第一章 夢の始まり
久しぶりの投稿です。
・・・何もない?
僕は辺りを見回すが、そこは何も存在していなかった。ただ、ひたすら暗闇だけがそこを支配していた。
「!」
ふと後ろの方から微かに気配がしたような気がした。恐る恐る振り返ってみると、そこには見覚えのある魔物が存在していた。
白銀の瞳を持つ魔物――。
「そ、そんな・・・。 何で古の王がここにいるんだよ・・・・・」
二年前、確かに倒したはずなのに!?
僕は思わず身構える。
だが、古の王は僕の存在にまるで気付いていないのか、別の場所へと駆け出してゆく。
「・・・・・あ、あれ?」
僕は思わずきょとんとする。
てっきり、襲ってくるとばかり思っていたんだけど・・・・・??
「い、いやあぁぁ――-―――!!!」
突然、悲鳴が響き渡った。
僕は慌てて振り返ってみると、古の王が一人の少女に襲いかかろうとしていた。金色の髪をひとつに束ねているエルフの少女。どことなく、高貴な雰囲気がある少女。歳頃は僕より二つ年上の十七歳くらいだろうか。
僕は一瞬、ドキッと胸を高鳴らせた。
「い、いやあぁぁ――-―――!!!」
僕はその声で再び我に返る。
何とかしないと・・・・・!
だが、何も良い策が思いつかなかったりする。
こ、こうなったら!
思いっきって古の王に突撃するしかない。
「うわあああぁぁ――――――!!!」
張り裂けんばかりの絶叫とともに、とことん、勢いよく、僕は古の王に体当たりを仕掛けてみたのだった。
「い、いたたっ・・・・・」
体当たりを仕掛けた右肩が激痛に襲われる。
やっぱり、や、やるんじゃなかった・・・・・。
「だっ、大丈夫ですか!」
エルフの少女は心配そうに僕のことを見つめていた。よくよく考えてみれば体当たりなんかしないで魔法を使えばよかったんだよな。
今更ながら、僕はひたすら後悔した。気がついてみると、いつのまにか、古の王は姿を消していた。
「肩が・・・・・」
そう言うと、少女は僕の肩にそっと手を触れた。
その瞬間、僕はつい,びくっと身構えてしまった。何故なら、傷口にそえられた手のひらに、突然、柔らかな光が生まれ、その光は傷口を一瞬で癒してしまったからだったりする。例え、かなりの腕利きの魔術士や魔道士でも回復呪文を唱えるのに十秒以上はかかってしまう。それなのに、目の前にいる少女は、呪文も唱えずに一瞬で傷を癒してしまったのである。
「す、すごいね!」
「えっ?」
僕が嬉しそうに言うと、少女は不思議そうにきょとんとする。
「だって、一瞬で傷を治しちゃうなんて!」
「・・・・・そ、それは」
少女は青ざめた表情で僕を見つめていた。
「僕なんてかなり時間がかかるから、ダイジンからいつも『カイル様の回復魔法は全く役に立ちませんな』――って冷めた表情で言うんだよ!」
僕はダイジンがいつもするように、目をきらりと光らせる。
「くすくすっ・・・・・」
少女は楽しそうに僕を見て笑っていた。
「ねっ! へっ・・・・・、変だよね!!」
僕もつい、一緒になって笑ってしまう。ダイジンがこの場にいたら間違いなく怒るだろうな。
「・・・・・しかもね。 ダイジンってね、僕の国、マリエリア王国の大臣だったりするんだよ! ダイジンだから、大臣だって!」
「くすっ・・・・・」
少女は嬉しそうに僕の話を聞いていた。
「だから、すごいんだよ! 僕にとって、えっーと・・・・・」
「私はリベラルっていいます」
「そう、リベラルは! えっと、あっ! ぼ、僕はカイル・・・・・」
何故か、やたらと照れてしまう。
「カイルさん、有難う」
だけど、そんな僕に対して、リベラルは嬉しそうににこっと微笑んでくれた。
「そ、そういえば、ところで古の王はどこに行ったのかな?」
「古の王・・・・・!」
リベラルが不安そうにつぶやく。
「知っているの?」
「な、名前だけ・・・・・」
かすれるような声で、リベラルはそう静かにつぶやいた。それだけじゃないような気もするけれど。
まあ、いいか!
ガタガタ
突然、この空間、『次元』が歪み始めた。
何だ。 何だ! 何だ、何だ、何だ!!
何なんだ―――!!!
ぴよぴよ。
ぴよぴよ。
・・・・・あれ?
ぴよぴよ。
真っ青な空に白い雲。小鳥達がピヨピヨと飛んでいる。
あれれ・・・・・?
