2.異世界初育児!
育成院の扉を開けると、ボロボロの内装が目に入る。
狭いリビング兼作業スペース。小さなキッチン。奥には子供用の簡易ベッドが3つ。
「よし、まず水分補給だ」
俺はアリアを優しくソファに座らせた。
女の子は疲れ切った様子で、ぼんやりと俺を見上げている。
「待ってろ、すぐに飲み物を作るからな」
キッチンに向かう。
前世の知識が頭の中に蘇る。
脱水症状の子供には、ただの水じゃダメだ。塩分と糖分が必要。
「この世界に経口補水液はないだろうな…自分で作るか」
棚から塩と砂糖を取り出す。
水に少量の塩と砂糖を溶かす。前世で娘が夏に熱中症になりかけた時、これで助けたことがある。
「よし、できた」
コップを持ってアリアの元へ。
「はい、ゆっくり飲んで」
コップを口元に近づけると、アリアは恐る恐る口をつけた。
ゴクゴクと飲む。
「ゆっくり、ゆっくりな。一気に飲むとお腹壊すぞ」
俺が優しく声をかけると、アリアは飲むペースを落とした。コップ半分ほど飲んだところで、アリアが顔を上げる。
「…おいし」
小さな声。
「そうか、美味しいか。良かった」
俺は思わず笑みを浮かべた。
その瞬間、視界の端に文字が浮かぶ。
【経験値+5獲得】
【スキル:父の温もり(コンフォート・オーラ) 発動中】
「経験値が入るのか…」
面白いシステムだ。ゲームみたいだが、これなら成長が実感できる。
「次は食事だな」
アリアの状態を育児眼で確認する。
【育児眼 発動】
名前:アリア・フォンブラウン
状態:軽度栄養失調(改善中)・脱水症状(50%回復)・疲労
必要な処置:消化に良い温かい食事、十分な休息、清潔な環境
「よし、消化に良い食事を作ろう」
キッチンを見ると、野菜が置かれていた。
「あれ?昨日こんなにあったか…?」
首を傾げる。でも、孤児院からの月一の支援物資が届いたばかりだ。それかもしれない。
「まあ、いいか。アリアのために使わせてもらおう」
鍋に水を入れ、沸かしながら野菜を細かく刻む。少量の塩で味付けし、パンも小さくちぎって柔らかくした。
「この世界にもおかゆみたいなものはあるが…米が見当たらなかった。まあ、スープとパンで十分だろう」
手順を進める間、体の中から温かい何かが自然に溢れ出す。
『父の温もり(コンフォート・オーラ)』が発動し、キッチン中に柔らかな安心感が広がる。
10分ほどで完成した。
「アリア、ご飯だぞ」
小さな声で「ごはん?」と返事が返ってくる。
涙でぐしゃぐしゃだった顔が、少しだけ安らいだようにほころんだ。
テーブルに料理を並べる。
アリアは目を輝かせた。
「たべる…!」
「ああ、いっぱい食べろ」
スプーンでスープをすくって、口元に運ぶ。
「ふー、ふーってしながら、気をつけて食べるんだぞ?」
アリアは息を吹きかけながら、小さな口でスープを飲んだ。
「…おいしい」
また小さな声。だが、その表情は少し明るくなっていた。
「そうか。たくさん食べて、元気になろうな」
スープとパンを少しずつ食べさせる。
急に食べ過ぎると胃に負担がかかる。少量を何度かに分けて与えるのがコツだ。
食事が終わると、アリアは満足そうに微笑んだ。
【経験値+10獲得】
【称号:初めての食事 達成】
「称号まで出るのか…」
驚きつつも、次のステップへ。
「よし、次はお風呂だな」
この育成院には、簡易的な浴室がある。
大きな桶に温水を汲んで、即席の風呂にする。
「アリア、体を綺麗にしようか」
アリアは少し不安そうな顔をしたが、俺を信頼してくれたのか、頷いた。
服を脱がせると、体中に汚れと擦り傷が見える。
「よく頑張ったな…」
優しく体を洗う。
温かいお湯に、アリアの緊張が解けていく。
「きもちいい…」
「そうか、気持ちいいか」
髪を洗い、体を拭いて、清潔な服を着せる。
この服は、前の持ち主が用意していたものだ。サイズもちょうどいい。
「よし、これで綺麗になったな」
アリアは自分の服を見て、少し嬉しそうに笑った。
【経験値+8獲得】
「もうこんなに経験値が溜まってるのか」
ステータスを確認する。
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【育児実績】
- この世界での育成人数:1人(進行中)
- 育児経験値:23/100
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「あと77で次のレベルか」
ゲーム的だが、分かりやすい。
「さあ、もう遅いし寝ようか」
アリアを簡易ベッドに寝かせる。
小さな体が、ベッドに沈み込む。
「おやすみ、アリア」
頭を優しく撫でると、アリアは俺の手を握った。
「…ぱぱ」
小さく呟いて、目を閉じる。
その言葉に、胸が締め付けられた。
前世の娘の顔が浮かぶ。
ミサキ…お前も今頃、兄ちゃんたちと一緒に寝てるのかな?父さんはここで、新しい子供たちを守るよ。
アリアの寝顔を見つめながら、俺は静かに部屋を出た。自分の部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。
横の引き出しの中身を確認した。
銀貨が100枚。
「残り100シルバーか…」
元の持ち主が半年かけて貯めた貯金も、このままいくといつかは底を尽きるだろう。
「孤児院からの援助は月に1度…次は3週間後か」
アリアの食事、服、必要な物資、出費は増える一方だ。この世界に来たばかりで頼れる者もいない。元の体の持ち主の記憶を辿ったが、友達はあまりいないみたいだった。
「短期預かりの依頼でも来れば…いや、今は誰も信用してくれないか」
不安が胸をよぎる。
でも、アリアの「ぱぱ」という言葉を思い出すと、決意が固まる。
「何とかする。絶対に、この子を守る」
そう呟いて、スキルの詳細を確認することにした。
「そういえば、スキルの詳細をちゃんと確認してなかったな」
意識を集中すると、目の前に詳細なウィンドウが浮かび上がった。
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【育児眼Lv.1】
効果:視界内の子供1人の詳細情報を視る(才能・体調・感情・成長予測・必要な処置)
範囲:視界内
消費:なし
【父の温もり(コンフォート・オーラ)Lv.1】
効果:半径5m以内の子供に安らぎを与える(泣き止む・よく眠る・成長速度+10%・情緒安定)
範囲:半径5m
消費:なし(常時発動可能)
【愛情促進Lv.1】
効果:信頼関係を築いた子供の潜在能力を開花させる
条件:信頼度50以上で発動
効果量:潜在能力の開花速度+20%
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「なるほど…育児眼は一人ずつしか見られないのか」
「父の温もりは常時発動。これは便利だな」
「愛情促進は信頼度が条件か…アリアとの絆を深めないとな」
スキルの特性を理解することで、より効果的な育児ができる。
「よし、明日からも頑張るか」
そう呟いて、俺はベッドに横になった。




