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365  作者: メンキチ
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さらに違う場所にしてみた

壱:静寂と喪失

私の名前は山野やまのさつき。四十歳。あの「若返り現象」が起きるまで、十年間、中堅のデイサービスセンターで介護福祉士として働いてきた。


佐伯様のお宅にも担当として伺っていた。和人さんの憔悴しきった顔と、綾子様のご機嫌を伺う日々。それが、私たちの日常だった。


そして、あの日。世界は一変した。


私が佐伯様のお宅に伺った時、目の前にいたのは、二十歳の美女だった。一瞬、詐欺かと思った。しかし、そのぶっきらぼうな口調は、まごうことなく綾子様のものだった。


「どういうことでしょうか」


私は茫然と立ち尽くすしかできなかった。和人さんに促され、その日は帰ったけれど、その後数日のニュースで、状況を把握した。要介護だった人々が、人生の最盛期の姿に戻り、そして寿命は極端に短縮されたのだと。


私のデイサービスセンターは、一週間でからになった。


最初は、歓喜だった。多くの利用者が、自分で立ち、歩き、食事をする姿を見て、涙を流した。長年の苦労が報われたと、心から思った。


しかし、喜びはすぐに喪失感に変わった。


若返った人々は、その多くが十日以内に息を引き取った。若さを謳歌した後、元の姿に戻り、あるいはそのまま静かに逝った。私たちは、彼らの束の間の自由と、その後の静かな死を、ただ見守るしかできなかった。


数ヶ月後、私の仕事はなくなった。日本中の介護施設や病院が、同じ運命を辿った。介護保険の財源は莫大に余り、過重労働で疲弊していた私たちの肩の荷は降りた。だが、長年の習慣で朝早く目が覚めても、行くべき場所がない。


「解放された」はずなのに、心には大きな空席が残った。


弐:新しい支援の形

半年が過ぎた今、街は落ち着きを取り戻しつつあるが、人口は激減した。特に高齢者の割合が減ったため、介護という職業は、ほぼ消滅した。


しかし、私たち介護福祉士のスキル自体が、無価値になったわけではない。


国は、私たち介護人材を、今や「生活支援士」として再編した。ターゲットは、「新しく生まれた要支援者」と「残された障害者」だ。


新しい老人、障害者にどのように思うのか。


今、私たちが支援するのは、若返り現象で肉体的には回復しなかった、あるいは精神的な障害を負った人々だ。


「新しい老人」という概念は、もうない。皆、人生の終盤で一時的に若さを取り戻しただけで、その後の人生は、私たち健常者と同じ時間軸に戻った。


だが、あの現象は、私たちに「老いや障害とは何か」を問い直させた。


以前の介護は、「失った機能の代替」だった。立つこと、食べること、排泄すること。私たちは「代行者」だった。


しかし、今は違う。


私たちが接するのは、「生」の終わりを見てしまった人々、あるいは現象の影響を受けなかった「取り残された」障害者だ。彼らには、心のケアと、社会との繋がりが必要になった。私の仕事は、彼らが新しい社会で尊厳を持って生きるための「共存のデザイン」に変わった。


特に、認知症だったが若返り、再び発症してしまった高齢者へのケアは複雑だ。彼らは一瞬の輝きを経験した分、再び自己が失われていく恐怖を深く知っている。


私は思う。私たちは今、「機能回復」ではなく、「魂の解放」の担い手になったのではないだろうか。


参:シェアと共同体

仕事がなくなった後、多くの元デイワーカーは、失業手当で生活しながら、「新しいシェア」の概念に飛び込んだ。


新しいシェアについてどう思うのか。


これは、政府が提唱する「生活共同体シェアリング」だ。人口半減で空き家が増え、仕事の需要も減った今、私たちは生き方そのものを変えなければならない。


私は現在、元同僚数名と、大きな一軒家をシェアしている。


生活費のシェア: 私たちは一つの大きなキッチンで食事を作り、生活費を折半する。


スキルのシェア: 元看護師の友人は健康管理を、元栄養士の友人は食事指導を、そして私は生活支援のスキルを、地域住民や共同体のメンバーに無償でシェアする。


労働のシェア: 労働需要が激減したため、私たちは週に二日だけ、政府や地域のNPOの委託を受け、生き残った障害者の「伴走者」として働く。


これは、「お金を稼ぐ」ための労働ではなく、「社会を維持する」ための奉仕的なシェア労働だ。


最初は戸惑った。私たちはずっと、お金のため、評価のために働いてきたから。しかし、お金の価値が下がり、物質的な豊かさへの執着が薄れた今、この共同体的な生活は、かつてないほどの安心感を与えてくれる。


私たちは、あの時、多くの命が消えていくのを見た。そして、佐伯様の息子さんのような疲弊した介護者が解放される姿も見た。


この世界は、「老い」という絶対的な問題を、一時的な奇跡で解決した。しかし、その代償として、私たちに残されたのは、「生き方」そのものを問い直すという、さらに大きな課題だ。


私は今、介護士ではなく、「共同体の調整役」として、再び生きがいを見出し始めている。かつては孤独だった介護の現場が、今、地域全体へとシェアされて、新しい希望の光が灯り始めているのを感じる。

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