表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/39

29.アリアの冷たい記憶


「説明してくれ。何があった」


国王陛下の重い声が、朝の静けさを切り裂く。

俺は椅子から立ち上がり、深く一礼した。


「はい。全てお話しします」


俺は、事の発端から順を追って説明し始めた。

外で死にかけていたアリアを、育成院で育てたこと。彼女が両親から虐待を受けていたこと。

その両親が突然現れて、アリアを連れ戻そうとしたこと。領主グレゴールが権力を使って圧力をかけてきたこと。昨夜、育成院が放火され、俺自身も襲撃を受けて埋められたこと。


…国王陛下は、一言も発さずに聞いていた。その表情は厳しく、時折眉間の皺が深くなる。周囲にいる兵士たちも、固唾を呑んで見守っている。


「…なるほど」


俺の説明が終わると、国王陛下は腕を組んだ。


「領主グレゴール。お前の言い分を聞こう」


グレゴールが慌てて前に出る。


「陛下!この男の言うことは全て嘘です!私は法に則って、正当な手続きを行っただけです!」

「ほう?」


国王陛下の目が、鋭くグレゴールを見据える。


「親子証明書を発行し、親の権利を主張した。それだけか?」

「はい!それ以外は何も!」


グレゴールが力説する。その横で、ヴィクトールとエリザベートも頷きながら便乗する。


「この男が、私たちの娘を不当に監禁していたんです!」

「私たちは、ただ娘を取り戻したかっただけなのに!」


ヴィクトールとエリザベートは涙声で訴える。

まるで被害者のような演技だった。

国王陛下は、2人を冷たく見つめる。


「2人はこう言ってるが…イクノ・メン。お前の話を裏付ける証拠はあるか?」

「あります」


俺は即座に答えた。


「私には、記憶投影メモリー・プロジェクションがあります。アリアが両親から受けた虐待を、お見せすることができます」

記憶投影メモリー・プロジェクション…?」


国王陛下が興味深そうに聞き返す。


「はい。子供の記憶を、映像として他者に見せることができます。嘘や偽りはありません。記憶そのものを、そのまま共有できます」

「…そのような魔法があるのか」


国王陛下が静かに頷いた。


「ぜひ見せてもらいたい。だがその前に、彼を呼ぼう」


国王陛下が手を上げると、馬車の中からもう一人の人物が降りてきた。立派な法服を着た、初老の男性だ。


「こちらは、王国最高裁判官のヴィルヘルム卿だ。公正な判断のため、同席してもらう」

「陛下のお呼びとあらば」


ヴィルヘルム卿が一礼する。


「それでは、その記憶投影メモリー・プロジェクションとやらを見せてもらおうか」


国王陛下が言う。


「分かりました。それでは、アリアを呼んできます」


俺は育成院の敷地内へ入ると、空間作成トレーニング・スペースを出した場所へ歩いていく。側から見ると何もない。ただの空間だ。

俺はスキルを解除した。


シュゥゥゥ…


何もなかった場所で、突然空間が歪んだ。

まるで透明なカーテンが開くように、隠されていた場所が姿を現す。その中から、リュクとアリアが歩いて出てくる。


「あなた!アリアよ!」

「そんなところにいたのか!会いたかったぞ!」


ヴィクトールとエリザベートが驚愕の声を上げる。

探し回っても見つからなかったはずだ。

空間の中に隠れていたのだから。


「なんだ、今の魔法は…?」

「空間魔法か…?」

「馬鹿言え、そんな神話級の魔法があるわけ…」


借金取りたちや兵士たちも、ざわめき始める。

誰も見たことのない魔法に、困惑している様子だった。国王陛下も、わずかに目を見開いた。


「これは…空間創造魔法か?」

「はい。私の持つスキルの1つです」


俺は答える。

国王陛下が興味深そうに頷いた。


「スキル?魔法のことか?…空間創造は、伝説級の魔法だ。それを使いこなせるとはお主、やはり只者ではないな」


その言葉に、周囲の空気が変わる。

イクメンへの見方が、明らかに変化していた。

ただの育成院の育児師ではない。

高度な魔法を操る、特別な存在なのだと。


「ぱぱ!」


アリアが俺に抱きつく。

リュクも立ち上がって、周囲の様子を窺っている。


「大丈夫だ。怖くない。国王陛下が来てくださった」

「こくおう…?」

「あの人が国王様?俺初めて会ったよ」


驚くリュクとは対照的に、アリアが首を傾げていた。


「とても偉い人だ。お前を守ってくれる」


