24.兄の決意
その日の夕方、俺は育成院に戻った。
玄関のドアを開けると、アリアが駆け寄ってくる。
「ぱぱ、おかえり!」
でも次の瞬間、アリアが固まった。
「…ぱぱ?」
「イクメン、それ…!」
リュクも、俺を見て目を見開く。俺の服はボロボロだった。焼け焦げて血で染まった服。切り裂かれた跡。2人の視線が、俺の服に釘付けになる。
「ぱぱ…こわい…」
アリアの目に涙が滲む。
「イクメン、何があったんだよ!」
リュクが、慌てて近づいてくる。
「大丈夫だ」
俺は、2人を安心させるように微笑む。
「怪我はもう治ってる」
「でも…この服…」
「ああ。ちょっと、色々」
「色々…?」
リュクが驚いた表情を浮かべる。
「クリストファーか?」
「…ああ」
どうせ隠してもいつかバレる。
俺は正直に答えた。
「あいつ!」
リュクの表情が曇る。
「ぱぱ…いたかった?」
アリアが、俺の服をそっと触る。
「痛かったよ。でも、もう大丈夫」
俺はアリアの頭を撫でる。
「イクメン…本当に怪我してないの?」
「ああ。ほら」
俺は、服をめくって見せる。
傷一つない肌が現れた。
「…本当だ」
リュクが安心したように息を吐く。
「でも…ひどい…」
服についた血を触りながら、アリアが心配そうに俺を見上げる。
「俺は、お前たちを守るために強くなったから」
そう言って2人を抱きしめる。
「心配するな」
「…うん」
「ぱぱ、わかった」
2人とも、俺に抱きついてくる。温かい。この温もりはずっと守らなくちゃいけない。
しばらくして俺は服を着替えた。血まみれの服はボロボロだからもう捨てて、新しい服に。アリアとリュクはソファに座って待っている。
「ぱぱ」
「ん?」
「クリスって人…悪い人?」
アリアが不安そうに聞く。
「んー。悪い人…ではない」
俺はゆっくり答える。
「アリアには難しいと思うけど、アイツは苦しんでる人なんだ」
「くるしんでる?」
「クリストファーが、苦しんでるの…?」
リュクが呟く。
「ああ。母親を失って、心が壊れちゃったんだ」
2人とも何かに気づいたのか、黙り込む。
「でも、今日少し変わった。泣いてたんだ」
「ないちゃったの?」
アリアが驚いた表情を見せる。
「15歳の男の子が、子供みたいに泣いていた。その涙を見たら放っておけなかった。だから、俺は救うんだ」
俺は2人を見る。
「お前たちも、手伝ってくれるか?」
「…うん」
アリアが頷く。
「俺も手伝うよ」
リュクも頷く。
「ありがとうな」
その後リュクが真剣な顔で俺を見た。
「イクメン」
「ん?どうした」
「やっぱり只者じゃないよな」
「え?」
「だって、普通じゃないもん」
リュクが俺の目をじっと見つめる。
「何度も斬られて…それでも平気なんておかしいよ」
「…特別な体質なんだ」
俺は曖昧に答える。
「すごいな」
リュクが小さく笑う。
「でも、痛いんだろ?」
「ああ。痛いよ」
「だったら…無理するなよ」
リュクが心配そうに言う。
「俺も、もっと強くなる。イクメンを守れるように」
「…ありがとうな」
俺はリュクの頭を撫でた。この子は、本当に優しい。
その夜、2人を寝かせたあと。
俺はリビングで一人考えていた。
アル様の部屋の掃除は大変だっただろうな。
傷は塞がっても、流れた血はそのままだ。
床に。壁に。カーペットに。俺の血が、大量に飛び散っていた。
リリアナは「床はカーペットを取り替えればすむ」と言っていたが、楽な作業ではないだろう。壁の血痕も、拭き取るのは大変だ。
