26.迫るタイムリミット!駆ける夜。
時刻は深夜。
アリアとリュクが眠った後、俺はリビングで一人考え込んでいた。窓の外には月が浮かんでいて、静かな夜の空気が育成院を包んでいる。でも、俺の心は全く静かではなかった。
今日の夕方、俺は預かりの予約を全てキャンセルした。明日以降の予約も、全て断りの連絡を入れた。保護者たちには申し訳ないが、今は育成院が危険な状態にある。他の子供たちを巻き込むわけにはいかない。
明日あの2人が、正式な書類を持ってくると言っていた。彼らの中では、アリアを連れていける自信があるのだろう。
「…くそっ」
拳を握りしめる。
何か方法はないのか。
一人で考えていても、多分答えは出ない。
誰かに相談しなければ。でも誰に?
…その時、ふと思い浮かんだ。
「リリアナさん…」
王宮の侍女長。
彼女なら、何か知恵を貸してくれるかもしれない。いや、知恵がなくても、誰かに繋いでくれるかもしれない。王宮には力を持った人間がいる。
もしかしたら、何かできるかもしれない。
俺は立ち上がった。今から王宮に行こう。
深夜だが、遠慮してる余裕はない。
明日の朝まで待ってたら、待ち合わないだろう。
寝室を覗くと、アリアとリュクが静かに眠っている。
2人とも、疲れ果てた顔をしていた。
特にアリアは泣き疲れたのか、目が少し腫れている。
「…必ず守る」
俺は小さく呟いて、育成院を出た。
王都の夜道は静かだった。
月明かりだけが、石畳を照らしている。
人通りはほとんどなく、たまに夜警の衛兵が巡回しているくらいだ。
俺は走り出した。
体力255の恩恵で疲れることはない。
全力で走っても、息が切れることもない。
足が痛くなることもない。
この体は本当にチートだと、改めて思う。
風を切りながら、俺は王宮を目指す。
育成院から王宮までは、普通に歩けば1時間ほどの距離だ。でも全力で走れば、15分もかからないだろう。
街の景色が流れていく。
商店街、広場、貴族街。
どんどん建物が立派になっていく。
しばらくすると、遠くに王宮の姿が見えてきた。
「着いた…」
俺は王宮の正門前で立ち止まった。
息は全く切れていない。汗もかいていない。
近所を散歩してきたような感覚だ。
正門には、2人の衛兵が立っている。
松明の明かりが、彼らの鎧を照らしていた。
「む?…もしかして、イクノ・メン様ですか?」
一人の衛兵が、俺に気づいて声をかけてくる。
この衛兵は俺が王宮に通っていた時に、何度も顔を合わせた相手だ。名前までは知らないが、お互いに顔は覚えている。
「夜遅くにすみません」
俺は頭を下げる。
「いえいえ。こんな時間にどうされました?アル様の具合が悪いのですか?」
衛兵が心配そうに聞いてくる。
俺のことをよく知っているようで、すぐに用件を察してくれた。しかし今日ここに来たのは、アル様とは別件だ。
「いえ、違います。その…リリアナさんを呼んでもらえませんか?どうしても相談したいことがあって」
「リリアナ様を?この時間に?」
隣にいたもう一人の衛兵が、驚いた表情を見せる。
確かに、深夜に王宮の侍女長を呼び出すなんて、普通は許されないだろう。
「すみません。本当に緊急なんです。お願いします」
俺は深く頭を下げた。
衛兵は少し考え込むような表情をしたが、すぐに頷いてくれた。
「分かりました、きっと大事な用件なんでしょう。少し待っていてください」
「ありがとうございます!」
衛兵が王宮の中へと入っていく。
俺は正門の前で待った。
夜風が少し冷たく感じる。
月を見上げると、満月に近い形をしていた。
…どれくらい待っただろうか。
10分ほど経った頃、衛兵が戻ってきた。
そして、その後ろにリリアナの姿があった。
「イクノ・メン様!」
リリアナが驚いた表情で駆け寄ってくる。
寝間着の上に、簡単な上着を羽織っただけの姿で、髪も少し乱れている。急いで来てくれたのだろう。
「リリアナさん、夜遅くに本当にすみません」
「いえ、大丈夫です。それより、何かあったのですか?」
リリアナが心配そうに俺を見つめる。
「実は…」
俺は、アリアのことを説明した。
両親が現れたこと。アリアが怯えていたこと。
明日、正式な書類を持って連れて行こうとしていること。法的には親に権利があること。俺には、それを止める力がないこと。
