37.新しい出会いと視線
数日後。
リュクの訓練は順調に進んでいた。
朝はレオナルドと剣術、昼は育児、午後は家事。
毎日繰り返すことで、リュクは確実に成長していた。
「いい感じだな、リュク」
庭での訓練中、俺はリュクの動きを見ながら声をかけた。
「ありがとう、イクメン」
リュクが汗を拭いながら笑顔で答える。
最初はぎこちなかった剣の構えも、今では様になってきた。
「レオナルドの教え方がいいんだ」
「いや、リュク君の努力だよ」
レオナルドが横から声をかける。
「才能は平凡でも、努力でカバーできる。リュク君は、それを証明してる」
「レオナルド…」
リュクが少し照れたように笑った。
俺も微笑みながら、二人のやり取りを見守っていた。
いいコンビになってきたな。
レオナルドも、リュクも、互いに刺激し合っている。
これが、成長というものだ。
「さて。今日は早めに院を閉めて、街に出るぞ」
俺が言うと、リュクが顔を上げた。
「街に?」
「ああ。服や日用品を買いに行く。アリアの服がもう小さくなってきたし、石鹸も補充しないとな」
「俺も行く」
リュクが即答する。
「訓練やっててもいいぞ?」
「家庭騎士は買い物も覚えなきゃいけないだろ?」
リュクが真剣な顔で言う。
俺は少し驚いたが、すぐに笑顔になった。
「確かにそうだな。じゃあ、一緒に行こう」
「うん」
リュクが嬉しそうに頷いた。
◇
午後。
俺はリュクとアリアを連れて、街へ出た。
今日は天気が良く、街は賑わっている。
商人たちの声、子供たちの笑い声、様々な音が混ざり合っている。
「ぱぱ、きょうは何かうの?」
アリアが俺の手を握りながら聞く。
「アリアの新しい服と、石鹸とかの日用品だな」
「ふく!」
アリアの目が輝く。
「アリア、新しい服好きだもんな」
リュクが笑いながら言う。
「うん!かわいいの、ほしい!」
アリアが元気に答えた。
俺たちはまず服屋へ向かった。
店に入ると、色とりどりの服が並んでいる。
「いらっしゃいませ」
店主が笑顔で迎えてくれた。
「子供服を見せてもらえますか」
「もちろんです。お嬢ちゃん、何歳ですか?」
「にさい!」
アリアが元気に答える。
「まあ、可愛い。こちらにいい服がありますよ」
店主がアリアを連れて奥へ向かう。
リュクと俺はその後をついていった。
しばらくして、アリアは可愛らしいワンピースを選んだ。
淡いピンク色で、小さな花の刺繍が入っている。
「これ、ほしい!」
アリアが嬉しそうに服を抱きしめる。
「いいな。似合いそうだ」
俺が言うと、アリアはニコニコと笑った。
服を買った後、俺たちは日用品を扱う店へ向かった。
石鹸、洗剤、タオルなどを買い揃える。
「これで全部か?」
リュクが荷物を持ちながら聞く。
「ああ、これで十分だ」
俺が答えると、リュクは頷いた。
「じゃあ、帰ろうか」
俺がそう言いかけた時、ふと視界の端に何かが映った。道端に、誰かが座り込んでいる。
俺は足を止めた。
「イクメン?」
リュクが不思議そうに振り返る。
「…ちょっと待ってろ」
俺は荷物をリュクに渡し、その場所へ向かった。
道端に座り込んでいたのは、小さな子供だった。
獣人の子供。
以前見た子供と同じだった。
年は5、6歳くらいだろうか。
茶色の耳と尻尾が生えている。
服はボロボロで、顔には泥と涙の跡がついている。
子供は膝を抱えて、小さく震えていた。
「どうしたんだい?」
俺が優しく声をかけると、子供はビクッと身体を震わせた。
「…っ」
怯えた目で俺を見上げる。
「大丈夫だ。何も怖いことはしない」
俺はゆっくりとしゃがみ込み、子供と目線を合わせた。
「お腹、空いてるか?」
子供は何も答えない。
ただ、怯えた目で俺を見つめている。
でも、その目は何かを訴えていた。
助けてほしい。
誰か、助けて。
そんな声が聞こえるような気がした。
「名前は?」
俺が優しく聞くと、子供は小さく口を開いた。
「…ケイ」
か細い声だった。
「ケイか。いい名前だな」
俺が微笑むと、ケイは少し驚いた様子で俺を見た。
「ケイ、家はどこだ?お父さんかお母さんは?」
俺が聞くと、ケイは首を横に振った。
「…いない」
小さな声で答える。
「家もないのか?」
「…うん」
ケイが涙を浮かべながら頷いた。
俺は胸が締め付けられる思いだった。
この子は、一人ぼっちなんだ。
家もない、親もいない。
誰にも助けられず、ここに座り込んでいる。
「イクメン…」
後ろからリュクの声が聞こえた。
振り返ると、リュクとアリアが心配そうな顔で立っていた。
「あの子…」
リュクが小さく呟く。
「ああ。一人ぼっちみたいだ」
俺がそう答えると、リュクは少し考え込んだ。
「…助けるのか?」
リュクが真剣な顔で聞く。
「ああ」
俺は迷わず答えた。
「助ける。それが俺のやり方だ」
リュクは小さく頷いた。
「…俺も手伝うよ」
リュクの言葉に、俺は微笑んだ。
「ありがとう、リュク」
俺は再びケイに向き直った。
「ケイ、俺の家に来るか?」
俺が優しく聞くと、ケイは驚いた様子で俺を見た。
「…いいの?」
か細い声で聞き返す。
「ああ。お腹いっぱいご飯も食べられるし、温かいベッドで眠れる。どうだ?」
