19.忙しくも幸せな日々
会場から帰宅した俺たちは、疲れ切っていた。
――いや正確には、俺以外が。
「ぱぱ…つかれた…」
アリアが俺の腕の中でウトウトしている。
小さな体が、ぐったりと力を抜いていた。
「イクメン…今日は、すごかったな…」
リュクも歩きながら眠そうだ。足取りが、いつもより重い。
「ああ。お前たち、よく頑張った」
本当に、よく頑張ってくれた。
レオナルドの魔法を前にしても、怯まなかった。
俺は2人を寝室に連れていった。
「さあ、もう寝よう」
「うん…おやすみ、ぱぱ…」
「おやすみ、イクメン…」
2人とも、ベッドに入るとすぐに寝息を立て始めた。
俺は2人の寝顔を見つめる。
今日は本当に大変な一日だった。
レオナルドの暴走、あの紅蓮弾の雨。
2人とも無事で、本当によかった。
「おやすみ」
俺は静かに部屋を出た。
◇
リビングに戻ると、俺は一人でソファに座った。
ふう、と息を吐く。
少し疲れたな。いや、疲れたというより…緊張が解けた感じだ。
レオナルドの魔法で死ぬことはなかったが、体はボロボロだ。
服は焼け、火傷もまだ痛む。
ふと、ステータス画面を開いた。
視界に文字が浮かび上がる。
⸻
【イクノ・メン】
育児師 Lv.5
⸻
…レベルアップしてる。
Lv.4からLv.5に上がっていた。いつの間に? 対決の最中は気がつかなかった。
【育児経験値:28 / 500】
ペルカとの対決で大量の経験値を得たのか。
あれだけの大舞台だったからな。
そして――。
【未振り分けステータスポイント:+100】
⸻
100ポイント。
俺は迷わず、体力に全振りした。
【体力:155 → 255】
瞬間、体が熱くなった。
そして――さっきまでの痛みが嘘のように消えた。
火傷の水ぶくれも、みるみる消えていく。
皮膚が、元通りになっていく。
すごい効果だな。
俺は自分の腕を見つめた。真っ赤だった皮膚が、今は何事もなかったように。
体力255。
おそらく、その辺のモンスターの相手をしても死なないくらいには強くなったはずだ。
俺は満足して頷いた。
◇
その時、ふと思いついた。
そういえば――ヘルプ機能を使ったことがなかった。
転生特典の一つ。確か、システムの説明をしてくれるはずだ。
「ヘルプ」
心の中で呼びかける。
パッ。
光が弾けた。
小人サイズの天使が、目の前に現れた。
茶髪の可愛らしい姿。小さな羽。ふわふわした雰囲気。
これが、ヘルプちゃんか。
「イク様、お呼びですか?」
声も可愛らしい。子供みたいな、高い声。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
ヘルプちゃんが首を傾げる。
「この体力のステータスだと、どんな感じなんだ?」
「体力255ですね。えっと…調べますね!」
ヘルプちゃんが、空中に何かを書くような仕草をする。
まるで見えない画面を操作しているようだ。
「わあ…すごいですね、イク様!」
「何がすごいんだ?」
「体力255だと――」
ヘルプちゃんが指を折りながら説明する。
「まず、睡眠不要です!」
「睡眠不要?」
「はい! 寝なくても活動できます! 体力が自動で回復し続けるので、睡眠が必要ないんです!」
マジか。それは…すごい。いや、すごすぎる。
「それから、病気になりません!」
「病気に?」
「はい! 免疫力がMAXです! 前世でいう風邪やインフルエンザみたいなウイルスも、何でも跳ね返します!」
「それはありがたいな」
育児師にとって、病気は大敵だ。子供に移したら大変だから。
「疲労回復速度もMAXです! どんなに動いても、すぐ回復します!」
「すごいな。人間じゃないみたいだ」
「怪我の治りも早いです! 骨折も少し経てば治ります!」
「…もはや人じゃないな、俺」
「毒や状態異常にも、ほぼ無効です!」
「ほぼ?」
「神様レベルの毒なら効くかもしれません。でも、この世界にはそんなものないので、実質無敵です!」
「なるほど」
「あと…寿命が延びます!」
「寿命?」
「はい! 推定200歳まで生きられます! 老衰に限りますが!」
200歳…?
俺は驚いた。この世界では、200歳まで生きられる?