「――カイルさん! カイルさん!」
重い瞳を開けてみると、そこには心配そうに僕を見つめているリベラルの姿があった。
「リベラル?」
「カイルさん・・・・・よかった」
リベラルが安堵の表情で僕を見つめていた。
「リベラル、ここってもしかして――」
「カイル様!」
突然、後ろの方から声がした。振り返ってみると、そこには銀色の髪の女性が立っていた。
僕はぱあっと顔を輝かせる。
「リング!」
「カイル様、ご無事で何よりです」
リングは僕の顔を見て、嬉しそうに涙ぐんでいた。
「カイルさん・・・・・?」
「あのね、ここが僕の国、マリエリア王国だよ!」
いまだにきょとんとしているリベラルを尻目に、僕はにこやかにそう言った。
「あら、カイル様。 そちらの方は?」
「あっ、こんにちは、ポーラ先生!」
ポーラ先生は古文書を数冊、手で抱えていた。ポーラ先生はいつも僕に古文学や魔法を教えてくれる優しい先生だ。まあ、たまに本に冒頭して何も教えてくれない時もあるが。「えっとね、リベラルって言うんだ。 リベラルとは次元で出会ったんだよ!」
僕はそう言うと、笑顔でリベラルを見つめた。リベラルは少し、恥ずかしそうにしている。
「次元で・・・・・ですか?」
「うん!」
ポーラ先生は戸惑い気味な表情で、リベラルを見つめていた。リングも同じようにくいるようにリベラルを見つめている。
「あの、その、わ、私は・・・・・」
リベラルは途中で口篭ってしまう。
「――確かにマリエリアでは見たこともない方ですけれど・・・・・」
「カイル様が次元に閉じ込められてしまったことと、何か関係があるのでしょうか?」
ポーラ先生とリングは、不思議そうにそうつぶやいた。
ちなみに二人が今、話していることは、今から一時間前のことだったりする。
僕は今日、実は、僕の剣の師匠であるアレク師匠に会いに地上に行くつもりだった。
この星、リパルには三つの世界が存在する。
その世界のひとつが、この次元と呼ばれる空間と空間の狭間に存在する『マリエリア王国』だったりする。
で、週に一回、地上にいるアレク師匠に剣を習いに行くのが僕の日課だったりする。最初は反対ばかりしていたダイジンも、今では僕が地上に行くのを知らんぷり(多分)状態で見送ってくれていたりする。
そして、今日もいつもどおり、次元を通って地上に行くつもりだった。だが、その日は、何故か歩いても歩いても、一向に地上に着くことはできなかった。そればかりか、帰り道さえ分からなくなってしまったのである。
そんな時だった。
僕が古の王とリベラルに出会ったのは――。
「私はリベラル。リベラル=ラポラトリ―=キャベラと申します」
「聞いたことないわね」
ポーラ先生は困ったように、抱えていた古文書をテーブルの上に置いた。
「・・・・・もしかしたら、地上の方かもしれませんね」
「・・・・・そうね」
リングの言葉に、ポーラ先生は相打ちする。
確かにそうかもしれない、と僕自身も思っていた。
スピカがいた『神聖界、ルインロード』という可能性もないわけではなかったりするんだけど、その場合、フルネームは『ルインロード』になるって、スピカやスピカと同じ女神であるルビィさんから聞いたことがある。
さすがにリベラルが嘘をついているようには思えないし――ね。
「地上・・・・・?」
「リベラルがいた世界のことだよ!」
僕は満面の笑顔で言った。だけども、リベラルはどこか思い詰めたかのような表情で、顔を俯かせていた。
「・・・・・」
「とにかく、僕がリベラルを地上まで送ってあげるね!」
僕はそう言って、手を差し伸べようとした。
「なりませんぬ!」
ドタバタドタバタ!
後ろの方から凄い足音が近づいてきた。
げげぇ!?
「あら、こんにちは、ダイジン様」
ポーラ先生が場違いな程、明るい声で挨拶していた。
「はは・・・ははははは・・・・・」
僕は微かに薄ら笑いを浮かべてみる。ちょっと、わざとらしいかもしれないけれど。
「カイル様! ご無事で何よりですな!!」
「ははは・・・・・はい」
僕には、ダイジンから発せられるそら恐ろしいほどのオーラが手に取るように分かった。はっきりいって、分かりたくはなかったが・・・・・!
「はっきり言って、この私の授業をさぼられるからこうなるのですよ!」
ううっ・・・・・、関係ないじゃんか!
「だいだい、カイル様は騎士になりたいなどと夢物語も大概にしてもらわねば!」
ううっ・・・・・、むききっ・・・・・。
「もう少し、王位継承者としての自覚を持ってもらわないとですね!」
・・・・・は、早く、終・わ・れ!