俺は2人の手を取って、国王陛下の前へと歩いていく。国王陛下の姿を見て、リュクが息を呑む。

アリアは、俺の服を握りしめて震えていた。


「こちらが、アリアです」


俺はアリアを国王陛下の前に連れて行く。

国王陛下は、優しい表情でアリアを見下ろした。


「…アリア。怖がらなくていい。私は、お前を傷つけたりしない」


その穏やかな声に、アリアの緊張が少しだけ和らぐ。


「それでは、記憶投影メモリー・プロジェクションを発動します。陛下、少々不快な映像になるかもしれません」

「構わん。真実を見せろ」


その時、ヴィルヘルム卿が一歩前に出た。


「陛下、失礼ながら1つ確認させてください」


「何だヴィルヘルム」


記憶投影メモリー・プロジェクションという術、初めて聞きます。その記憶が改ざんされている可能性はないのでしょうか?」


ヴィルヘルム卿の質問は、もっともだった。

裁判官として、証拠の信憑性を確認するのは当然のことだ。しかし、国王陛下は首を横に振った。


「イクノ・メンが、改ざんする理由があるか?」


国王陛下が俺を見つめる。


「ヴィルヘルムをはじめ、まだ知らぬ者もいるだろう。よく聞け」


国王は堂々と声を響かせた。


「この男は、我が子クリストファーとアルフレッドを救ってくれた恩人だ。その人柄と実力、共に私が保証する」


胸の奥が熱くなる。

まさか国王陛下が、ここまで俺を信じてくださっているとは。きっとリリアナが、俺のことを丁寧に伝えてくれたのだろう。


…本番はここからだ。

油断するな。

アリアを守れるかどうかは、俺の証明にかかっている。

胸の熱を押し込み、呼吸を整える。

感情を抑え、冷静に。

俺は再び前を向き、説明を始めた。


記憶投影メモリー・プロジェクションは、対象者の記憶をそのまま共有する術です。私が手を加える余地はありません。見えるのは、アリア自身が体験した記憶そのものです」

「…なるほど。理解しました」


ヴィルヘルム卿が納得したように頷く。


「では発動します」


俺は周囲の人々に告げる。


「見たくない方は、俺から目をそらしてください。細かい制御はまだできませんので…」


国王陛下が、まっすぐ俺の目を見つめる。

ヴィルヘルム卿も、兵士たちも、近所の人々も――全員が俺を見ていた。

その視線の圧に、思わず生唾を飲み込む。

俺は、アリアの頭にそっと手を当てた。


「アリア、見せてくれ」

「うん…」


アリアが小さく頷く。

俺は記憶投影メモリー・プロジェクションを発動させた。


ズン…


頭に重い感覚が広がる。 

今回は前回よりも深く、アリアの記憶の奥底まで潜り込んでいく。

俺の目から淡い光が放たれると、その光を見た者たちの瞳孔が、わずかに広がった。

記憶が流れ込んでいく。



--------




ーーー真冬の夜。

暖房のない部屋にいた。

体が震えて止まらない。薄着で毛布もない。


「いや...いや…」


歯がガチガチと鳴る。

指先の感覚がなくなっていく。

このまま眠ったら、もう目が覚めないかもしれない。誰も来てくれない。


ずっとご飯も食べていない。

たまに持ってきてくれるのは、トレイに入った水とパンの切れ端だけ。

お腹が痛い。立ち上がれない。


「たべたい...」


と呟くが、声も出なくなっていた。

目の前が真っ暗になる。意識が遠のいていく。


ズン…!


さらに記憶は深くなる。

父親の暴力は日常だった。理由もなく殴られる。

物を投げつけられる。髪を引っ張られて引きずり回される。


「お前なんか、もっと早く捨てればよかった!」


酷い言葉が、何度も何度も繰り返される。

痛みよりも、その言葉が心を引き裂いていく。


母親は見て見ぬふりをするどころか、時には一緒に笑っていた。


「みっともない」

「恥ずかしい子」

「貴族の血が穢れる」


アリアが泣けば笑い、アリアが震えれば楽しそうに眺めていた。 


ズズン…!


そして最も深い記憶。

真っ暗な地下室に閉じ込められた日々。

鍵をかけられて、数日間誰も来ない。

トレイに入った冷たい水と、パンの切れ端が床にころがっている。

暗闇の中で、小さな体は恐怖に震え続けた。


「だれか...たすけて...」


爪で扉を引っ掻き続けたが、開くことはなかった。



-----


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