30.怒りの王の裁き
ブツンッ…
ーーー記憶が途切れる。
アリアの目に映った地獄が、感じた痛みが、味わった絶望が、全員の心に冷たく流れ込んでいった。
周囲は静まり返っており、誰も言葉を発さない。
国王陛下の顔は、怒りで真っ赤に染まっていた。
拳を固く握りしめ、肩が小刻みに震えている。
隣のヴィルヘルム卿は、こらえきれずに涙を流した。
近所の人々も、目に涙を浮かべている。
やがて、何人かがその場に膝をついた。
口を手で押さえたまま、震える肩を揺らす者もいた。
…両親のヴィクトールとエリザベートは、顔面蒼白になり、震えながら立ち尽くしている。
彼らも俺の目を見てしまったのだろう。
「…よく見せてくれた」
国王陛下が深く息を吐いた。
「グレゴール・ヴァイス」
低く、恐ろしいほど冷たい声が響き渡る。
「ヴィクトール・フォンブラウン」
「エリザベート・フォンブラウン」
一人ずつ名前を呼ぶ。
「貴様ら何か言い訳はあるか」
「あ、あれは!違う!」
ヴィクトールが慌てて弁解しようとする。
「そうよ!嘘です!私達があんなこと…!」
エリザベートも必死に否定する。
「黙れ」
国王陛下の一言で、2人は口を閉ざした。
その声には、抗うことのできない威圧感があった。
「私は今確かに見た。貴様らが、幼い子供に何をしたのかを」
国王陛下が一歩前に出る。
「虐待。育児放棄。これらは全て、王国の法において重罪だ」
「ひっ…」
エリザベートが後ずさる。
「さらに」
国王陛下がグレゴールを睨みつける。
「グレゴール・ヴァイス。貴様は領主でありながら、その権力を私的に濫用した」
「ご、誤解です!」
「ほう?なら教えてくれるか、そこのお前たち」
国王陛下が借金取りたちを指差した。
彼らの顔は、恐怖で青ざめていた。
「貴様ら、正直に話せ。誰に、何を命じられた?隠しても無駄だ。この私の目を欺くことなどできぬ。今回の一件に関わっていることは、すでに見抜いている。貴様らのようなゴロつきが、この場にいること自体が、紛れもない証拠だ」
「ひっ…!」
一人の借金取りがその場に崩れ落ちる。
国王の威圧感に、完全に気圧されていた。
体が震えて、立っていることすらできないようだ。
「い、命だけは…!命だけはお助けを…!」
「話せば、考慮してやろう」
国王陛下の言葉に、借金取りは必死に頷いた。
裁きの恐怖が、彼の全身を支配していた。
「は、話します!全部話します!だから、命だけは…!」
彼は震えながら、全てを白状し始めた。
フォンブラウン夫妻が報酬をちらつかせ、結果的に育成院への放火を実行したこと。イクメンを襲撃し、地中深く埋めたこと。全ての指示がフォンブラウン夫妻から来ていたこと。
「グレゴール様は…関係ありません!本当です!」
借金取りが必死に訴える。
「放火も暴行も、全部ヴィクトールの旦那の指示でした!グレゴール様は、何も知りませんでした!」
「俺は指示してない!お前らが勝手にやったんだろ!」
ヴィクトールと借金取りが口論を始める。
「…聞いての通りだ」
国王陛下が、冷たく言い放つ。
「まず、ヴィクトール・フォンブラウン、エリザベート・フォンブラウン。貴様らを、児童虐待、児童遺棄の罪で逮捕する」
「い、嫌だ!勘弁してくれ!」
「やめて!全部あの子のせいよ!」
2人が叫ぶが、兵士たちは容赦なく取り押さえる。
「さらに」
国王陛下が借金取りたちを睨みつける。
「貴様ら借金取りども。放火、暴行、殺人未遂。全て重罪だ」
「ひいぃ!」
借金取りたちも、次々と拘束されていく。
逃げようとした者もいたが、兵士たちは手慣れた動きで、あっという間に捕らえた。
「そして」
国王陛下が、グレゴールに視線を向ける。
「グレゴール・ヴァイス」
「は、はいぃ…!」
グレゴールが震えながら答える。
「貴様は、放火や暴行には直接関与していないようだな」
「そ、そうです!そうですとも!私は何も…!」
グレゴールが必死に弁解する。
しかし、国王陛下の表情は厳しいままだった。
「だが、貴様の罪は重い」
「…へ?」
国王陛下が一歩前に出る。
「親子証明書自体は、正式なものだ。書類上の手続きに問題はない」
「そうです!私は正しい手続きを…!」
「黙れ」
国王陛下の一言で、グレゴールは口を閉ざした。
「グレゴール…貴様はあの親子関係が明らかに異常であることを知りながら、見て見ぬふりをした」
「…っ」
「虐待の痕跡。育児放棄の兆候。それらを確認せずに、証明書を発行した。これは、領主としての職務怠慢だ」