リリアナは、真剣な表情で聞いていた。
途中、何度か眉をひそめたり、唇を噛んだりしていた。
「…そんなことが?」
俺の話を聞き終えたリリアナが、小さく呟く。
「はい。状況はとても深刻で…」
「アリアちゃんを、そんな人たちの元にやってはダメです」
リリアナの目に涙が滲んでいた。
「私にできることがあるか分かりませんが、できる限りのことはします」
リリアナがまっすぐに俺を見つめて言う。
「本当ですか?」
「はい。アリアちゃんは、イクノ・メン様の大切な家族です。そして、イクノ・メン様は、私たちの恩人です」
リリアナが強く頷く。
「クリス様も、アル様も、イクノ・メン様のおかげで救われました。今度は、私たちがお返しをする番です」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
少しだけ、希望が見えた気がする。
「明日、必ず何か手を打ちます。国王陛下にも、お話ししてみます」
リリアナが決意を込めた表情で言う。
「こ、国王陛下に…?」
「はい。陛下は、イクノ・メン様のことを高く評価しておられます。きっと、力になってくださるはずです」
「…助かります。本当に、ありがとうございます!」
俺は何度も頭を下げた。
リリアナが俺の手を握る。
「大丈夫です。必ず、アリアちゃんを守りましょう」
その言葉に、少しだけ心が軽くなった。
一人じゃない。味方がいると分かったら、少しだけ心が楽になった。
俺はリリアナと別れて、再び育成院を目指して走り出した。帰りも全力疾走だ。アリアとリュクの元に、早く戻らなければ。
◇
育成院に戻ると、まだ夜が明ける前だった。空が少しずつ白んできているが、まだ暗い。俺は静かに玄関を開けて中に入る。
寝室を覗くと、アリアとリュクはまだ眠っていた。アリアは少し寝返りを打って、俺の枕を抱きしめている。
「…ぱぱ」
寝言で俺を呼んでいた。
「ここにいるよ」
俺は小さく呟いて、2人の毛布を直した。
それからリビングに戻って、ソファに座る。
朝になればあの2人が尋ねて来るだろう。
でも、リリアナが動いてくれる。
国王陛下にも話をしてくれるかもしれない。
希望はまだある。諦めては駄目だ。
俺は目を閉じ、ほんの少しだけ休むことにした。
体は疲れていないが、心にはとてつもない重さがのしかかっていた。
◇
朝。アリアとリュクが起きてきた時、俺はすでに朝食の準備をしていた。
「ぱぱ…おはよう」
「イクメン、おはよう」
2人が挨拶してくる。
アリアの目は少し不安そうだ。
「おはよう。朝ごはん、もうすぐできるからな」
俺は笑顔を作る。2人を安心させるために。
朝食を食べ終えた後、俺は決意した。
アリアの記憶を、確かめなければならない。
本当に虐待があったのか。
どんな酷いことをされていたのか。
それを知らなければ、戦えないと思ったからだ。
「アリア」
俺は優しくアリアに声をかける。
「ぱぱ?」
アリアが不安そうに俺を見上げる。
「少しだけ、アリアの記憶を見せてもらってもいいか?痛くないから、大丈夫だ」
「きおく…?」
アリアが首を傾げる。
「うん。アリアが、昔どんなことがあったのか知りたいんだ。アリアを守るために」
「…うん」
アリアが頷いた。
俺はアリアの小さな頭に手を当てる。
「ありがとう。すぐ終わるからな」
俺は【記憶投影】を発動させた。
シュゥゥゥ…
アリアの記憶が徐々に流れ込んでくる。
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暗い部屋。
冷たい床に座っている。
お腹が空いている。
「おなか…すいた…」
幼い声で呟く。誰も反応してくれない。
テーブルの上には食べかけのパンがある。
美味しそう、食べたい。
でも届かない。
「まま…」
泣きながら呼ぶ。
誰も来ない。
とても悲しくて不安。
なんで誰も来てくれないの?
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「うるさい!!」
ぱぱの怒鳴り声。
怯えて縮こまる。
「貴族の娘のくせに、泣くんじゃない!恥ずかしい!」
バシッ!
