。この国は元々、百年前、二つの国が一つの国として建国されたのがそもそもの始まりらしい。

いってみれは、この大陸、アレキア大陸内では、まだまだ新しい国なんだって、アレク師匠は言っていた。

「あれ以来、あいつも出てこないしね!」

「オクトーバ=ジェネラリーだろう」

「うっ! 別にいいでしょう! あいつの名前なんて覚えなくても!!」

 すかさずアレク師匠に指摘されたスピカは、不満そうに口を尖がらせた。

「カイルさん、見て! 綺麗・・・・・」

 リベラルは楽しそうに並木林を眺めていた。

 この辺りの並木林は、このサンナイミリア王国の観光スポットとして名が高いらしい。


「ラララ・・・ラララララ〜〜〜♪」

 何処かで聞いたことがあるようなメロディが流れてきた。ハープを弾いているらしいのだが、歌もハープもどちらともかなり音程がずれている。

「下手!」

 スピカが正直な感想を述べる。

「失礼な方ですね! この天才的な大詩人のハープを下手と一言で言い表すとは!」

ん? 昔、どこかで聞いたことがある台詞だけど。

「音痴!」 その言葉に、金色の髪の青年の眉間がぴくっとひきつる。

「ふっ、ふふふ・・・・・。 まあ、いいでしょう! これからは覚えておくといいですよ!!! この天才的大詩人、アバカスブレーズの名を――ね!」

「トライス・アルスベル!」

 スピカの一撃がものの見事に決まったのだった。



「あっ!」

 僕はポンと手を叩く。

「カイル?」

 アレク師匠が怪訝そうにする。

「さっき、スピカの魔法を喰らった人、どこかで見たことがあるな、って思っていたんだけど、ほら、二年程前の古の王との戦いに行く前に、神聖界ルインロードでハープを弾いていた人だよ!」

 以前、僕達は古の王を倒すために旅をしていた。その時、リングの時空魔法を使って、古の王のところまで行こうとしていたんたけど、リングの魔法の失敗で、誤って神聖界ルインロードに飛ばされてしまったんだよな。

 で、その時に、何故か、あのアバカスブレーズっていう人がいたんだっけ。

「・・・・・えっと。ああっ! あの、下手な奴のことね!!」

 スピカも思い出したらしく、うんうんと頷いてみせた。

 それにしても、どうしてあの時、アバカスブレーズさんはあんなところにいたのかな・・・・・?

 でも、まあ、多分、もう二度と会うこともないんだけど・・・・・。

「お知りあい・・・ですか?」

 リベラルは純粋に笑みを浮かべた。

「あっ、違うよ!」

「そうよ!」

 僕とスピカは、有無を言わさない勢いで不定した。

「おまえら・・・な」

そんな僕達を、アレク師匠は呆れ顔で見つめていた。






「ええっ――――! 船が出ない・・・・・!?」

 僕達は思わず、顔を見合わせる。

 僕達はあれからサンナイミリア王国の港に向かった。キャベラ王国は、ルードロ王国まで船で渡り、それから北東に進んだところにある。

だが、僕達が港に行ってみると、今、船はどこも出航しないというのだ。何でも最近、ここから出航した船は、謎の大渦によって沈没しているらしい。そのため、今では海に出ようとする者は誰一人もいなくなってしまったらしい。