クリストファーの様子を見る限り、多分手伝ってるとは思うが…。
自分が流させた血を拭いている。
それも、一つの償いなのかもしれない。
俺は天井を見上げた。明日も頑張ろう。
◇
3日後、俺は再び王宮を訪れた。今回は、アリアとリュクも連れてきた。
前回のことがあったから、2人は少し緊張している。特にアリアは、俺の服を握りしめたまま離さない。
「大丈夫だ」
俺はアリアとリュクに言う。
「クリストファーは、もう変わってる」
「…本当?」
リュクが、不安そうに聞く。
「ああ。信じてくれ」
馬車が王宮に到着する。リリアナが出迎えてくれた。その表情は、前回よりもずっと明るい。
「イクノ・メン様、アリアちゃん、リュクくん。お待ちしておりました。おはようございます」
「リリアナさん、おはようございます。アル様は…」
「はい。とても元気です」
リリアナが嬉しそうに微笑む。
「それに…クリス様も」
「クリストファーも?」
「はい。あの日から、変わられました」
リリアナの目に涙が滲む。
「お部屋の掃除も、自分から手伝ってくださって…」
ああ、やっぱり。
「アル様のお世話も、見よう見まねで…」
リリアナが、感極まったように言葉を詰まらせる。
「それは…良かったです」
俺は微笑んで言った。
「では、行きましょう。こちらです」
アル様の部屋に入ると、まず目に入ったのは真新しいカーペットだった。前回の血痕は完全に消えている。床も壁も、綺麗に拭き取られていた。
「前より綺麗になってる」
リュクが呟く。
「きれい」
アリアも感心している。
そして、ベッドの横にクリストファーが立っていた。
「…っ」
アリアが、俺の服を握る手に力を込める。リュクも身構える。
でも、クリストファーの表情は前回とは違っていた。鋭い目つきは変わらないが、そこには敵意がない。代わりに、戸惑いと…何か別の感情が混ざっている。
「…来たのか」
クリストファーが、小さく呟く。
「もちろん」
俺はクリストファーに近づく。
「アル様の様子を見にきた。まだ完全には治ってないからな」
「…そうか」
クリストファーが目を逸らす。
「その…すまなかった」
小さな声で言う。
「前回は…お前を…」
「もういい」
俺はクリストファーの肩を叩く。
「それより、掃除を手伝ってくれたんだってな」
「え?…ああ。当然のことだ」
クリストファーが頷く。
「リリアナが大変そうだったからな。それに…俺が流させた血だし…」
その言葉に、俺は胸が温かくなった。
この子は変わり始めている。
「ありがとうな」
「…別に」
クリストファーがそっぽを向く。
でも、その耳が少し赤くなっているのが見えた。
「あうあう!」
ベッドの上で、アル様が声を出す。
「おはよう、アル様」
俺はアル様を抱き上げた。
「えへへ」
アル様が腕の中で飛び跳ねながら、嬉しそうに笑う。
「おお!凄い元気ですね」
「はい。クリス様が、夜中に泣いたら抱っこしてくださったりして…常に誰かが構ってるかんじですので、多分喜ばれてます」
リリアナが感動したように言う。
「…い、言うな」
クリストファーが顔を赤くする。
「夜中に?」
「はい。アル様が泣き出したら、すぐに駆けつけてくださって。最初は、どうしていいかわからない様子でしたが…」
リリアナが微笑む。
「一生懸命、あやしてくださいました」
俺はクリストファーを見る。
クリストファーは、恥ずかしそうに俯いていた。
「やるじゃないか、クリストファー。夜中にあやすのは大人でもキツい。愛がないとできないことだ」
