3.突然の挑戦状
翌朝。
「う…ん?」
目が覚めると、朝日が窓から差し込んでいた。
「朝か。アリアは大丈夫かな」
急いで部屋に向かうと、アリアがベッドの上で起き上がっていた。
「おはよう、アリア」
「…おはよ」
片言だが、返事が返ってきた。
「よし、朝ごはんを作るからな」
簡単なパンとスープ。
そして棚にあった果物を手に取って、さっと切り分け用意する。
「おいしそ」
アリアは昨日よりも食欲があった。
「たくさん食べてるな。いいことだ」
食事の後、窓に近寄り外の様子を見に行く。
すると、近所の住民が数人、育成院の前に集まっていた。
「おい、あの男。本当に子供を引き取ったのか?」
「昨日の夜、泣き声も聞こえなかったぞ」
「まさか、もう投げ出したんじゃ…」
「いや、待て。あそこから煙が出てる。料理してるみたいだ」
口々に何か言っているのが聞こえる。
覗き見されてる気がした俺は、不快だったので扉を開けた。
「何か用か?」
住民たちが驚いて振り向く。
「…お前、本当にあの子を育ててるのか?」
「ああ。当たり前だ」
「いやいやいや!お前、実績ゼロだろ?大丈夫なのか?」
「大丈夫かどうかは、これから証明する」
その時、アリアが俺の後ろから顔を出した。
「ぱぱ…」
住民たちが息を呑んだ。
「あ、あの子…顔色が良くなってるわ…」
「昨日まであんなにやつれてたのに…」
「まさか、たった一晩で?」
俺は静かに言った。
「育児ってのは、愛情と知識があればできる。性別も、実績も関係ない」
そして、扉を閉めた。
背後で、住民たちのざわめきが聞こえる。
「あいつ…本物かもしれないぞ…」
◇
それから数日が経った。
アリアの回復は順調だった。
毎日、栄養バランスの取れた食事を与え、十分な睡眠を確保する。そして、適度な運動と遊び。
育児眼で常に状態をチェックし、最適なケアを続ける。毎日の食事作り、お風呂、寝かしつけ…その一つ一つが経験値として積み重なっていく。
【育児経験値:67/100】
もうすぐレベルアップだ。
アリアも少しずつ言葉が増えてきた。
「ぱぱ、あそぼ」
「おう、何して遊ぶ?」
「おそと…」
「外か。よし、少しだけな」
外に出ると、近所の人たちが驚いた表情で見ている。
アリアは俺の手を握りながら、少し恥ずかしそうに歩く。
「あの子…本当に元気になってる…」
「あの育児師、何者なんだ…?」
噂は確実に広まっていた。
そして、その噂は他の育成院にも届いていた。
◇
ある日の午後。
育成院の扉をノックする音が響いた。
客だろうか?