俺が手を差し伸べると、ケイは少し躊躇した後、恐る恐る俺の手を握った。
小さくて、冷たい手だった。
「…ありがとう」
ケイが涙を流しながら言った。
俺はケイを抱き上げた。
軽い。
栄養が足りていないんだろう。
「大丈夫だ。もう一人じゃない」
俺がそう言うと、ケイは俺の胸に顔を埋めて泣き始めた。
「うう…ぅ…」
小さな嗚咽が聞こえる。
きっと、ずっと我慢していたんだろう。
怖くて、寂しくて、辛くて。
でも、もう大丈夫だ。
「ぱぱ、あのこ…だいじょうぶ?」
アリアが心配そうに聞く。
「ああ、大丈夫だ。一緒に帰るぞ」
「うん!」
アリアが嬉しそうに頷いた。
その時、周囲から冷たい視線を感じた。
通りすがりの人々が、俺たちを見ている。
いや、正確にはケイを見ている。
「あの人、獣人の子供を…」
「何考えてるんだ」
「獣人なんて、汚い」
小さな声が聞こえてくる。
俺は無視して、ケイを抱きかかえたまま歩き出した。
「イクメン…」
リュクが不安そうに声をかけてくる。
「大丈夫だ。気にするな」
俺が言うと、リュクは頷いた。
でも、周囲の冷たい視線は続いていた。
育成院に戻ると、俺はケイをリビングに連れて行った。
「まず、身体を洗おう」
俺がそう言うと、ケイは少し戸惑った様子で頷いた。
「リュク、お湯を沸かしてくれ」
「わかった」
リュクがすぐに動く。
俺はケイを浴室に連れて行き、優しく身体を洗ってあげた。泥と汚れが落ちると、ケイの肌は意外と白かった。
「気持ちいいか?」
俺が聞くと、ケイは小さく頷いた。
「…うん」
浴室を出ると、俺はケイに清潔な服を着せた。
少し大きめだが、暖かそうだ。
「さて、ご飯にしよう」
俺がそう言うと、ケイの目が少し輝いた。
リビングのテーブルに、温かいスープとパンを並べる。俺は完全食で出した野菜で、栄養価の高い食事を用意した。
「さあ、食べれるか?」
俺が言うと、ケイは恐る恐る手を伸ばした。
一口スープを飲むと、ケイの目が大きく見開かれた。
「…おいしい」
小さな声で呟く。
「そうか。たくさん食べていいぞ」
俺が微笑むと、ケイは夢中で食べ始めた。
よっぽどお腹が空いていたんだろう。
アリアもケイの隣に座って、一緒に食べている。
「ケイくん、いっぱいたべてね!」
アリアが笑顔で言う。
「…うん」
ケイが小さく頷いた。
リュクもその様子を見守りながら、微笑んでいた。
食事を終えると、ケイは少し眠そうな顔をしていた。
「疲れたか?」
俺が聞くと、ケイは小さく頷いた。
「じゃあ、少し休もう」
俺はケイを寝室に連れて行き、ベッドに寝かせた。
「…ここで、寝てもいいの?」
ケイが不安そうに聞く。
「ああ。ここがお前の部屋だ」
俺が優しく言うと、ケイは涙を浮かべた。
「…ありがとう」
小さな声で言って、ケイはそのまま眠りについた。
俺はそっと部屋を出て、リビングに戻った。
「イクメン、大丈夫なのか?」
リュクが心配そうに聞く。
「何が?」
「獣人の子供を引き取るって…周りの目もあるし」
「関係ない」
俺はきっぱりと答えた。
「子供は子供だ。人間だろうが獣人だろうが、関係ない。困っている子供を助ける。それだけだ」
俺の言葉に、リュクは少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔になった。
「…そうだな。それが、イクメンだもんな」
「ああ」
俺も微笑んだ。
「俺も、ケイを助けたいと思った」
リュクが真剣な顔で言う。
「ありがとう、リュク」
「家庭騎士になるなら、これくらいできなきゃな」
リュクが照れたように笑った。
その夜。ケイはぐっすりと眠っていた。
きっと、久しぶりの安心できる場所なんだろう。
俺はケイの寝顔を見ながら、考えていた。
この子は、これからどうなるんだろう。
獣人として、この世界で生きていくのはきっと厳しいかもしれない。でも、俺がいる。
リュクもアリアもいる。
この子を、絶対に守る。
そして、この子に笑顔を取り戻させる。
それが、俺のやるべきことだ。
俺は静かに部屋を出て、リビングへ戻った。
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【今回獲得した称号!】
称号:「差別を超える者」
取得条件: 周囲の偏見に屈せず、獣人の子供を助けた
称号:「平等の心」
取得条件: 種族を超えて子供を愛した
保有称号数: 44個 → 46個
(次回称号付加まで: あと4個)
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【育児経験値+38獲得】
【育児経験値: 441/500 → 479/500】
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【次回予告】
ケイを引き取ったイクメンに、予想外の反応が待っていた。
育児師協会からの警告、近隣住民からの苦情。
しかし、イクメンは決して諦めない。
そして、ケイの心を開く日々が始まる――。
第26話「偏見との戦い」に続く




