27.イクメン最大の危機!突き動かす想い
「誰かいるのか!?」
俺は闇に向かって叫んだ。
返事はない。ただ、炎の音だけが響いていた。
育成院が燃えている。
子供たちの笑顔があった場所が、温かい思い出がたくさん詰まった場所が、オレンジ色の炎に包まれている。
「お前ら!?やべぇじゃねえか!」
声のする方を見ると、隣人のバルドが窓を開け、慌てふためいていた。すぐに家から飛び出すと、近所のドアを叩きながら「火事だ!」と叫び回る。
何事かと窓から明かりが灯り、扉が開く音が次々と響いてきた。
やがて、駆けつける近所の人たちの足音が、辺りに響き始めた。
「イクノ・メンさん!大丈夫ですか!」
1人の男性が、バケツを持って走ってくる。
その後ろからも、次々と人が集まってきた。
みんな手にバケツや水を持っている。
「みなさん…!」
俺は声を詰まらせる。
こんな夜中に、みんなが駆けつけてくれた。
「消火だ!バケツリレーを組め!」
誰かが叫ぶ。
すぐに人の列ができて、井戸から水を汲んで、次々と炎に投げかけていく。俺も列に加わって、必死に水を運んだ。
炎は激しく燃えているが、みんなの協力で少しずつ勢いが弱まっていく。
黒い煙が立ち上り、パチパチという音が小さくなっていく。
どれくらい時間が経っただろうか。
炎が完全に消えた時には、育成院は半焼状態だった。
リビングと台所が特にひどく、壁は黒く焦げて、天井の一部が崩れ落ちている。寝室は何とか無事だったが、煙の臭いが充満していた。
「イクノ・メンさん、怪我はありませんか?」
近所のおばさんが心配そうに声をかけてくる。このおばさんは、アリアとリュクを時々預かってくれていた、60代くらいの温厚な女性だ。
「はい、大丈夫です。リュクもアリアも無事です」
俺はリュクとアリアの方を見る。
2人とも、少し離れたところで抱き合って震えていた。
「まあ、可哀想に…」
おばさんが2人に駆け寄る。
「大丈夫よ、もう火は消えたからね。今夜はうちに来なさい。ここじゃ眠れないでしょう」
「え、でも…」
俺が遠慮しようとすると、おばさんは首を横に振った。
「遠慮しないで。子供たちを見なさい。怖がってるじゃない」
アリアもリュクも顔色が悪い。
リュクはトラウマが落ち着いたとはいえ、火事にたいしてまだ恐怖を抱いている。アリアもまだ体を震わせていた。ここは素直にお世話になったほうがよさそうだ。
「…ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
俺は深く頭を下げた。
「なにか使えるものがあるか探してきます」
俺は先に、消火に協力してくれた人達にお礼を伝える。
「皆さんの消火活動、助かりました」
「いいのよ。それより屋根も落ちてるけど、今夜寝るとこあるの?」
「はい、迎えてくれるとこがありますので」
「よかったわね」
「はい、皆さんありがとうございました」
俺が今夜泊まるとこがあると伝えると、近所の人たちは安心したのか、みんな家に戻っていった。
「…急いで荷物だけまとめるか」
俺は焼け残った寝室に入って、着替えや必要最低限の荷物を集めた。それから、ふと思い出して玄関の郵便受けを確認する。半分焦げているが、中には手紙が入っていた。
封筒を取り出すと、見覚えのある綺麗な文字で宛名が書かれている。リリアナからだ。俺は急いで封を開けて、中の手紙を読んだ。
内容を確認した俺は、小さく息を吐いた。
「…そうか」
手紙を懐にしまう。今は、これを信じるしかない。
俺は荷物を持って、おばさんと子供達の元へと走った。
「お待たせしました」
「じゃあ、行きましょう」
おばさんに導かれて、俺たちは彼女の家へと向かった。育成院から3軒ほど離れたところにある、小さな一軒家だ。中に入ると、温かい空気が俺たちを包んだ。
「さあ、上がって。狭いけど、ゆっくりしていってね」
おばさんが客間に布団を敷いてくれる。
「本当にありがとうございます」
「気にしないで。困った時はお互い様よ。それじゃあ、ゆっくり休んでね」
おばさんが部屋を出ていく。
俺は2人に布団に入るように促した。
「今日はここで寝よう」
「イクメン、おばさんいい人だね」
「ああ。今度みんなでお礼しような。ケーキでも作ってプレゼントしよう」
「けーき、たのしみ」
2人とも、疲れ切った表情で布団に入る。
アリアは、俺の手を握ったまま離さなかった。
「ぱぱ…どこも、いかない…?」
「ああ、ここにいるよ」
俺はアリアの頭を撫でる。
アリアは安心したように目を閉じた。
リュクもすぐに眠りについた。
2人が完全に寝静まったのを確認してから、俺はそっと布団から抜け出した。おばさんに一言断ってから、育成院の跡地へと向かう。まだ現場に何か手がかりが残っているかもしれない。急いで犯人の痕跡を見つけなければ。
「…くそっ」
育成院に着くと、まだ煙が少し立ち上っていた。
焦げた木材の臭いが鼻を突く。
俺は慎重に中に入って、燃えた跡を調べ始めた。
床には、火炎瓶の破片が散らばっている。
ガラスの破片と、油の臭いが強く残っていた。
窓の外を見ると、足跡がいくつか残っている。複数人だ。おそらく、組織的な犯行だろう。
「一体誰が…」
すると背後で声がした。
「いい感じに焼けてるじゃねえか」
振り返ると、数人の男たちが立っていた。
全員粗末な服を着ていて、いかにも柄が悪そうな雰囲気を醸し出している。そのうちの一人が棍棒を持ち、別の男はナイフを手にしていた。
「…誰だ」
俺は警戒しながら聞いた。
「俺たちか?まあ、名乗るほどの者じゃねえよ」
1人の男が、ニヤニヤと笑いながら言う。
「ただの借金取りさ」
「借金取り……?」
その言葉に、俺の記憶が蘇る。
アリアの両親は、借金を抱えていると言っていた。
こいつらは…その債権者か。
「火を放ったのは、お前たちか」
俺は静かに聞いた。
男たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに笑い出す。
「ああ、そうだよ!俺たちがやった」
堂々と認めた。
そこには、悪びれた様子のひとかけらもない。
こいつらには罪悪感すらないのか?
