乱暴なんだもん
「なんで、なんでよ、ユキばっかり! うちをまた誘わなかった!」
「だって本当にたまたまだったんだって、本当はジンも誘わないで一人で行くつもりだったんだってば」
「そうやって言い訳して、もう口きいてやんない!」
目の前の女の子はユキの足元にくっ付くクランを指さして、こっちから顔が見えないように向ける。後ろで結んだユキやジンと同じ色の長い髪が肩にのる。
それを見てもユキは慌てずにいさめる。怒ったときはいつもそうやって口きいてやんないだとか目も合わせてやらないと言い、間も開けずに忘れてまたやってくる。
「嫌ならその子を貸してよ。いいでしょ!」
「それはちょっと。クランが怖がってるよ」
「またそれ? いいじゃないのこんなに頼んでるんだもの、いい加減触らせてくれたくれたっていいじゃない」
最後の「い」が強調されている。
先ほどから同じ内容を繰り返している。ユキはそこまでしてクランを独占するつもりはないのだが、シイナの強引な方法にクランが怯えてしまっているのだ。ただ怖がらせたくはないためにシイナに渡すのをためらっている。
「なんでユキにばっか懐いてうちには見向きもしないのよ」
「だってシイナが乱暴なんだもん」
その時の表情は「まぁ!」の一言がぴったりだ。クランはシイナに見えないように頭を隠した。
魔物の竜に襲われ、見たことのない二人組に襲われた翌日。
どちらも助けてくれたのは村に来る討伐隊であった。夜に勝手に起動した罠の様子を見に行こうこした所にユキたちが襲われている所に遭遇したのだ。
助けてもらった後ユキとジンは身体に力が入らずしばらく動けずにいた。とにかく村に運び込もうとしたのだが動けないユキに触れようとするとクランが牙を見せて威嚇し近寄らせようとしないた、竜の子がいることを含み大きく驚かせる。騒ぎに何人かの村人も集まってきていた。
結局動けるようになってから自分で歩いて村に戻った。
村についても疲れかすぐに寝てしまい、説明はだいたいジンがしたそうだ。
目を覚ますとお腹の上にクランが乗りその横でユキのお母さんがいた。
怒り、泣かれ、謝った。
その後にユキは、部屋にやってきた地守のハーミルトや討伐隊の隊長にクランの事をまず話した。その後に二人組を覚えている範囲で伝えると危険な人物がいるとしてしばらく村の外に外出禁止になった。
一つ重要なことを聞かされる、具体的に名前を挙げて言われなかったが昨日討伐隊が倒した魔物の竜が消えたそうだ。村の近くに保管されていたはずの死体が無くなっているのを今日の朝に討伐隊の一人が見つけた。
そのことについても知らないかとユキに聞かれる。おそらくクランを狙っていた二人組に関係があるはずであるがそこらへんの事は何も知らない。
聴取だけ終わらせると部屋にはユキとクランに母親だけとなった。
一番話したい内容、クランの事。村人は魔物となった竜を見た後だったためクランの事をジンと同じく魔物だと勘違いして近寄ってこない。クランは魔物ではない。一般ではないがまともな生き物ではある。
必死の説明をするまでもなくユキの母親はクランと一緒にいることを認めてくれた。
村のまとめ役、地守のハーミルトさんもそれを既に認めてくれている。と言うのもクランがユキ以外に威嚇するだけで懐きもしないためどうしようもなかったようだった。
危険な目にはあったが怪我もしてないためすぐにいつもと同じ日課が始まる。ただしジンと同じく昼飯抜き、かなり怒られもしたがジンが受けた罰よりはましなようだ。二人は素行が違う。
今日も村の壁建築の手伝い。ジンは見当たらないが代わりに友達のシイナがやってきたところだ。
「もういい、ユキになんか頼まないで自分で触る」
頼まれた小さめの木材を運ぶユキにそう宣言し、しゃがみこむと指をちらつかせてクランの気を引こうとする。だが見向きもしないでユキの方について行く。
それでも挫ける気配も見せず少しずつ近づき、息を張りつめていく。猫じゃらしを前にした猫の如く。その様子にユキは後ずさる。
