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大公ロザリアの領地運営録  作者: 白瀬 いお
第1部:接収領地の大公

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20/20

第20話:救済の線引き

 連日頭をフル回転させていても、夜熟睡することができれば、目が覚めた時頭の中が整理されているような感覚になる。

 だから、考え事をする時は、寝る前よりも朝起きてからの方が良い。悲観的になりすぎず、楽観的に寄りすぎることもないから。

 セレナを筆頭とした侍女さんたちにお世話をして貰いながら、執事さんから一日のスケジュールを聞いて、今日も胃を痛めながらの仕事が始まる。


 午前中にイレギュラーなことが起こることはほぼないし、午後も会議がなければ基本的に平和なんだけど──今日はそういうわけにもいかない。

 今年度の税収についての会議は四日前に終わったけど、貧民街については議題に挙がらなかったから、次の来年度予算会議でわたしから挙げなきゃいけないな。

 見て見ぬふりを決め込めることじゃないし、何をするにも予算はいる。その予算を割り振るには、それに足る理由も説明して納得させなければならない。

 多くの領民や有力者にとって、貧民街はなくさなければいけないものではなく、ただの侮蔑の対象でしかないらしい。中には「貧民を追い出せば良い」なんて言う人もいた。

 追い出したところで、彼らはそれを恨みに思いながら次の住居を探すだけだろう──それこそ、より支援の手が届かなくなるほど、犯罪組織に飲み込まれてしまうかもしれない。


 わたしの懸念を悲観的な妄想だ、今までそんなことは起こっていないはずと切り捨てる人もいたけど、そうじゃない──実際、貧しさは犯罪の温床となるって、前世で得た歴史の知識で知っている。

 誰も彼もが悪人になるとは言わないけど、今日を生きるのに精一杯な人は、社会的な善悪よりも生存を優先するだろうということは、想像に難くない。

 前領主が貧民を一般市民と同じ生活水準まで押し上げるような、支援事業を行った記録はなかった。そもそもそういう発想がなかったのか、あったけど頓挫したのかは分からないけど。

 正直、貧民街に支援の手を伸ばすなら、今しかない。領主交代は、貧民街の人たちも知っているだろうし──十五歳の女が、貧民街に対して潔癖な感情を抱き、また哀れんで手を差し伸べる。そういうカバーストーリーを作ることも容易い。

 政は綺麗事だけでできはしないけど、綺麗事には政治的な使い道があるから。使えるものは使っておこう、十五歳という若さ……幼さも、わたしの武器だし。


 支度ができたら、午前中の業務に取りかかる。不測の事態が起こることもなく、予定通りに進んで、最後の書類を読み込んでからサインをしたら、丁度昼食の時間だ。

 いつも通りわたしは自室でとって、食休みを挟んだ後、午後の業務──今日は、ケイルム様と共に貧民街について得られた情報を確認しなければならないから、会議室を一室押さえてある。

 執務官さんたちへの情報伝達は、わたしたちが取捨選択したもので良い。生の声をそのまま聞かせる必要はないし、それで判断がブレても困る。

 ケイルム様は、王都の貧民街解体政策について、わたしが知らないところも知っている人だ。彼が関わったのは三年ほどらしいけど、わたしよりも経験があるということに変わりはない。


「──それでは、貧民街に関わる情報整理を行います。書記官二名、議長はわたくし、ロザリア・アルジェンティアが務めます。今回の会議における目的は、貧民街解体へ向けた第一段階となる、貧民救済政策の草案作成の足がかりの情報整理です。よろしいですか、フィデホノール子爵」

「はい、大公殿下」

「よろしい。本会議では、わたくしの元へ集まった情報を全て記載した資料を使い、これを整理します。では、一枚目の報告書から始めましょう。これは神殿から得た情報であり、情報源は平民、そして炊き出しにやって来た一部の貧民です。神殿の主観を取り除いてはいますが、全く入っていないわけではないことに留意するように」


 神殿──正しくは神官から聞き取りをした神殿長が認めた報告書は、日々の食事を得る困難さや、病気や怪我の治療を受けられないという嘆きについてが主になっている。

 神殿の炊き出しにやって来たのは、若年層──特に女性と子供が多かったという。反対に、高齢者はほぼいなかったそうだ。そして想像していたよりも炊き出しにやって来る貧民街の住人が少なかったと、そう書かれている。


「まず、炊き出しに訪れた貧民から得た情報を確認します。多少の差異はあっても、彼らが一様に抱いている不満や不安は、日々の食事が満足に得られないことと、怪我をしたり病に罹った際、適切な治療を受けることができず、恐らく感染症も併発し、高い確率で死亡することのようです」

「それは、王都の貧民街でも大きな問題の一つでした。特に怪我や病気の治療については、治療院の予算が税収から出ていることもあり、税を納めていない貧民が利用したい場合は多額の金銭を支払う必要がありましたので。無償で、いえ、税を納めている者たちと同じ額で治療を受けさせるという案も出ましたが、国民からの大きな反発が予想されることが懸念されましたので、結局見送りになりました」

「ええ、わたくしも該当会議の議事録で読みました。王都の貧民街解体政策では、まず貧民街の住人を王国籍に登録し、先に治療を施してから、専門知識を必要としない労働をさせ、そこで得た給金の一部を返済に充てさせた──返済期限は設けず、代わりに返済が完了するまでは指定の場所で労働することを義務とした。わたくしはこう記憶しておりますが、如何でしょう」

「殿下の仰る通りでございます。国が治療院へ治療費を代わりに納めたことで、国民からは反発が起こりましたが、予想よりも小さなもので済みました。あくまで立て替えであり、返済義務は消滅しない──本人が返し終えることができなければ、その親兄弟親族にも返済の義務が発生する、というのが、反発を和らげた一因かと愚考致します」


