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第0章 第3話:パッチ・適用・拒否 ―― 禁忌の改変(アップデート)

孤児院の平穏は、重厚な鎧の擦れる音によって破られた。

正教会の紋章を胸に刻んだ男――聖騎士アルリックが数人の部下を引き連れて、険しい表情で教会の正門をくぐったのだ。


(……やばい、バレたか?)


僕は背中の黒板を無意識に隠した。最近、町中の魔道具を勝手に「リファクタリング」して回っていた報いだろうか。

神の術式を見ることは許されているが、改変することは、この世界では重大な異端行為だ。だが、アルリックの用件は僕の処罰ではなかった。


「……司祭殿、急な訪問を許してほしい。実は現在、正教会は各地の教会を調査中なのだ。古文書に記された祈りの循環が機能しておらず、魔力の還元率が急落している。この教会も同様の事例が発生しているか確認しにきた」


アルリックはそう告げると、司祭とともに教会の地下祭壇に向かった。

そこには、地域の信仰心を集め、魔力として還元するための巨大な魔導回路が刻まれている。

しばらくして、司祭とアルリックが戻ってきた。


「テル、君は魔道具の修繕に明るいと聞いている。司祭殿の許可は得た。騎士様の横で、この『ことわり』の乱れを特定する手伝いをしてくれないか」


アルリックは今何が起きているか教えてくれた。

彼も騎士として魔法を学んでいるようだが、その説明は要領を得ない。

「信仰の導管が詰まっている」といった抽象的な表現を繰り返すばかりで、彼自身も術式が「なぜ動かないのか」、そして現在「何が起きているのか」を根本的には理解できていないようだった。

司祭様に促され、地下へ向かった。地下室は三重の重い石扉で閉ざされていた。だが、回路のコアに黒板をかざし、世界の裏側へアクセスした瞬間、違和感を感じた。


[神記創世基本核 v1.0.4 - 術式監査中...]

[対象領域: 信仰力収集術式]

[状態: 警告 - 集中還元回路が閉鎖状態にあります]


(……不具合? いや、何かがおかしい)


解析を進めるうちに、奇妙な違和感が膨れ上がる。「認可制御」の記述が驚くほど丁寧に作り込まれているのだ。


(……なんて綺麗なコードだ。無駄がない。神様の書いたスパゲッティコードとは根本的に違う。これは、熟練のエンジニアが意図を持って組み上げた……『論理的な侵入』の痕跡だ)


物理的な鍵はかかったままでも、神が作った信仰力を収集するネットワークに存在する脆弱性を突き、外部から直接コードを流し込んだのだ。

本来の聖句の間に、巧妙にバイパス(迂回経路)が埋め込まれている。


「……少年よ、どうした? 何か分かったのか」


後ろから覗き込んでいたアルリックの声に、僕は現実に引き戻された。


「……誰かが、この魔法陣を直接書き換えたように感じます」

「何? 術式を改ざんするなど、なんということを。……ふむ、確かにこの模様は、手元の経典にあるものと別物だな」


アルリックは古文書と黒板を見比べ、バイパス箇所を指し示した。僕は「もっと効率的に直せるのに」というエンジニアのこだわりを飲み込み、素直に従う。


> 権限代行実行 聖句編纂機 信仰力収集術式.原典

> 不正(Malformed)命令(Command)の削除完了

> 正常化プロセスを実行中...

[状態: 正常終了(SUCCESS)]


ゴォォ、と重低音が響き、停滞していた魔力が再び勢いよく流れ始めた。


「おお……見事だ! 古文書の教えをこれほど迅速に体現するとは!」


アルリックは相好を崩したが、すぐに表情を律した。


「いったい誰がこんなことを。司祭、ここに侵入を許したか?」

「い、いえ……ここは三重の鍵と侵入防止の魔法陣が張り巡らされています。どの魔法陣も反応しておらず、鍵も埃をかぶったままです」


司祭の言葉に、僕は心の中で考えた。(信仰力を収集するためにネットワークが作られているのか。今回の不具合がハッキングだとしたら、ネットワーク経由で行われたのだろう。ネットワークは侵入できるのか)


「知っての通り、神のシステムは不可侵だ。人の手で弄ぶことは、例え善意であっても禁忌。我々の役割は『維持』だ。……テル、君も肝に銘じておくように」


僕は司祭の後ろで冷や汗を拭いながら、笑ってごまかすしかなかった。




数日後、さらなる来客があった。聖務局長バルナバス。教会のインフラ管理を統括する重鎮だそうだ。


「君がテル君だね。アルリックから聞いているよ。腕がいいらしいではないか。そこでだ、我が聖務局に来て、神のシステムの『保守』を手伝ってくれないか」


予期せぬヘッドハンティングだった。聞けば、大陸中で同様の停止が多発しているという。

バルナバスは、教会の祭壇に「焼き付いて消えなくなった」という、異常な光景を写した魔導録を見せてくれた。

そこには、前世で見たランサムウェアの脅迫文そっくりの文言が浮かび上がっていた。


『神の不自由な理を停止させた。解放してほしくば対価を支払え』


そして文末には、自らを誇示する犯人の名。


『Qyren ―― ZeroDayゼロデイ


(ゼロデイ……対策が見つかっていない脆弱性を突く攻撃の呼称。このハッキングを行った者、俺と同じような転生者なのか?)


神に選ばれた「修正要員」としての僕。そして、神の穴を突き、世界を壊そうとする破壊者、ZeroDay。


前世で守りきれなかった後悔を胸に、僕は決意を固めた。


「分かりました、バルナバス様。その……仕事、お引き受けします」


神の設計図を巡る、エンジニアたちの音も立てないハッキング戦争が、今ここから始まった。

誤字脱字はごめんなさい


用語解説

• 論理的な侵入:物理的にドアを壊して入るのではなく、通信やプログラムの穴を突いて、システムの内側へ「見えない形」で入り込むこと。つまりはハッキング

• ハッキング:コンピュータやネットワークに精通した者が、その知識を使ってシステムを操ったり、中身を書き換えたりする行為

• バイパス(迂回経路):ITセキュリティ用語としては、正規の手順ルートを通らずに、こっそり近道や抜け道を作ること

• 認可制御:ユーザーごとに「どこまで操作していいか」を決めるルールのこと。物語では、このルール自体が犯人によって丁寧に書き換えられている

• 保守:メンテナンスのこと。システムが壊れないように見守り、不具合が出た時に修理して、正常な状態を維持し続けること

• インフラ:水道や電気、ガス、通信など、生活に欠かせない基盤となるもの。物語では信仰力と魔力がインフラにあたる

• インフラ管理:インフラは止まると困るため、止まらないように管理・運用すること。バルナバスの仕事

• 正常終了:プログラムが途中でエラーを起こすことなく、予定していた処理をすべて無事に終えること

• ゼロデイ(ZeroDay):システムの弱点が見つかってから、対策パッチが作られるまでの「無防備な期間」に行われる攻撃のこと。本作では犯人の名として登場

• Qyren:ZeroDayの所属する組織

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