「今だっ!」
シイナが飛びつく。
クランが驚き飛び上がりユキの腕に逃げようとしたせいで木材にぶつかり打ち上げられる。それでも追撃をやめないシイナは勢いあまりユキは姿勢を崩し転んでしまう。
「うわっ」
木材は腕を離れ粗利にばらまかれる。
そこに男が足を運ばせる。
「何遊んでいるんだ!」
その声に二人は動きを止める。怒られると思い身構える。
「ほら、そんなにビビんな。脅かしただけだ。まあ、昨日の罰ってことで」
「サザリさん、脅かさないでよ」
その人は村に似つかない地味でこそあるが装飾が着いた服を着ている、討伐隊の集団として揃えたという服を着こなし健やかに笑いユキの腕をつかみ引き起こそうとする。
村に来ている討伐隊でもっとも子供に囲まれるサザリという若い男だ。わけへだてなくユキたちにも接してくれる。
「いや、冗談だから噛みつくのをやめてくれないか?」
ユキを掴み引き上げた所でサザリは固まる。クランがユキに無理に近づこうとしたと勘違いして攻撃を加えている、まだ本気で噛みついてはいない。髪を何とかいじってびびった態度をごまかそうとするサザリさんに苦笑いしてクランを引き離す。
出会って一日たっていないためユキはクランの性格を把握しきっていない。人見知りでビビりだけど思ったより攻撃的でもある。
「クランがごめんなさい。そういえば討伐隊は昨日の山に行ったんじゃないんですか?」
「いやー、新入りの俺なんて邪魔だからここに残って他の事やれってさ。今日は俺と一緒に付き合ってくれよ。いろいろ聞きたいな」
「ユキ、あっちいこ」
何故かシイナがサザリさんに対し冷たく態度をする。
「そんなこと言わないでくれよ、シイナちゃん。遊んでほしいんじゃなくてやらないといけないから声かけたんだってば。どう? せっかくだから一緒にきなよ」
建築の頭にユキを連れてくと許可を得たサザリに連れられユキたちは集会所に来た。討伐隊が一時的に寝泊りに使っているが、今は集会所には誰もいないようだ。
「他の人はみんな山に行ったんですよね?」
「ああ、まだ罠とか回収しきってないからな。どっかの誰かさんみたいに使われたら大変だぞ?」
「それはすみませんでした」
「嘘だよ、気にすんな。仕方なかったんだろ? むしろよく使えたなって思うけどな。それよりさ」
サザリが向くのはシイナの方向。何かあったのかシイナが珍しく黙っている、小声で聞くと昨日の夜に何かあったらしい。詳しくは教えてくれない。
「ちょいとクランを見せてくれよ。なんたって竜だぜ、もふもふだぜ」
ユキはシイナの事を気にしながらクランをサザリの前に立たせる。
クランは人のように座ったりしない。姿勢を楽するときはもう寝っころがってしまう。
「ほーら、俺は怖くないぞ」
ここで黙っていたシイナが声を上げる。クランに触りたいのはお前だけじゃないと言わんばかりだ。
「おいで! クラン」
ユキの前に立つクランは二人に呼ばれても近づかない。サザリは膝をこすりながら近づくと鼻先に拳を差し出す。その匂いをかがせてから触るつもりだ。ユキとしては「犬じゃない!」と言いたくなる。
「ずるい!」
サザリとの間を割り込むようにシイナが飛び込む。
「おい! 何すんだ」
「ずるいって言ってんの! クランにはまだ私だって触ってないんだから」
「お前はさっきもそうやって触れなかったんだろ! 乱暴かつ女の子らしさのない奴め」
「何よ! あんたなんかに言われたくない。この、このブ男!」
「なんだと!」
「ちょっとやめて、いきなりそんな言い合わないでよ。触りたいならちゃんと触らせてあげるから!」
二人の喧嘩が始まる、ひたすらに悪口をお互いに言い合うだけ。クランが怯えて引っ込んでしまうが二人ともそっちのけになっている。ユキは止めようとしてクランを引き合いに出した。
「さわられるの?」
反応したのはクランだけ、嫌そうに顔を向ける。
