出会いの夜
あと少しで満月になろうかと言う明るい月の夜、その光を遮り漏らす木々の下を二人が歩く。一人は言いつけを破り内心ドキドキしておりもう一人はそんな様子を見て軽い足取りで口元が緩んでいる。
「まさか、あのユキがこんなこと言い出すなんて俺は感動だよ」
「いきなり何さ?」
名前を呼んでジンが歩みをいったん止めるから二人の距離がひらく。
「いやな、お前が今まで駄目って言われたこと破ったんだぜ? それでしみじみと成長したんだなって思うわけよ」
「ジンにそんなこと言われても嬉しくなんかないからね」
言われたとおり自分からここに来ようと言った。決まりを破るのだって初めてじゃないと思っているが実際に自分から言い出したのは事実である、ただジンに子ども扱いされているのは心外であった。
「やっぱさ、今日の昼にお前を連れてって正解だと思うぞ。かなり危なかったとは思うけどよ、なんてったってこれでユキは一日に二回やらかすことになるんだ、他の奴もお前に注目するしかないって」
「別に注目されなくてもいいよ」
「本当はそうは思ってないくせに。前みたいにみんなで仲良くしようぜ」
また歩き出してはみたがユキに次の言葉とつなげられない。ジンも後から返事を待つわけでもなく同じように進み喋る。
「でさ、何しに来たのかな? まだ俺は何も聞いてないぞ」
「あれ、そうだっけ? あと少しでつくと思うから待っててよ」
「お! さてはお前は俺に隠しといて後で驚かすつもりだな。いいだろう、期待しててやるよ」
明かりに照らされる茶色の瞳が昼の罰として丸められた頭の下で輝いていた。
しかしユキには申し訳ない気持ちがこみあげてくる。これから向かう所にジンの期待するようなものはない、そもそも一人で森の中を歩くのが怖いからたまたま見つけたジンについて来てもらっただけである。
「残念だけど期待するようなものはないと思うよ」
後ろを歩くジンが前の方に出てきてユキの正面を後ろ向きに歩く。
何か言いたげな雰囲気していると思えばその通りに間を開けず口を開いた。
「なんだよ、そうじゃなくてもそうだって言ってくれてもいいのによ。ワクワクさが足りないぞ、ほら何か言ってみろ」
「ええ……じゃあ、宝石とかいっぱいあったらどうする?」
「もちろん売って都に行く」
「でた。ねえ、よく言ってるけどジンは何しに行くの? 行くことに意味があるってのはなしだよ」
何回か返された答えを先に抑える。毎度同じことを聞いても仕方がない、ジンらしいとも思ったが他の答えも聞いてみたいと思う。
しかし答えはなかった、とにかく行きたいの一点張り。同じ質問を返されるがユキにはちゃんと理由はある、会いたい人がいる。
そもそも行く理由がなくても都に憧れるのは当然である、ただそこにこれと言った理由を持つ事はあまりない。この一つしか村がない島でも満足に暮らしていけるから知らない場所まで行って暮らそうとする者はいないのだ。
さらにジンが聞いたことしかない都のなんたるかを話しながら村から離れた夜の森を進んでいく。足元が見えないことはないがユキは明かりを照らす。
熱い季節、ある物を除いてこの山には危険なものは存在しない。そのある物も不安こそあるもののいない筈と思ったから二人でここに来た。
魔物と言う白く赤い瞳を持つ凶暴な生き物だ。遭遇してしまったら武器のない二人には生きて帰るすべはない。しかし今日の昼、村に依頼で来ている討伐隊が大型の魔物倒すため駆け回りこの一帯にはいない。
山の中腹、二人は森を抜け開けたところに出る。木々が邪魔で見えなかった低いといっても登るのには苦労くらいする崖が姿を現した。その崖の下、一部だけ不自然な個所がある。あたりを覆っている草がそこだけ踏まれたようではげている。
ユキが駆け寄ってみると何か大きな何かがありそうな洞穴を見つける。
これが今回言いつけを破ってまで森を進んだ目的。
ジンが追い付くと「すげー」の一言。
「なんだこれ? 奥まで続いてるっぽいな」
「ここだと思う、先に中に入るね。明かり強くならないかな?」
「おい、ここに入るのか?」
「うん」
振り返りもせず明かりをいじり、返事だけして足を踏み入れる。
