6.俺のスキル
あれから、1ヶ月が経った。
朝、窓から差し込む日差しを浴びながら、俺は育成院のキッチンでステータスを確認していた。
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【育児実績】
- この世界での育成人数:1人(進行中)
- 育児経験値:185/200
- 育児師レベル:Lv.2
【保有称号】2個
【アリア・フォンブラウン 成長記録】
育成期間:1ヶ月と1週間
現在の状態:良好
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「1ヶ月か…早いな」
ステータス画面を眺めながら、ふと思い出す。
1週間前、育児師レベルが2に上がったときのことを。
あのとき、俺は初めてスキルへの追加効果付加というものを知った。
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【1週間前の回想】
深夜、アリアを寝かしつけた後。
レベルアップの余韻に浸りながら、新しく解放された機能を確認していた。
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【新機能解放】
スキル追加効果付加システムが利用可能になりました
保有称号の数に応じて、スキルに追加効果を付加できます
※ 付加回数が増えるごとに、必要な称号数が増加します
※ 称号は消費されません
現在の保有称号:2個
1回目の付加条件:称号2個以上(達成)
2回目の付加条件:称号7個以上(未達成)
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「称号の数…?」
俺は称号リストを開いた。
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【保有称号一覧】
1. **「初めての食事」**
- 取得条件:初めて子供に食事をあげた
2. **「成長の目撃者」**
- 取得条件:子供の初めての魔法発動を見届けた
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「2個…ギリギリだな」
ちょうど、1回目の付加ができる数だ。
でも、2回目の付加には7個必要になる。
あと5個も称号を集めなければならない。
「称号は消費されない…実績として残るのか」
つまり、真面目に育児をしていれば、称号は自然と増えていく。
「今は2個ある。1回は強化できるしやってみるか」
俺はスキルリストを開いた。
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【付加可能なスキル】
必要称号数:2個(現在:2個保有 - 条件達成)
**【育児眼Lv.2】**
▼ 追加効果候補A:範囲拡大
- 効果:同時に2人まで詳細情報を視られる
▼ 追加効果候補B:情報精度向上
- 効果:成長予測の精度上昇、潜在スキル候補表示
▼ 追加効果候補C:常時簡易表示
- 効果:視界内の子供全員の簡易情報を常時表示
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**【父の温もり(コンフォート・オーラ)Lv.2】**
▼ 追加効果候補A:範囲拡大
- 効果:半径5m → 半径10m
▼ 追加効果候補B:成長加速強化
- 効果:成長速度ボーナス +10% → +20%
▼ 追加効果候補C:体調回復
- 効果:軽度の体調不良を緩和
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**【愛情促進Lv.2】**
▼ 追加効果候補A:発動条件緩和
- 効果:必要信頼度 50 → 30
▼ 追加効果候補B:効果強化
- 効果:開花速度 +20% → +35%
▼ 追加効果候補C:守護の加護
- 効果:危機察知・軽微な危険回避能力付与
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次回の付加条件:称号7個以上(現在2個 - あと5個必要)
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「…悩むな」
どれも魅力的だ。
でも、今の俺に一番必要なのは…
「アリアの成長速度だ」
ペルカとの対決まで、あと3ヶ月を切っている。
限られた時間で、アリアを最大限成長させなければならない。
「決めた」
俺は、ひとつの選択肢を選んだ。
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【追加効果付加】
スキル:父の温もり(コンフォート・オーラ)
追加効果:成長加速強化
付加しますか? → はい
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【付加完了】