とうとうサザリがシイナに掴みかかろうと立ち上がるがするりと避けるシイナ。その後も鍛えているはずのサザリに対し小馬鹿にしつつうまいこと逃げ続けていた。
ユキがどうしようと迷いながら立ち上がるシイナは部屋の外へ逃げ出す。
「はまったな!」
足跡が聞こえる入り口が固く閉じられる、どうやらわざと誘導していたようだ。すぐに足音が戻りどたばたと叩かれる。
「ちょっとあけてよ」
「うし! 邪魔者はいなくなったぞ。さあ、ゆっくりクランを触らせてもらおうか」
扉のそばでわざと聞こえるようにゆっくり大声で喋る。
「ふざけるなー! 開けろーー!」
「おお、かわいいな」
「開けろー!」
扉をたたく音が大きくなる。かわいそうだから開けてあげようとユキは提案する。だがサザリはからかうのをやめない。
「開けてほしいか? 開けてほしいのか?」
「黙れーー!」
それが最後の叫びとなり、さらに激しい物音が扉から離れて行く。入り口の前は静まり返りユキはすぐに何も言えなかった
「あーあ、行っちゃった。やりすぎたかな?」
「えっと、またシイナはあきらめないで来ると思います」
言い切る前に部屋の窓が大きくきしむ音を立てる。「させない!」の掛け声とともに息を切らしながら窓から乗り込んできた。ユキもサザリもその気迫に押され呆然となる。クランは驚いてユキの腕に飛び込む。
「さてとシイナちゃんが戻ってきたところで話を始めようか」
一瞬静かになったとき、サザリが唐突に態度を変え大人の余裕をシイナに見せつけるように落ち着いて言う。何か言いたげだったが中途半端に間をはさまれたシイナは次の言葉を放てなかった。
「触りたいけどまたあとでにするな。で、ユキは本当にそいつを飼うつもりなんだよな?」
「できれば飼うって言い方やめてほしいです」
「おお悪い。じゃ、クランと一緒にいるつもりか?」
「はい」
今日になってから何度もその言葉をかけられ、その度に同じように答える。村の人は皆、見たこと聞いたことのない牙と爪をもつ生き物が怖いため討伐隊に引き渡せと言う。ジンとシイナ以外の子供は近寄ってすら来ない。
だが、サザリを含め討伐隊は少し柔らかかった。
「まあそうなんだよな。一応の確認だ、別に俺は否定するつもりはないぞ。そもそもクランは怖がって俺らにゃ触れないしな。ただわかっていてほしいことがある。竜ってのは人と違う。もしかしたら竜として求められることがたくさんあるかもしれない、話を聞けばわざわざこの村の外からやってくる奴だっているだろうからな」
先ほどまでおちゃらけに徹していたサザリが真面目に伝えるさまにユキに違和感をありありと感じられる。シイナすら心配している。
「とまあ、今のはそう釘をさしておいてくれって頼まれただけだら言っただけ。本題はユキとジンの事、てかあいつはどこにいるんだ? 手伝いさぼってどっかいってるせいで見つかんねぇし」
「ジンなら多分あそこにいる。うちが呼んでこようか?」
「ああ、それじゃ頼む。それよりどうしたいきなり自分から呼びに行こうって言うなんて。呼んで来いと言うと思ったぞ」
「あそこは私たちの秘密の場所なの! 教えないよ。あと抜け駆けしたら怒るからね!」
会ってそんなに立っていないはずなのにシイナとサザリはずっと知り合いだったかのように仲がよい。少しだけユキは疎外感を感じて腕に収まるクランに癒された。
「僕とジンの事ってまだ何かあるんですか?」
「お前らの健康診断みたいなもんだ。もっと早くやるつもりだったんだがな、魔物に近づいた奴はちゃんと調べとかないとどうなるかわからない。体調をがっつり崩す奴もいるから大丈夫か調べるんだ」
それでユキは思い出し、顔が引きつる。
魔物には毒気と呼ばれるものがある。近寄りすぎるとそれの侵され、個人差が大きくあるが場合によっては死んでしまうこともあるらしいと聞いていた。
「もしかしたら魔物もそうやって生まれるかもしれないからな」
さらなる一言に言葉を発せられず不安になる。