国王陛下の声が、さらに厳しくなる。
「さらに、その証明書を盾にイクノ・メンを脅迫した。反逆罪をちらつかせて従わせようとしたな?すでに情報は筒抜けだ」
「ま、待ってください!陛下!私は領主です!領主には、ある程度の裁量権が…!」
「領主の地位は、国王が与えるものだ。ならば、国王が剥奪することもできる」
国王陛下が手を上げると、王宮の兵士たちがグレゴールを取り押さえた。
「やめろ離せ!俺を誰だと思ってる!」
グレゴールが暴れるが、兵士たちは冷たく彼を拘束する。
「グレゴール・ヴァイス。貴様を、権力濫用、脅迫、不正文書作成の罪で逮捕する」
最後に国王陛下が、グレゴールの兵士たちを見る。
「お前たち領主専属兵士は、上官の命令に従っただけだろう。今回は罪に問わない。だが、今後は誰の命令であろうと、法に反する行為には従うな」
グレゴールの兵士たちが、深く頭を下げる。
「はっ!肝に銘じます!」
全員の拘束が終わると、辺りに静けさが戻ってきた。
国王陛下は深く息を吐いてから、俺の方を向いた。
「ところで、イクノ・メン」
「はい」
「お前は、なぜあんなにも落ち着いていられた?椅子に座って、まるで私が来ることを知っていたかのように」
国王陛下の問いに、俺は懐から一通の手紙を取り出した。
「実は、侍女長リリアナ様から、手紙をいただいておりました」
国王陛下が手紙を受け取り、目を通す。
「明朝、陛下が育成院へ向かう…か」
国王陛下が小さく笑った。
「リリアナめ、先回りしていたのか」
国王陛下が、俺をまっすぐに見つめる。
「実はな。今日私は本来、お主に礼を言いに来たのだ」
「礼…ですか?」
「ああ。我が子クリストファーとアルフレッドを救ってくれた礼をな」
国王陛下の声には、深い感謝が込められていた。
「クリストファーの心を開き、彼を正しい道に導いてくれた。そして、か弱いアルフレッドの命を救ってくれた。父として、感謝してもしきれない」
国王陛下が深く頭を下げる。
「陛下!頭を上げてください!」
俺は慌てる。
国王陛下が庶民に頭を下げるなど、あってはならないことだ。
「いや、礼を言わせてくれ」
国王陛下が顔を上げる。
「昨日の朝だったか、リリアナから緊急の報告を受けた。恩人が危機に瀕していると聞き、すぐにでも駆けつけたかったのだが…こちらの都合で遅れてすまなかった。昨晩までに私が動けていれば、お主にも苦労をかけずに済んだだろうに。申し訳ない」
国王が動くとなれば、そう簡単にはいかない。
あの地位は、行動よりも責任を背負うものだ。
それでも、俺のために最速で動いてくれた。
このタイミングで来てくれたのは、その証だ。
感謝しかない。
「今日陛下がお越しくださり、身に余る光栄です」
「そうかしこまるな、イクノ・メン。この度は多大な迷惑をかけた。領主が職権を濫用し、王国の法を蔑ろにした。これは、私の監督不行き届きだ」
国王陛下が、深く頭を下げる。
「陛下は何も悪くありません!」
「いや、責任がある」
国王陛下が顔を上げる。
「この国の全ての民を守る。それが、国王の務めだ。その務めを果たせなかった」
国王陛下が、アリアの方を見る。
「アリア。辛い思いをさせた。許してほしい」
アリアは、俺の服を握りしめたまま、小さく頷いた。
「おうさま…わるくない…」
その小さな声に、国王陛下の目に涙が浮かぶ。
「…ありがとう」
国王陛下が、優しく微笑む。
そして再び俺の方を向いた。
「イクノ・メン。育成院は、国が全額負担して再建しよう」
「え…」
「さらに、今後の運営費用も、国が支援する。お主の行っている活動は、王国にとって非常に価値のあるものだ。子供たちに愛情を持って接し、立派に育て上げる。これは誰にでもできることではない」
国王陛下が、真剣な表情で続ける。
「お主には、王国育成院名誉院長の称号を授ける。そして、この育成院を、王国公認の施設とする」
「え…ええ!?」
俺は言葉を失う。
まさか、ここまでしてくれるとは思わなかった。
「受け取ってくれるか?」
「…はい。謹んでお受けいたします」
俺は深く頭を下げた。
国王陛下が満足そうに頷く。
「よし。ではすぐに再建の手配をする。ヴィルヘルム卿」
「はっ」
ヴィルヘルム卿が前に出る。
「育成院再建の責任者を任命しろ。最高の建築家を呼び、最高の材料を使わせるんだ。予算は気にするな」
「御意」
ヴィルヘルム卿が一礼する。