「ああ、あんたらも諦めた方がいいぜ!」

「そ、そんな・・・・・」

「じゃあな!」

 船員らしき男はそう言うと、城下街の方へと歩いていった。


「どうしよう?」

 僕は大きな溜息をついた後、アレク師匠に問い掛けてみる。

「う―ん、そう言われてもな・・・・・」

 アレク師匠も困り果てたように片手で頭を抱える。

「そうだ! お城に行って船を出してくれるように頼めばいいじゃない!」

 スピカが名案とばかりに手をポーンと叩く。自信ありげに含み笑いを浮かべながら、腰に手をあてる。

「あのな・・・・・」

 呆れたように、アレク師匠は溜息をつく。

 確かに、僕も一国の王が見ず知らずの僕達に、手を差し伸べてくれるはずがないと思うけれどな。

「一応、アレクもルードロ王家の血をひいているだし、それに何よりも、この私がいるんだから船を出さないはずがないじゃない!」

 スピカは自信満々でそう断言した。

「アレクさんって、ルードロ王国の王家の方なんですか?」

 リベラルがそれを聞いて目を丸くする。

「あっ、うん」

僕はそう答えると、アレク師匠の方を見つめる。

何でもアレク師匠のお父さんは、ルードロ王国の現国王、エンタシス王の兄にあたる人らしい。でも、確か、アレク師匠が生まれた数ヶ月後に亡くなったって聞いていたけれど。

「さあ、行きましょう!」

 スピカの叫び声が港中に響き渡った。






「申し訳ないのですが、只今、王は不在なものでして――」

 兵士の一人が必死で弁解の余地をよそう。

「ちょっと、何でよ!」

 スピカはそう言うと、強引に城の中へと入ろうとする。

僕達は、そんなスピカを死ぬもの狂いで止めに入った。

「スピカ!」

「は、離してよ!」

「何事だ!」

 城門の前で騒いでいるためか、兵士達がぞろぞろと集まってくる。

「何の騒ぎだ!」

「それが・・・・・」

 先程の兵士が一人の騎士らしき男に状況を説明する。

「わかった。 とりあえず、彼らの身柄は私が預かることとする!」

「は、はい!」

 そう言うと、男は数人の兵士とともに街の方へと歩いていった。他の兵士達は、城の中へと戻ってゆく。

「離してよ!」

 兵士達に捕らえられながらも、スピカはひたすらそう叫んでいた。

 僕達、これからどうなるんだろう。

 ・・・・・ああ。



「――では改めて尋ねるが、君達は何でも船を出してほしいと言っていたらしいが・・・・・」

 僕達は港にある倉庫の前に立たされていた。

 あくまで、彼が交渉とは言わないのは、恐らくスピカのせいだと思う。

「はい」

 重々しくアレク師匠が応える。

「どうしても、キャベラ王国に行きたいんです!」

 リベラルは、どうしたらいいのかわからないといった表情で訴えかける。

「・・・・・だが、残念だが、今、この国では、君達のために船を出そうという者は、恐らく誰一人もいないだろう」

「でも、僕達は・・・・・!」

 僕は必死で何かを言おうとした。

 だが、言葉は何も見つからなかった。

「・・・・・君達は何故、キャベラ王国に行くのかね? 確か、あの国は二十年前から廃墟になっているはずだが・・・・・」

「キャベラ王国は、私の母の国だったんです」

「母・・・・・?」

男は目をぱちくりさせながら、リベラルを見つめる。

「確かに、あの国には、レニィ様といわれる王女がいたが、あの頃は確か、まだ四歳になられたばかりだったはずだが・・・・・」

 そう言うと、男はリベラルを凝視する。リベラルは明らかに、十六か、十七歳くらいに見える。

「えっ?」

 僕は思わず、リベラルを見る。

「わ、私は・・・・・」

「リベラル・・・・・?」

 リベラルも僕のことをまじまじと見つめていた。

 しばらくして、リベラルは意を決したように男の方に振り返った。

「・・・・・私は、リベラル=ラポラトリ―=キャベラと申します」

「・・・・・だ、だが――」

「私の母、レニィ=ラポラトリ―=キャベラは、元々、生命の女神と呼ばれる存在でした」

 リベラルのお母さんが生命の女神・・・・・!?

「・・・・・ですが、母は私を産んだ後、何者かによって殺されたらしいのです。 そして、母は、創造神ロード様の力で、この世界、地上に普通の人間として生まれ変わったとお伺いしたのですが・・・・・」

 そこまで言うと、リベラルは悲しげに顔をうつむかせる。

「・・・・・レニィ王女は、確か、その数年後に、亡くなったと聞いていたが――」

 男は詫びるように静かにつぶやいた。

「生命の女神・・・・・?」

 スピカが不思議そうにつぶやいてみせる。

「知っているの? スピカ」

 僕がそう言うと、スピカはぷいっと顔を背ける。

「知らないわよ!」

「えっ?」

 僕は意外な言葉に耳を疑った。

「生命の女神とか聞いたことがないって言っているでしょう!」

 スピカはそう怒鳴ると、凄い形相で僕を睨みつけた。

 ううっ・・・・・、そんなに怒らなくても。

「・・・・・生命の女神といえば、あの伝説の夢幻都市アドヴェンテイアで出てくる女神様のことかな」

「はい・・・・・」

 リベラルは男の問いかけに静かに答える。

 確か、夢幻都市アドヴェンテイアというのは、かってこの星に神々しか存在していなかった時に唯一、存在していた世界のことだったと思う。その世界はまるで夢のような、幻のような、豊かで美しい世界だったとダイジンの授業で習ったような気がする。

 でも、それなら、確かにスピカが知るわけがないか。

 神聖界ルインロードが出来たのは、その話より千年以上も後のことだし。

 でも、あれ?

