22. 小さな出会いと大きな壁
ーーー3日後。
約束通り、朝のちょうどいい時間に馬車が到着した。
「ぱぱ、いくー!」
「イクメン、準備できてるよ!」
アリアとリュクが、目を輝かせている。
初めての王宮。2人とも、朝からソワソワしていた。
「よし、じゃあ行こう」
俺は2人の手を取り、馬車に乗り込んだ。
馬車の中でアリアは、窓にへばりついて、外の景色を眺めている。
「ぱぱ、みて!おおきなおやしき!」
「おお、すげー」
リュクも興味津々だ。
「イクメン、王宮ってどんなところ?」
「大きくて、立派な城だ」
「おしろ…!」
2人とも、ワクワクが止まらない様子だ。
同時に俺は2人を見ながら、少し心配になった。
アル様は、まだ生後6ヶ月。免疫もついてきたとはいえ、まだ弱い。2人には、優しく接してもらわないと。
「なあ、2人とも」
「なに?」
「アル様は、まだ赤ちゃんだ」
「だから、優しくするんだぞ」
「わかってる!」
アリアが元気に答える。
「赤ちゃんは、デリケートなんだよね」
リュクも頷く。
「ああ。大きな声も出さないように」
「はーい!」
「わかった!」
2人とも、しっかり理解してくれたようだ。
しばらくすると王宮に到着した。
「わあ…!」
アリアが、感嘆の声を上げる。
「すげえ…」
リュクも、圧倒されている。
俺も初めて来た時はそうだった。
白い壁。金の装飾。尖った塔。巨大な城門。
育成院とは、比べ物にならない。
「イクノ・メン様!」
リリアナが、出迎えてくれた。
「おはようございます。リリアナさん」
「おはようございます。こちらが、アリアちゃんとリュクくんですね」
リリアナが、2人に微笑みかける。
「はじめまして!アリアです!」
「リュクです。よろしくお願いします」
2人とも、礼儀正しく挨拶する。
「まあ、可愛らしい…」
リリアナが、嬉しそうに笑う。
「さあ、アル様がお待ちです。こちらへ」
俺たちはアル様の部屋に案内された。
ドアを開けると、明るい部屋。窓は開いていて、爽やかな風が入ってくる。
前回、俺が指摘したことを、リリアナはちゃんと守ってくれているようだ。
ベッドの上に、アル様がいた。
「あうあう」
小さな声。でも、前よりずっと元気そうだ。
「アル様、お客様ですよ」
リリアナが、優しく声をかける。
アル様が、こちらを見る。
「わあ…」
アリアが、目を輝かせる。
「ちっちゃい…」
リュクも興味津々だ。
「アリア、リュク。ゆっくり近づくんだぞ」
「うん!」
2人はそっとベッドに近づいた。
「こんにちは、アルさま」
アリアが小さな声で挨拶する。
「俺、リュク。よろしくな」
リュクも優しく声をかける。
アル様が、2人を見つめる。
そして――。
「あうっ」
小さく笑った。
「…!」
リリアナが、驚いている。
「アル様…初めて会った人に、笑ってくださった…」
リリアナの目に、涙が滲む。
「えへへ、アルさま、かわいい!」
アリアが、嬉しそうに笑う。
「本当に小さいな…」
リュクが、優しい目で見つめている。
俺も、安心した。
2人とも、ちゃんと優しく接してくれている。
◇
それから、しばらく3人で遊んだ。
アリアは、小さなぬいぐるみをアル様に見せる。
「アルさま、これ、うさぎさんだよ」
「あう?」
アル様が興味を示す。
小さな手が、ぬいぐるみに伸びる。
「わあ、さわった!」
アリアが、喜ぶ。
リュクは、アル様の横に座って、優しく話しかける。
「アル様、俺たち友達だからな。大きくなったら、一緒に遊ぼうな」
「あうあう」
アル様が、嬉しそうに声を出す。
リリアナも、その様子を見て微笑んでいる。
「素敵ですね…」
「ええ」
俺も頷く。
子供たちの笑顔。これが、何よりの宝物だ。
そんな風に、穏やかな時間が流れていた。
しかし――。
ガチャン!!!