「聞いておられますかな? カイル様!」
「・・・・・は・・・ははは・・・はい!」
・・・・・つらい。
「くすくすっ・・・・・」
「!」
リベラルが一人、楽しそうに笑っていた。
や、やばい!?
「・・・・・何がおかしいのですかな?」
「あっ、すみません。 カイルさんから聞いていた通りの人だったので・・・・・」
「ほう! カイル様から!!」
明らかにどす黒い声で、ダイジンはそう言った。
まずい!
「リベラル、あのね、あ、あれは・・・・・!」
「カイルさんがおっしゃっていた通り、変な人なんですね」
リベラルは、笑顔で嬉しそうに両手を前へと組んでみせる。
「・・・・・あ、あれは、言葉のあや・・・・・っていうか、その、あの・・・・・」
僕はとことん、混乱しまくっていた。
「カイル様、そうおっしゃられたのですか!!!」
そう言って、ダイジンは手をコキコキと鳴らす。
やばい! マジでやばい!!
「せっかくですから、私めがカイル様の剣の修業のお手伝いをしてあげましょうか!!!!!」
「い、いいです―-――!! えっ、遠慮しときます!!! ははははは・・・・・」
再び、ダイジンは手をコキコキと力強く鳴らす。
ひいいいいぃぃぃ――――――――!!!!!
「ご遠慮なさらずに!!! カイル様!!!!!」
「うわあああああぁぁ――――――――!!!!!」
僕は声にはならない声を出しながら、一目散に逃げ出した。だけども、もちろん、ダイジンは僕の後をしっかりと追いかけてきている。あの二年前の“古の王との戦い”や師匠との特訓で、少しは体力はついてきているはずなのに(多分)、ダイジンは余裕の表情で、僕の後を追いかけてくるのだった。
「ふふふっ・・・やりますね!! カイル様!! ですが――」
そう言うと、ダイジンのスピードはさらに加速した。
「う、うわわわわああああぁぁ―――――――!!!!!」
僕は必死の形相で逃げまくるのだった。汗だらだら、手足がガクガクの状態で走っている僕の耳に、微かに誰かの声が聞こえてきた。
「カイルさん、楽しそうですね」
リベラルだった。
違うんだ。違うんだよ! リベラル!!
僕の必死の思いは、リベラルに届くことはなかった。
「はあはあはあ・・・・・」
やっと、ダイジンが追うの止めてくれたので、僕は自分の部屋のベットで寝っころがっていた。辺りは既に日が暮れていた。
今日は結局、剣の修業、できなかったな。
それに、リベラルを地上に送ってあげられなかったし。
これも全部、ダイジンが邪魔するから悪いんだよな。そりゃ、今日は黙って行こうとしていたけれど――。
まさか、今日がダイジンの歴史学の授業の日だったなんて・・・・・!?
失敗したな。
僕は思わず、大きく溜息をついてしまう。
リベラル、どうしているかな?
後で会いにいってみようかな、と僕は心の中でつぶやいてみるのだった。
「ちっ・・・・・」
紫色の青年がバツが悪そうにつぶやく。
「少しは落ちつきなさい」 彼と同じく紫色の髪の女性が青年をたしなめる。
「くっ、くそっ――! あんな小娘ごときに、に、逃げられるなんて・・・・・」
「せっかく、『古の王』のコピーを作ったのにね」
青年はキッと女性を睨みつける。
「あれは、俺の最高傑作だったのに・・・・・!」
「また、アンコール=ワットに嫌味を言われるかしら」
女性にそう言われると、青年は別の空間の方をキッと見つめる。
「この結界さえ・・・なければ・・・・・!」
青年はそう言うと、この空間、『次元』から姿を消した。
「この結界は、さすがに私でも無理みたいね」
そうつぶやくと、女性もその場から姿を消していた。
実は、この世界、異世界マリエリアには次元と次元との間にバリアがあるらしい。そして、その結界があの古の王を消滅させてくれたことを、僕は、その日の夜、ポーラ先生から教えてもらった。
「恐らく、カイル様が体当たりをした時に、古の王はその結界に誤って触れてしまったのだと思いますが」
ポーラ先生は、一冊の古文書を見ながらそう言った。
「で、でも、あの、古の王を消滅させてしまうなんて・・・・・」
僕は不思議そうに、リベラルと顔を見合わせる。リベラルもやはり、あの古の王のことが気になっていたらしく、ポーラ先生に会いに来ていた。
「・・・・・それは、その結界が時の神と大地の女神によって創られたものだからです」
時の神と大地の女神。
かって、この異世界マリエリアを創った神々である。
確か、名前は・・・・・。
「レイン」
リベラルの声が聞こえた。
どことなく、悲しげな声だった。まるで、ここではない、どこか別の場所を見ているかのように感じられた。
「え、ええ、そうね。 時の神、レイン=ラスタン様と大地の女神、カルマニー=マリエル様によって創られたもの」
ポーラ先生はそう言い終わると、怪訝そうにリベラルを見つめていた。
「そ、それって、もしかして、ポーラ先生って!」
僕は思わず、驚愕してしまった。思いっきり身を乗り出す。
「え、ええ。 私はカルマニー=マリエル様の子孫ってことになるわね。 それに、リングもレイン=ラスタン様と血の繋がりがあるみたい」
「そ、そうなんだ!」
僕はそう言いながら、リベラルの方に振り向いた。
だが、その時には、既にリベラルはその場から立ち去った後だった。
・・・・・レインか。
どうして、リベラルが知っていたんだろう?