それって?

「リベラルって、もしかしてその世界の・・・・・!?」

「は、はい。 私は、夢幻都市アドヴェンテイアから時を越えて、この世界にやってきたんです」

 僕達は思わず目を丸くした。

「ちょっと! 夢幻都市アドヴェンテイアがあったのって、もう何千年もの前のことじゃない!!!」

 スピカが、納得いかないような口調で問い掛ける。

「はい、そうです・・・・・」

「・・・・・」

 男はそんなリベラルを見ながら、何か考え込んでいるように見えた。

「・・・・・とりあえず、今日は私の家にいらっしゃいませんか?」

「えっ、で、でも・・・・・」

 困ったように僕達は顔を見合わせる。

「船なら、明日中には何とかしてみますよ!」

「へっ?」

想像もしていなかった言葉に、僕達は驚愕した。

「・・・・・ど、どうして?」

「・・・・・君達が嘘を言っているようには見えないし、それに――何よりもあの子は、レニィ王女様の幼き頃によく似ていらっしゃる」

 男は懐かしそうにリベラルを見つめていた。






 あの後、ジャロンさん(そういう名前らしい)の家へと僕達は案内された。そこは大きな屋敷で、このサンナイミリア王国の四分の一の領土を持っているといっても過言ではない。アレク師匠の話だと騎士隊長クラスの者は、大抵このぐらいの大きさの屋敷に住んでいるらしい。

 凄い・・・・・!

 屋敷に入ると、僕達はジャロンさんの妻であるリィネさんと出会った。

 何でもジャロンさんとリィネさんの間には、一人、子供がいるらしいんだけど、今は旅に出ていていないらしい。

 ジャロンさんみたいに、騎士になるために旅をしているのかな。

「・・・・・リベラル、どうしているかな?」

 もう辺りは、既に真っ暗になっていた。あの後、もしまだ、船を探していたら、きっと今頃、宿屋を探して走り回っていたんだろうな。――いや、もしかしたら、野宿だったかもしれない。

 ちょっと、ほっ・・・・・。

 僕は、あれからリベラルのことがずっと気になっていた。どこかまだ、深刻な表情だった気がする。

もしかしたら、まだ何か、思い悩んでいることがあるのではないだろうか?

僕は自然と彼女の部屋へと足を進ませていた。

「・・・・・!」

「・・・・・」

 ふと、アレク師匠の部屋で話し声が聞こえてきた。

「――ところで、先程から気になっていたが、その剣はもしかして−−」

「はい、古代(こだい)の剣です」

 ジャロンさんと剣の話かな?

「ほう・・・・・! これがあの、神々が造ったとされる伝説の武器の一つか!」

・・・・・か、神々が造った!?

「・・・・・でも、本当に俺なんかがこの剣を持っていていいのでしょうか」

「神々が造る剣は使い手を選ぶと言われている。 ・・・・・例え、君がまだ、この剣を使いこなせていないとしても、この剣は君自身を選んだんだ。 もっと、そのことに誇りを持っていいと私は思うよ!」

 使い手を選ぶか・・・・・。

 僕はそそくさとリベラルの部屋へと向かった。


 トントン。

 あれ・・・・・?

 トントントン。

 あれれ・・・・・?  いないのかな。

 仕方なく、僕は自分の部屋に戻ろうとした。

 だが、ふと通りかかったスピカの部屋からリベラルの話し声がした。

「そ、そうなんですか・・・・・」

「――だから、そんなに悩まなくてもいいって!」

 どうしたのかな?