頬を叩かれる。
痛い。すごく痛い。
「うっ…」
涙を堪える。
泣いたら、また叩かれる。
涙さん。お願いだから出ないで。
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「捨てるしかないわね」
ままの冷たい声。
「そうだな。逃亡の邪魔にしかならん。ほとぼりが冷めて戻ってきて、生きていたらまた一緒に暮らしてやるか」
ぱぱが笑っている。
アリアは部屋の隅で震えていた。
捨てられる。いらない子なんだ。
私は、いらない…。
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ーーー記憶が途切れて、現実に引き戻される。
「…ぐぅっ」
アリアの気持ちや感情、その時思っていたことが映像を見ていた俺に流れ込んできた。
まるで自分が当事者のような感覚だった。
精神的なダメージもあって、眩暈がする…。
俺は歯を食いしばった。
手が震えている。怒りが、全身を駆け巡る。
ひどい。
あまりにも、ひどすぎないか?
こんな小さな子供に、あんなことを。
飢えさせて。叩いて。
最後には置き去りにした。
「ぱぱ…?」
アリアが心配そうに俺を見上げる。
「…大丈夫だ」
俺はアリアを抱きしめた。
「大丈夫だ。ぱぱが、絶対に守る」
俺は決意した。
あいつらにアリアを渡すわけにはいかない。
絶対に守る。どんな手を使っても。
その時だった。
玄関のベルが鳴った。
リンリンリンという音が、静かな朝の空気を切り裂く。
「…来たか」
俺は立ち上がった。
リュクも緊張した表情で俺を見る。
アリアは体を震わせていた。
「2人とも、少し奥に行っててくれ」
俺はそう告げると、アリアの頭を撫でて玄関へと向かった。ドアを開けると、予想通りの人物たちが立っていた。
…1人を除いて。
ヴィクトール・フォンブラウン。
エリザベート・フォンブラウン。
そして…見知らぬ太った男が一緒にいた。
50代くらいだろうか。高級そうな服を着ているが、脂ぎった顔が不快感を漂わせている。
「遅い!待ちくたびれたぞ」
太った男が傲慢な口調で言った。
「…どちら様ですか?」
俺は冷静に聞く。
「私はこの地区の領主、グレゴール・ヴァイスだ」
男が胸を張って名乗る。
「領主…」
まずい。
領主が直接来るとは思わなかった。
相手も本気だということか。
「昨日の話は聞いている。このヴィクトール氏から、娘を取り戻したいと相談を受けた」
グレゴールが書類を取り出す。
「これが親子証明書だ。この地区で発行された、正式な書類だ」
書類には、確かにグレゴールの印章が押されている。
「これにより、アリア・フォンブラウンは、ヴィクトール・フォンブラウンとエリザベート・フォンブラウンの実子であることが証明される」
グレゴールが書類を俺に見せつけるように掲げる。
「法的に、親には子供を引き取る権利がある。貴様に、それを拒否する権利はない」
「…待ってください」
俺は必死に言葉を探す。
「あの2人は、アリアを虐待していました。ネグレクトもしていました。そんな人たちの元に、アリアを返すわけにはいきません」
「虐待?証拠はあるのか?」
グレゴールが鼻で笑う。
「証拠がなければ、ただの言いがかりだ」
「アリアが怯えています。あの2人を見て、明らかに恐怖を感じています」
「子供は親を怖がるものだ。しつけが厳しかっただけだろう」
グレゴールが適当に答える。
明らかに、最初から聞く気がない。
「くっ…」
「さあ、アリアを連れてきてもらおう」
父親のヴィクトールが、家の中を覗き込もうとする。
「やめてください!」
俺はドアの前に立ちはだかった。
「邪魔をするな、庶民が」
グレゴールが苛立った様子で言う。
「領主である私の命令だ。とっとと娘を引き渡せ」
「…できません」
「領主の命令に逆らうのか?」
グレゴールの目が冷たく光る。
「反逆罪に問われても文句は言えんぞ」
「…っ」
反逆罪。そんな大げさな。
この世界では領主の権力は絶対なのか?