父の温もり(コンフォート・オーラ)に追加効果が付与されました
**成長速度ボーナス:+10% → +20%**
保有称号:2個
次回の付加条件:称号7個以上
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【父の温もり(コンフォート・オーラ)Lv.2】
- 効果:半径5m以内の子供に安らぎを与える
(泣き止む・よく眠る・**成長速度+20%**・情緒安定)
- 範囲:半径5m
- 消費:なし(常時発動)
- 追加効果:成長加速強化
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「よし…これで、アリアの成長が加速する」
称号は消費されていない。
2個の実績は、そのまま俺の中に残っている。
「次は7個か…あと5個、称号を集めないと」
それまでに、どんな実績を積めばいいのか。
考えるだけで、少しワクワクした。
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【回想終わり】
「あれから1ヶ月…効果は、予想以上だった」
成長速度+20%。
その効果は、アリアの全てに表れている。
言葉の習得、魔力の制御、運動能力。
全てが、驚異的な速度で伸びていった。
この1ヶ月、俺は毎日アリアと向き合い続けた。
朝の体操、散歩、知育、魔力訓練、食事、お風呂、寝かしつけ。
その全てが、アリアの成長に繋がっている。
「ぱぱ、おはよー!」
元気な声が聞こえて、振り向く。
アリアが部屋から出てきた。
1ヶ月前とは、別人のようだった。
「おはよう、アリア」
「今日は、なにするの?」
流暢に話す。
以前は片言だったのに、今では普通に会話ができる。
身長も少し伸びた。頬もふっくらとして、健康そのものだ。
「そうだな…午前中に公園に行って、午後は魔法の練習だ」
「やった!まほう!」
アリアの目が輝く。
そう、アリアは今、簡単な魔法が使えるようになっている。
「じゃあ、まず朝ごはんにしよう」
「うん!」
アリアが椅子に座る。
その動作も、以前よりずっとスムーズだ。
バランス感覚、運動能力、全てが向上している。
俺はキッチンで朝食を準備しながら、この1ヶ月を振り返った。
**1週間目**
基礎的な育児を徹底した。
食事、睡眠、運動、知育。
毎日同じルーティンを繰り返す。
アリアの言葉が少しずつ増えていった。
「ぱぱ、すき」「ありがとう」「おいしい」
そのたびに、胸が温かくなった。
すると視界にメッセージが表示された。
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【称号獲得!】
称号:**「信頼の証」**
取得条件:子供から家族として呼ばれた(「ぱぱ」「まま」)
保有称号数:2個 → 3個
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「3個目か…」
称号が増えていく。
それは、アリアとの絆が深まっている証でもあった。
**2週間目**
魔力の基礎訓練を本格化。
呼吸法を毎日30分。
アリアは真剣に取り組んだ。
**3週間目:**
運動能力が飛躍的に向上。
走れるようになり、階段も一人で登れるようになった。公園で他の子供たちと遊ぶ姿は、もう完全に健康な子供そのものだった。
ある日、公園で同じくらいの年の女の子と仲良くなった。
「あそぼ!」
「うん!」
2人で手を繋いで走り回る。
その姿を見て、俺は安堵した。
社会性も、ちゃんと育っている。
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【称号獲得!】
称号:**「社会性の芽生え」**
取得条件:子供が他の子供と友達になった
保有称号数:3個 → 4個
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近所の人々も、驚きの目で見ていた。
「あの子、本当に1ヶ月前と同じ子…?」
「信じられない…」
そして、ちょうど1ヶ月が経った日。
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【称号獲得!】
称号:**「献身の日々」**
取得条件:同じ子供を30日間連続で育てた
保有称号数:4個 → 5個
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「5個…あと2個で、次の強化ができる」
称号は、確実に増えている。
**4週間目:**
知育が大きく進んだ。
数を10まで数えられるようになり、簡単な足し算もできるようになった。
色も10種類以上認識できる。
絵本を読むと、内容を理解して感想まで言えるようになった。
「うさぎさん、かわいそうだったね」
「どうしてそう思ったんだ?」
「だって、おうちがなくなっちゃったから」
感情の理解、共感能力。
全てが、驚異的な速度で成長している。