「・・・・・スピカさんが、あの創造神ロード様と光の女神サテライト様の娘さんだったなんて・・・・・!?」

「文句・・・あるの!」

 少し不満そうにスピカはつぶやく。

「そうじゃないんです・・・・・。 ただ、こんなに近くに同じ女神の方がいて嬉しいんです」

「ふ、ふぅ―ん・・・・・」

 ちょっと照れくさそうに、スピカは言ったような気がした。

少し、元気になったかな。リベラル。

僕はそそくさとその場を立ち去ろうとした。

その時――。

「ラララ〜〜、歌は踊る〜〜〜〜、ラララララ〜〜、空も踊る〜〜〜〜!!!」

「うわっ!」

突然のことに僕は驚いて、思いっきり尻餅をつく。

他の部屋のみんなも何事かと騒ぎを聞きつけて集まってきた。

「ラララ〜〜、そして君も踊ろう!!! この大地で〜〜〜〜!!!」

 僕の目の前に、見覚えのある金色の髪の青年がいた。

 あっ! この人って!

「また、おまえか!?」

 ジャロンさんは騒ぎの原因となった青年を見て、驚愕する。

「ラララ〜〜、久しぶりの我が家!! マイ・スイート・ハウス〜〜〜〜!!!」

「あっ! あの時の下手な奴!!!」

 スピカは露骨に嫌そうにしながら、彼を人差し指で指差した。

「ま、また、言いましたね・・・・・。 この、天才的大詩人の歌を“下手”と一言で言い表わすとは!!!!!」

 いつのまにか、スピカは拳を力強い勢いで震わせていた。

「いいですか! 今度こそ、覚えておくといいですよ! この天才と呼ばれた究極の大詩人、アバカスブレーズの名を――ね!」

「トライス・アルスベル!!!!!」

 再び、スピカの一撃が決まったのだった。



「すみません・・・・・。 屋根を壊してしまって――」

 アレク師匠が申し訳なさそうに頭を下げる。

「いいんですよ。 ・・・・・それにもとはといえば、私の息子が悪いのですから!!!」

 ジャロンさんはそう言うと、弱弱しく溜息をつく。

 でも、実際のところは、ほとんどスピカの魔法のせいだったりするんだけど・・・・・。

「息子さん?」

「はい。 先程はお恥ずかしいところをお見せしてしまって申し訳ありません。 ――実は、私の息子のアバカズブレーズは何を血迷ったのか、突然、『歌が私を呼んでいる!』とか叫んで、そのまま、この家から飛び出していってしまったんです」

「・・・・・下手なのに」

 スピカがすかさず毒づく。

「・・・・・でも、スピカさんのおっしゃるとおり、どうみても歌の才能があるようには到底思えなくて――」

 ジャロンさんは辛らつな表情で空を見上げる。

 あれで、ある! と思える方が変だと僕は思うけれど・・・・・。

 スピカの壊した屋根の穴先から、星の光がきらきらと僕達を照らしていた。






 次の朝、僕達はこのアレキア大陸からルードロ王国へと渡るため、港に向かうことにした。ジャロンさんはやっぱり、すごく偉い人らしく一日の間に一隻の船を手に入れることができたらしい。しかも、片道だけだが、無料で乗せてくれるというのだ。

・・・・・ジャロンさんって、やっぱりいい人だな。

「本当になんとお礼を言えばいいのか――」

「・・・・・いいんですよ。 私も久しぶりに楽しませて頂きましたから」

 そう言って、ジャロンさんは柔和な笑顔を浮かべた。

アレク師匠とジャロンさんは力強く握手する。

「本当に有難うございました」

 リベラルはほがらかな笑みを浮かべたまま、ジャロンさんと握手した。

少し遅れて、僕とスピカもジャロンさんと握手する。

「旅の無事を祈っているよ!」

「はい!」

 そう言って、ジャロンさんは笑顔で僕達を送り出してくれた。

僕達も船が出港してアレキア大陸が見えなくなるまで、力強く手を振り続けていた。



「それにしても――」

 アレク師匠はリベラルの方を見つめる。

「・・・・・謎の大渦か。 何か、心当たりはないかな?」

 リベラルはゆっくりと首を横に振る。

 僕達は船の申板の上で海を眺めていた。

「それにしても、どうしてあの人はリベラルのことを狙うんだろう・・・・・?」

「う、う―ん」

 僕とアレク師匠はそうつぶやくと、不思議そうに考え込む。

「・・・・・それは、私が暗黒神クロディア・・・・・、いえ、エンサイ=クロディアを封印しているからなんです」

「暗黒神?」

 暗黒神なんて聞いたこともないけれど・・・・・???