突然、ドアが乱暴に開いた。
「…何だこれは」
冷たい声。
空気が、一変した。
振り向くと、金髪の少年が立っていた。
整った顔立ち。立派な服。鋭い目つき。
――圧倒的な威圧感を放っていた。
「クリス様…!」
「クリス様?」
リリアナが、青ざめている。
「第一王子、クリストファー様です」
第一王子…。アル様のお兄ちゃんか。
俺は、少年を見つめる。
クリストファーは、部屋を見回す。その視線は冷たく、まるで虫を見るようだ。
ズカズカとベッドに近づく。
「なんだこのチビ。まだ生きてやがったのか」
アル様を見下ろす。
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「…っ」
リリアナが、唇を噛む。
クリストファーが、ベッドに近づく。
ガンッ!
ベッドの脚を、思い切り蹴った。
ガタガタッ!
「…っ!」
アル様がびくっと震える。
「ふえぇ…」
泣き出しそうになる。
「クリス様!」
リリアナが叫ぶ。
「何だ」
クリストファーが、冷たく言う。
「病弱なガキに、刺激を与えてやっただけだ。強くなれってな」
「そんなこと…!いけません!」
リリアナが、アル様を抱き上げる。
クリストファーは、今度はアリアとリュクに目を向けた。
「…庶民のガキまで、連れこむとはな」
ズカズカと近づいてくる。
「汚い。触るな」
ドンッ!
アリアの横にあったぬいぐるみを、蹴り飛ばした。
「きゃあ!」
アリアが悲鳴を上げる。
「てめえ…!」
リュクが、立ち上がる。
「何だ?ガキ。 俺に逆らうのか?」
クリストファーが、リュクを睨む。
その目は容赦がない。
「庶民の分際で」
「…っ!」
リュクが拳を握りしめる。
俺はリュクの肩を掴んだ。
「落ち着けリュク」
「イクメン!でも…!」
「やめろ。相手にするな」
俺はリュクを押さえる。
クリストファーが、今度は俺の前に立った。
「お前が噂の育児師か」
「…イクメンと言います。アル様の回復を手助けしてます」
俺が上から見下ろすのが気に食わないのか、眉間にシワが寄っている。
ガンッ!
俺の足元の床を、思い切り蹴った。
大きな音が部屋に響く。
「庶民が、よく王宮に入れたな。上が無能だとここの秩序が乱れる。こんな馬の骨に頼るくらいなら、殺したほうがマシじゃないか?なぁリリアナ」
「クリス様、おやめください!」
クリストファーが俺に顔を近づけてくる。
威圧的な態度。大人を完全に舐めている。
しかし怒るわけにもいかないので、黙ってることにした。
「弟を救う?お前が?」
クリストファーが、鼻で笑う。
「笑わせるな!病弱なガキなど、さっさと死ねばいい」
「クリス様…!」
リリアナが声を震わせる。
「そんなこと…!」
「うるさい」
クリストファーが、リリアナを睨む。
「お前は、無駄なことをしている。病弱な弟など、王族の恥だ」
ガシャン!
今度は花瓶を、床に叩き落とした。
「…きゃっ!」
リリアナが悲鳴を上げる。
「俺が次の王だ」
ドンッ!