「…うるさい」
「本当に、よくやった」
俺はもう一度、クリストファーの肩を叩く。
「お前は…いい兄だ」
「…っ」
クリストファーの目に涙が滲む。
「俺は…兄なのか…」
「ああ。前も言っただろ?」
「本当に…?」
「お前は、アル様の兄だ」
クリストファーが、アル様を見つめる。
小さな弟。病弱だった弟。でも、今は笑っている。
「…そうか…そうだよな」
クリストファーが、小さく笑った。
初めて見る本当の笑顔だった。
それから、俺はアル様のチェックをした。
クリストファーも、横で見ている。
「クリストファー。今日は、お腹のマッサージを教えるから見ててくれ」
「マッサージ?」
「ああ。赤ちゃんは、お腹にガスが溜まりやすいんだ」
俺はアル様のお腹を優しくさする。
「こうやって、時計回りに…円を描くようにマッサージするんだ」
俺は実演して見せる。
「…こうか?」
クリストファーが恐る恐る真似をする。ぎこちない。でも優しい手つきだった。
「あう…」
アル様が、気持ちよさそうにしている。
「いいぞ。そのまま続けて」
「…あ、ああ」
クリストファーが真剣な表情でマッサージを続ける。その姿を見て、リリアナが涙を流している。
アリアとリュクも、驚いたように見つめている。あの怖いクリストファーが、こんなに優しく弟の世話をしている。
「くりすとふぁ、やさしいね」
アリアが小さく呟く。
「…うん。前とは大違いだ」
リュクも隣で頷いていた。
「イクメン。アイツ変わったんだな」
「ああ。人は、変われる」
俺は2人に言った。
「どんなに壊れていても、救えるんだ」
それから、しばらくクリストファーに育児を教えた。授乳の仕方。ゲップの出させ方。オムツの替え方。
クリストファーは真剣に聞いている。メモも取っている。
「アイツ覚えがいいな。俺あんな一気に覚えれないよ」
リュクが感心したように呟く。
「今までは方向が間違ってただけで、努力家なんだよ」
「…そっか」
リュクがクリストファーを見つめる。その目には、もう敵意はない。
俺とリュクが見ているのに気がついたのか、クリストファーが歩いてくる。
「イクノ・メン」
「ん?」
「…ありがとう」
クリストファーが小さな声で言う。
「いや」
俺は微笑む。
「お前が、自分で変わったんだ」
「…」
クリストファーが小さく笑う。
「これからも、いつでも来てくれ」
「ああ。また来る」
それから俺たちは帰る支度をして、アル様の部屋を出た。リリアナとアル様、クリストファーも見送りに来てくれるそうで、みんなで王宮の廊下を歩いている。
すると突然、天井から黒い影が飛び降りてきた。
ザッ!
「お命貰いますよぉ!」
黒装束に身を包み、手には短剣。もしかして暗殺者?狙いは、リリアナが抱えているアル様に向けられていた。
「危ない!リリアナさん!!!」
俺が叫ぶ。
でも、距離がある。間に合うか!?
駆け出した、その瞬間――。
「させるか!」
クリストファーが、アル様とリリアナの前に飛び出した。
ザシュッ!
短剣がクリストファーの肩を斬る。
「ぐっ…!」
血が飛び散る。
でも、クリストファーは怯まなかった。
「弟に…手を出すなあああ!!!」
その目には、迷いがなかった。
守るべきものが、はっきりと見えているようだ。
「蒼焔剣!」
クリストファーの剣が、青い炎に包まれる。
灼熱の刃。炎が激しく揺らめく。
「なっ…!」
暗殺者が後退する。
だが遅かった。
ズバァッ!