「はい。 元々、生命の女神とはこの世界の生命を生かす力を持つ者のことなんです。 そして、その力とは相反する力を持つ者が暗黒神と呼ばれる存在でした。 ・・・・・生命は生まれ、そして死んでゆく、その繰り返しの流れが、この星の調和を保っていたんです。 ・・・・・ですが、母の代でその調和は突然、乱れ始めてしまったんです」

 リベラルはそう言い終わると、キッと唇を噛み締めた。

「・・・・・暗黒の神である彼、エンサイ=クロディアが、この星にはいない別の生命体を造ってしまったんです。 生命を造ることができるのは、創造神ロード様と生命の女神である母だけでした。 それ以外の者が生命を造ることは、私達の世界では大罪になることでした」

「で、そいつは何を造ったって言うのよ!」

 スピカが頭を悩ませながら問い掛ける。アレク師匠も、よく分からないといった表情でリベラルを見つめていた。

 実は、僕自身もよく分からなかったりするんだけど。

 リベラルはしばらく顔をうつむかせたままだったが、意を決したかのように真剣な表情でつぶやいた。

「・・・・・古の王です」

「えっ―――――!!!!!」

 僕達は思わず、声を張り上げる。

 古の王って神が造り出したものなの!?

「・・・・・彼、エンサイ=クロディアは、生命を勝手に造り出した罪で一生、牢獄に入れられることになったのですが、それを不服としたクロディアは、古の王を使って私達の世界、夢幻都市アドヴェンティアを滅ぼそうとしてきたんです。 その時、母は創造神ロード様と共に何とか、クロディアを止めようとしたのですが、彼の力の前では、ロード様や母の力は全くといっていいほど通じなかったらしいのです」

「あ、あの、創造神ロード様の力でも・・・・・!?」

 僕達は目を丸くする。

「はい・・・・・。 ・・・・・それほど、彼の力は強大で全てを滅ぼすほどの恐ろしい力を持っていたと聞きました。 ・・・・・母は、最後の力で創造神ロード様と共にエンサイ=クロディアを封じることに成功したのですが・・・・・母は私が生まれた後、何者かによって・・・・・は、母は・・・・・」

 リベラルは途切れ途切れにそう言うと、頬に涙をこぼす。

「そ、それって――、やっぱり古の王の仕業じゃないの!」

 スピカがまるで断言するかのように、拳を掲げあげながら叫ぶ。

「・・・・・ち、違うと思います。 あの後、古の王は創造神ロード様の手によって、次元の空間に存在する『時の牢獄』に入れられていたそうなのです。 その後、確かに古の王は、その牢から脱獄を図ったと聞きましたが、それは母が死んでから・・・・・、数年後のあとの話だったと思います」

「じゃあ、誰がしたのよ! そんなこと!!」

 訳が分からないといった表情で、スピカは頭を抱えた。

「・・・・・分からないんです」

 震える声でリベラルは言った。微かに肩を震わせている。

「・・・・・ただ、母と同じ力を私は生まれながらに持っていたらしく、母と共に彼、エンサイ=クロディアに対して、その封印の力を使っていたらしいと、創造神ロード様からお聞きしたことがあります。 そのため、母が死んでも封印は解けなかったんだろうと・・・・・」

 リベラルは神妙な顔で、静かに海を見つめる。

「・・・・・でも、それならどうして、あのオクトーバ=ジェネラリーは、リベラルを狙ってまで、その暗黒神の封印を解こうとするんだろう?」

 僕は人差し指を立てながら、不思議そうにつぶやいた。

「・・・・・それは、私達の理想のためよ」


 ゴオオオ――――――!!!!!


 突然、海が荒れ始める。

 その突如、僕達の船の近くに大きな渦巻ができた。

「だ、誰だ!?」

 僕達は辺りを見回してみるが、それらしき人物は見当たらない。

「私はワーズ=ジェネラリー。 弟のオクトーバがあなた達に随分、お世話になったみたいだからご挨拶に来たの」

「オクトーバ!」

 僕達は警戒心を露にする。

「うふふ・・・・・、例え、ここであなた達が死んでも、ただの事故死として片付けられるわね」

「何ですって!!」

 スピカがひどくイライラさせていた。

 やばい!? 早く何とかしないと!!