ウイズナさんみたいに、巫女だったりするのかな?
それとも――。
「スピカみたいに女神だったりするのかな」
その日の夜は、いつもより少し肌寒いような気がした。
この時は、まだ何も分からなかった。
リベラルの言葉も、あの古の王のことも、僕は何も分かってはいなかった。
ザア―――
翌朝、異世界マリエリアに、珍しく雨が降り続いた。大抵、この時期には、あまり雨は降らなかったりするんだけど。
「おはようございます。 カイルさん」
「おはよう、リベラル!」
僕は元気よく、挨拶をする。
「・・・・・昨日は先に部屋に戻ってしまってすみません」
「えっ、いいよ」
リベラルはそれでも、申し訳なさそうにうつ伏せになる。あうう。
「そ、それよりさ、今日こそ、地上に行こうね!」
「あっ、はい」 僕は内心、照れながら言った。
僕って、どうしてリベラルの前だとこんなに照れるのかな。
「そうと決まれば、早速、リングのところに行こう!」
僕はそう叫ぶと、ガッツポーズをしてみせる。
「今すぐ・・・ですか?」
「うん!」
また、ダイジンに邪魔されたくないし・・・ね。
「リング、おはよう!」
「おはようございます」
僕は満面の笑顔で言う。どうやら、まだ、ダイジンはいないみたいだし。
「リング、あのね、今日――」
「今日、地上に行かれるですね・・・・・」
リングが僕が言おうとしたことをさらりと当てる。
「うん。 まあね、・・・・・ははは」
僕はリングの方を見ながら、軽く笑ってみせる。
「カイル様はいつもお願いごとがあると、そう、すぐに顔に出ますから」
「ははは・・・・・、そ、そうなんだ」
う―ん、そうなんだ。
「では、次元の入り口を開けますね」
リングはそう言うと、手のひらを次元の空間にそっと触れた。すると、まばゆいほどの光が次元の空間をゆっくりと捻じ曲げてゆく。
「これは・・・・・」
リベラルはそっと、次元の空間へと手を伸ばした。
「レインと同じ・・・・・」
僕は一瞬、リベラルの言った言葉の意味がよく分からなかった。リングも僕と同じように、複雑な表情でリベラルを見つめていた。
「レイン、ごめんなさい・・・・・」
リベラルはそう言うと、そっと次元の空間から手を離した。彼女の瞳から、一粒の涙が地面へと零れ落ちた。
僕は何故か、そんな彼女を見て、胸が一瞬、苦しくなったような気がした。
「カイル様!」
遠くから声が聞こえた。
「ポーラ先生!」
振り返ってみると、ポーラ先生が大慌てで、こちらに向かって手を振っていた。その手には、何かが握られているように感じられた。近づいてゆくにつれて、それが何か、宝玉のようなものなんだということが分かった。
「カイル様! これを持っていって下さい!」
「これって――!」
僕は差し出された宝玉を見て、かなり驚いた。
「この宝玉があれば、地上のどこでも、このマリエリア王国に戻ることができます!」
「でも、これってダイジンのものじゃ・・・・・!?」
「ええ! ダイジン様からカイル様に、とのことです」
ダイジンからぼ、僕に!?
何かの罠なんじゃ・・・・・!
「・・・・・・・・・・」
まあ、とりあえず、もらっとこうと!
「・・・・・カイル様、準備できました!」
リングが空間の入り口を既に開かせていた。
「よし、行こう!」
「は、はい!」
僕はそう言うと、そっとリベラルの手を握った。
「行ってきます!」
僕は内心、ドキドキさせながら、次元の入り口へと入っていった。リベラルも恥ずかしそうに顔を赤らめながら、前に進んでゆく僕のことを見つめていた。
これが、僕の新たな旅の幕開けだった――。