 そう、返済義務は本人だけではない──言うなれば、親族一同が連帯保証人のようなものなんだよね。ただ、債務者が天涯孤独の身の上の場合、返し終えられずに死亡した時は、財産押収で終了しなければならないという、抜け道もある。

 それを防ぐため、先に王国籍の登録をさせた。これは、マレディウムでも取り入れた方が良いだろう。何をするにも、まずは王国籍を与えて身分を縛っておく方が管理もしやすい。


「貧民街の住人の治療については、一度置いておきます。困窮による食糧不足──このまま炊き出しを続けるだけでは、根本的な解決にはなりません。そもそも、民が食糧を手に入れるには、畑を耕すか、店で購入するしかありませんが……貧民街の住人にそのような経済的余裕があるわけでもなし、そして店側も貧民と見れば品物を売ることもなく追い出してしまうようですね」

「マレディウムは肥沃な土地とは言えません──新たに畑を開墾するにしても、支度金は必要となるでしょう。そしてすぐに自分たちの食事を賄い、税を納められるだけの収穫を得ることは、事実上不可能かと。しかし、炊き出しにかかる費用も嵩みますから、自ら食糧を入手する方法を与えなければなりません」

「何をするにも、資金はいくらあっても足りませんね。開墾については、マレディウムの土壌調査が終わってからでなければ、検討に入ることも難しいでしょう──いえ、開墾は難しくとも、実験用の畑の雑務ならば、まだ空きがあったはず」

「はい、あります──しかし、大勢は必要ありません。実験用の畑自体が小規模ですから、必要とする人手も自然と少なくなります。送り込めて、五、六人ほどかと」


 そうなんだよね。それにもう、平民の中でも生活が苦しい人を優先して実験用の畑で雇い入れているから、残っている枠は本当に少ない。

 畑関係で残っているのは──堆肥作りの枠。

 感染症の罹患に注意しなければいけないことと、糞尿の臭いに耐えられる人であることが条件だし、平民からは「人の糞尿を集める汚らしい仕事」として下に見られてしまう可能性も高い。

 だからこそ、人手が足りておらず、仕事自体はある。だって、生き物は毎日排泄をするから。

 ただ、貧民街の住人がこの仕事にどう反応するかという問題もある。そもそも、貧民街にどれくらいの人がいるのか、そして領都だけでなく他の街にも貧民街があるのかも考えなきゃならない。


「──大公殿下、発言の許可を賜りたくお願い致します」

「許可します」

「貧民街の子供のうち、身寄りがない、もしくは子供の兄弟しかいない場合──諜報員としての教育を行い、〝使用〟することを進言致します」

「──……、……。そう、ね。一案として、受け取りましょう」


 使用──わたしの隠れた手足である『影』の一員となる訓練を受けさせる、ということだよね。子供ならば、価値観や思想を染めることも容易く、技術を仕込むのにも時間的猶予が多い。……一考するに足る案だ。


「──食糧問題は、労働場所を確保するのが先決でしょう。これはわたくしとフィデホノール子爵だけで答えを出せる問題ではありませんから、本会議後、改めて考えることとします。議題が前後しましたが、貧民街の住人の傷病問題について、この場である程度の案を固めましょう」

「かしこまりました。王都の貧民街解体政策に倣う形になるのでしょうか」

「一部は倣いますが、そのまま導入はしません。アンナルデクス王国の治療院の運営費は、税収によって賄われていますが、リオングランデ王国──そしてマレディウムでは、治療院の運営費は寄付金によって賄われています。我がアンナルデクス王国に接収したのですから、治療院の運営費についても、本国に従うのが筋というもの。ゆえに、来年度からは治療院の運営費も予算に組み込みます」

「よろしいかと。貧民街の住人の治療については、どうお考えですか」

「まず、軽傷者や軽症者は、治療費の一括支払いもしくは一定期間治療院で奉仕活動を行うかの二択。中傷者や比較的病の回復が見込める者は、同じく治療費の一括支払いもしくは一定期間治療院で奉仕活動を行い、治療費の半分に相当する額を指定の仕事に従事して得た給金の一部を徴収し、分割で支払うかの二択。そして重傷者や重症者は──」


 喉の奥に重りがあるような感覚がする。でも、言わなければ。

 わたしは、誰も彼もを無償で助けられるような人間では、ない。

 そして、それをやってはならないんだから。


「──回復が見込めない者には、鎮痛剤を処方します。延命治療は行いません。また、完治までに相当な年月が見込まれる場合も同様です。治療が長引けば長引くほど、治療費は嵩み、返済の見立ては難しくなります。何より、費用対効果が薄い──重い傷や病に体を蝕まれた者を助けても得られる税収は少ないでしょう。今のマレディウムには、彼らの回復を待つ金銭的な余裕はありません」

「……、……」


 部屋の空気が重い。書記官さん二人の手も、一瞬止まった。

 目を見開いたケイルム様が、一転して目を閉じて──小さくだけど、頷く。


「──かしこまりました。確かに、全ての者に手を差し伸べる余力は、まだマレディウムにありません。そして、貧民街の住人よりも、毎年税を納めている者たちを優先せねばなりませんから……良い案かと」

「そう。では、次回の会議で議題に挙げましょう。──わたくしたちの手は、どこまでも届くものではないのだから。さあ、次は治安維持兵が貧民街の近くに住む者たちから聞き取った情報です──」


 貧民街の住人の生活および職業訓練支援について、王国の国策としての発案と草案作りはしたことがあったけど、国と一領地じゃあ使える人員も予算も全く違うんだって、今ひしひしと感じている。

 次は周辺住民から得られた情報──税を納めている者たちから見た、貧民街についてだ。

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