7. 陰湿な嫌がらせと、優しさの力
ある日の朝、育成院の玄関を開けると、ゴミが置かれていた。
「…またか」
これで1週間連続だ。
生ゴミ、空き缶、破れた布。
わざわざ汚いものを選んで、玄関前に積んでいる。
「ぱぱ、くさい…」
アリアが鼻を押さえた。
「ごめんな、すぐ片付けるから」
俺は黙々とゴミを片付ける。
これは、隣の家に住むバルドという男の仕業だ。
最初は、庭に石が投げ込まれた。
次は、窓に卵が投げつけられた。
その次は、夜中に玄関を蹴る音。
そして今は、毎朝のゴミ置き。
でも、それだけじゃない。
◇
午前中、洗濯物を干していると、隣の家の窓からバルドが顔を出した。
「おい、男のくせに洗濯なんてやってんのか。気持ち悪ぃな」
俺は無視する。
「なぁ、その子。本当にお前の子か?どうせ、金目当てで預かってんだろ?」
「…」
「そのうち飽きて、捨てるんじゃねぇのか?」
アリアが、洗濯物の陰から不安そうに俺を見ている。
「ぱぱ…」
「大丈夫だよ、アリア。あのおじさんは、嘘を言ってるだけ」
「へっ、いい子ぶりやがって」
バルドが嘲笑う。
「そんな子供、どうせすぐダメになる。お前みたいな半端者に、まともな育児ができるわけねぇ」
俺は、グッと拳を握った。
ここで怒ったら、アリアが怖がる。
教育的にもよくない。
「行こう、アリア」
「うん…」
午後、公園に行こうとすると、道にガラス片が散乱していた。
育成院の前だけ。
「…っ」
明らかに、わざとだ。
「ぱぱ、これなに?」
「危ないから、触っちゃダメだよ」
俺は、アリアを抱き上げて、ガラス片を避けて歩いた。後ろで、バルドの笑い声が聞こえた。
◇
その夜、アリアがなかなか寝付けなかった。
「ぱぱ…」
「どうした?」
「アリア、じゃまなの…?」
「え?」
「おじさん、いってた。アリアがいると、ぱぱ、こまるって…」
「…っ」
俺は、アリアを抱きしめた。
「違うよ。アリアは、俺の大切な家族だ」
「ほんとう…?」
「本当だよ。あのおじさんが、間違ってるんだ」
「…」
アリアは、不安そうに俺の服を握った。
「ぱぱ、すき…」
「俺も、アリアが大好きだよ」
でも、心の中では、怒りが燃えていた。
「…このままじゃ、アリアの心が壊れる」
翌日の昼。
公園から帰ると、育成院の壁に、泥が投げつけられていた。
そして、赤いペンキで文字が書かれていた。
『詐欺師の家』
『子供がかわいそう』
『出て行け』
「…ッ」
俺は、歯を食いしばった。
「ぱぱ…これ…」
アリアが、涙目で見ている。
「大丈夫、すぐ消すから」
「でも…」
「大丈夫だよ」
俺は、笑顔を作った。
でも、心の中では、限界が近かった。
◇
その夜、アリアを寝かしつけた後、俺は一人で壁を洗った。ペンキは、なかなか落ちない。
「…くそ」
何度も、何度も、擦る。
「俺は…俺は間違ってないはずだ」
アリアを育てること。
それは、間違ってない。
でも、こんな嫌がらせを受けて、アリアを傷つけて…
「…無力だ」
そう思った、その時。
窓から、小さな声が聞こえた。
「ぱぱ…」
振り向くと、アリアが窓から顔を出していた。
「アリア!?寝たんじゃ…」
「ねむれなかった…ぱぱ、ひとりで、がんばってるから」
「…」
「アリアも、てつだう」
「いや、大丈夫だよ。アリアは—」
「アリア、ぱぱと、いっしょがいい」
「…っ」
俺は、涙が出そうになった。
「…ありがとう、アリア」
「うん!」
アリアが、小さな手で布を持って、一緒に壁を洗ってくれた。
「ぱぱ?アリアぜんぜん、じゃまじゃないよね?」
「当たり前だ」
「よかった…」
アリアが、嬉しそうに笑った。
その瞬間、俺は決意した。
「…アリア、明日、おじさんのところに行こう」
「え?」
「話をしないと、何も変わらない」
翌日の昼。
俺とアリアは、バルドの家の前に立っていた。
ドアをノックする。
「…誰だ」
低い声。
「イクメンです。少し、お話ししたいんですが」
