でも嫌です
わずかに聞こえた音、おそらく一人だけではない、もう一人いるようだ。ジンにそれを伝えると何も聞こえないと言う。息をひそめて耳を傾けさせると聞こえたようで隠れるぞと立ち上がる。
ジンが横穴の影にかくれる。ユキもクランを気にしながらそれに続いた。
中には隠れたものの横穴の中にさらに隠れられそうな場所はない。おそらくあの二人はあのままこの穴の存在に気づくだろう。二人であたふたたしていた。
足音は近づいてくる、討伐隊にここで見つかってしまったら言い訳のしようもない。
「ユキ、お前が囮になるんだ」
「囮? 僕が?」
「そうだ、どうせお前はそいつの事でここに来たことばれる。そしてそのうちに俺が逃げれば最初からいないことにできる、どうだ完璧だろ」
ジンの言うことは間違ってない。クランを連れて村にかえれば騒ぎになり、そいつをどうしたと聞かれればユキにうまい言い訳を言えるはずがない。ただジンは面白がってついてきただけ、ここでばれなければユキが告げ口しない限りいたことはわからない。
ユキとしては囮役をうまくできるかと思っていた。
だがまだ見つかりたくないと思うのも自然で何か隠れる方法を探そうとしたがジンが勝手にその方向で打ち合わせを始める。
「作戦は簡単だ。お前がそいつを抱いてここから駆け出す。あの二人はそれを見て追いかけるだろ、そこで俺が逃げる。おしまいだ」
「最終手段にしようね、それ」
足音はさらに近くなる、と言うよりかもうそこまで来ていた。
横穴の中からでは二人組の姿がよく見えない。明かりも持たずに歩いているようだ。そこで横穴の奥から漏れる明かりの存在に気づいた夜の中明かりを隠してないことに気づいた、丸見えである。
「やばい、消してこないと」
「やめろ、消したら余計怪しまれる。お前が行けば済む話だ、それか他に方法でもあんのか?」
「なら今から二人で飛び出して逃げ切ろうよ。僕たちってばれなければ問題内でよね」
「討伐隊からそいつ抱いて逃げ切れるならいいんじゃないか」
結論が出るのは早く、無理と諦める。
ジンがユキの背を押す、行けと。
もう足音はそこまで来ている、不本意だったが行くしかない。腹を決めるとクランをしっかり抱きしめ横穴から二人組の位置を確認する。
森から出てくる二人に月明かりがさす。背が高いのと低い男の二人。
二人は討伐隊の人間ではなかった。もちろん村人でもない見たことのない服装でこちらに歩いてくる。
「ジン、討伐隊じゃないよ、知らない人だ」
ユキとジンが住む村は大きな島にあり、そこ以外には人は住まない。そのため村では全員が顔見知り、たまにやってくる島の外の人も皆好奇心から集まるため顔を知らないということにはならない。今回やってきている討伐隊もそうだ。
だがその二人組は見たことのない顔、興味がわくユキである。
「どれどれ。まじだ、でも知らない奴なんて船着き場に誰か来てたっけ?」
「わかんない。でもさ、こっちが知らないなら向こうも僕たちの事知らないんじゃない? だから――」
「お前頭いいなとでもいうと思ったか? さっさと行って来い」
さらにジンが押すとユキは姿勢を崩し二人組の前にすべり出た。目があい慌てて駆けだそうとするが次の言葉で意味がないことを知る。
「そこのガキども、こんな時間に何やってるんだ!」
複数形、ジンの存在はばれていた。
ユキの後ろから出てくるとばれたじゃないかと愚痴をこぼす。
「ごめんなさい、俺、こいつにどうしてもって誘われて」
ユキはジンを見てしまう。いきなり自分は悪くないと友人を犠牲にする証言を行う、だが事実だから何も言うことはない。
「どうしてお前がそいつを連れているんだ?」
「それは――」
「こいつがここで見つけたんです。俺は危ないって言ったのに聞かなくて、魔物じゃないの一点張りしかしないんだ」
男二人が顔を見合わせる。かたや相当な高さがあるがもう一人はそれに比べひくくこぶとりである。それから大男の方がユキに向かって話しかける。
「そいつを俺たちに渡してくれないか? 探していたんだ」
「いやです」
ユキの即答に虚を取られ二人は答えられない。ジンも同じように小さく「えっ」と言った。ジンだったら渡してたのかもしれないがそんなつもりはユキにはなかった。
小男の方が足を踏み出し威圧感をだす。
「なんだてめぇ! そいつを渡せって言ってんだよ」
大きな声でユキたちをビビらせようとする。
だがユキには相手が小柄なせいか迫力を感じることはなく動じることはなかった。こんな相手にビビることはないとさえ思っている。
それに対しジンには効いている。そこまで寝ていたクランも何事かと目を開きあたりの様子に気づくとユキにしがみつく。
「大丈夫だよクラン。離れる気なんてないから」
優しく声をかけてやり前を向く。
大男は小男を抑えようとしたがユキたちにはそれがさらに迫ろうとする予備動作に感じた。誰か知らないがこの人達に渡せるわけがないと次の言葉を用意する。
「いやに決まってる。そんなふうに言われたら渡すものも渡さないし、そもそもクランを手放す気なんてない」
「お、お前は挑発してんじゃねえよ」
小男を片手で抑え近づく。二人は下がる。
洞窟の奥におかれた明かりと蛍光石に照らされその顔がくっきり浮かび上がる。ジンより少し長い程度の見たことのない髪の色、同じ色の髭が中途半端に伸びている。
ユキはそれを見てどうしてかある感情が込み上げたが場にそぐわないため抑える。
「俺たちはそいつを探してここまで来たんだ。諦めるわけにはいかないんだよ、どうしてもというのなら無理やりにでも連れて帰ろうとすることになる。それでもいいよな?」
「断ります。僕たちに関わらないでください」
話題が自分に向いてることに今気づきユキに「なに? なに?」と問いかけてるく。それがユキにとって微笑みを誘うものであり、手を頭持っていきふわりと撫でてやった。
「ならひとつ聞いくぞ。横の子が今見つけたって言ってたよな、君がそこまで
その竜に思いを寄せる理由が思い当たらないんだ。珍しいくてかわいいからって言う理由ならそいつが必要な俺たちに渡してもらった方がいい、少なくとも今までの生活はできなくなるぞ」
小男はとびかかるのを我慢してユキの方を見ている。ジンも先ほどからユキの言動が理解出来ずにただ見ているだけ。
「でも嫌です」
「ユキ?」
たまらず声をジンがかける。同時に大男が言葉を完全に止める、どうやら無理やりにでもくるようだ。小男を抑えていた腕が離れる。
「俺はそういうガキが嫌いなんだよ。マサさんに言われなきゃもうぶっとばしてるってのに」
小男が迫る。近寄る前にジンがユキとの間に入り込む。
「ちょっと待ってくれ! なんでユキは渡さない? 今聞いただろ、お前が連れてるより渡した方がいいって」
ジンが必死にユキに声をかけたが返事はしない。ユキは意地を張ったわけでもなく、とにかくクランを連れて帰って一緒にいることだけしか考えていない、大男が言った事の方がおかしいと思っていた。
だから、クランを実力で奪いに来ようとする二人組から逃げるため片手でジンの腕をつかみ走り出した。
背後から怒声が聞こえる。足音も聞こえる。
明かりを置いてきてしまった、満月ではないが明るい夜で良かったとユキは思いながら走っていく。