【ーーー振り返り終わり】
朝食を食べ終えると、俺はアリアに声をかけた。
「よし、じゃあ公園に行こうか」
「うん!」
外に出ると、近所の人たちが声をかけてきた。
「おはようございます、イクメンさん」
「アリアちゃん、今日も元気ね」
「ええ。元気すぎて、こっちも負けてられないです」
1ヶ月前とは、まるで違う。
以前は冷たい視線ばかりだったのに、今では皆が笑顔で挨拶してくれる。
そしてなにより変わったことが…。
「あの、イクメンさん」
中年の女性が声をかけてきた。
「はい、何でしょうか?」
「うちの息子を、数時間だけ預かっていただけないでしょうか?」
「預かり、ですか?」
「ええ。今日、どうしても外せない用事があって…でも、息子を連れていけなくて」
女性は困った顔をしている。
「分かりました。お預かりします」
「本当ですか!ありがとうございます!」
女性は安堵の表情を浮かべた。
これで、3件目の短期預かり依頼だ。
1ヶ月前は誰も信用してくれなかったのに、今では依頼が来るようになった。
アリアの成長が、何よりの証明になっている。
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【称号獲得!】
称号:**「近隣の信頼」**
取得条件:預かり依頼が3件以上になった
保有称号数:5個 → 6個
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「ぱぱー!はやくー」
公園に着くと、他の育児師たちがいた。
皆、女性だ。
以前は俺を見ると、露骨に距離を取っていた。
でも、今日は違った。
「あら、イクメンさん」
一人の育児師が声をかけてきた。
「おはようございます」
「アリアちゃん、本当に成長しましたわね。1ヶ月前とは別人みたい」
「ありがとうございます」
「どんな育児をされてるんですか?私も教えていただきたいわ」
他の育児師たちも、興味深そうに聞いてくる。
「そうですね…まず、毎日ステータスを確認して、その子に最適な訓練を」
「ステータス…?」
育児師が首を傾げた。
「え?ほら、子供の才能とか体調とか、ステータス画面で見えるでしょ?」
「ステータス画面…って、何ですの?」
他の育児師たちも、同じように困惑した顔をしている。
「…え?見えませんか?」
「何が見えるんですの?」
「子供の才能とか、成長予測とか…」
「そんなもの、見えませんわよ?」
育児師たちが顔を見合わせる。
「才能を知りたければ、王立魔法測定所で検査するしか…」
「あれ、高いですものね。50シルバーもかかるし、結果も曖昧だし」
「そうそう。『魔力は平均より少し上』とか、そんな程度しか分からないのよ」
俺は、じわりと理解し始めた。
「(まさか…ステータス画面が見えるのって、俺だけ…?)」
「イクメンさん?どうかなさいまして?」
「あ、いえ…すみません、何でもないです」
俺は慌てて話題を変えた。
「あの、皆さんは育児師として、どんなスキルをお持ちなんですか?」
「スキル?ああ、私は『包容』ですわ。抱っこすると、子供が少し落ち着くの」
「私は『子守唄』。寝かしつけが少し早くなるわ」
「私のは『着せ替え(ドレッシング)』ね。着替えが少し楽になるの」
どれも、補助的なスキルばかりだ。
才能を見たり、成長を予測したり、そんなスキルは誰も持っていない。
…俺のスキルは、この世界では異常なのか?
言われるまで気が付かなかった。
前の体の持ち主の記憶を辿ってみるが…。
ーーーステータス画面のことは出てこない。
つまり、これは転生特典みたいなものか?
だから、俺は子供の才能が一瞬で分かるのか。
彼女達の言うことが本当なら、この世界の育児師は才能が見えない状態で育ててるということだ。
それじゃあ、表面的に才能がある子しか見つけられない。平凡な子は、見過ごされてしまう。
「…なるほどな」
ペルカが英才教育に特化している理由も分かった気がする。才能が見えないから、最初から才能がある子を選んで育てる。それしか、方法がないのだ。
ーーーでも、俺は違う。
育児眼があれば、隠れた才能も見つけられる。
平凡に見える子でも、可能性を引き出せる。
「あのー、イクメンさん?」
「…あぁ!すみません、少し考え事をしていました」
「あら大丈夫ですか?お疲れなんじゃ?」
「いえいえ!大丈夫ですよ」
俺は笑顔を作った。
でも、心の中では、自分の能力の異常さを理解するのでいっぱいだった。
だが同時に少しずつ、認められ始めていることも実感していた。男の育児師への偏見は、まだ完全には消えていない。でも、アリアの成長が、少しずつ人々の心を変えている。
「ねーねー!」
アリアは他の子供たちに話しかけていた。
「あそぼー!」
「うん、あそぼ!」
どんどん友達が増える。
笑顔で走り回る姿を見ていると、ふと前世の娘の姿が重なる。今頃、兄ちゃんたちと元気にやってるかな。胸が少し痛む。
でも、ここにはアリアがいる。
この子を、全力で守る。
それが、俺の使命だ。
 




