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かわいいって言うな  作者: 灯屋 いと


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二度目

 土曜日の約束は夕方の五時だった。駅で待ち合わせをして、繁華街の近くの映画館に向かう。事前にどの映画を見るのか決めていなくて、上映時間が近いものを見ることになった。チケットはタナカがまとめて取ってくれ、高校生の伊吹は費用を求められない。シアターはほどほどに埋まっていて、中段の中央よりやや左寄りだが見やすい席だ。しかし、内容は伊吹に全然入ってこない。

 アクション映画で伊吹は好きな方なはずなのに上の空だった。

 ヒロインとのキスシーンで伊吹はタナカに隣から手を握られた。気付いたのは握られた後で、伊吹は一瞬戸惑ったが振り払うのも変だと思いそのままにしていた。

 映画の後はカフェに寄ってコーヒーを飲みながら小一時間ほど雑談したが、伊吹にはタナカの言葉が届かない。デートをしているはずなのに、なにも楽しくない。ここ数日、ずっと気持ちが上の空で伊吹はぼんやりしている。

「伊吹くん、映画、いまいちだった?」

「あ。そうじゃなくて……」

 図星を指され、伊吹は慌てて否定した。だが、続く言い訳が思いつかない。タナカがくすりと笑った。

「まあ、いきなり仲良くなろうと思ってないからさ。疲れてるなら今日は解散しようか」

「……ごめんなさい」

「謝んないでよ」

 柔らかい声音で言われ、伊吹はほっとした。カフェを出て伊吹が「じゃあ、ここで」と言ったところで視界に影が差した。タナカが体を寄せたのだと気付き、伊吹が顔を上げるとそのまま唇にキスされた。触れて、数秒。伊吹が動けないままでいると、タナカが離れた。

「じゃあ、また今度ね」

 伊吹が固まったままでいると、タナカは片手をひらりと振って駅の方へと去っていった。

 キスをした。なのに感慨がない。伊吹が想像していたよりも、何もなかった。ただ、触れて柔らかかっただけだ。心が高鳴ることもなく、切なくなることもなかった。

 遅れて伊吹の胸にもやもやとしたものが湧き上がってくる。

 年上の男にリードされてデートした。別れ際にキスをした。

 伊吹が憧れていた恋人とのデートそのもののはずなのに、何一つ嬉しくない。欲しかったはずのものがどれもしっくりこない。何か違う。伊吹が欲しかったものは何だったのか。望んでいたはずのものが全てもやもやとした不快感になって胸に溜まっている。

 ポケットからスマホを出して伊吹は時間を確認した。二十一時十五分。まだラーメン屋のラストオーダーには間に合う。

 伊吹は要のバイト先へと足を向けた。先日、大声を上げ、要と気まずくなっている。けれど、いま無性に伊吹は要のバイト先のラーメンを恋しく思った。


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