勝手に足が進むような感覚を覚えていた。ユキは中がどうなっているかは知らず、もしかしたら魔物がいるかも知れないような穴に普段だったら絶対入らない。そもそも夜にここまで来ようともしない。
「ちょっと待てよ、言いつけ破ってここまで来たのは良い。だけどユキは行き過ぎじゃないのか? その方が面白いかもしれないけど、それは……ちょっとな」
「もしかして怖いの? 一人で行くから待ってていいよ」
「ふざけ! 待ちやがれ」
中に入ると幅も広く高さもある。
背後にあるジンの気配が先ほどまでよりもずっと小さく感じた。身長で言えばジンの方があるはずなのにどうしたんだろうかと思う、やっぱり怖いんだろう。それに対してユキには急く気持ちがあった。
ふと小さな明かりでは届くはずのない位置の壁がほんのりと浮かび上がっていることに気づく。あたりを見回してすぐにその理由に気づいた。足元に転がるいくつもの石が弱々しく光っている。
一つ拾い上げると何かが体に流れ込むような感覚だけして光が消えた。
「なんか光ってなかったか、それ」
「多分これ蛍光石だと思う。これだけじゃなくてここで光ってるの全部、含有度は低いみたいだけど」
「本当かよ! これ全部? そんな事わかんのかよ」
「だって光る石って言ったらそれ以外ないでしょ」
それを聞いてジンの存在感が急激に増した。入ってすぐの横穴の中で飛び跳ねている。
「お前最高じゃないか。やっぱり俺を驚かせるために黙っていたんじゃんかよ。不器用な奴め、なでてやるよ」
ユキは何もないのにつれてきてしまって少し申し訳ないと思っていたところだ。目的ではなかったがジンが喜んでくれてよかったと思う。もしも言った通り何もなかったら後で怒られるようないたずらにでも手を貸さなければいけなかっただろう。
「おお! 奥の方がいっぱい落ちてんじゃねえかよ。ちょっと拾ってくる」
「待ってよ」
「明かりなんていらねえよ」
先ほどまでの存在感のなさが嘘のようだ。むしろこっちの方がジンらしい振る舞いだ。横穴の奥の薄いながらも光が一番強くなっている場所に駆けていく。慌ててついて行ったところ急にジンが止まる。
「ユキ、静かにしろ」
「なんで? さっきまで騒いでたのはジンじゃないか」
固まっているジンの肩越しの向う側を見るとそこに白いふわふわした何かがうっすらと明かりに照らされた。ジンが振り返り押して戻ろうとするのをよけてそれをよく見る。呼吸をしているのか上下にわずかに規則的に動いている。
明かりを照らし近寄る。
「おい、戻れよ。気付かれたらどうすんだ」
小声を聞かないでもう目の前。明かりを足元に置く。
よく見ればそれは真っ白な羽根で覆われている。鳥のようだが普通の毛もある、何よりその丸まり方が鳥じゃない。どちらかと言うと犬に近いが決定的に違う何かがそこにいる、大きさは十分に抱き上げられる程度だ。
ジンは背後で魔物かもしれないものにためらいもなく近づいて行ったユキを見てどうしていいかわからずただそこで成り行きを見ていた。
「大丈夫だから待ってて」
ユキは一言だけ呟く。
白い鳥のような生き物は近くに来たユキの存在に気づき、ゆっくりほどけて首を持ち上げる。
犬のような頭かと思ったが三角の耳がない、代わりに飾りつけしてあるかのようにそこに羽根が耳のようにある。首も犬のよりか長い。風が吹いたら転がって行ってしまいそうな印象をユキは持った。
目の前の白い生き物がここに来た目的だと今、ユキは理解する。
「おかあさん?」
疑問と共にぱちくりと覗く瞳はユキやジンよりも黄色の強い茶色だ。つまり魔物ではないとユキにはわかる。
「違うよ、僕はユキ」
優しく返事をしてあげるとその首をかしげながら目をぱちくりとさせる。
それから体を起こし猫のように体を伸ばす。ただ前足、後ろ脚だけではなく小さいながらも立派な一対の翼が伸ばされる。
それを終えると前足を上げ後ろ脚だけでちょこんと立つ。毛におおわれた尻尾も前に回り込んでいる。
竜の子供だ。
まっすぐに目を見つめてくるその竜の子にユキは何もせずにはいられなく、しゃがんで手を伸ばす。竜の子も首を伸ばし鼻先で触れようとする。
あっけにとられてジンはその場から動けない。
そしてユキの手と竜の子の鼻先が触れた瞬間に何かしびれるようなものがほとばしった。