「はい。今開ける」
扉を開けると、そこには一人の女性が立っていた。
30代前半だろうか。長い茶色の髪を後ろで結び、整った顔立ち。高級そうなドレスに身を包み、背筋をピンと伸ばしている。
しかし、その表情は冷たかった。
「初めまして。私はペルカ・シュナイダー。王都中心部にある『シュナイダー育成院』の院長よ」
「イクノ・メンだ。何か用か?」
ペルカは俺を値踏みするような目で見た。
「噂を聞いたわ。没落貴族の娘を引き取ったんですって?」
「…それがなにか?」
「ふふ、面白いわね。しかも男が育児師なんて」
ペルカは腕を組んだ。
「あなた、実績ゼロでしょう?今その子が元気なのだって、たまたま運が良かっただけじゃないの?」
「運じゃない。愛情と知識だ」
「あ、愛情と知識?」
ペルカは鼻で笑った。
「私は10年間、この仕事をしてきた。王都育児師協会の理事としてね」
「協会の…理事?」
「ええ。数十人の子供を育て、そのうち10人以上を王国の重要ポストに送り出したわ。騎士団長、宮廷魔術師、商会の代表…私が育てた子供たちよ」
ペルカは誇らしげに胸を張った。
「私は英才教育のスペシャリスト。優秀なエリートを育てることに特化しているの」
「…そんなエリートか、俺に何の用だ?」
ペルカの目が鋭くなった。
「率直に言うわ。男の育児師は、この世界に必要ない」
「何だと?」
「5年前だったかしら?私の知り合いの男性育児師が、子供に手を出した」
ペルカの声が低くなる。
「虐待よ。その子は今も心に傷を負ったまま」
「それ以前やそれ以降にも男性育児師による問題は度々あった…でもきっかけはその事件ね。それ以来、私は決めたの。二度とあんな悲劇を起こさせないって」
ペルカは俺を睨みつけた。
「今、王都には男性育児師が10人ほどいるわ。でも、みんな60代以上の老人たち。あと10年もすれば自然消滅する」
「新しく育児師になろうとする男は、協会が徹底的に審査して落としてるわ。あなたは運良く登録できた最後の世代よ」
「若い男性育児師を潰せば、あとは時間の問題。この世界から男の育児師は消えていく」
俺は拳を握りしめた。
「つまり、俺を潰すために来たのか」
「ええ」
ペルカは冷たく笑った。
「わたしと勝負しましょう」
「勝負?」
「3ヶ月後。あなたが育てている子と、私が育てている子を比較するの」
「魔力測定、基礎運動能力、知能テスト、そして情緒の安定性。全ての項目で勝負よ」
俺は首を振った。
「断る。アリアは勝負の道具じゃない」
「そう。じゃあ、あなたに依頼は来ないわね」
「…どういうことだ?」
ペルカは微笑んだ。
「私が王都の育児師たちに伝えるわ。『あの育児師は信用できない』『危険だから関わるな』ってね」
「そうなれば、誰もあなたに子供を預けない。依頼はゼロ。収入もゼロ。私の影響力舐めないほうがいいわよ?」
俺は歯を食いしばった。
「つまり…俺がここで活動できなくなれば…」
「アリアちゃんは孤児院に引き取られるでしょうね。でも、王国の孤児院は満員よ。劣悪な環境で、十分な食事も与えられない」
ペルカは冷酷に続けた。
「せっかく元気になったのに、また衰弱していくでしょうね。可哀想に」
その時、背後からアリアの声。
「ぱぱ…」
振り向くと、アリアが不安そうに俺を見ていた。
小さな手が、俺の服をぎゅっと掴む。
この子を守るためなら。
「…分かった」
俺はペルカを見据えた。
「その勝負、受けて立つ」
「あら、本当に?」
「ああ。ただし、条件がある」
「条件?」
「もし俺が勝ったら、お前は二度と『男が育児師なんて』とは言わないこと。そして、男性育児師を不当に扱うのをやめろ」
ペルカは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「面白いわ。いいわよ、その条件飲んだわ」
「よし。3ヶ月後だな」
「ええ。楽しみにしてるわ」
ペルカは踵を返して去っていった。
扉を閉めると、アリアが不安そうに俺を見上げた。
「ぱぱ…だいじょうぶ…?」
俺はアリアの頭を撫でた。
「ああ、大丈夫だ。お前を必ず立派に育ててみせる」
「…うん」
アリアは安心したように微笑んだ。
その夜、俺は育児計画を立て始めた。
期限は3ヶ月。
この期間で、アリアの才能を最大限に引き出す。
「よし…やってやるか」
ステータスを確認する。
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【育児実績】
- この世界での育成人数:1人(進行中)
- 育児経験値:67/100
- 次のレベルまで:あと33
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「まずはレベル2を目指すか」
前世の経験と、この世界のスキル。
その両方を使って、アリアを最強に育て上げる。
そして、この世界に『育児』の本当の価値を証明してみせる。
「3ヶ月後、覚悟しとけよ、ペルカ・シュナイダー」
俺の異世界育児師生活は、本格的に動き出した。




