信じて
「うわっ」
驚いて尻餅をついてしまう。
しびれるような感覚がした手を見ても何ともない。視線を戻すと竜の子も同じように目を丸くして鼻先を両手で押さえ驚いている。
「ユキっ」
また竜の子に手を伸ばそうとしてたところにジンが腕をつかみ引っ張る。
「何やってんだ馬鹿野郎! 早く逃げるぞ」
「ちょっと待って、なんで逃げるの?」
「いいから早くしろ」
有無を言わせずに力強く引っ張られる、とっさに腕を伸ばし竜の子を抱き上げる、初めてちゃんと触れてその毛並みの柔らかさに溺れそうになった。
短い外までの間何度か姿勢を崩し転びそうになる。それでもユキは竜の子に夢中になり始めていた。
横穴の外まで来るとジンが後ろに振り返る。状況がつかめていていないユキはジンにこの意図を問いかける。逃げる理由がわからない。
「そんなに引っ張ってどうしたの?」
「お前は……何を……」
暗い明かりでもジンの表情が蒼白になっていく様が見える。何かを言おうとしているがそれは全て口の中に溶けてしまい上手く聞き取れない。
「ジン?」
目線が竜の子を抱く腕に向かっている。どうやら勘違いされているようだ、わずかにだがジンの口から魔物とだけ聞き取れる。
掴んだ腕を放すジン、ユキがそれを掴みなおす。
「クランは魔物じゃないよ。ほら見て! 白いけど眼は赤くないでしょ」
言っても聞こえてない。ならばとユキは片腕に抱えた竜の子を顔を見えるように突きつける。
「ちゃんと見て!」
「……え、あ、赤くはないな」
「でしょ?」
「いや、そうじゃない、魔物じゃなくてもそいつは竜だろうが! なんで抱いてんだ、さっさと元のところに置いてこい! 俺は許さないぞ」
「だから大丈夫だってば」
竜の子をジンの目の前につき出せば一歩下がる。
ユキは説得すればわかってくれる、竜の子はおとなしくて危害を加えるような子じゃないと理解してくれると思いジンに説得を試みる。
だがジンとしてはユキの行動が理解できない。
「大丈夫じゃない、そもそも連れてきてどうするつもりなんだよ」
「どうって連れて帰るに決まってるよ。一人にしておけないし、言いつけ破ってまで来たのに意味がなくなる。見てよ、こんなにかわいいんだよ」
ジンに見せようとまた前に出そうとするが竜の子はそれを嫌がりユキの懐に戻ろうとする。それがうれしくなりユキの表情が緩んだ。
「ね?」
「ねじゃねぇ! そもそもなんでそいつの事を知ってんだよ、ここにいるってことは討伐隊も気づかなかったってことだろ?」
言われてみれば何も考えずにここに足が進むままに来ただけである。
「そう……だね、でも別にクランは魔物なわけじゃないし、噛みついたりもしないよ。今だって別に何もしようとしてないでしょ、おとなしい子だよ? ねえクラン?」
ユキが胸に収まる竜の子に問いを投げかけると小さくうなずいた。それを聞きよくできましたと撫でてやる。
「だったらわかるようにちゃんと説明しとけ!」
「聞きもしないで勝手に勘違いしただけじゃないか」
「そんなことない! いいから説明しろ」
聞かれた質問はどうしてユキがここに竜の子がいることを知ってるのか、何故そのことを言わずにこっそり来たのか。ジンの口調はだんだん説教をするような口調になっていく。
それに対してユキには答えを持たない。竜の子を見つけるまでユキの探し物が竜だとすらわかっていなかったのだ。ジンの質問を納得できるようには返せない、わからないとしか答えられない。
「わかんないはないだろう、知らなきゃここにだって来れないだろう」
「そうだけど」
隠し事をするつもりはないのだが本当にわからない、ユキが自信持って言えることは竜の子は愛おしいと言うだけだ。
目を覚ましてから行かなきゃいけないとしか思わずに討伐隊が村の人たちと祭り騒ぎしている中をひっそりと抜け出そうとしたところをジンに見つかっただけ。ユキにとってそれがすべて。
「例えばさ、夜に目が覚めて頭がはっきりしないのに気付いたら便所にちゃんと行けてたってことあるでしょ、そんな感じ」