「ヴィクトールの旦那がよぉ、えらくご立腹でな。1日延ばされたのが、相当気に入らなかったらしい」
別の男が楽しそうに続ける。
「だから俺たちに頼んだのさ。返済金に上乗せして更に金を出すから“教育”してくれってな」
「…っ」
俺は拳を握りしめる。
やはりあの夫婦の仕業か。
「それに、旦那が言ってたぜ。アリアちゃんだっけ?魔法の才能があるんだってな」
「…誰に聞いた」
「噂で聞いたらしい。優秀な魔法使いは売れば高値がつく。借金も返せるし、お釣りが来るわで皆ハッピーだな」
その言葉に俺の怒りが頂点に達した。
こいつらは、アリアを金に換える道具としか見ていない。なによりあの夫婦は、自分の娘を商品として扱っている。
理解ができない。
同じ人間なんだろうか。
「…お前たち」
俺は一歩前に出た。
「言いたいことは山ほどあるが…とりあえず放火の責任はとってもらうぞ」
「おっと、怖い怖い」
男たちが笑う。
その笑いには余裕があった。
数で勝っている自信があるのだろう。
「死なない程度にって言われてたんだが…」
一人の男が棍棒を構える。
「コイツ生意気じゃね?やるか?」
「まあ、死んだって問題ねえだろ」
男たちが一斉に襲いかかってきた。
俺は抵抗しようとしたが、戦闘の訓練など受けたことがない。ただの素人だ。最初の一撃を避けようとしたが、棍棒が脇腹に叩き込まれた。
「ぐっ…!」
痛みが走る。次の瞬間、別の男が蹴りを入れてくる。俺は倒れ込んだが、すぐに立ち上がろうとする。しかし、数人がかりで押さえつけられた。
「なんだこいつ、めちゃくちゃ頑丈だな。ピンピンしてるぜ」
男たちが驚いた様子で言う。
確かに体力255の恩恵で、普通の人間よりは遥かに頑丈だ。だからといって戦えるわけではない。痛みは感じるし、技術がないから抵抗することもできない。
「おらぁ!」
「くたばれや!」
殴られる。蹴られる。棍棒で叩かれる。
全身に痛みが広がっていく。
しかしどれだけやられても、俺は意識を失わない。
これはある意味で地獄だった。
普通なら気絶して楽になれるのに、俺は延々と痛みを感じ続けなければならない。
「化け物か、こいつ」
「もっとやれ!」
暴行は続く。骨が折れる音がした。
でも、すぐに治る感覚がある。
しかしこのままでは、永遠に痛めつけられ続けることになる。
俺は決断した。死んだふりをするしかない。
ガスッ!
次の一撃を受けた瞬間、俺は力を抜いて倒れ込んだ。目を閉じて呼吸を浅くする。
「…おい、死んだか?」
一人の男が俺を蹴る。
俺は無反応をきめこんだ。
「動かねぇな」
「やりすぎたか?」
「まあいい。ヴィクトールの旦那は、こいつが死んでも気にしない。いいストレス発散になったな」
「だけどよ、死体はどうする?」
男たちが話し合っている。
「埋めるぞ。証拠は残せねえ」
「おう」
俺は抱えられて、どこかへ運ばれていく。
意識を保ちながらじっと息をひそめる。
しばらくして、地面に放り投げられた。
「…っ!」
声が出そうになるのを、必死に堪える。
「ここでいいだろ。穴を掘れ」
土を掘る音が聞こえる。
シャベルかなにかで、地面を掘っているようだ。
時間が経つにつれて、穴が深くなっていくのが分かる。
「よし、十分だ。入れろ」
俺の体が持ち上げられて、穴の中に投げ込まれた。背中が地面に叩きつけられる。
「土をかけろ」
バサッ、バサッという音がする。土が俺の体にかかってくる。顔にも、体にも、どんどん土が積もっていく。息が苦しい。でも、まだ我慢しなければ。
「帰るぞ」
その言葉を最後に、足音が遠ざかっていく。
完全に静かになった。
「…っ」
俺は土の中に埋められていた。
暗闇。息ができない。でも、死なない。体が酸素を求めて悲鳴を上げている。
意識が遠のいて、脳が焼けるように痛む。
……でも、死ねない。
思考が切れるたびに、肉体の修復が脳の損傷も治してるのだろう。つくづく思う、この体は異常だ。
こんな状況でも体は動く。
早くここから出なければ。
薄れゆく思考と復活する意識を往復しながら、俺はアリアやリュク、そして育児院に来てくれる子供達の顔を思い浮かべた。
…力が湧いてくる。
「っ…!」
必死に土を掻き始めた。
爪が土に食い込む。
少しずつ、少しずつ。
固められた土を掻き分けていく。
指が痛い。爪が剥がれそうだ。
…だからどうした?その程度で止まれるか。
アリアを守らなければ。リュクを守らなければ。
その思いだけが、俺を動かしていた。
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