4.転生特典
翌朝、窓の外を見ると土砂降りの雨だった。
「これは…外に出られないな」
灰色の空から、激しく雨が降り注いでいる。
この数日、雨が続いている。普段ならアリアと一緒に市場へ買い物に行くのだが、この天候では無理だ。
雷まで鳴り始めた。2歳の子供を連れて出るには危険すぎる。
「備蓄の野菜が底をつきそうだ…」
キッチンの棚を開ける。
わずかなパンと、しなびかけた野菜が数本。
「これじゃ、今日の分しか持たない」
財布には100シルバーある。買い物に行けさえすれば問題ないのだが。
「明日晴れたら買いに行くしかないか」
その時、アリアが部屋から出てきた。
「ぱぱ、おはよ」
「おはよう、アリア。よく眠れたか?」
「うん!」
元気な返事。顔色も良い。
「よし、朝ごはんにしよう」
アリアを椅子に座らせて、キッチンに向かう。
残りの野菜でスープを作り、パンを添える。
「いただきます!」
「いっぱい食べるんだぞ」
アリアは嬉しそうにスプーンを口に運ぶ。
前世の娘や双子息子もこんな風に食べてたな…
胸が温かくなる。
食事が終わり、食器を洗っていると、また棚が気になった。
「やっぱり、明日までもたないな…」
扉を開けると—
「え…?」
そこには、さっきまで無かった新鮮な野菜とパンが並んでいた。人参、じゃがいも、玉ねぎ、トマト。そして焼きたてのような柔らかいパン。
「さっき見た時は無かったのに…」
俺は首を傾げた。
孤児院からの支援?いや、次は2週間後のはずだ。
「まさか、誰かが置いていった?」
でも、扉には鍵がかかっている。窓も閉まったまま。
「一体…」
その時、ふと思い出した。
前にもこんなことがあった。
アリアを引き取った日。野菜が不思議と増えていた。
「あの時も、確か…」
そして、転生時のことを思い出す。
神様は言っていた。「特別な力を授ける」と。
「もしかして…」
ステータス画面を開く。
いつも確認していたのは【スキル】と【育児実績】だけ。でも、画面の下の方に、今まで気にしていなかった項目があった。
【転生特典】
「転生特典…?」
タップすると、新しいウィンドウが開いた。
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【転生特典一覧】
✓ 必要食
状態:解放済(自動発動中)
効果:育児に必要な食材が無意識のうちに出現する
説明:転生者の無意識が「今必要なもの」を感知し、自動で食材を生成。コントロールは不可能だが、子供の成長に必要な栄養素を過不足なく供給する。自動発動。クールタイムあり。
??? - 未解放
解除条件:不明
??? - 未解放
解除条件:不明
??? - 未解放
解除条件:不明
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「これか…!」
全てが繋がった。
あの時の野菜も、今の食材も。
全て、この【必要食】が自動で出現させていたのか。
「…気づかなかった」
無意識のうちに、アリアに必要な食材が用意されていた。
「これなら…食費の心配はしなくていいのか」
安堵が胸に広がる。
100シルバーは、服や必需品のために取っておける。
「ありがたい…本当にありがたい。孤児院からの支援ももう要らないな」
神様に感謝しつつ、俺は新しい野菜を手に取った。
◇
雨は昼過ぎまで続いた。
外に出られない日は、室内での活動に集中する。
「アリア、こっちおいで」
「なあに?」
俺はリビングに簡単な遊びスペースを作った。
前の体の持ち主が用意していた積み木と、布でできた柔らかいボール。
「今日は、お部屋で遊ぼうか」
「あそぶ!」
アリアの目が輝く。
まず、基礎的な運動から始める。
2歳3ヶ月。この時期は運動能力の基礎を作る大事な時期だ。
「じゃあ、ぱぱと一緒に体操しよう」
「たいそう?」
「うん。体を動かすんだ」
俺は前世で娘にやっていた、簡単な体操を思い出す。
「まず、両手を上にあげて、ぐーっと伸ばして」
「こう?」
アリアが小さな手を上に伸ばす。
「そうそう、上手だ。次は、ぴょんぴょん跳ねてみよう」