もしそれが本当なら、逆らえば罪に問われるかもしれない。
…だがそれがどうした?アリアを守れるなら反逆罪だろうが、なんだってなってやる。
「イクメン…」
背後からリュクの声が聞こえる。
振り返ると、リュクがアリアを抱きしめて立っていた。アリアは、震えながら俺を見つめている。
「ぱぱ…」
その声が俺の心を締め付ける。
俺は視線を3人に戻した。
とにかく今は、この場をおさめることを優先しなくては。
プライドなど捨ててやる。
俺は膝を床につけた。
「…1日だけ、待ってもらえませんか」
俺は土下座をして、グレゴールに頭を下げる。
「なんだとぉ?」
「1日だけ、猶予をください」
「ふざけるな!」
父親のヴィクトールが怒鳴った。
「なぜ俺たちが待たなきゃいけないんだ!今すぐ娘を渡せ!」
「そうよ!これ以上待てないわ!」
母親のエリザベートも苛立った様子で言う。
「…まぁまぁ」
グレゴールが、2人を宥めるように手を上げた。
「1日くらい待ってやろうじゃないか。どうせ何もできやせんよ」
グレゴールが俺を見下すように笑う。
土下座が効いたのだろうか。
やけに満足そうな表情をしていた。
「この街は私の管轄だ。監視網も敷いてある。逃げようとしても無駄だし、誰かに相談しても無駄だ。明日、必ずアリアを引き渡してもらう。怪しい動きがあれば、その時点で引き渡してもらう。いいな?」
「…分かりました」
「くれぐれも変な気は起こすなよ。命令だ」
グレゴールが最後に脅すように言う。
「では明日また来る」
3人が去っていく。
その背中を見送りながら、俺は拳を握りしめた。
ガチャン…
ドアを閉める。
沈黙が続いた。
「イクメン…」
リュクが不安そうに俺を見る。
「心配するな」
俺はできるだけ明るく言った。
「リリアナさんが、動いてくれる。国王陛下にも話をしてくれるって」
「本当?」
「ああ。だから、大丈夫だ」
俺はリュクとアリアを抱きしめた。
「必ず、守る」
でも、心の中では不安が渦巻いていた。
1日で、本当に何かできるのだろうか。
リリアナは動いてくれると言ったが、国王が介入してくれるとは限らない。もしかしたら、明日には本当にアリアを奪われてしまうかもしれない。
その日、俺たちは家の中で静かに過ごした。外に出るのは危険だと判断したからだ。グレゴールの言葉通り、見張りがいるかもしれない。
あっという間に夕方になり、窓から差し込む光も減ってきた。夕食の準備をしている時だった。
ガタッ。
外で何か音がした。
「…?」
俺は警戒する。
守護の加護が、かすかに反応している。
窓の外を見ると、人影が見えた気がした。
「…気のせいか?」
いや、気のせいではない。
守護の加護は嘘をつかない。
何かが近づいている。
「リュク、アリア。部屋に入ってろ」
「え?」
「いいから」
俺は2人を寝室に入れて、ドアを閉めた。
慎重に外の様子を窺う。
夜が近づいていて、辺りは薄暗い。
その時だった。
パリン!
窓ガラスが割れる音がした。
そして、中に何かが投げ込まれてくる。
「なんだっ…!」
火のついた瓶だった。
床に落ちて割れると、中の液体が広がって燃え上がる。
「火…!」
油だ。床が一気に燃え始める。
「くそっ!」
俺は急いで水を汲んで火にかける。
だが油の火は簡単には消えない。
パリン!パリン!
次々と窓ガラスが割れて、火のついた瓶が投げ込まれてくる。リビングが、炎に包まれ始めた。
「イクメン!なんだよこれ!」
リュクが寝室から飛び出してくる。アリアを抱えている。
「外に出るぞ!」
俺は2人を連れて、玄関へと向かう。
煙が充満していて、視界が悪い。
ガチャッ!
玄関のドアを開けて外に飛び出す。
新鮮な空気を吸い込みながら、振り返ると、育成院が炎に包まれていた。
「ぱぱ…おうち…」
アリアが泣きそうな顔で呟く。
オレンジ色の炎が、夜空を照らしている。
黒い煙が立ち上り、パチパチと何かが燃える音が響く。
「くそっ…!」
俺は拳を握りしめる。
育成院が、燃えている。
子供たちの笑顔があった場所が。
温かい思い出がたくさん詰まった場所が。
「誰だあああああ!」
俺は闇に向かって叫んだ。
返事はない。
ただ、炎の音だけが響いていた。
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【今回獲得した称号】
称号:「不屈の意志」
取得条件:圧倒的な権力に屈せず、家族を守る意志を貫いた
保有称号数:32個 → 33個
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【育児経験値+3獲得】
【育児経験値:78/500 → 81/500】
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