椅子も蹴り倒す。
大きな音。
「俺の命令に従え!邪魔をするな!」
アル様が泣き出す。
「ふええええん!」
「アル様…!」
リリアナが慌ててあやす。
「ちっ…おい貴様、仕事だ。ガキが泣いてるぞ?耳障りだから早く泣き止ませろ」
クリストファーが嘲笑いながら、俺に命令する。
「病弱なガキは、これだから嫌いだ。泣いてなにが変わる」
その言葉に、俺は何かを感じた。
この子は歪んでいる。
何かが、間違っている。
「…」
俺は、じっとクリストファーを見つめる。
「なんだ?」
クリストファーが、俺を睨む。
「帰れ。お前たちは邪魔だ」
「…いや」
俺ははっきりと言った。
「…なにか言ったか?」
「帰らない」
クリストファーの目が、細くなる。
「お前…俺の言うことが聞けないのか」
「ああ」
俺は、クリストファーを見つめる。
「アル様を救う。それが、俺の仕事だ」
「ふざけるな」
クリストファーが、さらに一歩近づく。
「お前なんかに、何ができる!庶民が!」
完全に舐めている。
俺の言葉など、聞く気もない。
「やれることを、全部やる」
俺は譲らない。
「それに…」
俺はクリストファーをじっと見つめる。
「お前も、救う」
「…っ!」
クリストファーの顔がぐしゃぐしゃに歪んだ。
「お前が?俺を?」
「ああ」
「笑わせるな!」
クリストファーが激昂する。
「俺を救う?お前が?なにを!?庶民の分際で!俺は、何も困ってない!弱いのは弟だ!俺は完璧だ!俺は次の王だ!」
叫ぶクリストファー。
その声には、怒りと別の感情が混じっていた。
恐れ?不安?ーーいや、孤独だろうか。
「お前たち!今すぐ出て行け!今すぐ行かねば…切るぞ」
「クリス様、お願いです。アル様のために…」
リリアナが必死に頼む。
「うるさい!」
クリストファーがドアを指す。
「出て行け。二度と来るな!」
「…」
俺はアリアとリュクを見た。
2人とも、怯えている。特にアリアは、涙目だ。
仕方ない。今日は、引くしかない。
「わかった。帰ろう」
「ぱぱ…」
「イクメン…」
2人の手を取る。
リリアナが、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません…」
「いえ。また来ます」
俺はクリストファーに聞こえないように、小声で言うと、部屋を出た。ドアがバタンと閉まる。
廊下を歩きながら、俺は考えていた。
クリストファー。第一王子。リュクより大きかったから、おそらく15歳くらいか。
優秀でプライドが高い。
そして弟を憎んでいる。
…いや、憎んでいる…わけじゃないかもしれない。
あの目には、怒りだけじゃない何かがあった。
「ぱぱ…」
アリアが、俺の服を引っ張る。
「こわかった…」
「ああ、怖かったな」
俺は、アリアを抱き上げた。
「でも、大丈夫だ」
「イクメン、アイツ…」
リュクが怒りを抑えきれない様子だ。
「アルのこと、あんな風に言って…」
「ああ」
俺はリュクの頭を撫でる。
「でも、あいつも苦しんでいる」
「え?苦しんでる…?」
2人が不思議そうに俺を見る。
「ああ。あいつは、何かを抱えている。それが何か、分かればいいんだけどな」
俺は振り返る。
あのドアの向こう。
クリストファーは、今何を考えているのだろう。
王宮の出口に差しかかるタイミングで、リリアナが走って来てくれた。見送りに来たのだろう。
「本当に、申し訳ありませんでした…」
リリアナが深く頭を下げる。
「いえ。気にしないでください」
「クリス様は…昔からああで…」
リリアナが辛そうに言う。
「先王妃様が亡くなられてから、心を閉ざされて…」
「先王妃…」
「はい。クリス様のお母様です」
「今の王妃様は、継母なんです」
なるほど、そういうことか。
母を失った悲しみ。それを埋めるように現れた継母。受け入れられるはずがない。そして生まれた病弱な弟。周囲の心配を一身に集める弟。クリストファーの心は、どんどん歪んでいったんだろう。
「それに…」
リリアナが、辛そうに続ける。
「クリス様は…幼い頃から王になるための勉強ばかりされていて…」
「王になるための…?」
「はい。第一王子ですから。独学で政治、戦術、統治…あらゆることを学ばれました」