「…話すことなんてねぇよ。帰れ」
「お願いします」
「うるせぇ!帰れって!」
その時、アリアが一歩前に出た。
「おじさん」
「…あぁ?」
ドアが少し開いた。
バルドが、怪訝そうな顔で覗いている。
「アリアね、おじさんに、きいてみたいことがあるの」
「…何だよ」
「おじさん、さみしいの?」
「…はぁ?」
バルドが、一瞬固まった。
「いつも、まどから、みてるよね」
「…」
「おそとに、でないの?」
「…うるせぇな。子供が偉そうに」
「アリアね、まえは、すっごく、さみしかったの」
アリアが静かに言った。
「おとうさんも、おかあさんも、いなくなっちゃって」
「…」
「だれも、はなしかけてくれなくて、ごはんもなくて、さむくて、さみしかった」
アリアの目が、少し潤んでいる。
「でも、ぱぱが、たすけてくれたの」
「…」
「ぱぱはね、やさしいの。ごはんつくってくれて、あそんでくれて、だきしめてくれる。だから、アリアね、もう、さみしくないの」
アリアが、バルドを見上げる。
「おじさんも、さみしいんだよね?」
「…っ」
バルドの顔が、歪んだ。
「だから、いじわるするの?」
「…ち、違う…俺は…」
「アリアね、わかるよ。さみしいと、こころが、いたくなるの」
「…」
「だから、だれかに、あたりたくなるの」
アリアが、小さな手を差し出した。
「いっしょに、あそぼ?」
「…え?」
「ぱぱと、アリアと、おじさんで」
「…なんで、俺なんかと」
「だって、おじさん、さみしいんでしょ?」
「…っ」
バルドの目から、涙がこぼれた。
「…う、うう…」
「おじさん…?」
「…す、すまなかった…」
バルドが、ドアを開けて、膝をついた。
「俺は…ずっと、独りで…誰も、話してくれなくて…」
「…」
「お前たちを見て、羨ましくて、妬ましくて、嫌がらせをした…!こんな、優しい子に俺はなんてことを」
バルドが、顔を覆った。
「…俺は、最低だ…子供相手に、何やってんだ…!」
アリアは、バルドに近づいて、小さな手を乗せた。
「だいじょうぶだよ」
「…?」
「おじさん、いま、ないてるもん」
「…っ」
「ないたら、こころ、すっきりするって、ぱぱがいってた。だから、おじさんも、かわれるよ」
バルドは、声を上げて泣いた。
俺は、アリアの頭を撫でた。
「…アリア、ありがとう」
「えへへ」
アリアが、満面の笑顔を見せた。
◇
その日の夕方、バルドは俺たちと一緒に、壁のペンキを落としてくれた。
「…本当に、すまなかった」
「もういいですよ」
「いや、許されることじゃない」
バルドが、真剣な顔で言った。
「だから、これから、償う」
「…?」
「近所の奴らに、全部話す。俺がやったこと、全部」
「そこまでしなくても」
「いや、する。陰でお前の悪口も言ってたんだ。このままじゃお前の評判が悪いままだ」
バルドが、俺を見た。
「お前は、いい育児師だ。あの子を見れば、分かる」
「…ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう」
バルドが、アリアを見た。
「お前のおかげで、俺は変われた」
「えへへ、どういたしまして!」
アリアが、笑顔で答えた。
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【称号獲得!】
称号:**「心を繋ぐ者」**
取得条件:子供の優しさで、他人の心を変えた
保有称号数:6個 → 7個
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【経験値+12獲得】
【育児経験値:197/200】
◇
数日後、バルドは近所を回って、自分の行いを謝罪した。そして、俺とアリアのことを、皆に話してくれた。
「あの育児師は本物だ。俺が保証する」
おかげで、近所の人々の俺への信頼は、さらに深まった。
【経験値+3獲得】
【育児経験値:200/200】
