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赤瞳の竜  作者: ぼここ
島にある村
9/25

きょうだいかな

 クランの汚れを落とすのは一苦労だった。特に脇などの部分をクランがくすぐったがってすぐに引っ込めてしまうためなかなか進まないのだ。そうでなくても毛が生えた体を洗うのは大変である。しかし首などを手ぬぐいで拭くと気持ちよさそうに目を細める。

 汚れの落ちたクランはしぼんでいるが真っ白だった。日の沈んだ薄い明かりだけでもよくわかる。


「それじゃ上がろうか」


 手ぬぐいを絞りクランについた水をふき取っていく。羽毛にしみ込んだ分も完全には乾かせないがそれは仕方ない。風邪をひかせないよう気を付けよう。

 ユキ自身も水をかぶり汗を流し服を着て風呂場から出る。入り込んでくる風が心地いい。まだ母親が帰ってきていないので乾かすついでに外で出てのんびりしようとクランを連れて家もでた。

 夕食は完成したのか匂いが漂ってきてお腹を刺激する。


「ゆき、まだあそぶ」


 クランが乗っかってくる。


「あっ、ちょっと! クランはまだ濡れてるんだから乗らないで」

「にげた。おいかけっこ? つかまえるー」


 よければ向きを変え再び突っ込んでくる。なかなか脚力があり避けてもたちまち飛び込んでくるクランをよけるのはぎりぎりで大変だったが、楽しんでくれてると思うと次第にユキも楽しくなってくる。

 時間もあるしクランの相手をしてあげよう、駆けだせば後を追ってついてくる。






 サザリ達がいるであろう彼の家にもしもの時の為に準備を整えてから向かったが夕食の香りこそしても誰もいない。ここになければ二人を連れ集会所で話しているのだろうと足を戻す。おそらく途中ですれ違ったのだろう。

 

 振り返ると向かいに立つ家の陰に誰かが隠れて覗いているのを見つけた。怪しんで近づくとびっくりした様子で飛び出していった。村の誰かまではわからなかったが村の子供なのは確か、気になって追いかけようと思うも先に彼のところの向かわなければならない。


 


 集会所に付けばさっそく彼の母親の否定の声が聞こえる。

 その母親のハルノは息子に依存している、前に夫を亡くし二人だけの家族である。まだ子供である彼を手放そうとは思わないであろう。

 

「何と言われても私はユキと離れる気もここを出るつもりもないの」

 

 扉を開ければ悠然と立つ彼女の姿があった。


「お願いです、考えてみてくださいよ。もし探索者になればユキ君だって喜びますよ、誰だってなれるわけじゃないんですから。生活もよくなりますし」

「そういうことじゃないの」


 三人の会話を案の定無理そうだとわかる。


「あっ! ハーミルトさん、ちょうどいいところに来てくれました。説得するの手伝ってくださいよ」

「あなたもこの人達の言うことに賛成なの? 私の子供よ」


 いきなりの板挟み。サザリたちの肩を持ってやりたいがそれは彼女に敵対することになる、それは避けたい。同じ地に住んでのいさかいは極力避けたいのだ、優柔不断ともとられるがここは答えを濁すべきだと判断する。


「私はどちらの……」

 

 二人だけの目線だが非常に熱烈的だ。


「こほん、えっと今ユキ君はどこにいるのかな? 家にいなかったようだけど」

「家にいない? 水浴びしているはずだけど、ユキに用事があるの?」

「ああ、ちょっと二人だけで話したいことがあってね。いないとなるとどこに行ったんでしょうか。誰か友達のところにでも行ってるのかな? だとしたらジン君かシイナちゃんのどちらかだね」


 彼女も知らないようだ。もう暗いのに何も言わずにどこか行くなんて、もっとしっかり叱っとくべきだと後悔する。彼はそんなことするようなタイプではないと思い強く言わなくても問題ないと思ったのだが。


「まってハーミルト、私も行くわ。ご飯もできてるし呼びに行かなきゃ」

「待ってください、ユキ君の事考えてもらえないですか?」

「すまない、この話は明日にでもできるだろう。今日はお開きだ」


 あなたが言うのならとサザリは理解をしてくれる。一緒のマキは先ほどから何もしゃべっていないようでひたすら周りの言うことに頷いている。二人が出ようとしたところに別の女性が入ってくる。