国王陛下が周囲を見回した。
近所の人たちは、驚いた表情を浮かべる。
「この地域の住民たちにも、感謝を伝えたい。これからも、この地でイクノ・メンを支えてくれ。王国は、お前たちのような民を誇りに思う」
国王陛下が深く一礼する。
皆、慌てて頭を下げた。
「さて」
国王陛下が、馬車の方へと歩き出す。
「これより王宮へ戻る。捕らえた者たちは、法に則り厳正に裁く。そして、二度とこのような愚行が繰り返されぬよう、我が名にかけて誓おう」
そう言って、国王陛下が馬車に乗り込もうとした時だった。アリアが走り出した。
「おうさま!」
アリアが、国王陛下の足にしがみつく。
「ほんとに、ありがとう…!」
その暖かな声に、国王陛下の表情が和らぐ。
「これからは、安心して暮らすといい」
「ぱぱと、ずっといっしょにいられる…?」
「ああ、もちろんだ」
国王陛下が、俺の方を見る。
「イクノ・メンはアリア・フォンブラウンの父親だ。この事実を、王として私が保証しよう。」
「わぁ…!」
アリアが嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、国王陛下も微笑む。
「では、行くぞ」
国王陛下が馬車に乗り込む。
馬車がゆっくりと動き出し、やがて王宮の方へと去っていった。
残されたのは、俺たちと近所の人たちだけだった。
しばらく沈黙が続いた後、誰かが叫んだ。
「やったあああああ!」
その声を皮切りに、みんなが歓声を上げる。
「イクノ・メンさん、よかったですね!」
「アリアちゃん、よかったね!」
「国王陛下、素晴らしかった!」
みんなが、喜びを爆発させる。
おばさんが、涙を流しながら俺に抱きついてきた。
「本当に、本当によかった…!」
「ありがとうございます。みなさんのおかげです」
俺も涙が止まらなかった。
アリアとリュクも、俺に抱きついてくる。
「ぱぱ!」
「イクメン!」
俺は2人を強く抱きしめた。
「ありがとう。お前たちがいてくれたから、俺は頑張れた」
「がんばった!」
「イクメンは最高だよ!」
3人で抱き合いながら、俺は空を見上げた。
青く澄んだ空が広がっている。
雲一つない、美しい空だった。
やっと終わった。
長い戦いが、やっと終わった。
◇
それから1週間後。
育成院の跡地には、多くの職人たちが集まっていた。王国最高の建築家が指揮を執り、最高の材料を使って、育成院の再建が進められている。
「ここの壁は、もっと厚くしろ!」
「床は、子供たちが走り回っても大丈夫なように、頑丈にな!」
職人たちの掛け声と金属を打つ音が、活気となって広場に響いていた。
俺は、その様子を少し離れた場所から静かに眺めていた。
「すごいね。みんな、やる気がある」
「ああ。国王陛下のおかげだ」
「新しい育成院、楽しみだね」
「前よりも凄いだろうな」
俺は頷く。新しい育成院は、以前よりも大きく、頑丈で、美しい建物になる予定だ。
子供たちが、安心して暮らせる場所になる。
「ぱぱ、みて!」
アリアが、花を摘んで走ってくる。
「これ、きれい!」
「本当だ。綺麗な花だな」
俺はアリアの頭を撫でる。アリアは、あの日以来、ずっと笑顔だ。悪夢にうなされることもなくなった。安心して眠れるようになった。
「新しいおうち、たのしみ!」
「ああ、もうすぐできるからな」
俺は2人と一緒に、建設現場を眺める。
職人たちが、一生懸命に働いている。
子供たちの未来のために。
俺たちの未来のために。
「これからも、ずっと一緒だ」
俺は小さく呟いた。
アリアとリュクが、俺の手を握る。
3人で手を繋ぎながら、俺たちは新しい育成院の完成を待った。
青空の下、温かい陽射しが俺たちを包んでいる。
もう、誰も俺たちを引き裂くことはできない。
俺たちは、家族なんだから。
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【今回獲得した称号】
称号:「王国育成院名誉院長」
取得条件:国王陛下から、王国育成院名誉院長の称号を授けられた
保有称号数:34個 → 35個
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【育児経験値+150獲得】
【育児経験値:86/500 → 236/500】
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