 このままだとスピカの怒りがまた爆発してしまう・・・・・!!!

「・・・・・じゃあ、立派に海の藻屑になってきてね」

 だが、そんな僕の思考とは裏腹に、彼女はさらに駄目押しの言葉を告げた。


 ピキッ


 ・・・・・まずい!

 僕は恐る恐るスピカの方を見つめてみる。そこには思ったとおり、明らかに切れた状態のスピカが立ち尽くしていた。

「ス、スピカ・・・・・」

 アレク師匠も僕と同じオーラを感じ取ったらしく、スピカをじっ―と見つめる。

「と・・・・・」

 と・・・・・!?

「トライス・ガール!!!!!」 以前の時より凄まじい魔法の連発が、船だけではなくここら辺一帯の海に降り注がれる。もちろん、僕らだけではなく、船員の人達にも見事に被害が及ぶ。そのため、既に船員の人達は多分、いや間違いなく一人残らず気絶していた。

僕達はとりあえず、何とか持ちこたえていたが・・・・・。



「はあはあ・・・・・」

 やっと疲れたらしく、スピカは息を切らしていた。

 だが、既に辺りは船とは呼べないほど真っ黒に焼け落ちていた。それでも何とか、船は動いているらしい。船員の人達は皆、ぐったりしているが。

 僕達は急いで、船員の人達の傷の手当てに回る。当たり前のことだが、この船は今、ただ浮かんでいるだけに等しい状態だ。

それもいうのも、皆、スピカの魔法で気絶しているからだったりする。

幸いなことに皆、軽い軽症程度ですんだらしく、船はすぐに目的の方向へと進むことができた。

「・・・・・そういえば、あの大渦もいつのまにか、ないみたいだけど」

 僕の言葉に、アレク師匠達はハッとする。

 気が付いてみると、あの海の荒れも、船の近くにあった大渦もいつのまにか、消えてなくなっていた。

「どういうことなんだ?」

 アレク師匠は不思議そうに海を見つめている。

「さあ?」

 僕もそう言うと、もう一度、辺りを見回してみる。

 普段と何ら変わりない平穏な波音がする。とても大渦ができるような状況ではない。

 リベラルもどうしたらいいのかわからない表情で、僕を見つめていた。

「そんなの、もちろん、私の魔法に恐れをなして逃げたに決まっているじゃない!」

 スピカは自信満々で腰に手を当てる。

「・・・・・まだ、そうと決まったわけじゃないだろう」

 呆れながら、アレク師匠は言う。

「何言っているのよ! そうとしか考えられないじゃない!!!」

 スピカは自信たっぷりに言い放つ。

 ほ、本当にそ、そうなのかな?

「・・・・・スピカさんって本当に凄いんですね」

 リベラルは嬉しそうに笑顔でそう語りかけた。





「も、盲点・・・だったわね」

 ワーズはそう言うと、一呼吸おく。

「姉さん、大丈夫か?」

 オクトーバはそう言うと、ワーズに肩を貸す。

「・・・・・まさか、あの女の子が私の水の魔法を破るなんて・・・・・」

 ワーズは苦しそうにそうつぶやく。

「しかもまさか、姉さんの居場所まで分かるとはな・・・・・!」

「ちょっと、油断したわね」

 オクトーバは苦々しそうに唇を噛み締める。

「・・・・・まさか、私があの大渦の中にいることが、あんなに簡単に見破られるなんて――」

 スピカの魔法の連発は、大渦の中にいたワーズにも見事に命中していたのだった。だが、その当の本人であるスピカは、その事実すら気付いていなかったりするのだが――。


「くくくっ・・・・・、種が分かれば、手品は面白くはない・・・・・」

 暗闇から声がした。

「何の用?」

「くくくっ・・・・・、いつものことながらお厳しい」

 ワーズ達は嫌なものを見るように、暗闇を睨み付ける。

「何の用、とは心外ですな。 私がここにいることを考えて頂ければ、すぐにお分かりになられるはずですが・・・・・」

「・・・・・リベラル=ラポラトリ―=キャベラの始末、か」

 オクトーバが刺々しくつぶやく。

「くくく・・・・・、楽しみですね。 では」

 オクトーバは悔しそうに、既にそこには誰も存在しない暗闇をキッと睨んだ。

「・・・・俺は、あいつが嫌いだ」

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