「いいたいことわかるけどな、わからない理由じゃないだろ。俺には秘密なのか? ここまで連れてきてそれはないだろ、別に教えてくれたっていいじゃんか」
「隠してるわけじゃないよ。なんでここに来れたかなんて僕にだってよくわからないんだよ。本当だよ? 信じてよ」
信じてよと言った後ジンの様子が少し変わった。何言っても納得できなきゃダメだと言いそうな雰囲気からくだけて口調から身振りまで柔らかくなったようにユキは感じる。
「なあ、クランってこいつの事だよな」
「そうだよ、良い名前だよね。ねえ、クランを一緒に連れて帰ろうと思うんだけどいいよね?」
今なら何を言っても聞いてくれそうなジンに一応の確認を取る。断られても連れて帰るつもりである。
それを感じたのか、信じての言葉が突き刺さったのかわからないがユキに対して否定をしなくなった。そして腕をそれとなく伸ばしクランの頭に触れてみようとしたが直前でユキの顔をじっと見ていたクランがその手に気づきびくりと反応したためジンも小さく驚いた。
「もう別にいいんじゃないか、お前がそんなに言うならどうにでもしたらいい。ただ皆はなんて言うか知らないからな」
思わずユキはほころんでしまう。クランを認めてくれたそれだけで最初の不安が無くなる、後は村にいる人たちをどう説得するかである。
考えるために一度腰を下ろすとジンも間を開けて横に座った。すぐに落ちていた蛍光石を拾い上げると見回してからいじり始める。ユキも一つ二つ広い光が無くなる前に服にしまった。この村では珍しいものである、せっかくだから後で村にいるもう一人の友達に渡してあげるつもりだ。
一度説得の事を考えるのをやめ、ジンにここに来る前に見た夢を語ってみようと思い喋る。そうは行ってもほとんど内容を忘れてしまっている。夢だけど夢だと自覚していて自由に動ける明晰夢。
覚えているのはそこに知らない女性がいて何かを二人で話したことだけ。
それだけかとジンがつまらなそうに言う、確かに何かありそうだと思ったけど夢であるし内容もないのではただのユキの想像だったかもしれない。
それについて誰だったのかと二人で話す。
島の外から来たことのある女性だったかもしれない、クランと何かあるのかと考えてみるがまとまるはずもなく次第に話はそれていった。
最近またどこかに出かけている家出癖のあるユキの飼い犬。大型の魔物の目撃情報が出てからやたらあわただしかった村の地守と言う役職のハーミルトさん。討伐隊と協力して蛍光石や火薬を使ったさまざまな罠と武器を準備していた。まだこの森が立ち入り禁止なのはその後始末が終わっていないからである。
クランの事を知ったらどうするのだろうか。二人でおったまげるのではないかと笑っていた。
気づけばクランはあごをユキの肩に乗せ腕の中で寝息をたてている。
「寝てるね」
クランに対して警戒する節がジンにはまだあるのか反応は薄い、共感を得られず少しさみしい思いをした。ただ配慮したのか話し声は自然と小さくなっている。
「そろそろ帰ろうぜ。村にいないことばれたら俺は破滅だ。ユキはどうせばれるだろうけど俺の事は黙っておけよ」
「僕は破滅するしかないんだ」
きっときつく怒られるだろうと頭を落とす。
今日の昼に言いつけを破ってジンと二人で討伐隊の仕事を隠れて見に行った。ユキは怖がって嫌がったのだが、ジンが討伐隊が倒す姿見て克服しろといって無理やり連れてかれて遠くから見ることになった。だが魔物に気づかれて襲われてしまったのだ。
結局は無事に帰ることができたためひどく怒られるだけで済んだ。ジンがユキを無理やり連れて行ったということになり丸坊主にされ当分昼飯抜き。今はユキが発端のためまず昼飯は抜きになるだろう。
普段優しいハーミルトさんになんて言われるだろう? 討伐隊の人はどんな反応するだろう? お母さんには……しばらく口きいてくれそうにないとこれからの事について落ち込む。
そんな時に森の方から枝を踏み折る音が聞こえた。