リリアナが目を伏せる。
「誰よりも優秀です。魔法も、剣術も、知識も。でも…それが仇となって…」
リリアナの声が震える。
「『王は強くあるべき』と学ばれたから、弱い者を見下すようになりました。『王は感情を出すべきでない』と学ばれたから、冷酷になりました。『王は誰にも従わない』と学ばれたから、反抗的になってしまわれたんです」
「…なるほど」
「お母様が亡くなられてから、さらに加速して…『弱い者は死ぬ』と…だから、病弱なアル様を…あんなに」
リリアナが涙を拭う。
「陛下も王妃様も、手を焼いておられます。クリス様の教育を間違えた、と…でも、もう誰の言うことも聞かれない。止められないんです…」
俺は黙って聞いていた。
クリストファー。生まれながらの第一王子として、幼少期から「次の王」という重圧を背負わされた。独学で学び続け、完璧を求められた。そして母を失い、心が壊れた。すべては歪んだ教育と、癒えない傷から生まれたものだった。
「わかりました」
俺は、リリアナに言った。
「次も、来ます」
「でも、クリス様が…もうバレてしまいました」
「大丈夫です」
俺は微笑む。
「必ず、アル様を救います。それに、クリストファーも」
「…イクノ・メン様」
リリアナが涙ぐむ。
「ありがとうございます!」
◇
帰りの馬車の中。
アリアは俺の膝の上で眠っていた。疲れ切っていたのだろう、小さな寝息を立てている。
リュクは窓の外を見ていたが、やがて俺の方を向いた。
「イクメン」
「ん?」
「あいつ、本当に助けるの?」
「ああ」
「でも…おかしいよ」
リュクが俺を見る。目には、まだ怒りの色が残っている。
「あいつ、ひどいこと言ってたよ」
「ああ。ひどかった」
俺も認める。クリストファーの言動は、許されるものではなかった。
「だったら…」
「でもな、リュク」
俺はリュクの頭を撫でる。
「あいつも苦しんでるんだ」
「苦しんでる…?」
「ああ。母親を失って、心が壊れちゃったんだろう」
リュクが黙り込む。何かを考えているようだ。
「だから、助けてやらないと。子供は、みんな救われるべきだ。たとえ、どんなに意地悪でも」
「…イクメンは、優しいな」
リュクが小さく笑う。
「俺、まだあいつのこと許せないけど。でも、イクメンが助けるって言うなら、俺も手伝うよ」
「ありがとうな」
俺は、リュクを抱きしめた。この子は本当に優しい。アリアもリュクも、俺の自慢の子供たちだ。
◇
その日の夜。
俺はリビングで一人考えていた。
クリストファー。第一王子。15歳。母を失い、心を閉ざした少年。弟を憎み、周囲を拒絶している。
…でも本当は違うんじゃないか。本当は怖いんじゃないか。また誰かを失うのが。だから距離を取っている。だから冷たくしている。そうすれば傷つかないから。
「…難しいな」
俺は天井を見上げる。
アル様を救うだけでも大変なのに、クリストファーまで。でもやるしかない。子供を救うのが俺の仕事だ。たとえどんなに困難でも。
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【今回獲得した称号!】
称号:「小さな架け橋」
取得条件:異なる世界の子供たちを繋ぎ、新しい絆を生み出した
保有称号数:22個 → 23個
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称号:「試練の前触れ」
取得条件:大きな困難の存在を認識し、立ち向かう決意をした
保有称号数:23個 → 24個
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称号:「歪みを見抜く者」
取得条件:心に傷を負った子供の本心を見抜いた
保有称号数:24個 → 25個
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【育児経験値+8獲得】
【育児経験値:43/500 → 51/500】
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