そんなに長く生きたくもないが…まあ、せっかく貰った命だ。大切に使わせてもらおう。
「すごいですね、イク様!」
ヘルプちゃんが嬉しそうに言う。
「ああ…すごいな」
とりあえず、体力に全振りして正解だった。
「でも、イク様」
ヘルプちゃんが、少し困ったような顔をする。
「…どうした?」
「これ以上体力を上げても、もう効果は薄いです」
「そうなのか?」
「はい。体力300でも、体力255とほとんど変わりません」
「なるほど」
つまり、もう限界ってことか。
「次のレベルアップでは、筋力や知力、精神力に振ることをおすすめします」
「わかった」
俺は頷いた。
「ありがとう、ヘルプちゃん」
「いえいえ! いつでも呼んでくださいね、イク様!」
パッ。
ヘルプちゃんが、光と共に消えた。
――体力信者、卒業か。
俺は少し残念だった。体力に全振りするのが、楽しかったから。
次からは他のステータスも考えよう。
◇
それから数週間が経った。
俺の育成院は、毎日大忙しだった。
⸻
「イクメンさん! うちの子を預けたいんです!」
「お願いします!」
「イクメンさんなら安心して預けられます!」
⸻
朝から預かり依頼が殺到する。
理由は簡単だ。
協会が対決の結果を公表したからだ。
「生身で紅蓮弾を受け止めた育児師」
「2歳児を歴史的天才に育てた」
「平凡な子を短期間で成長させた」
街中で、俺の名前が話題になっていた。
噂は瞬く間に広がり、依頼は日に日に増えていった。
俺はできる限り受け入れた。
◇
朝7時。
「おはようございます!」
5人の子供を預かる。
午前中は全員で一緒に遊ぶ。魔法を教える。運動をする。
「イクメン先生、見て見て!」
「おお、上手だな!」
子供たちの笑顔が、育成院に溢れていた。
昼。
人数ぶんの昼食を作る。【必要食】のおかげで、食材には困らない。
「いただきまーす!」
「おいしい!」
みんな、モリモリ食べる。
午後。
さらに5人預かる。合計10人。
「わあ、いっぱいいる!」
「一緒に遊ぼう!」
子供たちは楽しそうだ。年齢も性格もバラバラだが、みんな仲良く遊んでいる。
夕方。
保護者が迎えに来る。
「ありがとうございました!」
「うちの子、すごく楽しかったみたいです!」
「またお願いします!」
感謝の言葉を聞くたびに、この仕事をやっててよかったと思う。
夜。
アリアとリュクの訓練。
「アリア、光の玉5つ出してみよう」
「うん!」
「リュク、腕立て50回できるか?」
「おう!」
2人とも、日に日に成長している。
深夜。
片付けをしながら翌日の準備をする。
普通なら倒れてるな。
俺は笑った。でも、全く疲れていない。
体力255の恩恵。睡眠不要。疲労回復速度MAX。しかも病気にならない。
――楽しいな。
子供たちの笑顔が、俺の活力だ。
◇
忙しくても、アリアとリュクとの時間だけは譲れない。
朝食は必ず3人で食べる。
「ぱぱ、今日もいっぱい?」
アリアが聞いてくる。
「ああ、今日も10人預かる」
「すごい! ぱぱ、つかれない?」
「全然疲れないぞ」
本当に疲れない。むしろ、もっと預かれる気がする。
「えへへ、ぱぱすごい!」
「イクメン、大丈夫? 無理しないでよ」
リュクが心配そうに言う。
「大丈夫だ。お前たちがいるから、頑張れる」
本当にそうだ。
この2人がいるから、俺は頑張れる。
夜。
訓練の時間。
「アリア、今日は光の玉を6つ出してみよう」
「むっつ!?」
「できるか?」
「…やってみる!」
アリアが集中する。小さな顔が真剣そのもの。
パッ、パッ、パッ…。
1つ、2つ、3つ、4つ、5つ…。
そして――。
「…できた!」
6つ目の光の玉が、アリアの後ろに浮かんだ。
「すごいぞ、アリア!」
「やったー!」
アリアが飛び跳ねて喜ぶ。
「リュク、腕立て50回いけそうか?」
「うん!」
リュクが腕立て伏せを始める。
1、2、3…。
力強い。フォームも綺麗だ。
「50!」
「よくやった!」
「だいぶ慣れてきたよ。それよりイクメン、この前買ってくれた新しい木剣…最高だよ!」
リュクが嬉しそうに木剣を見る。
レオナルドに壊された日に、新しいものを買ってあげたのだ。
「壊れかけたらすぐ言ってくれ。ケガしたら危ないからな」
「うん!」
それから寝る前の準備をして、2人の寝かしつけをする。
「ぱぱ、だいすき」
「俺もイクメンのこと、好きだよ」
「ありがとうな。俺もお前たちが大好きだ」
この時間が、一番幸せだ。
◇
ある日の朝。
いつものように郵便受けを確認した。
「今日も依頼が…ん?」
一通の手紙が、目に留まった。
高級な紙。金の封蝋。明らかに他の手紙とは格が違う。
これは…。
俺は手紙を手に取った。差出人の欄を見る。
――王宮?
俺は封を開けた。
⸻
【イクノ・メン殿】
あなたの育児の評判を聞き及びました。
つきましては、第二王子殿下の育児を依頼したく存じます。
詳細につきましては、後日お伺いいたします。
王宮執務官 バルドリック
⸻
第二王子…。
俺は手紙を見つめた。
王子の育児を依頼されてしまった。これは…今までで一番の大きな仕事だ。
どうするか。
俺は少し考えた。
でも、すぐに答えは出た。
――受けよう。
子供を笑顔にするのが、俺の仕事だ。
王子だろうが、庶民だろうが、関係ない。
よし。
俺は手紙をテーブルに置いた。
新しい挑戦だな。
「ぱぱ、おはよー!」
「おはよう、イクメン」
アリアとリュクが起きてきた。
「ああ、おはよう」
俺は笑顔で2人を迎えた。
「朝ごはん、作るぞ」
「やったー!」
「うん!」
今日も忙しい一日が始まる。
でも、この忙しさが、俺は好きだ。