「ぴょん、ぴょん!」
アリアが嬉しそうに跳ねる。
バランス感覚、筋力、柔軟性。
全てが、これからの成長に繋がる。
「よーし、次は片足立ちだ。できるかな?」
「むずかしい…」
「大丈夫、ぱぱが支えるから」
俺はアリアの手を取り、片足で立つのを手伝う。
最初はすぐにバランスを崩すが、何度か繰り返すうちに、少しずつ安定してくる。
【経験値+3獲得】
「おお、すごいぞアリア!上手になってきた」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
アリアの笑顔が輝く。
運動の後は、知育の時間。
「次は、絵本を読もうか」
「えほん!」
俺は棚から絵本を取り出す。
この世界にも、子供向けの絵本はある。
動物や魔法使いが出てくる、シンプルな物語。
「じゃあ、ぱぱが読むから、アリアは聞いててね」
「うん!」
アリアを膝の上に座らせて、ゆっくりと読み聞かせる。
「むかしむかし、森に小さなウサギさんが住んでいました…」
アリアは真剣な顔で聞いている。
時々、「うさぎさん、かわいい」と声を出す。
絵本は、言葉の発達だけでなく、想像力や感情の理解にも繋がる。前世でも、毎晩子ども達に読み聞かせをしていた。皆いつも同じ本を「もう一回!」とせがんできてたっけな。
「ぱぱ?」
「ん?どうした?」
「つぎは?」
「ああ、続き読むぞ」
我に返って、また絵本を読み始める。
【経験値+2獲得】
絵本を3冊読み終えた後は、数の勉強。
「アリア、これ見て」
積み木を3つ並べる。
「これ、いくつあるかな?」
「…さん?」
「そう!3つだ。すごいな、アリア」
「えへへ」
嬉しそうに笑う。
次に、積み木を1つ追加する。
「じゃあ、今度は?」
「…よん?」
「正解!4つだね」
数の概念を理解するのは、まだ難しい年齢だ。
でも、少しずつ慣れさせることが大事。
「じゃあ、アリアも積み木並べてみて」
「うん!」
アリアは一生懸命、積み木を積み上げる。
2つ、3つ…4つ目でバランスを崩して倒れる。
「あー!」
「大丈夫、また挑戦しよう」
何度も何度も、繰り返す。
そのうち、5つまで積めるようになった。
「やった!できた!」
「すごいぞ、アリア!」
俺はアリアを抱き上げて、ぐるぐる回す。
「きゃー!」
アリアの笑い声が部屋に響く。
【経験値+4獲得】
◇
昼食の後は、昼寝の時間だ。
「さあ、お昼寝しよう」
「ねむくない…」
「そう言わずに。寝ると、もっと大きくなれるんだぞ」
「おおきくなる?」
「ああ。寝てる間に、体が成長するんだ」
これは本当のことだ。
成長ホルモンは、睡眠中に最も分泌される。
特に幼児期は、昼寝も重要な成長の時間になる。
「じゃあ、ねる!」
「よし、いい子だ」
アリアをベッドに寝かせて、毛布をかける。
「おやすみ、アリア」
「おやすみ、ぱぱ」
頭を撫でると、アリアはすぐに目を閉じた。
父の温もり(コンフォート・オーラ)が発動し、アリアは安らかに眠り始める。本当に便利なスキルだ。
俺は眠るアリアをしばらく眺めて、静かに部屋を出た。アリアが寝ている間、俺は育児計画を見直すことにした。
「3ヶ月でペルカに勝つ…」
ペルカは英才教育のスペシャリストらしい。
10年以上の経験と、協会の理事という立場。
一方、俺は実績ゼロ。
でも、俺には前世の知識と、この世界のスキルがある。
「アリアの才能は、魔力SSS、魔法適性SSS…」
育児眼で見た情報を思い出す。
「まだ2歳。本格的な魔法の訓練は早すぎる」
でも、基礎は作れる。
集中力、呼吸法、魔力の感覚。
「少しずつ、体に覚えさせていこう」
メモに計画を書き込む。
**【育児計画 - アリア】**
- 朝:基礎体操、散歩(天気が良ければ)
- 午前:運動遊び、バランス訓練
- 昼:昼食、昼寝
- 午後:知育(絵本、数、色)、魔力の基礎訓練
- 夕方:自由遊び、創造性を伸ばす
- 夜:夕食、お風呂、寝かしつけ
毎日のルーティンを作ることで、生活リズムが整う。
その中で少しずつ、才能を引き出していく。
無理なく、アリアのペースで一歩ずつ成長する。
それが俺の計画だった。




