第0章 第2話:リファクタリング・ライフ ―― 信仰という名のライセンス認証
石造りの水路から、ゴボリと不吉な音が漏れた。ここは孤児院の裏手にある共同水場 。本来なら絶え間なく清らかな水が溢れているはずの魔道具が、今はひび割れた金属の塊と化している 。
「やっぱりダメか……。司祭様も『神への祈りが足りぬゆえ、奇跡が枯れ果てたのだ』って言うばかりでさ」
買い替えるしかないのかな、とつぶやきながら困り顔で僕を見るのは、孤児院の年下の少年ルーカスだ。僕は苦笑いしながら、その魔道具にそっと手を触れた。
「祈りで直れば苦労はしないよ。どれ、ちょっと中を見てみるね」
転生してから十五年 。赤ん坊だった僕は、今や孤児院の手伝いをして回る年齢になっていた 。この十五年間、僕は一貫してこの世界の「神が作った魔法システム」を観察し続けてきた 。
僕は脇にかかえていた、薄く平らな「石板」を取り出した。それは教会で読み書きを教えるために使われる、チョークで字を書くための黒板だ。人々にとってはただの筆記用具だが、僕にとっては魔法というプログラムに介入するための物理的な入力端末だった 。
僕が魔道具に触れながら、黒板にチョークを走らせる。コードを記入しているのだ。水の出る魔道具に黒板で触れるとアクセスできる。そして僕が意識を集中させた瞬間、ただの石板だったはずの「黒い板」の表面に、現実を侵食するように緑色の文字列が浮かび上がった。
[神記創世基本核 v1.0.4 - 基本核中枢起動中...]
[対象術式: 水流操作の理]
[状態: 演算飽和 - 奇跡が限界を超えています]
> 管理者権限の取得を試行中... 成功。
> 聖句編集機を起動。術式構成を読み込みます。
(案の定だ。バルブを制御する関数の引数が間違ってる。おまけに、ここのループ処理の終了条件が設定されてないから、内部で魔力が無限ループしてスタックオーバーフローを起こしてるんだ)
神様が作ったこのレガシーシステムは、本当にどこまでも「スパゲッティコード」だ 。
僕はチョークを使い、黒板の上に浮かび上がるコードを直接書き換えていく 。
> 権限代行実行 聖句編纂機 聖典/水流操作の理.原典
> 全置換実行: '無窮の循環' -> '六十拍の制限'
> 保存して終了。術式を再構築しています...
(無駄な祈りの待機時間をコメントアウト。魔力の供給量を一定値で制限。よし、実行コマンドを送信)
カチリ、と頭の中で何かが噛み合う音がした。
次の瞬間、黒板の文字が『成功』と輝き、蛇口から勢いよく透き通った水が噴き出した 。
「わあ! すごいやテル兄ちゃん! 司祭様が三日祈っても出なかったのに!」
「はは、運が良かっただけだよ。ちょっとした設定ミスを直しただけさ」
僕はルーカスを送り出し、濡れた手を拭った。黒板を布で拭うと、そこには文字の消えた、ただの真っ黒な石板が残る。最近、僕はこうして町や教会の「困りごと」をこっそり直して回っている 。加温器や防壁……それらを黒板越しにリファクタリングして回るのが、僕の日常だ。
だが、チョークでコードを書き換えるたびに、背筋に冷たいものが走る。今の僕は、世界の根幹プログラムを直接いじっている 。僕が数行のコードを消去したり追加したりするだけで、穏やかな光の魔法は一瞬で広場を焼き尽くす爆弾に変貌するし、命を繋ぐ回復魔法も、強制終了の一撃に書き換わってしまうのだ 。
(自分の書き換えひとつで、この世界は「消失」もすれば「暴走」もする……)
それは、前世で僕が経験した恐怖と同じだった 。たった一行のコードの穴が、数万人の人生を狂わせる。この世界の住人たちは、そんな危ういシステムの上で、何も知らずに神に祈りを捧げている。
「……脆弱性を見抜き、修正できるのは、この世界で俺だけだ」
黒板というアナログな窓から、デバッグを続ける孤独な視線。
神様、あんたが放置したこのバグだらけの世界 。エンジニアとして、黙って見過ごすわけにはいかないんだ 。
誤字脱字はごめんなさい
用語解説
• コンソール:コンピュータに命令を直接打ち込むための操作画面のこと。物語では黒板がその役割を果たす
• root:管理者権限のこと。一言でいうと「全知全能の権利」。システムのすべてを自由に変更できる最強の権限です。
• vi:エンジニアがコードを編集するために使うテキストエディタ(編集ツール)です。
テキストエディタ:WindowsPCだとメモ帳。メモとして使ったり、文章を編集するのに使う。主はサクラエディタが好き
• スタックオーバーフロー:プログラミングにおけるバグの一種。処理の積み重ねが限界を超えてパンクした状態。コップに水を入れすぎたらあふれるイメージ
• レガシーシステム:一言でいうと「古くてボロボロのシステム」。設計が古く、維持や修正が難しくなっているものを指す
• コンパイル:再構築という意味。人間が書いた命令を、システムが実際に実行できる形式に「翻訳」して組み立てること。
• コメントアウト:プログラムの一部を「メモ書き」扱いにして、システムに実行させないようにすることです。
• リファクタリング:プログラムの動作(見た目)は変えずに、内部の構造を整理してきれいに作り直す作業。整理整頓
• 強制終了:動いているプログラムを無理やり停止させること。