一閃。クリストファーの剣が閃光のように走る。
暗殺者の腕が切断されて、床に転がった。
ドサッ。
「うぐぁぁ!!!」
暗殺者がうずくまりながら、床に倒れ込む。
気がつくとクリストファーの剣が、暗殺者の首筋に突きつけられていた。
「動くな」
冷たい声。完璧な制圧だった。クリストファーの剣技は、前回俺に向けられた時よりも遥かに鋭く、無駄がなかった。
「すごい、かっこよかった!」
アリアが目を輝かせる。
リュクも驚いたように拍手した。
「あんな動き…凄すぎる」
2人とも、クリストファーを尊敬の眼差しで見つめている。俺もクリストファーの動きを見ていた。弟とリリアナを守りたい、その決意が剣に宿っていた。
「クリストファー」
俺はクリストファーに近づく。
「怪我は大丈夫か?」
「…この前のお前に比べたら軽い」
クリストファーが、少し笑いながら肩を押さえる。
血は出ているが浅い傷だ。
すぐに治療すれば問題ないだろう。
クリストファーは、拘束した暗殺者を衛兵に引き渡した。その動きは堂々としていて、王族としての威厳があった。
俺はリリアナを見る。
リリアナは、震えながらアル様を抱きしめていた。
「リリアナさん。アル様も無事でよかったです」
「はい…クリス様がいなければ今ごろ…」
「でもこれで分かりましたね」
「何がですか?」
「しばらく、俺が来なくても大丈夫そうだ」
「え…?」
リリアナが、驚いたように俺を見る。
「クリストファーに、安心して任せられます」
俺は微笑む。
「あの子は、もうアル様を守れる」
「イクノ・メン様…」
リリアナの目に、涙が溢れる。
「でも、何かあったらすぐ手紙を飛ばしてください。駆けつけますから」
「はい…ありがとうございます…」
リリアナが深く頭を下げた。
衛兵に手当てを受けたクリストファーが、俺のところに戻って来た。
「イクノ・メン」
「ん?どうしたクリストファー」
「…俺はもう大丈夫だ」
「ああ」
「この先も、何があろうと…弟を守る」
「頼んだぞ、お兄ちゃん」
俺はクリストファーの手を握る。
「お前なら、できる」
「…ああ」
クリストファーが力強く頷いた。
その目には、もう迷いも不安もなかった。
ただ、守るという決意だけがそこにあった。
帰りの馬車の中。
アリアとリュクが、興奮気味に話していた。
「クリスかっこよかった!」
「ああ。あの動き、鳥肌立ったぜ」
リュクが感心したように言う。
「ぱぱ、もうあかちゃんのところ、いかないの?」
アリアが何か感じ取ったのか、少し寂しそうに聞いてくる。この子は鋭いな。
「また何かあったら行くよ。でもクリストファーとリリアナさんがいるから、しばらくは大丈夫だろう」
俺は2人を見る。
「まあ…会いに行くのは減るが、これは悲しいことじゃない。アル様にとって良いことなんだよ」
「…んー、そうなの?」
アリアが首を傾げる。
「ちょっとさみしいね」
「そうだな。でも俺は嬉しいよ」
「うれしい?」
「アリアには少し難しいかもしれないな」
そう言って俺は微笑んだ。
◇
翌日、いつも通り育成院は賑やかだった。
「イクメン先生、見て見て!」
「おお、すごいな!」
子供たちの笑い声。
保護者の感謝の言葉。
日常は変わらず続いていく。
夜、俺はリビングで一人考えていた。
クリストファーは変わった。
自分の力で弟を守った。
暗殺者を撃退した時の動き、迷いのない剣技、守るという決意。すべてが、本物だった。
完全に救えたわけじゃない。
まだまだ時間はかかるだろう。
心の傷は多分…簡単には治らない。
この先も、数々の困難が立ち塞がるはずだ。
でもクリストファーは、自分で歩いていける。
弟を守り、兄として生きていける。
あそこでの俺の役目は、ここまでだ。
これからは、育成院の子供たちに集中しよう。
アリアも、リュクも、他の子供たちも。
まだまだやることはたくさんある。
俺は拳を握った。
すべての子供たちのために、明日も、頑張ろう。
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【今回獲得した称号】
称号:「変革の導き手」
取得条件:心を閉ざした子供を変化へと導き、新しい道を示した
保有称号数:28個 → 29個
称号:「兄弟の絆」
取得条件:兄弟の関係を修復し、愛情を取り戻させた
保有称号数:29個 → 30個
称号:「希望の光」
取得条件:絶望の中にいた者に希望を与え、未来を照らした
保有称号数:30個 → 31個
【育児経験値+12獲得】
【育児経験値:61/500 → 73/500】
【称号30個達成!】
追加効果付加が発動しました!
保有称号:31個
次回の付加条件:称号50個以上
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