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【レベルアップ!】
【育児師 Lv.2 → Lv.3】
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その夜、アリアを寝かしつけた後、俺はステータスを確認した。
「レベル3か…」
ふと、気になった。
「そういえば、自分のステータスって、見たことなかったな」
俺は、ステータス画面を開いた。
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【イクノ・メン 】
レベル:3
職業:育児師
**基礎ステータス**
- 体力:5
- 筋力:8
- 器用さ:12
- 知力:15
- 精神力:18
- 魅力:10
**未振り分けステータスポイント:200**
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「…200?」
俺は目を疑った。
「こんなに、ポイントが溜まってたのか…」
そして、基礎ステータスを見て、驚く。
「全部…めちゃくちゃ低いじゃないか」
体力5、筋力8。
これじゃあ、一般人どころか、子供並みだ。
「転生した時の体が、相当ひ弱だったのか…?」
いや、そもそも育児師は、戦闘職じゃない。
ステータスが低くても、不思議じゃない。
むしろ、孤児院育ちで栄養状態も悪かったんだろう。
「でも、200ポイントもあれば…」
俺は、試しに振り分けてみることにした。
「まず、体力は絶対に必要だ。アリアを抱っこするし、長時間の育児は体力勝負」
体力に50ポイント。
「筋力も、少しは欲しい。重いものを持つこともある」
筋力に30ポイント。
「器用さは、料理や育児で使う。これは重要だな」
器用さに40ポイント。
「知力は、知育に必要だ。アリアに色々教えるには」
知力に40ポイント。
「精神力は…育児はメンタルも大事だ」
精神力に20ポイント。
「魅力は…子供に好かれるために、少しは」
魅力に20ポイント。
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【ステータス振り分け完了】
- 体力:5 → 55
- 筋力:8 → 38
- 器用さ:12 → 52
- 知力:15 → 55
- 精神力:18 → 38
- 魅力:10 → 30
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「…おお」
瞬間、体が軽くなった気がした。
いや、気がしただけじゃない。
明らかに、体が変わった。
「これが、ステータスアップか…」
立ち上がると、以前より体が動きやすい。
試しに、アリアのベッドを持ち上げてみる。
「…軽い!」
以前は両手で必死に持ち上げていたのに、今は片手で楽々だ。
筋力が8から38。
約5倍になったんだから、当然か。
「すごいな、これ…」
少し歩いてみる。
体が軽い。疲れを感じない。
体力が5から55。
11倍だ。
「これなら、もっと長時間アリアと遊べる」
鏡を見ると、顔色も良くなっている気がする。
「魅力が20上がったからか?こんなシステムがあるなんて…知らなかった」
つまり、育児師としてレベルが上がれば、自分自身も強くなれる。
「育児だけじゃなく、俺自身も成長できるのか…」
これなら、もっと重い荷物も持てる。
もっと、アリアを守れる。
「まだまだ、知らないことがたくさんあるな」
でも、それが楽しい。
俺は、ステータス画面を閉じた。
「さて、明日も頑張るか」
窓の外を見た。
星が、綺麗に輝いていた。
新しい力を手に入れた今、俺はもっと強くなれる。
アリアを、もっと幸せにできる。
「待ってろよ、ペルカ」
2ヶ月後の対決。
その時、俺はもっと強くなっている。
そう、確信した。
 