「あれ? 何かしてたようでしたか……ああ、そうでしたか。お邪魔でしたね、何も見てないですよ。私去ります」

「何を言ってるんですか。変な噂をたてないでくださいよ、これからユキ君を探しに行くだけですからね」


 田舎の村の人たちはうわさ好きなのはどこも一緒、きちんと否定しておかなければすぐに広がり面倒なことになりかねない。


「なんだ。でもちょうどいいや、私も夕食なのにルイが見当たらないから探してたところだから一緒に行かせてもらうね。いきなりぼくはこの村を救うんだって意味の解らないこと言い出してね。阿呆に育ってしまったみたい」


 何か新しい遊びでも思いついたのか。自分は英雄と言う設定で空想の敵と戦うのだ、男の子ならやることもあるだろう。


「ルイ君かはわからないですけどさっき見ましたよ。見つけたらすぐ逃げちゃいましたけど」

「本当、ならさっそくそこに案内してちょうだい」




「ほら、クランもうおしまいにして帰るよ。お母さんも戻ってきてるだろうし早く夕食にしよう」


 家から少し離れた所にある建築途中の壁のそばにいる。少し前にシイナとジンで登ってみたらなかなか見晴らしがよく、倉庫の屋根裏ほどではないがお気に入りの場所となっている。

 一人では足場がなければジンのように登れないが今は放置された木材が足場になり登れそうである、早く帰らねば母親に怒られるとも思ったが登ってみてもいいかなとそそられてきた。


「もうちょっと遊ぼっか」


 その一言にクランは飛び跳ねる。

 先に持ち上げればクランも登れるだろう、足元から持ち上げてみれば動いたせいかもう乾ききっている。ふんわりとした羽毛も腕をなでて心地よい。尻尾も垂れ下がり重さもないわけではないがそれがもう当たり前で、抱えてなくてはさみしいほどの暖かさと安心感がある。いつまでもそうしていたと思える。


「ねえクラン?」

「なあに?」


 クランの顔を見れるように抱きかかる。抱いていると鼻が近い。


「ずっと一緒にいようね。あったばかりかもしれないけど僕たちは兄妹だよ」

「うん、きょうだい! くらんとゆきはきょうだいだー」

「意味わかってないでしょ」

「うん!」


 思わず笑みがこぼれるほど一緒にいて楽しい。

 兄妹っていいものだ、だから兄として物をあまり知らなそうな小さな妹にいろんなことを教えてあげよう。本を読んでいて正解だった。でもこれじゃ本を読む時間なくなりそうだなって思うけど、これからの事が楽しみでたまらない。

 

 クランをのし上げてからユキも壁を登っていく。壁自体は高くないものの明かりから離れ暗くなった地面が怖く感じる。しかし顔を見上げれば満ちた月にてらされてうっすら輝く村の建物がたたずみ、その先に臨む海からも数え切れない光が瞬く。

 この景色をクランと見れたことは二人にとっての最初の思い出になるだろう。クランはユキの横で落ちないように手足をしっかりとつけて下を眺めてる。翼があるのに高いところは苦手なようだ。怖がらないように丁寧に抱きよ出て同じ眺めを見せさせる。

 高いところにいるのも忘れて「すごい、すごい」とはしゃぐ。

 眺めていれば風が通り吹き抜ける。真っ白のクランのふかふかな体毛がなびきユキの前髪も持ち上げる、幸せな時間だった。


「さっきの続きでね、兄妹って同じ親から生まれた子供の事を言うんだよ。だから本当は僕とクランは兄妹ってわけじゃないんだけどそれ以外にいい言葉が思いつかなかったけど、それでもいいかなって言ってみたんだ」

「わかんない。きょうだいじゃないの?」

「兄妹かな、どうだろう」

「ゆきもわからない?」

「それは僕には知らないことたくさんあるからね。クランは兄妹でいいと思う?」

「きょうだいかな、どうだろう」

「真似たね?」

「あははは」


 夕食の事を忘れてしばらくそうしていた。月明かりの下での幸せな時間にも終わりが付きまとう。


「やばっ、もうお母さんが待ってるよ」


 ここからだと家は見えるが中までは見えない。

 ユキは怒られてしまうしせっかく待ちに待った夕食が冷めてしまうと思いすぐに降りて帰ろうとクランを膝から下ろす。


 そこにまた風が吹く。今度の風は背後の暗い森へと向かっていた。


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